野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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前菜よりも前の前の前、というお話



第96話 ディナー前々

「....ええ、人数はその位で良いわ」

 

此処はとある基地内部。

基地と銘打ってはいるが、内部はかなり豪華な洋装で仕上がっている。

 

「....私も適当な時間に其方へ行く予定よ、ええ」

 

『亡国機業』幹部スコール・ミューゼルは、どうやら電話中らしい。

彼女に呼ばれて部屋にやってきた2人の女性を視界に入れると、軽く微笑む。

 

「それじゃあ、また後でね」

 

電話を終えたスコールにツカツカと歩み寄るオータム。

 

「なぁスコール.....アイツと殺り合う事だけはしねぇでくれよ?」

「あらあら、心配性ねオータム。大丈夫よ、少しお話するだけだから」

 

(狂犬とまで言われたこの子ですら、あの少年に呑まれてしまってるわねぇ)

 

無理も無い、か。

腕をもぎ取られ、目潰し、さらには文字通り自分の肉を目の前で食べられたのだから。

 

(そう考えると、野生を地で行ってる事になるのよねぇ)

 

「ボロボロにされたから言ってんじゃねぇんだって! 私だってスコール程じゃねぇけど戦場を駆けてきたんだ。でもよ、あんな眼をした奴なんかこれまで居なかったんだよ!」

 

オータムは思い出したのか、自分の身を抱きしめる。

 

「アンタが気に掛かるのも分かるけどよ.....それでも危険な奴には変わりねぇ。オメーもそう思うだろ、まどっち!」

「こ、殺すッッ!!」

 

まどっちと呼ばれた少女、織斑マドカがオータムに襲い掛かるが失った腕をサイボーグ化した事で強化された彼女に難無く防がれてしまう。

 

「やめなさいオータム、まどっち」

「貴様もその名で.....呼ぶなッッ!!」

 

身に付けていたナイフをスコールに向かって投擲するが、既に彼女はその場に居ない。

 

「何度言ったら分かるのかしら?」

「がっ......あがっ......」

 

後ろから腕を極められ、床に顔から叩き伏せられる。

 

「これは罰。勝手に渋川恭一に接触した貴女への罰。負けた貴女の言い分など聞く価値は無い」

「ぐっ.....ぐうっ.....」

「恨むなら渋川恭一に負けた己の弱さを恨みなさい」

「わ、私は負けていないッッ!!」

 

反射的にそう叫び返すが

 

「可笑しな事を言うわねまどっち。あれだけの落書きを甘んじた者が.....ねぇ?」

「......ちっ」

 

マドカから力が抜けた事でスコールも解いて、彼女の上から退いた。

 

「パワーアップした貴女でも、少年に勝てないかしら?」

「無理。アイツの前に立つって考えただけでも正直失禁モノだぜ」

 

スコールの言葉にオータムは両手を上げて降参の構えだ。

 

(そう簡単に恐怖心を払拭出来るのなら、トラウマなど存在しない.....か)

 

「まぁいいわ。私は今夜、渋川恭一と接触する。此処の守りは任せたわよ」

「分かったよ」

「......了解」

 

未だ心配そうな表情のオータム、不満顔を一切隠そうとしないマドカに見送られてスコールは飛び立った。

 

 

________________

 

 

 

「ふんふふーんふーん....ふんふふーんふーん♪」

「今日はペンペンさんに話し掛けてないんですね」

 

上機嫌で服を選び中の箒に、ルームメイトの静寐が声を掛けてくる。

 

「ふっ.....ペンペンとは既に昨夜話し終えたからな!」

「そ、そうですか」

(私は冗談のつもりで言ったのですが....)

 

いつもの彼女ならこういう時、照れるはずなのだが。

今日の箒はどうやら一味違うようだ。

 

「今夜でしたね、渋川君と豪華ホテルでのディナーは」

「う、うむ」

 

もう一度カバンから招待券を取り出して、日にちの確認をする。

 

「今日で間違いないな、よし」

 

ホテルの名前は『テレシア』。

今夜は、その最上階のレストランで恭一と夕食を共にするのだ。

 

(むふふふ.....取材の時といい、今夜のホテルディナーといい、最近の私はノリに乗っている。恋愛の神様が微笑んでいると言っても良い!)

 

中々2人きりの時間を設けられない千冬とは違い、彼女は着実に大人の階段を登っている。

 

(こ、この前は勢いで私から大人なキスをしてしまったが、恭一だってまんざらでも無かったはず)

 

舌を絡め合った事を思い出した箒は、赤らめるも夢心地な気分に浸っている。

 

うへへへ、とだらしなく笑う箒に

 

「それにしてもロマンチックですわね、夜景の見えるレストランで食事とは」

「あははは! やけに見えるレストランって何だ鷹月!?」

「えぇ.....何ですかその視聴の強そうな建物」

 

武士モードでも乙女モードでも無い。

静寐の目の前の少女は、完全に浮かれモードだった。

 

「あはっ....あはははは! くっきりしてるって事なのか?! あははははっ!!」

 

徹夜でも無いのに箸が転んでも可笑しいテンションな箒は、どうやらツボに入ったらしく、お腹を抱えて笑い転げていた。

 

(うふふ.....入学した頃の篠ノ之さんが今の自分を見たらどんな顔をするのでしょうか)

 

ベッドでペンペンを抱えてケタケタ笑っている彼女を、微笑ましく眺める静寐だった。

 

.

