野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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文化祭を楽しもう、というお話



第79話 寄ってらっしゃい、見てらっしゃい

「他のクラスもほとんどが飲食系だなぁ」

「まぁその方が無難なのだろう」

 

箒と恭一は賑わう廊下を連れ立って、広間まで出てきた。

 

『IS学園おみくじ ご自由にお取りください』

 

少し大きめの木箱が中央にドンと置かれ、嫌に目が引かれる。

 

「そう云えば、この間篠ノ之神社でお前が引いたのは何だったんだ?」

「ああ....確か『末吉』だったっけ」

 

何とも微妙である。

 

「折角だし引いていくか?」

「俺の運はマジで九蓮宝燈だからな」

 

『中吉』

『大吉』

 

「ちっ....」

「ふっ....」

 

どうやらおみくじ勝負(?)は恭一に軍配が上がったようだ。

そんな2人の鼻腔に何とも美味しそうな香りが。

 

「ドネルケバブどうですかーっ! 美味しいですよーっ!」

 

視線の先では、売り子がメガホン片手に絶賛宣伝中である。

 

「ドネルケバブって何だ?」

「確かトルコの肉料理だったような―――」

 

「うおおおおおッッ!!」

「あっ、おい恭一!」

 

箒の言葉を最後まで聞く事無く、猛ダッシュで屋台へ向かう。

箒は置いてきぼりで。

 

(あの肉マンが....私よりも肉の方が好きなのか?)

 

花より団子過ぎる恭一に少しムッとなってしまう箒。

そんな眉間に皺を寄せた箒の前にホクホク顔で戻ってきた恭一の両手には2本のケバブ。

 

「一緒に食おうぜ!」

 

子供のような顔で渡してくる恭一を見ていると

 

(はぁ....コイツの顔を見たら拗ねるのもアホらしくなってしまうな)

 

渡されたケバブを恭一と近くのベンチに腰掛け、パクリと一口。

 

「ほう、初めて食べたが中々美味しいな....恭一?」

 

隣りの恭一は一口カジってから何も言わず、目を瞑ったままだ。

 

(おかしい。コイツの事だから「うまーい!」とか言うと思ったのだが)

 

箒が怪訝な顔で見守る中、ゆっくりと目を開いていき

 

「まずは花、そうラベンダーだ。イメージでは何種類もの赤い花....」

「は?」

「それも一本二本では無い、一面の花畑だ」

 

何処かトロンとした瞳で呟く恭一を見る箒の目は

 

(....アホがアホな事言い始めたぞ)

 

恋人に対するソレじゃ無かった。

彼女の想いを余所に恭一は続ける。

 

「其処へ微かになめし皮....さらに梅干に似た物が混じり、ただ事ではない旨味成分を予感させている」

 

(ただ事ではないアホ発言を予感させている)

 

もう一度ゆっくりと口に運び、モニュモニュさせる恭一。

 

「ハハ....流石だな。見事な肉汁の味わい、純粋無垢なピノ「ペチッ」いでっ」

 

箒の好判断により恭一の頬への軽い指弾きで止める事に成功。

 

「それ以上無駄な高説垂れると怒る」

「ごめんなさい」

 

何方が主導権を握っているのか。

時々分からなくなるカップルである。

 

 

________________

 

 

 

「芸術は爆発だ!」

 

広間から再び学園に入った2人の耳にそんな言葉が聞こえてくる。

 

「爆発!? うおおおおッッ!!」

「あっ、おいまたか恭一!」

 

またもや声がする方へ猛ダッシュの恭一。

再び置いてきぼりを喰らう箒は、溜息ながらに付いて行くしかなかった。

 

「此処は....?」

 

恭一の後に続いて箒が入った教室は美術部だった。

 

「と云う訳で、美術部では爆弾解体ゲームをやってまーす!」

「渋川君じゃない! どう、いっちょ解体していく?」

 

軽いノリで2人を迎えたのは、部長と云う腕章を付けた女子だった。

 

「....知り合いか?」

「ああ、ハンバーグ先輩だ」

 

3年生であり、何故かたまにハンバーグ限定で夕食を奢ってくれる、恭一にとってありがたい先輩である。

 

「いやぁ....渋川君の食べてる処ってさ、見てると何だか癒されるんだよねー」

 

(分かる気はするが、完全に餌付けられてるじゃないか....)

