宮殿の一室――菓子を食いながらオネストは部下の報告を聞いていた。
「では、ソープは完全に離反したと」
「はい、確かかと」
冷静に報告を聞いているが、いつもの不敵な笑いは浮かべておらず、その顔は無表情。
報告している部下もその顔に怯え、額には汗が浮かんでいる。
「報告ご苦労様です……それにしてもよく無事でしたねぇ?」
「い、いえ、ソープも私の存在には気付いていたようですが見逃したようで」
「まあそうでしょうね、彼が気付かないわけもないですし……下がっていいですよ」
「はっ」
思案顔で髭を撫で、決断したように笑った。
「ソープの目的は陛下――なら必ずここに来るでしょうし、その時は……ムフフ」
■■
「皇帝を救うだと…?」
「ああ、なんか問題あるか?」
現皇帝――あの子はまだ幼い、革命軍は大臣を殺した後に見せしめに皇帝も殺す可能性がある。
俺はそれを防ぎたい。大臣の傀儡になってはいるが、根は優しい子の筈だ。皇帝の一族にも恩があるし見殺しにはできない。
「問題だらけです。今までの悪行は大臣の所為だが、表向きは皇帝の指示で行われているんですよ!」
「だからって殺す事はねえだろ。別にあの子に皇帝を続けさせなくてもいい、生かしてさえもらえればな」
「それは……何故です? 何故そこまで皇帝に拘るんですか」
「恩があるからだよ…」
恩と聞いて不思議そうな顔をするナジェンダ。
「現皇帝への恩じゃない、先々代への恩だ」
「は? ちょっと待てよ! 先々代って何年前の話だよ、アンタ生まれてないだろ」
「あー…ややこしいから一言で済ますが、俺は年を取らない」
『ハァ!?』
その反応なのは分かる。不老なんて滅多にお目にかかれない。俺も自分以外で不老なんて見たことない。
「ソープ…貴方は一体何者なんだ?」
「そこから話すか。長話だからよく聞いとけ」
ナイトレイドの面々が頷き、こちらを見る。
「詳しく何年前とかは俺も覚えてないが――」
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親も知らず、路頭に迷っていた少年時代。路地裏なんかでゴミを食っていた時に拾い物をした。
誰が見ても高級だと分かる懐中時計だ。だが子供の俺にとっては腹の足しにもならない物だった。
捨てようかと思ったが、売れば少しは金になると考えて懐にしまい込んだんだが、
質屋も俺みたいな貧相で薄汚いガキを店に入れたがらない、こっちは高級な時計売ってやるって言ってんのに酷い話だよ。
それで途方に暮れて、仕方ないから広場で誰か買わねえかなと適当に声掛けてたら凄く裕福そうな奴が居てな。
アイツなら買うだろと思って声を掛ければ、
「あの…すみません、これ…」
「ん? なんだ、少年。すまないが私は探し物があって忙しくて――ってそれは!」
「え?」
高級な懐中時計はその裕福そうな奴の落とし物で、しかもそいつが皇帝だった。
どうやらこの懐中時計は母の形見らしくて、随分感謝された。それで落とし物を見つけてくれた礼に俺を宮仕えにしてくれた。
小汚いガキにお礼なんて律儀な皇帝だなとは思ったよ。どうせ金持ちなんて皆人を見下す野郎ばっかと思ってたが、少し価値観変わったな、あの時。
「少年、そういえば名前を聞いてなかったな。名はなんと言うのだ?」
「“ソープ”……です、皇帝陛下」
「ソープか! ははっ、可愛らしい名だな」
「そう…ですか」
そうして晴れて宮仕えになって、紆余曲折あって帝具使いになって――
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「今に至るということだ。分かったか?」
「いや端折りすぎだろ! わかんねえーよ! 長話だから身構えたこっちの身にもなれよ!」
ラバックのツッコミは輝いてるな、羨ましくはないが。
疲れるだろうに何故そのポジションに収まったのか。
「貴方が皇帝の一族に恩があるのは分かりました……年を取らないのも過去に手に入れた帝具の影響でしょう」
「流石ナジェンダの嬢ちゃん、しっかり話を理解してくれて助かるよ」
「昔、顔を隠していたのも年を取らないと周囲に知られると色々面倒だからですか?」
「まあな。別に怪しい者じゃない。昔から帝国にいた宮仕えのおっさんだ」
ナイトレイドのメンバーを見てみるが、特に問題はなさそうだ。敵意は感じられないし、タツミなんかは俺が仲間になると分かって嬉しそうにしている。
マインの目つきは鋭いが、本気でこっちを怪しんでるという訳でもなさそうだ。後一人知らない女がいるが、多分エアマンタに乗ってた奴だろう。
名前は≪チェルシー≫と聞いている。
「とりあえず、貴方を仲間に加えるのは構いません。皇帝をどうするかは革命軍本部で話し合うしかありませんが…」
「ん…ああ、それでいいよ。もし殺すってなったら連れ去るからな」
「はぁ…貴方は本当に…」
「まぁまぁ! いいじゃんボス。イェーガーズの戦力削れて、こっちの戦力が増強できんならさ」
それはそうだが、とレオーネとナジェンダが話しているのを尻目に、ラバックとタツミの二人に話しかける。
話はついただろうし、これ以上はナジェンダの近くにいなくても良いだろう。
「よぉ、タツミ」
「ソープさん! 仲間になってくれるんですか!」
