野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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へこたれるなマドカちゃん!というお話



第86話 マドカの慮外

「殺すに値する。死ね」

 

胸元からすっと差し出されたのは、鈍く光を放つハンドガンだった。

 

乾いた銃声が響き渡る―――事は無かった。

 

響いたのは3つの音。

ナニかがひしゃげる音。

ナニかが地面に落ちた音。

遅れて地面に落ちたハンドガン。

 

その音を最後に、襲撃者織斑マドカの意識は途絶えた。

 

 

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「ちょっ....どうしたのよ恭一、ベトベトじゃない!?」

 

織斑家に帰宅後、出迎えた鈴がズブ濡れの恭一に驚く。

 

「うるせぇ殺すぞ」

「えぇ....」

 

心配してくれている友に対する言葉では無い。

 

「あれ? 渋川さん、結局ペプシ買ってきたんですね」

 

恭一の右手に持つ飲み物に言及する蘭。

 

「うるせぇ殺すぞ」

「えぇ....」

 

年下の女の子に放って良い言葉では無い。

 

「とっ、とりあえずシャワー浴びてくるか? その間に上着も洗濯しといてやるよ」

「うん.....」

 

上着を一夏に渡し、トボトボ風呂場へ向かう恭一の背中からは哀愁が漂っていた。

 

((( 何があったんだろう )))

 

「くんくん....この濡れた部分ってコーラね。顔がベタついてたのも多分コーラでしょ」

 

濡れた上着からはコーラの香り。

右手にはペプシ。

この事から一夏と鈴が導き出した答えとは。

 

「久しぶりに自力でコーラを買えて舞い上がる」

「そんで勢い付けて飲もうとして、大量に零した」

「気を取り直して買うも、出てきたのはペプシ」

 

今に至る、と。

 

「「 決まり(だな)(ね) 」」

 

謎を解き明かした名探偵IS学園組は満足気にリビングへ戻った。

 

 

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「.....むっ.....ぐっ......」

 

此処は何処だ。

私は何をしていたんだ。

 

「.......」

 

鋭い痛みと鈍い痛みを感じる。

右手に目をやる。

親指と人差し指以外が潰れていた。

 

マドカは立ち上がろうと

 

「.....っっ」

 

フラつく。

背中から肩口、首から後頭部にまで鈍い痛みが残っている。

 

周りを見渡すと、自分があの男を襲った場所だった。

日が落ちている処から考えて、自分は1時間以上気を失っていたらしい。

 

「私はあの男に銃を向け.....そうだ、右手に激痛が走ったんだ」

 

思い出せ。

何があったのか、ゆっくり思い出すんだ。

 

.

.

.

 

「殺すに値する。死ね」

 

マドカは言いながら胸元からハンドガンを取り出し、恭一に差し向けた。

既に人差し指はトリガーにあり、躊躇い無く撃ち殺そうとした時

 

「......?」

 

嫌な音がした。

骨が潰れるような音がハンドガンを握っている右手から聞こえた。

少し遅れて右手に激痛。

 

(何だッッ!?)

 

思わず自分の手を確かめてしまった。

恭一から目を切って。

 

視覚から脳に情報が伝わる。

グリップを握っていた3本の指が潰された。

一体何に?

 

足下に転がっているのは赤色をした缶。

そして自分の手から零れ落ちたハンドガン。

 

(....そういう事かッッ!!)

 

自分が何をされたのか理解したマドカが睨んだ先には恭一の姿は無い。

 

(ッッ!? 何処へ行った?!)

 

背後に僅かな気配を感じた時には遅かった。

真正面に向いていた筈が、次の瞬間には空が視界に入り込んできた。

マドカの目に映った最後の景色は、空では無く自分が歩いてきた路地と地面。

 

(ISをッッ....)

 

「ガッ.......ハッ........」

 

.

.

.

