変化球にバットを出す気無し。
打つのは剛速球のみ、というお話
「ほれ、俺がブレンドした中国茶だ」
そう言って湯呑を渡されると、お茶の良い香りがセシリアの鼻翼を擽った。
「紅茶とはまた違った、良い香りですわ」
口を付けてゆっくりと味う。
「.....美味しい」
彼女の言葉に恭一も自然と筋肉が弛むような微笑みに変わる。
「中国茶ってのは茶葉を発酵させているからな。香りも味わいも深みが出るのさ」
「うふふ.....確かに深いですわね」
(至福の時ですわ)
朝練・IS授業・部活・放課後の鍛錬。
寮に住んでいない恭一と共に居られる時は、ほとんど限られている。
セシリアが居る空間での恭一は、何時だって不敵な笑みを絶やさない。
学園を離れても己の肉体を追い込み、苛烈な表情を見せている。
(恭一さんにこのような穏やかな一面があったなんて)
学園では見せない目の前の少年の大人びた雰囲気に、セシリアの心はドキドキと高鳴った。
「「........」」
お茶を啜る2人の間には、黄昏のような静けさに満ちていた。
恭一はこう云った雰囲気は決して嫌いではない。
この静寂さに何処までも身を寄せて居られる。
セシリアはどうだろうか。
(い、いけませんわセシリア! このままでは話題が全く無いツマラナイ女だと、恭一さんに思われてしまいます!)
そんな事は無いのだが、彼女は目の前で横たわる沈黙が許せず、何か話の種は無いか、と一生懸命に探し始める。
「そ、そう云えば恭一さん、タッグマッチの件は出られなくて残念ですわね」
専用機を持っていない、人数の関係、何より実力の高さ故に恭一は参加を認められなかったのだ。
「まぁお前達とは普段から何度も試合っているから良いんだがな」
タッグマッチ出場者の中で『たんれんぶ』に所属していない二人組。
2年のギリシャ代表候補生『フォルテ・サファイア』。
3年のアメリカ代表候補生『ダリル・ケイシー』。
恭一はこの2人と戦ってみたかった。
「まぁ機会はこれからもあります、今回は縁が無かったと云う事で」
其処まで言ってから恭一の顔に、片頬に刃のような冷笑が浮かんでいる事にセシリアは気付いた。
「.....悪い顔になってましてよ?」
「さて、な」
恭一は、含みのある表情のまま軽く肩を竦める。
「ギリシャ・アメリカ組と当たるのは、どのペアなんだろうな?」
そう言った刹那の瞬間、凄まじい重圧が彼から発せられた。
「......ッッ!?」
(今の口振り.....)
何気無い一言だったが、それを受けたセシリアは、冷や汗がじっとり肌に沁みるのを感じた。
(私と箒さんのペアでありませんように)
こればっかりは祈るしか無い。
恭一からは既に戦狂いの雰囲気は霧散しており、いつもの彼に戻っていた。
「おー、飲み終わったか? んじゃ、そろそろ施術してやるよ。ベッドに横になりな」
「は、はいっ! お願いしますわ!」
若干声が裏返ってしまった事を恥ずかしく思いながら、セシリアはおずおずとベッドにうつ伏せで横たわる。
「あ、あの.....恭一さん?」
「んー?」
「そ、その.....あのですね.....」
本当に言ってしまって良いのか。
変に思われてしまうかも?
い、いえ! 何のために私は此処へ来たと云うのです!
