野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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普通が至福な乙女達、というお話



第89話 妥協しない男

「だから、もっとよく見ろと言っている!」

「ちゃんと見てますわ!」

「なら分かるだろう! もう一度最初からいくぞ」

「ええ、お願いしますわ」

 

第3アリーナにて箒とセシリアは来たる『タッグマッチ』に向けての特訓に汗を流していた。

出場者10名は其々、既にタッグペアを組み終え、今はペア同士で鍛錬中である。

 

『一夏・鈴』『箒・セシリア』『シャルロット・ラウラ』『楯無・簪』『ダリル・フォルテ』

 

海千河千とまではいかないだろうが、どのコンビもはまれば驚異的な力を発揮する事に期待が持てると言って良いだろう。

箒とセシリアも今はコンビネーションを高めているのだが。

 

「これが囮用の斬撃!」

「ええ」

「これが本命の斬撃!」

「......違いが分かりませんわ」

 

今2人が習得しようとしているのは、嘗て恭一から教わった多数による『予測追い討ち』である。

アメリカの『ナターシャ・イーリス』コンビが得意としている技だ。

これを会得するにあたって、高い実力は勿論の事、息がぴったり合う仲でないと中々難しい。

 

「だ・か・ら! 囮用の時はずばーっとやってから、がきんっ! という感じでだな」

「....本命の時は?」

「ズバッとやってからガキンッ!! って感じだな」

「同じではありませんか!!」

「全然違うだろ!」

 

前途多難である。

 

「もっとこう....相手を避けさせる斬撃時は剣先が斜め上前方へ5度傾けて、相手を狙う時は―――」

「そんな細かい事気にしながら斬り掛かれる訳無いだろう!」

 

日常では以心伝心とまで言える程の親友な2人だが、戦闘に関してはまるでタイプが違っている故の問題だ。

 

「もっと煮詰めなければ.....これでは相手が誰であれ負けてしまいますわ」

「ううむ....恭一ならどっちの斬撃も分かってくれたんだがな」

 

(むっ....)

 

「自然にノロケられては反応に困りますわ」

「べ、別にそう云う意味で言った訳では無い!」

 

置いてあるセシリアのペットボトルを投げる。

 

「少し休憩にしよう」

「そうですわね」

 

行き詰まっている時は、思い切って少し休むのも肝要である。

 

「処で、昨日の撮影はどうでしたの?」

「.....別に」

 

フイッと顔を逸らす分かり易い箒。

更に頬を染める事で、セシリアの頬がピクついた。

 

「何かありましたのね? 何かありましたのね!?」

「ちっ、近い! 近いってセシリア!」

 

肩をがっちり掴まれ前後に揺らされる。

 

「お見せなさいな!」

「な、何を?」

「撮影写真に決まってますわ!」

「雑誌が発売されるのは当分先だぞ」

 

当然である。

 

「モデルは当日にデータを受け取る事くらい、私も経験上知ってますわ」

 

(ちっ....)

 

一般人では無いセシリアに誤魔化しは効かなかった。

 

「....恥ずかしいから誰にも見せないでくれよ?」

「分かっていますわ。さぁ! ハウス! ハウスッッ!!」

「誰が犬か!!」

「確かに箒さんは犬っぽくないですわねぇ....」

 

携帯を受け取り、写真をチェックしていくセシリア。

 

「なぁっ.....何て羨ましい......」

 

ソファで寄り添う2人。

恭一に腰を抱かれ、熱っぽい視線で彼にしなだれる箒。

 

「ぐぬぬぬぬ」

 

(悔しいですが衣装と云い、お二人共絵になってますわ......あら?)

 

「も、もう良いだろう? セシリアだから見せているんだが、それでも恥ずかしいんだぞ」

「もう少しお待ち下さいな」

 

(最後の一枚だけロックが掛かっている? 4ケタのパスワード.....)

 

考えなさいセシリア・オルコット。

箒さんの事ですわ、シンプルなモノに決まってます。

この一枚は絶対に見なければなりません。

私の淑女としての本能が強く訴えてきてますわ!

 

(誕生日? いえ箒さんは7/7だったはず。77だけでは.....ハッ!?)

