野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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しぶちー流クレバー、というお話



第97話 ディナー前

「それで、何かトラブルでも?」

 

スコールは柔らかな雰囲気のまま、恭一の前に立つウェイターに問い掛ける。

 

「いえ、此方のお客様のお召し物が当店の規定に沿わないため、入店をお断りしていた処です」

「あら、そうなの.....」

 

そんな遣り取りの合間、恭一はスタコラ其処から移動しようとする。

 

「ちょっと坊や。何処へ行くの?」

「家に帰ってスーツに着替えないと」

 

そんな恭一の言葉に、スコールは溜息混じりで自分の顎を指先で叩き

 

「お連れの相手は、もう入店しているのでしょう?」

「ええまぁ」

「それならあまり待たせても相手の子に対して失礼でしょう?」

 

確かにその通りなのだが、金が無いのでどうしようも無い。

 

「それなら急いで帰ろうとしている俺の邪魔する貴女も失礼ですね」

「なっ.....お客様! ミューゼル支配人に向かってそのような.....!」

 

歯に衣着せぬ恭一の言葉にウェイターが出ようとするが、それをスコールは手で制止する。

 

「おほほほほ! 確かに坊やの言う通りね」

 

恭一の切り返しが余程新鮮だったのか、楽しそうに一頻り笑うと

 

「行きましょうか、坊や」

「.....何処へです?」

「3階のお店よ」

「金が無いからわざわざ帰るんですよ、言わせないで下さい」

 

頭をポリポリ掻きながらブスッと告げる恭一に対し

 

「私が買ってあげるわ」

「いやいや、流石に悪いですよ」

 

焦ったように手を前に振ってみせるが

 

「いいのよ。私、若い男の子にプレゼントするのが趣味だから」

 

(これが巷で噂の援助交際と云うヤツか)

 

何時もの如く的外れな事を思い浮かべるアホだが、口に出さないだけ成長したと言える。

 

そんな事を思っていたら、さっと腕を組まれ

 

「さっ.....遠慮しないで行きましょう?」

「いやちょっ.....あのっ.....」

 

あれよあれよと、グイグイ引っ張られて行く恭一。

その際、豊満な胸をわざとムニムニ腕に押し付けて、スコールは密かに恭一の様子を伺う。

 

(あらあら、随分アタフタしちゃってるわねぇ.....ズバ抜けた戦闘力はあっても、こういう事には慣れてないみたいね)

 

自分の色気にすっかり照れてしまっている15歳の少年。

戦闘面はピカ一の評価だが、歳相応な部分も存在している。

スコールは取り敢えずだが、今はそう判断した。

 

あわあわ、しどろもどろの状態で歩く恭一は

 

(芳しい血の香りに、隙の無い足運び。瞬時に俺の表情から情報を得ようとする洞察眼に抜け目の無さ、ときた.....ふーん?)

 

道化を演じる事など、この男に取ってはお手の物。

狡猾極まりない少年、恭一はスコールが自分に近づいてきた刹那、本来の己を消し去り、虚偽姿を瞬間的に贋造したのだ。

 

(コイツが会長の言っていた『亡国機業』かどうかなんざ、どうでも良い)

 

スコールの思惑など恭一は知らないし、知りたいとも思っていない。

ただ言えるのは、相手が誰であれ、搦め手で来るのなら自分も搦め手で迎え撃つ。

それだけである。

 

尚もスコールに胸を押し付けられている恭一は、照れた表情を保ちながら悪巧みに走っていた。

 

 

________________

 

 

 

3階の紳士服売り場に着いた2人。

スコールはともかく、恭一にスーツの価値など分かる訳も無い。

それ故、彼が取る行動は一つしかなかった。

 

「店員さん、カモンッッ!!」

 

客が男と云う事でだらけた雰囲気でやって来る店員に

 

「この店で一番高いスーツを頼むよ」

 

スコールが買ってくれると言質を取った彼は、ご機嫌顔でそう言った。

この男は遠慮と云う言葉を知っていても、する気は無いらしい。

 

(.....ふぅん?)