 

箒は少し頭が痛くなった。

 

「さあさあ、そんな身の上話は置いといて! 爆弾解体ゲーム....レッツ・スタート!」

 

そう言ってハンバーグ先輩(恭一命名)は強引に爆弾を押し付けてきた。

 

(美術部の出し物が爆弾....良いのか美術部、この人が部長で)

 

箒の心の声を余所に、とりあえず受け取った爆弾を机に置いた恭一は観察し始める。

 

「これは先輩が作ったんですか?」

 

一頻り観覧を終えたのか、恭一は爆弾に目を遣りつつも先輩に聞いた。

 

「ええ、正直かなりの自信作よ!」

 

エッヘン、と胸を張っている処から余程の出来加減が伺える。

 

「ふむ....確かに授業でも爆弾解体は習ったが、その時のヤツよりも緻密さが増しているように思えるな」

 

基本的に真面目な性格の箒は、授業の復習だと考え真剣になる。

恭一の隣りでマジマジと爆弾を見澄まし

 

「まずはセンサー類を無効化するんだったか?」

 

配線を調べると、衝撃センサーに通じている導線が2本。

 

「白と緑か....どっちも切っても良いのかな? お前はどう思う恭一?」

「継電盤から出ている緑の導線を切れば良い」

「やけに自信たっぷりだが、白は良いのか?」

「白はブービートラップだ、切れば爆発して終了だろうよ」

 

箒の言った通り、やたらと自信が感じられる声に見ていた先輩も反応した。

 

「渋川君ってば電子工学系が得意なのかな?」

「さて? ちなみに先輩はどの爆弾を参考に作ったんです?」

 

先輩からの質問には答えず、質問する恭一に対して

 

「さぁ? どうだろうねぇ」

 

お返しと言わんばかり、肩を竦めるだけの先輩だが

 

「1989年の?」

 

ビクッ

 

「ニューヨークのコロンバス・アベニューの?」

 

其処まで恭一が言うと、先程まで笑みを浮かべていた先輩から表情が消えた。

 

「テロで使われた爆弾....でしょう?」

「へぇ....」

 

もう一度先輩は笑顔になるが、種類が違った。

穏やかな雰囲気から一転、挑戦的な笑み。

 

(お、おい....お前何でそんな事知ってるんだ?)

 

小声で聞いてくる箒に恭一も小声で返す。

 

(5年間も束さんと居たからな)

(....なるほど把握した)

 

先輩は爆弾の横にある小さな突起物を押した。

 

ピッ...

 

『5:00』

『4:59』

.

.

『4:55』

 

爆弾中央にタイマーが表示され、みるみる数字が減っていく。

 

「....どう云うつもりですか、先輩?」

「時限装置式に変えさせて貰ったわ。リミットは約5分....どう? 緊張感あるでしょ?」

 

ワイワイ賑やかに楽しむ出し物のはずが、急転して何故か緊迫した勝負事になる。

 

「....上等」

 

恭一も先輩のノリに釣られたのか、これまでのおちゃらけた雰囲気から真剣に解体作業に挑み出す。

 

(えぇ....どう云う流れだこれ)

 

同じ空間に居ても、またもや置いてきぼりを喰らってしまった箒。

恭一は迷い無く最終局面まで進む。

 

「おお! 流石は渋川君ね、最終フェイズに到着だ!」

 

最終フェイズ。

つまり『爆弾の最終完全無力化段階』である。

爆発物からは残り2本の導線が出ている。

『青と赤』どちらかが本物であり、どちらかが起爆させるモノである。

 

「青か赤、か。映画でよくあるヤツだな」

「ああ....こればっかりは、な」

 

淀み無く進んでいた恭一の手が止まる。

最後の2本は作った物の気持ち次第、作った物にしか分からない。

 

悩んでいる間にも、時間は過ぎていく。

 

(運任せ....50:50、1/2だが、どっちを選べば良いかまるで分からん!)