 

その時セシリアに電流走る。

 

(恭一さんの誕生日を合わせれば....ッッ)

 

77●●

 

『ロック解除しました』

 

(やりましたわ! これで最後の一枚が―――)

 

「ッッッ!?!??!!?」

 

(何やらセシリアの様子がおかしいな)

 

箒はそっと近づき画面を覗き

 

「ぬぁっ?! そ、それはッッ!!」

「キキキキッス! 首に腕を絡めてキッスしてますわああああああッッ!! あああ貴女一体何を考えてらっしゃるんですの!?」

「その写真はロックしていたはず!?....お、お前解除したな!? プライバシーの侵害だぞ!!」

 

箒はセシリアのやった事に対して怒るが

 

「私を非難しても貴女のこの行為を正当化する事は出来ませんわッッ!!」

 

恭一とのキスショットを顔の前まで突き出された。

 

(ぐっ....正論)

 

口下手な箒は簡単に論破されてしまう。

 

「人前でキッスなど言語道断! 此処は外国では無くってよ!? 恋人同士でもキッスは2人きりの―――」

「キッスって言うなよ! 何故普通にキスって言わないんだ!」 

「ウルサイですわ、このエロエロ撫子ッッ!!」

 

ポカポカ叩いてくるセシリアの手が急に止まる。

 

「.....もしやとは思いますが、これ以上の事はしてませんわよね?」

「......ウン、シテナイヨ」

 

箒は嘘がつけない良い子だった。

 

「不器用ですか貴女ッッ!! バレバレ過ぎて逆に腹が立ちますわ!!」

「ち、違うんだセシリア聞いてくれ。恭一が悪いんだ。アイツが『新婚夫婦の旦那様拳』を繰り出してきてだな」

 

何とか弁解しようと試みるが

 

「新婚!? もう恭一さんのお嫁さん気取りですかッッ!! 王者の風格という訳ですか箒さんんんん!!」

 

甲走った声が箒の脳天まで響いた。

正直、今のセシリアに何を言っても無駄である。

 

「さぁ.....洗い浚い白状して貰いますわよ箒さん」

「い、嫌だ! それだけは勘弁してくれセシリア! 本当に恥ずかしいんだって!」

「むむむ....私も箒さんを本気で傷つけるような真似はしたうありませんわね」

 

セシリアも鬼ではない。

 

「1つだけ、これだけは聞かせて下さいな」

「う、うむ....まぁ1つ位なら良いぞ」

 

質問する方も恥ずかしいのか、誰にも聞かれたくないのか。

セシリアは箒の耳元まで顔を近づけると、弦を震わすように細い声で

 

「.....もうエッチはしましたの?」

「ッッッ!??!」

 

ババッとセシリアから飛び退いた箒は「何を言っているんだ」と彼女を見るが。

そんな彼女は、まるで悪戯を見つけられた少女のように顔を赤くしていた。

 

「よくも偉そうに私をエロ呼ばわり出来たもんだな。このエロ淑女が!」

「なっ....貴女に言われたくはありませんわ! 私にこんな写真を見せびらかした癖にッッ!!」

「お前が勝手に見たんだろうが、エロ覗き魔! エロダージリン!!」

「エロダージリンって何ですか!! そもそもエロエロ言った方がエロなんでしてよ?!」

 

片や国家代表候補生、片や篠ノ之束の妹。

そんな2人もISから離れれば、普通の女子高生と変わらない。

下らない内容でギャーギャーと怒涛の掛け合いをしている2人は、何だかんだで楽しそうだった。

 

 

________________

 

 

 

「ふむふむ....1vs.1がシングルスで2vs.2がダブルスって言うのか」

 

恭一は本屋にて、テニスについて勉強していた。

彼が目を通している本は

 

『ネアンデルタール人でも分かるテニス』

 

どうやらシリーズ化されているらしい。

 

「相手のコートにボールをバウンドさせないといけないのか」

 

何をするにもまずは準備が必要である。

恭一は明日テニス部へお邪魔する事になっている。

何をさせられるのかは分からないが、ルール位は知っていないと駄目だろう。

 