 

「.....は?」

 

店員のリアクションは間違っていない。

学生にしか見えない少年が言っても、それは冷やかしにしか聞こえないだろう。

恭一は少し離れた所に居たスコールの近くまで行き

 

「このお方を何方と心得る! 恐れ多くもこのホテル『テレシア』支配人、ミス.ミューゼルに在らせられるぞッッ!! 頭がたかぁぁぁぁい!!」

「ちょっ」

 

金に関してはまるで問題ないが、自分を巻き込んでの寸劇など勘弁して欲しい。

他にも客はたくさん居るのだ。

注目を浴びる事自体は決して嫌いでは無いが、この様な薄ら寒い意味で視線が集まるのは、彼女にとって中々に耐え難いモノがあった。

 

恭一の水戸黄門チックな雰囲気に当てられた店員が、思わずスコールに頭を下げようと

 

「そんな事しなくていいから」

 

彼女は良心で言った訳では無い。

恥ずかしいからヤメロ、と言っている。

 

「この坊やに合う最高級ブランドのスーツをお願いするわ。あくしなさい」

「は、はい! 只今、用意しますッッ!!」

 

スコールの鋭い眼光を浴びた店員は、急いで取り掛かった。

そんな店員に付いて行く恭一の背中を目で追うスコールは何を思う。

 

(掴みかけていたペースを奪われたわねぇ....)

 

彼女は『亡国機業』の幹部であり、この高級ホテルの支配人でもある。

そんな彼女にとって、恭一が言ったスーツの値段など論ずるに値しない。

問題は主導権の握り合いである。

自分から腕を絡めた時は、軽く主導権を握れたつもりだった。

が、この店に入ってからは一点、恭一のペースに自分が飲まれているではないか。

 

(問題は彼が意図的にやっているのかどうか、なのよねぇ)

 

天然ならば良い。

しかし、意識してやっているのなら話は別だ。

もしもそうなら自分の正体を恭一に知られつつも、敢えて虚仮にされていると云う事に他成らない訳である。

 

(.....どこかで試してみるか)

 

更衣室から出てきた恭一を迎えたスコールは微笑みを絶やさない。

 

「あら、似合ってるじゃない」

「あざーっす」

 

(軽いわねぇ)

 

Brioni(ブリオーニ)のスーツに包まれた恭一は、エレガントなシルエットを映えさせながらも、態度は正反対であった。

 

「しかし自分で言っておいてアレですけど、流石に気が引けますね」

 

恭一は今更になって、値段の事を言ってみる。

値札には0が六つ並んでいた。

 

「気にしなくて良いのよ」

(いやちょっとは気にして欲しいのだけどね。厚顔無恥過ぎる処とか)

 

まだまだ表情には現さない余裕が見て取れるスコール。

 

「でも、初対面の俺にどうして此処までしてくれるんですか?」

「あらあら、誰かを助けるのに理由が必要かしら?」

 

蠱惑的な笑みを浮かべて返す。

 

「それでも坊やが理由を欲しがるのなら.....」

 

恭一の首元に手を伸ばす。

 

「私の心が満足するからよ」

 

どうやらネクタイが少し曲がっていたようで、彼女が丁寧に直してくれた。

 

「満足?」

「そう、満足。お金を持っていない男の子に服を買ってあげて、私は感謝される。優越感にも浸れるし、虚栄心も守られるって訳.....ね? 分かってくれたかしら?」

 

可愛らしくウインクしてみせるスコール。

言葉ではそう言っていても、まるで思っていない雰囲気を漂わせていた。

まさに目の前の女性からは、気品と器の大きさが感じられると言っても良い。

 

「あ、そっかぁ」

 

額面通りに受け取るのはこの男位である。

 

(.....まぁ良いんだけどね)

 

内心少しピキリと来たスコールだが、気にしないようにする。

 

「これ持って行きなさいな」

 

そう言ってバラの花束を手渡される恭一。

どうやら恭一が試着中に花屋に注文していたようだ。

 

「ディナーのお相手、待たせているのでしょう? だったら花束くらい持って行かないと、彼氏失格ね」

「ナルホドナー」

 

(彼氏と云う言葉には否定せず。篠ノ之箒とは恋人関係なのかしら?)