 

箒も雰囲気に当てられ、真剣に悩む。

 

「機械をいくら睨んでも答えなんざ出ねぇぜ箒」

「えっ?」

 

恭一はもう爆弾は見ておらず、先輩を注視していた。

 

「心理勝負といこうぜ先輩。どっちが本物だ? ブルーか、レッドか....どっちを切れば解体は成功する?」

「........」

 

先輩は無表情のまま、時計の針だけ進んで行く。

 

「恭一! もう時間が無いッッ!!」

「.....ブルーよ」

 

笑顔で確かに言った。

 

「ブルーが正解よ」

 

ニンマリともう一度。

それを恭一の後ろで見ていた箒からは

 

(くっ....表情からも全く読めんでは無いか! どうするんだ恭一!)

 

恭一は静かな声でゆっくり確認する。

 

「ブルー......」

「.....そう、ブルーよ」

 

 

 

2人の視線が交差する。

数秒の静止と凝視。

 

 

 

「......ッッ」

 

恭一は振り返り、ニッパーを持つ箒に向かって

 

「赤だッッ!!」

「.....ッッ」

 

バチンッ

 

『0:01』

 

タイマー表示は僅かな点滅と共に停止した。

解体処理が成功した証である。

 

「....どうして嘘だって分かったの?」

 

心理戦でも自信があったのだろう。

先輩は納得いかない様子で恭一に尋ねた。

 

「アンタはその道のプロかもしれねぇが、俺は人の心を読むプロだ」

「なっ.....そんな馬鹿な事って」

「幾千もの場数を踏んできた経験が俺に教えてくれる」

「経験、か。年下の君に言われちゃうなんてね.....完敗よ」

 

勝負には負けたが、何処か満足気に笑う先輩。

 

「目は口ほどに物を言う」

 

教室を出る前に恭一は先輩へこの言葉を送った。

 

「....覚えておくわ」

.

.

.

「凄い男だなお前は....」

 

何処か誇らしげに恭一を見やる。

 

(先輩へ啖呵を切った時の恭一....カッコよかったなぁ)

 

廊下を恭一の隣りで歩く箒は、改めて彼に惚れ直した様子だ。

 

「よくあの人の心が読めたな」

「人の心なんて簡単に読める訳ねぇだろ、俺は神様じゃねぇんだ」

「は? いや、だって....」

 

恭一はポケットに手を突っ込み、何やらクシャクシャになった紙切れを指で弾く。

それを受け取った箒は開いて見てみると

 

『大吉:ラッキーカラーは赤。恋愛運は最高。健康面も良好』

 

「..........」

「言ったろ? 俺の運はマジで九蓮イデッ」

 

ポカポカポカポカポカ

 

「い、いたいっ....何すんの箒さん!」

 

ポカポカポカポカポカ

 

「うるさいこのアホ! お前は本当にアホだな! 私の気持ちを返せアホ!」

 

ポカポカポカポカポカ

 

「な、何で怒ってるんだよ!? 手に汗握る心理戦だったろ!」

「何が心理戦だ、このペテン師が! 最初から赤を切るつもりだったんじゃないか!」

「いやだからね、其処までいく過程を皆にも楽しんで貰おうとね」

 

正論的追求にしどろもどろな恭一の前に箒から

 

「......ん!」

 

手が突き出される。

 

「お手?」

「違うわ!」

 

強引に恭一の手を掴むと、そのまま握りしめてから歩き出す。

 

「直ぐお前はフラフラ行ってしまうからな! わ、私が手綱を握っておく必要がある!」

「.....そうだな」

 