 

「....私は後ろから組み投げ飛ばされたのか?」

 

そんな生易しいモノでは無い。

一体、恭一はマドカに対し何をしてのけたのだろう。

リプレイはきかないのか。

 

 

 

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視ていた者が居たらしい。

 

『衛星恭一眺めん望』

 

束が恭一の戦いを観察するために開発したモノである。

 

とある秘密基地にて、2人の女性が真剣な眼差しで座っている。

1人は天災博士と呼ばれた束。

もう1人は妹兼助手のクロエ。

2人が観ているのは当然、先程起こった襲撃撃退戦。

 

「もう一度巻き戻してクーちゃん」

「畏まりました」

「ストップ! 此処からスロー再生だよ」

「はい」

 

束とクロエは食い入るように画面を観る。

巻き戻された場面は、マドカが胸元に手を入れた処。

その時、恭一は持っていた缶を既に手放している。

 

「此処でミニちーちゃんが鉄砲を抜き出して―――」

「恭一お兄様は缶をミニ千冬様に向かって蹴ってますね」

 

マドカがハンドガンを構えた処へピンポイントに恭一が蹴り放った缶がクラッシュ。

 

「ミニちーちゃんの顔が痛みに歪んで、自分の手を見る」

 

視線が自分から逸れる事を予め知ってたかのように、恭一は爆速で後ろへ回り込む事に成功する。

 

「ミニ千冬様の表情が驚きに変わりましたね」

「そりゃそうだよ、ほんの少し目を放した隙に居なくなってるんだもん。平常心で居られる筈が無い」

 

空かさず恭一は後ろからマドカを抱え込み、ヘソを支点にブリッジし、彼女を後頭部から叩きつけた。

 

「美しい程にバックドロップ一閃ですね」

「キョー君的には『岩石落とし』かな。まぁ一緒なんだけどね」

 

此処で束は再生を一度止めた。

 

「恭一お兄様はまるで動きに迷いが無かったですね。何と言いますか、最初から決まっていたように、観ていてクロエは感じました」

 

そう、映像で観る限り恭一は逡巡無くマドカを撃退した。

一体何故?

 

「コレがキョー君が言ってた認識の違いなんだろうねぇ」

 

『認識の違い』

ISが出てきたこの世界。

ISを除けば、殺傷能力の高い兵器は何か。

一番では無いが、マドカが持っていたハンドガンもその一つであろう。

誰でも簡単に操作でき、一発撃たれただけで致命傷に成りうる恐ろしい武器である。

 

「クーちゃんが何も持ってない状態で、いきなり銃を向けてこられたらどう思う?」

「....怖いですね。たったの一発で死んでしまうかもしれないって思ったら、恐怖を抱くと思います」

 

クロエの言葉に「だよねぇ」と束を同意する。

 

「キョー君は笑って言ってたよ『おいしい相手だ』って」

 

『おいしい』とはどう云う事なのか。

勿論、味の話では無い。

 

恭一曰く

 

「銃を持った奴ってのは銃しか使わねぇんだよ。2本の脚に、1本の腕が残ってるにも拘らずな」

 

恭一曰く

 

「無手相手と違い、対峙する俺は悩まなくて良いって訳だ。次は何でくる? 蹴りか? パンチか? はたまたタックルか? それらの無数の選択肢が全て消える。結果、先の先が取れる」

 

恭一曰く

 

「此処からが一番重要だ。素手を相手に銃を持った奴は、自分が撃ち終わるまでまずその場から動かねぇ。さらに必ず銃を持った手を相手に向ける。決まった動作しかしてこねぇって....こんなモンお前、俺にとっちゃ唯の的だ」

 

恭一は笑って話を締める。

 

「武器を持った相手は、必ずしも危険とは限らねぇって事だ」

 

 

「―――ってキョー君は言ってたよ」

「ふむふむ、勉強になりますね。まずはその境地まで辿り着かないとお話にならない訳ですが....」

「そうだねぇ....ならどーしよっかクーちゃん」

 

「「 鍛錬あるのみッッ!! 」」

 

束とクロエは今日も平常運転だった。

 

.

.

.

 

映像の中では、恭一がバックドロップから体勢を崩した処である。

気絶しているマドカに興味を示す事も無く

 

「ふっ....無敵すぎる」

 

転がり落ちているコーラの缶を拾い上げ

 

「勝利の美酒に酔いしれおぶぶぶぶぶッッ!? ゲホッ....ゴホッ....」

 

開けた栓から勢い良く吹き出たコーラが恭一を祝った。

 

「お鼻いたーい......」

 

涙目の恭一。

 

(誰のせいだ。誰の.....!!)