「今聞いてた通りだよ。これからはナイトレイドの一員としてよろしく頼む。あと別に敬語じゃなくていいんだぞ」
「あ、分かった!」
殺し屋なのに、なんと言うか純粋無垢な少年に見える。と言うかナイトレイドに入ったのはつい最近なのだろう。
確かに戦いのセンスには光る物があるが、未だ磨き切れていない。闘技場での試合でしか見ていないから更にそこから成長はしているだろうが。
これからに期待の大器晩成型か。進む道が、先があるというのは羨ましいものだ。
「まあ、ナジェンダさんが決めたんなら歓迎するよ。改めて、ラバックだ。よろしく」
「歓迎されるのは嬉しいね。よろしくなラバック」
「ラバでいいよ。皆そう呼ぶから」
今度はボケではなくお互いを認めるように握手する。とりあえずタツミとラバックは仲良くできそうだ。最初は打ち解けるところから始めないとなぁ。
一応、メンバーの名前はレオーネに伝えられていたので把握している。そんな簡単に教えていいのかとも思ったが、マインが突っ込んでたので俺はスルーしておいた。
それでも挨拶ぐらいしておくべきだろう。後で全員周って行こう。タツミとかラバックを連れて行けば警戒もされないだろうし。
「それじゃあ新メンバーのお祝いでもしようぜぇ!」
「お前が騒いで飲みたいだけだろ」
レオーネとナジェンダも話が終わったようで、歓迎会を開いてくれるようだ。
これから騒がしくなるだろう。挨拶はその時でいいか。
■■
「ソープさんってボスとはどういう関係なんだ?」
「急になんだ」
「いや、気になって――」
「ああ! 俺も気になるね!?」
歓迎会でとりあえず全員に挨拶周りは済んだので、比較的居心地がいいタツミとラバックの近くにいたのだが、
何故かナジェンダとの関係を聞かれた。昔、鍛えてやった以外の接点はないんだが。
「別に構わないが。ラバの食いつきはなんなんだ?」
「あー、それはコイツがボスのこと好きみたいで、それで気になるんだろ」
「言うなよ! なんで言っちゃうんだよ!」
「いいじゃねえか、男仲間なんだし」
なんであの時悔しそうというか、唇噛んでこっち睨んでたのかと思えばそういう事か。
あれも結構将軍時代は好意を寄せられていたみたいだし、不思議じゃない。
「ただの師弟関係だな。ラバが気にするような間柄じゃない。昔、ナジェンダの嬢ちゃんが将軍になる前に少し鍛えてやっただけの話だ」
「ボスを鍛えるとかどんだけ強いんだソープさん…」
「昔のことだからな。今は強くても昔は普通だ。俺でも鍛えられる。それに教えたのは基礎的な体術とか軍での行動、知識だけ」
「じゃあソープはナジェンダさんと付き合ってたとか、そういうのは無いんだな!?」
無いよと笑いながら返し、配られた俺専用の食事を食う。料理担当のスサノオには俺の帝具の影響でみんなでつつくタイプの飯は食えないと言うことは説明してある。そしたら律儀に俺の料理を作ってくれた。感謝である。
食事をする必要はないが、娯楽というか、味は感じるし腹が満たされる感覚もあるので偶に食ったりする。一応は元人間だし、精神的にも落ち着くというのも含まれてる。
「あ、そう言えばなんで嬢ちゃん呼び?」
質問攻め過ぎる。気になるんだろうが、落ち着いて飯食わせてくれタツミ。
「ぶっちゃけ嬢ちゃんって年でも――」
タツミの姿が消え、代わりに義手が隣に置かれていた。ワイヤーで繋がれていて、その先はナジェンダだった。
よく聞こえるなこの騒ぎの中…。とりあえず飯を食う手は休めずに声を掛ける。
「大丈夫かタツミ」
「お、おう…」
「女性に年の話は禁物だぞ――次は目からレーザーを出すかもしれん」
「まじで!?」
「出すわけないだろうが!」
ずんずんと近づいてくるナジェンダ。そこまで年の話に敏感なのもどうかと思うが。
別に老けているわけではないし――あれ、いくつなんだ。忘れてしまった。
「まったく、人が近くにいないからといって余計な事は言わないでください」
「言ってないよ。おじさんの事信じて」
「はぁ…本当に変わりませんね、貴方は――でも嬉しいですよ、古い知り合いはほとんど死んだか、敵になってしまいましたから。貴方も死んだと聞かされていました」
「オネストは周りにそう吹聴してたみたいだな。実際は地下の牢獄に幽閉されてたんだが」
確かに外に出たら知り合いは殆ど革命軍に行ったか、死んでたりしたな。ブドーとかは一応知り合いだが、お互い嫌いあってるのでノーカウント。
というか幽閉されていた期間が長すぎた。我慢したのは俺だが、何年も閉じ込められるとは思わなかった。オネストも結構粘り強い。
「ずっと機会を伺っていたんですか?」
気付いたらタツミは近くにはおらず、ラバックは何故かタツミに引き摺られて連れて行かれていた。
変な気をきかせる奴らだな。
「まあ、そんなとこだ。外に出た後は情報収集して、革命軍に情報を流してみたり、帝具をわざと回収せずにしたりと色々してた」
「なるほど。ここまで革命軍が大きくなったのも貴方のおかげでしたか」
「それは違うな。俺は大したことしてない。情報って言ってもオネストにバレない程度の物だし、帝具も、この前の≪パーフェクター≫くらいで、後は凡庸な帝具ばっかだ。大体、情報も帝具も使う側がダメならなんの役にも立たん」
「フフッ…確かにそうですね」
「なんで笑う」
変な奴だな。何かおかしなことでも言ったか?