何だかんだ楽しそうな2人だった。

 

 

________________

 

 

 

「ちょっと其処のあんた達!」

 

聞き慣れたトーンに、やや乱暴な口調。

2人が振り返った先に居たのは、チャイナドレスを纏った鈴だった。

 

「「ふむ....」」

 

鈴の格好を上から下まで見ていこう。

一枚布のスカートタイプで、大胆なスリット入り。

真っ赤な生地に龍の模様が描かれ、かなり凝っている。

 

「何ジロジロ見てんのよ!」

「髪型もいつもと違うな、頭のその丸いのは何だ?」

「こ、これ? これはシニョンって云ってね、中国人の嗜みってヤツで...ってそうじゃ無くて! あんた達のクラスのおかげでこっちに全然客来ないのよ! 暇なのよ!」

 

看板を見ると『中華喫茶』と書かれていた。

 

「喫茶店か....此処に入るか?」

「そうだな」

 

恭一の提案に箒も頷く。

 

「ふふっ...そうこなくちゃね! 二名様ご案内~♪」

 

と、其処で足が止まった鈴は2人を改めて見る。

正確には2人が繋いでいる手を。

 

「....あんた達ってさ、もしかして付き合ってるの?」

 

うっかり手を繋いでいる事を忘れていた2人。

 

「....おう」

「う、うむ」

 

視線を合わせず、小さく頷いた。

頬を赤らめるオマケ付き。

 

「キモチワルッ!? 何よそのウブな反応! キャラ考えなさいよ!!」

「うううるさい! さっさと案内しろ鈴!」

「いや顔真っ赤にするくらいなら、その手を放しなさいよ」

「それは嫌だ!」

 

箒的には譲れない部分らしい。

いざ、案内されたテーブルに腰掛ける。

 

「確かに閑古鳥状態だな」

「落ち着けるし、私としてはありがたいがな」

 

注文した冷たいウーロン茶で乾杯する。

 

「ねぇ、あんた達ってどっちから告白したの?」

 

廊下での宣伝を諦めた鈴は教室へ入って2人の接客(?)に勤しむ事にしたらしい。

 

「どうしてそんな事を聞く?」

「い、いいから答えなさいよ! 恭一から!? 箒から!?」

 

喰い付きが半端無い。

 

「い、一応....私から、と言えば良いのか」

 

オズオズ、と手を上げる箒。

 

「そう....やっぱりバシッと言わないといけないのかなぁ」

 

言うまでも無く、鈴は一夏に惚れている。

恭一を取り巻く環境と違ってライバルは、ほぼ全校生徒にまで昇るかもしれない。

しかし中学の時に一度想いを告げ、失敗した彼女は二の足を踏んでしまっていた。

 

(確かにあたしはもう一度告白する勇気はまだ無い。でもチャンスがやって来た)

 

鈴の顔は決して暗くない。

何故か。

チャンスとは一体何の事なのか。

 

ピンポンパンポーン

 

『間も無く生徒会主催の出し物『観客参加型演劇~シンデレラ編~』が始まります。参加希望の方は所定の場所までお願いします』

 

生徒会長の楯無による校内放送が流れると

 

ガタンッ

ガタッ

 

鈴と箒は勢い良く立ち上がった。

 

「絶対に負けないわよ箒」

「私だって同じ気持ちだ鈴」

 

事前に楯無から『演劇内容』を知らされている2人は、早くも闘志を燃やしている。

バチバチと火花を散らす2人を前に、ウーロン茶を飲む恭一は無表情だった。

 

「行くわよ箒! 恭一はゆっくりしてたら良いから!」

「....楯無さんから参加を要請されててな。少しの間行ってくる」

 

2人は楯無から、こうも聞かされている。

この出し物に関して恭一は非参加、内容も一切教えていない、と。

しかしそれには少し嘘が入っていた。

確かに非参加ではあるが、内容は教えてある。

 