.

.

 

『会話を楽しみつつも、相手を褒める事を怠ってはなりませんよ恭一お父様!』

「ナルホドナー」

 

箒が笑い転げている頃、恭一はクラリッサから今夜のアドバイスを授かっていた。

 

 

________________

 

 

 

「申し訳御座いません。当レストランでは、そのような格好での入店はお断りしております」

「.....あ゛?」

 

昨日の無人機襲撃の件で、タッグマッチ出場者に恭一を加えた11名は形式的な物ではあるが、其々が今日取り調べを受けた。

箒と恭一も強制的に受けさせられたのだが、2人の取り調べが行われる時間帯はだいぶ擦れが生じていた。

箒の方が恭一よりも早く終わるのだ。

 

どうするか2人で話し合った結果、今夜のディナーは現地で落ち合う事になった訳なのだが。

 

恭一は薫子から貰ったディナー招待券を片手に、ホテル『テレシア』の最上階レストランで、ウェイターに入店を拒否されていた。

 

「.....ジャケット着てても?」

 

『シティホテルで食事とくれば「和・洋・中」を問わず、ジャケットの着用は必然ッッ!!』

 

前世での師匠から承った言葉である。

 

「格式の問題ですので」

 

どうやら恭一の姿はこのホテルでは受け入れて貰えないらしい。

 

「あー.....どうすりゃ良いですかね?」

「そうですね。スーツ若しくはタキシードでお越し下さい」

「.......」

 

確かに恭一もスーツを持ってはいる。

この前受けた取材で、渚子から貰ったヤツだ。

 

だが、今からまた学校へ戻らにゃならんのか?

箒は既に入店しているのに?

 

むむむ、と唸る恭一に助け舟のつもりか

 

「お客様、三階のショップで買うという事も出来ますが、如何されますか?」

 

そうか!

確かに買っちまえば良いじゃないか。

 

「そうした方が良いですね。ちなみに一番安いので幾ら位するもんなんですかね?」

「14万3000円ですね」

「14万!? 嘘でしょう.....?」

 

(『執事にご褒美セット』と同じ値段じゃねぇか!!)

 

恭一はつい文化祭での事を思い出す。

 

「いえ、本当です」

 

キリッと答えるウェイターの態度が、何故か妙に恭一を苛立たせた。

 

(ンな大金持ってる訳ねぇだろが.....箒はどうしたんだ?)

 

忘れてはいけない。

この世は現在、女性優遇社会なのだ。

男は買ってこいと突っぱねられるが、女性には親切丁寧に店側が貸してくれる世界なのである。

 

(どうする.....力押しでいけるか?)

 

とりあえず、物は試しだ。

思ったが吉日、何でもやってみよう精神は大事なのである。

 

「招待券があっても?」

「駄目です」

「知り合いがもう中に居ても?」

「駄目です」

「どうしても?」

「駄目です」

「.....これ程頼んでも?」

 

恭一は目の前のウェイターに対して、抑えていた殺気を少し解放した。

 

「だ、駄目です」

 

見えない殺気に震えるも、自身の仕事に誇りを持つウェイターは動かない。

 

「入れてくれよ」

「お断りします」

「入れてくれよ」

「お断りします」

「入れろよ」

 

先程よりも幾分強い圧迫がウェイターに襲い掛かる。

 

「お、お断りします」

 

それでも耐えるウェイター。

 

「入れろ」

 

何だか段々面白くなってきた恭一は、これまでとは比べ物にならない並々ならぬ殺意の波動をぶつけてみるが

 

「ひっ.....お、お断りしますッッ!!」

 

圧力に屈しないウェイターの鑑とも言うべき姿が其処にはあった。

と言うより、完全にタチの悪い客と化している恭一だった。

 

(.....凄い奴も居たもんだ)

 

ど根性ウェイターに感服した恭一は、携帯を取り出す。

 

仕方ない。

箒には悪いが、一端学校へ戻って着替えてくるか。

 

その旨を伝えるべく、箒に電話しようとした処

 

「あらあら」

 

不意に澄んだ声が恭一の後ろから聞こえてきた。

振り向いた先には、ドレスを身に纏った金色の髪を靡かせる美しい女性が立っている。

 

「こ、これはっ.....ミューゼル支配人」

 

ウェイターは女性に向かって丁寧なお辞儀をする。

 

「楽しそうな会話ねぇ.....私も混ぜてもらって宜しいかしら?」

 

そう言って恭一に妖艶な笑みを浮かべるミューゼルと呼ばれた女性、スコール・ミューゼルは心の内で舌舐りする。

 

(漸く会えたわねぇ.....『亡国機業』を虚仮にした男、渋川恭一。貴方との邂逅を楽しみにしてたわよぉ)

 

そんな心境とは裏腹にうふふ、と上品さを欠かさないスコール。

 

恭一の目の前まで近づく女性は、まさに大人の魅力に溢れんばかりであった。

背もすらっとしていて、大きな胸にほっそりくびれた腰。

さらに、艶やかなヒップラインが強調された紫色のドレスを見事に着こなしている超絶美人である。

 

そんな美しい女性が恭一に対し、優艶に微笑み掛ける。

世の男子なら舞い上がってしまう事、間違い無しなのだが

 

(何だこのおばさん)

 

この男は何処までも失礼極まりなかった。

 

 





とりあえず今年は此処まで。
皆さん良いお年を(`・ω・´)

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