「いえ、貴方は昔から自分の手柄を上げたがらない人でしたから。本当に変わらないなと」
「手柄を上げるも何もただの宮仕えだったからな。宮殿の仕事で忙しいし、手柄上げても出世はしない」
「ただの宮仕えが賊を捕まえたり、私の鍛錬をするはずないでしょう…」
「細かいんだよお前は。もっとサバサバしてただろう前は」
そういうと、何故か黙ってしまった。さっきから言葉の選択を誤っているのだろうか。
普段ならもっと上手く言葉選びできるんだが、調子でも悪いのか。いかんな。
「そうですね…昔の自分はそうでした。でも、貴方が死んだと聞いて――私は絶望しました。ただの師だと思っていたのに、あんなにもショックを受けるなんて思いませんでしたよ」
「…それで?」
「きっと師弟の関係でしかないと、思い込んでいただけだったんです。ただの師、恩人でしかないと。けれど死んだと聞いてから、ずっと貴方の事を考えるようになっていました。我ながら女々しいですよ。でもそれで気付いたんです……本当は、私は貴方の事が――」
何かを伝えようとしているその顔は切なく、思わず抱きしめたくなる程だ。
上目遣いも加わって、普段のナジェンダを見ている奴からすれば相当な効果を発揮するだろう。
だが、
「ストップ」
「す――っておい!?」
すまん、でも止めといた方がいい。
何故なら、
「えーっ、そこで止めんのかよ」
「ボスにもそういうのがあったんだな。驚いたぞ」
「離せタツミ! あの野郎ただの師弟関係だとかウソつきやがって!」
「落ち着けラバ! まだ勝機はあるって!」
こんな場所だから、そりゃ誰かが気付けばそうなるだろう。ナジェンダは気付いてなかったみたいだが。
「お、お前ら! さっきまでのドンチャン騒ぎはどうした!」
「いやぁー、だってねぇ?」
ニヤニヤとしているレオーネは、完全に揶揄う気満々だ。
ナジェンダは珍しく顔が赤くなっており、ああこいつにも羞恥心とかあるんだなと思った。
いつも男勝りで、確かに美人で男にもモテていたが、女性ファンの方が多かったし、男の噂も聞かないので乙女心とか女性らしさを捨てているのかと思っていた。
そして本気で恥ずかしいのか、暴れようとしているので止める。
「離せソープ! あいつらに鉄拳を食らわせなければ!」
「落ち着けって。それはまたの機会にしとけ。さっきのも、今の現状が落ち着いたら話せばいいだろう?」
「うっ――確かに、そうだ……そうですね」
しゅんと項垂れて同意してくれたので、一先ず落ち着いたはずだ。
そろそろこの騒ぎも終わりにした方がいいだろう、今回の歓迎会で結構メンバーとも打ち解けられたと思うしまずまず。
「じゃあ最後は俺からの終わりの言葉でいいか?」
その言うと、全員頷いてくれたので――
「まあなんだ。元はイェーガーズで敵みたいな気持ちはあるだろうが、目的はほとんど一緒だ。これからは仲間、いくらでも頼ってくれ」
その言葉に全員答えてくれた。
これからは面白くなる。上手くいくかどうかはまだわからんが、今は革命軍が勢いを増している。そうして大臣を打ち倒せば、陛下も救える。
とりあえず今は警戒を怠らずにいよう。オネストも俺が離反したことによって警戒度は上がっている。
油断も慢心もせず、確実にやっていこうと決意する。
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「そういえば、今更ですが敬語をやめてもいいですか?」
「ん? いいぞ別に」
「ありがとうご、いやありがとう」
「それにしても何でだ?」
「それは…ボスが部下に敬語を使っていては司令塔が誰なのか困惑したりするだろう。
後は――まあ対等になりたいからな」
「クハッ――そうかい」
投稿遅れてすみません。これからも続けますので、読んでいただけると嬉しいです。
誤字脱字がある、改行の所為で見にくいなどのご意見をいただけると幸いです。