「いってらっしゃい。俺はもう少しお茶を楽しんでるよ」

 

背中から炎が見え隠れする2人を見送った恭一は目を閉じ祈る。

 

(.....頼んだぜ織斑。いやほんとマジで、それと―――)

 

 

________________

 

 

 

第4アリーナの更衣室。

そこで一夏は楯無に言われるまま、王子様の服装に着替えていた。

 

「織斑君、ちゃんと着たー?」

「....着ましたけど」

 

何の説明も受けていない一夏は少し不服顔だ。

 

「あら? もしかしてシンデレラ役の方が良かった?」

「そんな訳無いでしょう! いえ、会長には普段お世話になってますし、協力は喜んでしますけど....内容を教えて貰えないのが怖いんですよ!」

 

恭一とは違い、一夏は先程楯無に無理やり連れてこられた口である。

 

「はい、これが大事な大事な王冠よ。それとインカムも渡しておくから耳に付けておいてね。これで途中に軽い助言してあげるから」

「助言? それよりも脚本とか台本とかは?」

 

当然、そんな物を渡されても時間は無いのだが。

 

「大丈夫よ。基本的にこちらからアナウンスするから、その流れで織斑君の好きに動いちゃって良いから」

 

(アドリブって事か....本当に大丈夫なんだろうか)

 

舞台袖に移動すると、歓声が聞こえてきた。

どうやらアリーナは既に満席のようである。

言い知れぬ一夏の不安を余所にブザーが鳴り響き、緞帳が上がっていく。

 

『昔々ある所に、シンデレラと云う少女が居ました』

 

楯無のアナウンスで始まった。

 

(何だ....普通の出だしじゃないか)

 

胸を撫で下ろした一夏はセットの舞踏会エリアへと向かう。

 

『否、それは最早名前では無い。幾多の舞踏会を抜け、群がる敵を薙ぎ倒し、灰燼を纏う事さえ厭わぬ強者のお姫様達。彼女らを呼ぶに相応しい称号....それが『灰被り姫』ッッ!!(シンデレラ)』

 

(.....は?)

 

『今宵もまた、血に飢えたシンデレラ達の夜が始まる。王子の冠に隠された2つの軍事機密を狙い、舞踏会と云う名の死地に今、お姫様達が舞い踊るッッ!!』

 

「意味が分からん!」

「貰ったああああッッ!!」

 

一夏が突っ込みを入れたと同時に、銀のドレスを纏った鈴が飛び掛ってきた。

 

「うわぁ?!」

 

間一髪で避け、距離を取る。

 

「その王冠を寄越しなさい一夏!」

 

空かさずもう一度飛び上がり

 

「はあああああッッ!!」

 

一夏の上空から勢い付けた

 

「かかと落としかよッッ!?」

 

既の処で転がり回避したが、展開に付いていけてない一夏は全力で後方へ下がっていく。

 

「あっ、コラ待ちなさいよ一夏!」

 

(何なんだよ、この劇っ! 一旦距離を取るしか.....ッッ!?)

 

「に~が~し~ま~せ~ん~わ~」

「ヒィッ.....せ、セシリア?」

 

普段の美しく気品溢れる彼女は何処へ行ったのか。

幽鬼の如き表情で迫ってくる彼女は普通にホラーだった。

 

(今回は....今回だけは絶対に譲れませんわッッ!!)

 

予め女子組にだけ教えられた秘密の景品。

『王冠』をゲットした者は、男子2人の好きな方へ『同居の権利進呈』と云うモノだった

当然疑問も出てくる。

恭一から『王冠』を奪える訳が無い、と。

しかし、恭一は既に不参加が決定している事が告げられた。

つまり一夏の『王冠』さえ奪えれば良いのだ。

楯無の言葉を聞いて、何人かの瞳がケモノに変わる。

 

 

「王冠を渡してくださいな、一夏さんッッ!!」

(恭一さんとの距離を詰めるチャンスは此処ですのよッッ!!)