 

「それじゃあ、レストランに行ってきなさいな。あんまり女の子を待たせてはいけないわよ? 女って云う生き物はね、男の二倍早い世界で生きてるのだから」

 

(なにいってだコイツ)

 

洒落た禅問答などこの男には豚に念仏である。

 

「あ、あーっと....出来れば連絡先、教えて貰っても良いですか?」

 

3桁を超す金額のスーツにバラの花束。

これだけ気前良く買って貰えば、流石の恭一も申し訳無い気分になったようだ。

 

「あらあら、お金なんて良いと言ったでしょう? 坊やの感謝の気持ちだけ受け取っておくわ」

「いえ、お礼のお手紙を送ろうと思っただけです」

 

「........」

「........」

 

何とも言い難い沈黙が2人の間を支配する。

 

(....トコトン恥をかかせてくれるわね、この坊や)

(うへらへら.....よく耐えてますなぁ)

 

「もう行きなさいな」

 

何とか笑顔で送り出す事を選び抜けたスコール。

 

「最後に、お名前だけでもフルネームで教えて貰っても?」

 

スコールはにっこり微笑んで

 

「.....スコールよ。スコール・ミューゼル」

「そうですか。このお礼はまた何時かお会いした時に必ず!」

 

『スコール・ミューゼル』と云う言葉にも恭一は一切反応を見せなかった。

 

(更識楯無から私の名前は聞いてないのかしら?)

 

勿論、楯無は容姿に加えて名前も恭一にも伝えようとしたのだが

 

『楽しみが無くなるから言うな』

 

だ、そうである。

 

恭一とスコールは行き先が別なので此処でお別れだ。

 

(貴方の警戒心を試させて貰うわよ)

 

「ええ。それじゃあね、" 渋川恭一君 "」

 

一度も名乗っていない名前をスコールは、最後にわざとフルネームで言い締めた。

一体、どんな反応を見せるのか。

目の前の少年が平和ボケしているのなら、このままスルーするのだろうが。

 

(果たしてどうでるかしら? 渋川恭一)

 

スコールの期待とは裏腹に

 

「はい! それでは、また!」

 

特に何事も無く、駆け足でエレベーターの方へ向かっていく恭一。

そんな彼の背中を面白くなさそうに一瞥するや、彼女は踵を返した。

 

(やっぱり唯のガキね)

 

力はあっても所詮、子供は子供か。

スコールは詰まらなさそうに、その場から離れる。

そんな時

 

「本当にありがとうございました!」

 

エレベーターの中から扉を手で押さえ、改めて礼を言う恭一の矢叫びのような声。

 

(あらあら、意外と可愛らしい処もあるじゃない)

 

恭一の方へ振り向こうと

 

「スコールおばさんッッッ!!!」

 

―――ビキッ

 

.......スコールおばさん

.....スコールおばさん

...スコールおばさん

スコールおばさん

(エコー)

 

決して騒がしくないホール内に、鐘を叩かれたように響き渡る狂者の言霊。

スコールは此処の支配人である。

店員達は一斉に奥へと逃げ込んだ。

今の彼女を見るには忍び無いからである。

 

周りに要らぬ気を遣われた事が余計に彼女の癪に触る。

それだけでは無い。

彼女が振り向いた時、既にエレベーターの扉は閉まっており、上へ移動していたのだ。

 

「うふふ.....ウフフフフフフ.......ウフフフフフフフフ」

 

冷ややかな能面を顔に貼り付け、ゾッとする様な冷笑的な薄笑い。

 

(唯のガキじゃないわ.....超が付く程のクソガキね)

 

果たしてこの時、エレベーターに揺られる恭一はどんな顔をしていたのだろうか。

 

 





今年もよろしくオナシャス!( *`ω´)

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