「きょ、恭一さん!」
「んー?」
恭一は腕を捲くって準備中だ。
「し、下も脱ぎましょうか!?」
「風邪ひきたいのか?」
季節は既に10月を過ぎている。
風呂を上がってからの薄着では、体調に影響出ても可笑しくない時季である。
「そ、そうですわね.....体調を崩しては元も子も無いですものね」
100人の男子に聞けば、全員がセシリアは美人だと答えるだろう。
プロポーションだって出る処は出て、尚且つ引き締まる処はキュッと引き締まっている。
そんな魅力溢れる女性から恥ずかし気に「脱ぐ」と言われれば、年頃の男子なら慌てふためくモノなのだが。
恭一から返ってきた言葉は、セシリアが期待したモノでは無かった。
(ううっ....ある意味、私の身体を労わってくれているのでしょうけど)
『アイツは私達2人にしか女を感じでいない』
千冬達の勝ち誇った顔が過ぎる。
(まさに難攻不落の要塞ですわ.....私も一層締めて掛かりませんと)
「あひぃんっ!?」
気を引き締めた筈のセシリアから間の抜けた声が。
「きょ、恭一さん?」
恭一の指が彼女の脇を突っついたのだ。
「今から施術すんのに、強張ってどうすんだよ。力抜け」
「そ、そうですわね。すー.....ふぅ.....」
何度か深呼吸して、身体に入った余分な力みを抜いていく。
落ち着いてくると、今から恭一に身体を触られるという事に鼓動の高鳴りを感じだしてしまう。
「まずは足からな」
「お、お願いします」
恭一の手が優しくセシリアの足に触れる。
(っ....は、始まりましたわ)
想像していた以上に高鳴る鼓動のせいで、マッサージの感触など全く分からない。
(んっ.....で、でも優しく触られているのだけは感じますわね)
手のひら全体を面として、ゆったりと揉みほぐしていく。
それがセシリアの疲労の溜まった足を心地よくさせてくれた。
(はぅ....幸せですわ)
言い様のない快感に浸りながら、熱っぽい溜息を漏らした処で自身の目的を忘れかけていた事に気付いたセシリア。
(い、いけませんわ。マッサージを受ける事が目的では無くてよセシリアッッ!!)
「あの恭一さん」
「んー?」
ふくらはぎから、恭一の手は腿へと移行する。
(はわっ.....太ももは少しこそばゆいですわね)
「わ、私の身体はどうでしょうか? 自分で言うのも何ですが、少しは自信があったりするのでしてよ」
「.....ふむ」
女を意識させる作戦その2。
恭一が触っているのが、女の身体である事を自覚させる!
ちなみにその1は、下着姿でメロメロ作戦だったのだが、敢え無く撃沈した。
「.....良いんじゃないか?」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、バランスがよく摂れていると思うぞ」
「そうでしょう! 私の身体はバランスがっ.....はい?」
バランスとは何でしょう。
モデル撮影の時には脚がすらっとしていて長い、と良く言われましたが。
そのようなニュアンスは感じられません。
「良いかセシリア。一箇所だけを重点的に鍛えるなんて事はするなよ」
「えっ、ええ......ええ?」
つい頷いてしまったが、意味が分からない。
「1つを重点的に鍛えると、人間ってのはそれに頼ってしまう傾向がある。さらには必殺技にまで昇華してしまうようになるもんさ」
「それはいけない事なのでしょうか?」
「いいや、それ自体は悪くない。右拳からの『閃光』や右脚からの『飛燕』とかな。俺だって技は多く持っているからな」
重要なのは一つに頼ってしまう事だ。
「幻の右拳とまで言われる程、右のパンチを極めた男がいるとしようか」
「ええ」
「ある日、その男は格下の男にあっさり敗北する事となる。どうしてだか分かるか?」
「.....何故でしょうか?」
「男は右腕を骨折していたのさ。その日の男は、自分の強さの拠り所を失った状態で戦ったんだよ。今まで右腕に頼ってきていたせいで、男は自分のペースを掴める事無くフルボッコにされましたとさ、おしまい」
此処まで聞いて、セシリアもやっと恭一の言葉の意味が分かった。
「私の身体は全体的にバランス良く鍛えられている、と云う事ですのね?」
「おう。ちなみにこれはISでも同じ事が言えんだぜ? 入学当時のお前さんなんか良い例だろ」
(ISでも? 入学当時の私....?)