 

「逃がさないわよ、一夏ッッ!!」

(一夏と一緒の部屋に住んでやるんだからッッ!!)

 

前からはセシリア、後ろからは鈴に挟まれた状態に陥る。

 

「くうっ....!?」

(こんな訳の分からん状況でどうしろってんだ!?)

 

しかし2人のシンデレラは一夏の心情など待ってはくれない。

 

「「 はあああああッッ!! 」」

 

気合の入った咆哮と共に迫って

 

「織斑君はやらせない」

「なっ!? きゃあああッッ!!」

 

一夏の背中を守る者が突如現れ、鈴の腕を掴み投げ飛ばした。

.

.

.

 

文化祭前々日の事。

 

「巫山戯んな! 何ですかその特典!?」

「てへぺろっ」

 

『演劇』の全貌を楯無から教えられた恭一は当然噛み付くが、彼女は一切悪びれない。

 

「俺は今の環境が気に入ってンですよ! 誰かとルームシェアなんざ御免被りたい!」

「でもでもぉ....もう決まっちゃったしぃ」

 

科を作って見せる楯無の姿が、今は妙に腹立たしい。

 

「百歩譲ってその『特典』を認めるとして....どうして俺が参加出来ないんですか!?」

「参加って例えば?」

「俺も織斑と同じ役か、それか俺が織斑の護衛役でも良いですよ。あ、それで良いじゃないですか? そうしましょうよ会長!」

「却下」

 

恭一の前には『断固拒否』が描かれた扇子。

 

「何でですか!?」

「この出し物はね、他の生徒も多数参加するのよ?」

「はぁ.....」

 

まだ楯無が何を言いたいのか、恭一には伝わってこない。

 

「『たんれんぶ』の面子なら良いわ。でもね、それ以外の子達が織斑君に殺到した時に貴方はどうやって彼を護衛するのかしら?」

「ちぎっては投げちぎっては投げの―――」

「はいダメー!! もうダメー!! 貴方の参加は絶対に認められませーん!!」

「何故っ!?」

 

『ちぎっては投げちぎっては投げの』とは本来『大勢の敵を相手に大きな成果を挙げる様』と云った意味で使われる言葉である。

だが、楯無には恭一が物理的に嗤いながら乙女達をちぎって投げる様子が鮮明に浮かんでしまった。

 

『うわはははは! 四肢よりやっぱ頭の方が投げやすいなァ!!』

 

スプラッター過ぎる。

楽しい文化祭が血祭りとか洒落にならない。

 

 

「......不味いだろ」

 

正論で言い包めた楯無が去った後、恭一は独りごちる。

一人部屋の方が気が楽で良いと云うのも確かにあるが、彼が最も懸念するのは箒の存在だった。

 

「もし....もしも箒と同居しちまったら」

 

正直、自分を抑えられる気がしない。

主に大人の階段的な意味で。

 

「いかーん! いかんいかんぞ恭一!!」

 

どうする。

考えろ、考えろ恭一。

 

そうだ、助っ人を要請すれば....しかし誰に頼む?

俺の頼みを快諾し、尚且つアイツらに劣らぬ戦力を持つ者....。

.

.

.

 

「織斑君はやらせない」

 

投げ飛ばされた鈴は、受身を取ってから睨む。

 

「くっ....どう云うつもりよあんたァ!!」

「言う必要は無い」

 

ガッ

 

一夏に手を伸ばすセシリアの腕を斜め後ろから蹴り上げた。

 

「きゃっ....簪さん!?」

「更識!?」

 

突然の簪の登場にセシリアと一夏も驚く。

 

「此処は私に任せて、織斑君は一度下がって態勢を立て直して」

「お、おう! すまん更識!」

 

「「 あっ! 」」

 

奥の方へ走って行く一夏を追いかけようとするセシリアと鈴だが

 

「この先へは行かせない」

 

簪が立ち塞がった。

 