 

視線の先には気を失ったミニ千冬。

 

「オマエカァ.....」

 

1人優勝祝勝会にてコーラシャワーを浴びた恭一の顔は赤鬼そのもの。

ゆらりゆらりと近づく様は幽鬼そのもの。

マドカはまだ目覚めない。

 

今の彼女は煮ようが焼こうが、やりたい放題と云った風情である。

 

 

「―――我招く無音の衝裂に慈悲は無く、汝に普く厄を逃れる術も無し.....」

 

 

冷酷な眼差しで『黒き刃』を手に持ち、詠み唱う悪鬼狂者。

其処に慈悲は無かった。

 

 

________________

 

 

 

再びマドカが意識を覚ました処へ戻る。

 

「ぐっ....此処にこのまま留まっている訳にはいかない」

 

痛む身体に鞭を打ち、マドカは立ち上がる。

 

「基地に帰って治療せねば.....」

 

ISを展開したマドカはヨロヨロと飛び去り、姿を闇に埋めた。

 

.

.

.

 

フラつきながらも何とか戻って来れたマドカは舌打ち。

 

(ちっ....確か私の治療ナノマシンは切らしていた)

 

仕方なく自分の部屋を通り過ぎ、スコールの部屋まで足を運ぶ。

 

「入るぞ、スコール」

 

いつものようにノックはせずに彼女の部屋に入ると、此方に背を向けた状態で椅子に座っているスコールの姿が。

 

「一体、何処へ行っていたのかしら? あまり無軌道に動かれたら困るのだけれど」

 

彼女は依然、マドカに背を向けたままである。

言葉は淡々としたモノであったが、いつもの気品さは薄く、怒気が含まれていた。

 

「.....分かっている。活性化治療ナノマシンをくれ」

「貴女ねぇ......」

 

自分の要件だけを述べ、まるで反省の色が見えないマドカの態度に苛立ちを感じたスコール。

己の立場を分からせてやろうか、と振り向いた彼女の目が点になった。

 

 

....プルプル

 

 

「....何故私から視線を外す? 何故顔を隠して肩を震わせる?」

 

マドカは目の前の『亡国機業』幹部様の様子に若干戸惑う。

 

(そこまで見た目に非道い怪我を負ってる訳では無い筈だが.....)

 

其処へスコールの恋人オータムが部屋に入ってきた。

 

「スコール、そろそろ飯に―――って何だよテメェも居たのブフォッ!?」

「???」

 

マドカと顔を合わせた瞬間、吹き出すオータム。

 

(な、何だ? 一体何が起こっている?)

 

「イーッヒッヒッヒッヒッヒッ!! 何だよオメェそれは新手のギャグか!? ぶはっ、こっち見んな!! 笑っちまうだろが! あひゃひゃひゃひゃ!!」

「うふふっ.....貴女の愉快なお顔のせいで、もう怒る気も失くしたわ」

 

「だーっはっはっはっはっは!! ダメだ腹いてぇ.....ぶふっ....くるっ、くるしー」

 

お腹を抱えて笑い転げているオータムを余所にスコールが手鏡を投げてきた。

 

「......ッッッ!??!?!」

 

千冬によく似た可憐な顔。

―――を台無しにする黒いマジックでのアート。

 

 

彼女の左頬には

『まどっち(´ω`)』

 

右頬には

『渋川参上!!』

 

おでこには、落書き定番の

『肉』

 

 

無駄に達筆だった。

それが余計にマドカの神経を逆撫でする。

 

「渋川.....恭一......ッッ」

 

忌々しそうに犯人の名前を口にするマドカの様子を楽しそうに眺めるスコール。

 

「ふふふ....貴女程の手練ですら手玉に取ってしまう男」

 

先の『キャノンボール・ファスト』の件と云い、此処まで堂々と虚仮にされた事などスコールの人生の中で初めてだった。

 

「面白いわ.....本当に面白い。この世もまだまだ捨てたモンじゃないのかしらねぇ.....うふふふふ」

 

彼女は嬉しそうに口元を歪めた。

 

.

.

.

 

「ぶぇーっくしょい!!」

「お風呂上がりにクシャミって、風邪でもひいた恭一?」

「ふっ....誰かが噂でもしてンだろうよ。俺の偉大さは五大陸に響き渡ってるからな」

「蘭、こういうのをアホって言うのよ。覚えておきなさい」

「あ、あはは....」

 

 





マジックはそのへんで拾った(真顔)

これにて『キャノンボール・ファスト』編終了!
次からは7巻かな?(-。-)y-゜゜゜

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