「遠距離に居る内は堂に入ったモンだが、接近を許すと途端にワタワタしてたろお前」
「うぐっ.....そ、それは」
図星である。
セシリアは入学当初、近接武器を召喚する時もわざわざ声に出さないと顕現出来ない程であった。
「今はもうそんな事はねぇよなぁ? ビームを掻い潜られて、近接を挑まれても落ち着いて対処してるじゃねぇか」
「ふふ....『たんれんぶ』で嫌と言う程、格闘経験を積んでいますからね.....あっ、そう云う事ですか」
必中射撃をモノにしたセシリアは、遠距離攻撃を必殺技にまで昇華させた。
そして何時の間にかそれ以外には、手を付けなくなっていた。
恭一の言う『一つに頼りきってしまう傾向』である。
故に接近を許した時、一気に彼女は弱くなってしまう弱点もあった。
「気付かぬ内に私は弱点を1つ作り、これまた気付かぬ内に克服していたんですのね」
今頃気付いた事への照れか、セシリアは少しはにかみ笑った。
「うふふ....恭一さんと話していると、見えない部分が見えてきて嬉しく思いますわ」
「そいつは僥倖」
話は推奨されている肉体の鍛え方に始まり、ISでの戦闘面での話、さらには近接格闘から恭一が持つ技の数々の話へと転がる。
そうした中で自分でも習得出来るモノは無いか、とマッサージを受けながらも話は一層盛り上がり
(―――って盛り上がってどうしますの!)
何時もの恭一のペースに、気が付けば入り込んでしまっているではないか。
(くっ.....作戦その3ですわ!)
この作戦は中々に勇気がいるモノである。
セシリアは何度も深呼吸して己に言い聞かせる。
(此処に居るのは私と恭一さんだけ。恥ずかしがるなセシリア・オルコット!)
恭一は既に足を終え、腰の方を指圧している。
(......やぁーってやりますわッッ!!)
「あ.....」
「ん?」
「....あはぁ~ん.....う、うふぅ~ん」
色っぽい艶声で相手を虜にさせる秘策中の秘策である。
「き、気持ちいいですわ~.....あっはぁ~ん」
「........」
(私のエッチな声を聞けば、流石の恭一さんでも!)
「お前、頭大丈夫か?」
「どう云う意味ですかッッ!?」
まるで効果は無かった。
残念でもないし当然である。
「くっ.....恥ずかしい想いをしただけではありませんか」
「何ブツブツ言ってんだ。ほれ、まだ途中なんだから寝ろ」
「うう.....」
再びうつ伏せになるセシリアにもう作戦は残されていなかった。
(はぁ.....あのお二人はどうやって恭一さんを射止めたのでしょうか)
回りくどい事は無しで、真っ向からぶつかった結果である。
漢らしい2人だからこそ、恭一も意識せざるを得なかったのかもしれない。
(思い切って私から告白を.....)
それが出来れば苦労しない。
もしも断られた事を考えてしまうと、怖くてそんな勇気私には無い。
(恋が成就するには果てし無き困難な道のりなのですね)
恭一の手の温もりを感じながらも、甘酸っぱい想いに色褪せるセシリアだった。
「今夜はありがとうございました、恭一さん」
「おう。俺から言い出した事だし、気にするこたぁねぇさ」
一通りマッサージを受けたセシリアの身体は心とは裏腹に、疲れが吹き飛び軽くなった事を確かに実感させた。
恭一は彼女を寮まで送るため共に部屋を出る。
「.....恭一さんはお付き合いされているお二人が好きですか?」
「な、なんだよ藪から棒に」
道すがら恭一さんに何となく聞いてみた。
そんな私の問いかけに、目の前の人はそっぽを向いて
「好きに決まってんだろ、言わせんな恥ずかしい」
私には決して見せなかった恭一さんの照れたお顔が其処にはあった。
「恭一さん.....」
彼の目に自分は、写っていない。
それでも、セシリアは何処か慈しみのある眼差しで恭一を見つめた。
今夜は完敗だが、諦めてなるものか。
(....貴方の瞳に私も写り込んでやりますからね)
あっという間に寮の入口に着き、帰る恭一の背中に指で作った銃を構える。
(いつか必ず....私の魅力で墜としてみせますわ)
イタズラな笑みを浮かべるセシリアは狙いを定め
「ばーん」
「ぐはっ....」
「へっ?」
「や~ら~れ~た~」
日本、主に関西圏では指鉄砲で打たれた者は、何らかのリアクションをせねばならない昔ながらの風習があるのだ。
悶えながら倒れる恭一。
そんな彼を前にオロオロしだすセシリア。
恭一の危機(?)に颯爽と現れる箒と千冬。
今宵もIS学園は平和であった。
あはぁ~ん、じゃイカンでしょ(呆れ)
Oh yeah!! my god! Ahaaa,come come! I’m coming!! Nnnnnnhooooooo!!!!!
これなら墜ちてた(確信)