「ふーん....本気で邪魔するつもりなのね?」

「今の私に慈悲は無くてよ簪さん?」

 

2人は構える。

 

「ロビンマスクをくれた恩に報いる」

 

そんな事を言いながら簪も構えた。

 

そう、恭一が助っ人として呼んだのがこの少女だった。

夏祭りでウォーズマンのお面とセットにロビンマスクのお面も買っていた彼は、簪にそれをプレゼントしてから頼んだ。

そして簪は了承した、と云う訳である。

 

「さっさと来れば良い」

 

「「 上等ッッ! 」」

 

 

________________

 

 

 

「ふうっ....ふうっ.....やっと落ち着け「い~ち~か~」ヒィッ!?」

 

絶対零度ボイスに振り向くと、これまた綺麗なドレスを身に纏った阿修羅の姿。

 

「ほ、箒!? 顔がこえーって!」

 

ザッ

 

またも別の足音。

 

「此処に居たんだね一夏! 王冠、僕にちょーだい♪」

(むふふ....学園以外でも恭一を揶揄えるなんて機会、逃せる訳無いよね!)

 

人懐っこい可愛らしい笑みを浮かべるシャルロット。

 

「王冠を.....よこせぇぇぇぇ!!」

 

シャルロットよりも早く箒による炎が吹きそうなソバット

 

「ぐうっ.....」

 

咄嗟に腕で防ぐも吹き飛ばされる。

 

「何だってんだよ! 王冠が欲しけりゃ、くれてや―――」

 

《織斑君に大事な事、伝えてなかったわね》

 

自分の頭にある王冠に手を伸ばした処で、インカムから楯無の声が入る。

 

《恭一君からの応援メッセージよ。これを聞いてから、行動を決めるのは貴方の自由ね》

 

「きょ、恭一? そういやアイツはこの劇に参加してないのか?」

 

《 " 王冠を取られたら『鞭打』を喰らわせる。泣き叫ぼうが許しを乞おうが俺は決してやめない。お前なら分かるだろう、織斑 " 》

 

「ッッッッッ!?!!!!!!?!??」

 

一夏の全身から一気に大量の汗が吹き出る。

 

「べん.....だ.....だと」

 

(し、死ぬ.....あの痛さをもう一度? い、嫌だ.....どんな仕打ちを受けても良い、恭一の『鞭打』を喰らうのだけはもう嫌だッッ!!)

 

絶対に負けられない戦いが其処にはある。

いや、本当にマジで!!

 

立ち上がり、大きく息を吸ってから

 

「来るならこいやオラァァァァ!! 絶対王冠は取らせねぇぞ!!」

 

もうヤケクソだった。

 

「良い気迫だが、何やら悲壮感が漂っているぞ一夏ァ.....」

「王冠さえくれればそれで僕は満足するんだ。ね? ね? いいでしょ?」

 

必死な形相で構える一夏とは違い、余裕を持ってにじり寄る2人だったが

 

「これより命令を遂行する」

 

対峙している3人に割って入る銀髪の少女。

 

「「「 ラウラッ!? 」」」

.

.

.

 

文化祭前日夜の事。

 

コンコン

 

「入れ」

「失礼します!」

 

千冬に呼び出されたラウラは彼女の部屋へ訪れた。

 

「....ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐」

「ッッ....ハッ!!」

 

学園で教鞭を振るう姿でも、恭一達と共にいる時の雰囲気でも無い。

ドイツで自分に指導を付けて下さった頃の織斑千冬が目の前には居た。

 

「貴様に特殊任務を与える」

「ハッ!!」

 

踵を揃え、短く返事。

 

「明日行われる『演劇』の詳細は知っているな?」

「ハッ!!」

「『織斑一夏を守れ』復唱しろ」

「ハッ!! 織斑一夏を守れ!」

「『篠ノ之箒にだけは王冠を取られるな』復唱ッッ!!」

「篠ノ之箒にだけは王冠を取られるな!」

 

任務確認終了。

 

「楽しく皆の笑顔が溢れる演劇祭、と云う概念。この温かくも微笑ましいイメージを払拭しろボーデヴィッヒ。これはある意味イラク派遣以上に実戦だ、分かったな?」

「ハッ!!」

 

其処まで言い終わってから漸く千冬の雰囲気が元に戻った。

それに倣い、ラウラも軍人式対応をやめる。

 

「成功したら....そうだな、私の部屋の合鍵をやろう」

「ほ、本当ですか教官!?」

「ああ」

.