「1ポイントなのに何で15なんだ?」

 

(本だけ読んでもイマイチ分からんなぁ.....あっ)

 

『テニスは淑女の嗜みですわ!』

 

恭一はセシリアの言葉を思い出した。

 

(確かセシリアもテニス部に所属してたはずだ)

 

善は急げ。

分からない事は、何でも聞くのが一番。

早速、恭一はセシリアの部屋に向かった。

 

コンコン

 

「はぁい、どなたですか?」

「セシリアか? 恭一だけど、今大丈夫か?」

「きょ、恭一さん!?」

 

恭一を迎えたセシリアは、初めて彼が自分の部屋を訪れてくれた事に驚いていた。

 

「ど、どうなされたんですの?」

「いやな、テニスの勉強してたんだけどよ。本だけじゃピンと来なくてな」

「ふふっ....恭一さんは勉強熱心な方ですのね。そう云う事であればこのセシリア・オルコットが教えて差し上げますわッッ!!」

「おう、頼むぜ!」

 

言われるまま部屋に入って行くと

 

「おー、珍しいお客さんじゃん!」

「おっす相川さん」

 

清香がベットでゴロゴロしていた。

どうやら、セシリアのルームメイトは彼女だったようだ。

近くの椅子に座ると、セシリアは紅茶の用意を始めたので清香と話す事にした。

 

「相川さんは確かハンドボール部だったか?」

「うん、そうだよ! 早く渋川君も混じえて一緒に試合したいよ~っ!」

 

1年生ながら既にレギュラー入りしている清香もセシリアと同じ時間帯に起きては、共に毎朝朝練で精を出している。

 

「ちなみに恭一さんはテニスに関しては何程の理解をされてますか?」

「私の分まで用意してくれるなんて、セシリア気が利いてるぅ!」

 

ゴロゴロしていた清香もベッドから出て、嬉しそうに椅子に座った。

 

「ふふふ、淑女として当然ですわ」

 

紅茶を優雅に飲む彼女の姿からは気品が漂っている。

とても昼に箒と不毛な言い争いをしていたとは思えない。

 

「ルールはだいたい理解は出来たんだが、それ以上となるとまだイメージ出来てないなぁ」

「ふむふむ....それなら良い物がありましてよ」

 

奥の棚から何やら書物が入った箱を取り出してくる。

 

「開けて良いのか?」

「ええ、どうぞ」

 

蓋を開けて出てきた中身は

 

「漫画だ」

「漫画だね」

「バイブルですわ」

 

青と白にデザインされたカバー付きの漫画が恭一の前に出された。

 

「この書物はテニスを目指す者なら必要不可欠、まさにバイブルなのでしてよ!」

「私も読んだ事あるよー、結構面白いよね」

「恭一さんも、まずはこれを読まなければ始まりませんわよ? 巻数は少々多いですが、どうでしょうか? 宜しければお貸ししますわ」

 

確かに、文字だけで理解するのは難しい。

漫画でならより良くイメージ出来るはず。

 

「それじゃあ頼むセシリア。それとラケットとボールも貸して貰えたら助かる」

「ええ、お任せ下さいな」

 

簡単なテニス用具一式に、セシリア曰くバイブルを手に入れた恭一。

 

「しっかしテニス漫画なのに何で題名が『テニヌの王子様』なんだ? テニヌって何だよ」

「テニスの尊称ですわ」

「そうなのか」

 

時間はあまり残されていない。

早速、帰って読まなければ。

 

「ありがとなセシリア。これで明日は何とかなりそうだ!」

「ふふふ....私も明日を楽しみにしますわ」

 

恭一は一式を担いで部屋から出る。

 

「んじゃまた明日な。おやすみセシリア、相川さん」

「ええ、良い夢を」

「おやすみー」

 

.

.

.

 

自室まで戻ってきた恭一は早速バイブルを箱から取り出す。

 

「取り敢えず読む! んでから実践だ!」

 

 

 

それは世界最狂プレイヤーが誕生する、数時間前の事だった。

 

 





さて、ネットカフェへ読みに行ってくる(取材に行く作者の鑑)

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