.

.

 

「織斑一夏は渡さんッッ!!」

 

ラウラの登場に箒が感付く。

 

(ちっ.....千冬さんからの刺客か! 否、私は止まらんぞラウラッッ!!)

 

「た、助けてくれるのかラウラ!?」

「私に任せろ、と言いたいが五分五分だろう」

 

ラウラは箒から滲み溢れる闘気を感じ取っていた。

 

「貴様も『たんれんぶ』の一員なら最後まで足掻いてみせろ」

「.....当然だッ!!」

 

舞台ではラウラ・一夏と箒・シャルによる奇妙なタッグ戦が行われようとしていた。

 

 

________________

 

 

 

「ちょっといいですか?」

「はい?」

 

『中華喫茶』から出た所で恭一はスーツ姿の女性に声を掛けられた。

 

「失礼しました。私、こう云う者です」

 

名刺を取り出して渡してくる。

 

「IS装備及び開発企業『みつるぎ』渉外担当、巻紙礼子....さん?」

「はい」

 

恭一が名刺を見ている間も、ニコニコと笑みを浮かべている。

 

「渋川さんは未だ専用機をお持ちで無いとか。是非、我社の誇るISを渋川さんに乗って頂きたく思いまして」

 

恭しい態度の其れはまさに『企業の人間』と云う感じだが

 

「........」

 

恭一はジッと前の女性に目を注がせる。

その視線に気付いた巻紙礼子を名乗るオータムは

 

(このガキ....やけに見てくるな。警戒心は一応持ってるってかァ?)

 

「あの....もう他社と契約を?」

「....こんなに綺麗なお姉さんに声を掛けられるなんて、男性起動者になって良かったなぁって思っちゃってました」

 

薄い笑みを浮かべる恭一にオータムは嫌な顔一つせず

 

「あらあら、渋川さんったらお上手ですね♪」

(気持ち悪ィ!! クソガキが色気付きやがって!)

 

内心とは裏腹にあくまで営業スマイルを保つ。

 

(いい香りだ。コイツから濃い血のニオイがする....)

 

恭一も心情を噯にも出さない。

 

「良ければ静かな場所に行きませんか? 其処で色々とお話を出来ればな、と」

 

そう言ってオータムは恭一の手を両手で握ってくる。

 

「それなら2人きりになれる場所がありますから、案内しましょうか?」

「是非お願いします!」

 

(クソガキが。コイツも下半身でしか物を考えねぇサルだ!! ちっと女の部分を見せりゃコロッとその気になってやがる)

 

オータムは思う。

コイツはやっぱり唯のカスだ。

今回ばかりはスコールの見当外れだ。

『亡国機業』にナマクラは要らねぇなら、コイツは滅却処分で良いだろう。

 

先導する恭一の背中を見るオータムはニヤリ、と笑った。

 

(火種だ。火種が俺ン処に飛び込んで来てくれたぜオイ)

 

鴨が葱を背負って来たかの如き喜びようで前を向く恭一も嗤っていた。

 

 





79話描写の流れ

アニメを観る。
原作小説を読んでアニメに無い部分を補足する。
一夏と弾が爆弾解体するシーンを発見。
爆弾で好きなエピソードを思い出す。
使いたくなり、某ドラマの爆弾シーンを観始める。
それが終わっても観続ける\(^ω^)/
他の話も観続ける\(^ω^)/

気付けば昨日が終わってました(懺悔)

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