野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

75 / 180

変態仮面と呼ばないで、というお話



第73話 始まる夏休み

(懐かしい......何も変わっていないな、此処は)

 

8月のお盆時。

箒は生まれ育った家である篠ノ之神社に帰ってきていた。

 

(恭一が来るまでまだ時間があるな)

 

思い出されるのは、先日の千冬の言葉だった。

.

.

.

「たまには叔母さんに顔を見せてやれ箒。長い事帰ってないんだろう?」

「そうですね.....週末に一度帰る予定です」

 

千冬は彼女の事を篠ノ之では無く、箒と呼ぶようになった。

もちろんプライベートの場に限るが。

 

「週末....そうか、お前の所では丁度お盆祭りの日だったか」

「はい」

 

千冬は顎に手をやり思案に耽る。

 

「なら恭一も誘ってやれ。アイツは祭りなど行った事が無いだろうからな」

「....良いんですか?」

「何がだ?」

 

箒は少なからず驚いていた。

今では2人が同じ者の恋人と云う場に収まっているが、元々は恋敵同士でもある。

しかも箒の目の前の女性は『抜けがけ常習犯筆頭領』とまで言われた者だ。

嘗ての彼女を踏まえると、このような提案は考えられないのだが。

 

「もうお前と私は恋敵では無い。アイツを両隣りから支える者同士だからな」

 

精神的余裕を持ったのか、今までとは違った年齢相応の言動である。

 

「それなら千冬さんも一緒にどうですか? まさか遠慮する気じゃ無いでしょうね?」

「行きたいのは山々なんだが、仕事が山積みなんだ......はぁ」

 

がっくり肩を落とす千冬に箒は困った笑みを浮かべるしかない。

 

「そう云う事なら、恭一と楽しんで来ますね」

「ああ、叔母さんにも紹介すると良い。恋人としてな」

「勿論、そのつもりです」

 

千冬の言葉に笑って応える箒だった。

.

.

.

「箒ちゃん、此処に居たの」

 

今夜の祭りに向けて、屋台の準備をしている様子を見ていた箒は後ろから声を掛けられ、ゆっくりと振り向いた。

其処に居たのは柔らかな笑みを浮かべた、幼少期に自分を育ててくれた女性だった。

 

「この眺めも懐かしくて、つい。すみません、雪子叔母さん」

 

いいのよ、と微笑む雪子は

 

「それにしても驚いたわ。あんなに伸ばしていた箒ちゃんの綺麗な髪がバッサリ短くなっちゃってるんだもの」

 

雪子の記憶に残る箒の髪は腰まで伸びていたはず。

しかし、今では肩に毛先が少し触れる位である。

 

マジマジと見られ、少し困まった顔の箒を余所に

 

「.....失恋?」

 

髪を短くする=失恋の方式は何歳になっても女性の中では絶対らしい。

 

「ふふっ......その逆です」

 

雪子の意地悪な問いに、屈託の無い笑顔を浮かべて否定する箒。

 

(あらあら.....箒ちゃんも逞しくなったわね)

 

そんな箒を前に雪子も楽しそうに笑った。

 

「それにしても、箒ちゃんが来てくれて助かったわ。今年の『神楽舞』は誰に頼もうか困っていたのよ」

 

『神楽舞』とは現世に帰った霊魂とそれを送る神様とに捧げる舞である。

篠ノ之神社で毎年、お盆と正月に開催される行事の1つだ。

 

「お役に立てれば私も嬉しいです。それに今年は私が舞う姿を見に来てくれる人が居ますから」

「あらまあ......もしかして箒ちゃんの良い人かしら?」

「はいっ!」

 

(本当に逞しくなったわ)

 

笑顔で頷く箒を感慨深く見る雪子だった。

 

「うふふ。日が落ちてからが『神楽舞』の時間だから、今の内にお風呂に入ってちょうだいね」

「分かりました」

 

 

________________

 

 

 

「ふぅ....」

 

『神楽舞』の前の禊ぎと云う形で湯船にゆっくりと浸かる。

 

(...此処も変わっていない、当たり前か)

 

嘗て自分が住んでいた家を懐かしむ。

そして、不意にこの家を離れた理由も思い出される。

 

(姉さんがISを作ったから...)

 

もしも、姉さんがISを作っていなかったら私の未来はどうなっていたんだろう。

 

(恭一と出逢う事も無く、私はあの頃のように一夏の隣りに居たんだろうか)

 

もう今では恭一が居ない生活など、考えられない。

何方が幸せなのか、なんて事は誰にも分からない。

 

「恭一....」

 

『誰にも渡したくないッッ!!』

 

「まるで子供の我侭みたいな台詞だったな、アイツ」

 

先日の事を思い返し、フッと笑う。

 

「私が幸せかどうかなんて、幸せになってから考えれば良い事だな」

 

自分でも単純思考だと思う。

 

(....私をこんな風にしたアイツは学園を出た処かな)

.

.

.

「「 へ、変態だァーーーーーーーーーッッッ!?!?? 」」

 

箒が思い浮かべていた頃、当の本人はとある兄妹に変態呼ばわりされていた。

 

 

________________

 

 

 

「わりぃ蘭。すぐ戻るから此処で待っててくれ」

「もうっ! 早く済ませてよねバカ兄。一夏さんとの待ち合わせの時間に遅れちゃうでしょ!」

 

ダッシュで近くのトイレに向かう男は『五反田弾』といい、一夏と中学の頃から付き合いのある友達である。

 

「髪も大丈夫、着付けも....大丈夫よね!」

 

ガラスに写った自分の浴衣姿をチェックしている女の子は『五反田蘭』。

歳は恭一達よりも1つ下の中学三年生である。

今日は篠ノ之神社で夏祭りが開催されると云う事で弾が電話で一夏を誘うと、二つ返事で了承が返ってきたのは良いのだが。

弾の近くでテレビを観ていた妹の蘭も一緒に行く事になったのである。

 

自分の姿に可笑しな処が無いか確認し終えた蘭に対して

 

「何やってんの彼女~」

「は?」

 

振り返ると、見るからにガラの悪そうな3人組がニタニタ笑って立っていた。

 

「浴衣チョー似合ってるじゃーん!」

「俺達と一緒に行こうぜ~」

 

(な、なにこの人達....)

 

「へいへい、行こうぜ行こうぜ! はいキマリっ!」

 

1人の男が蘭の腕を掴む。

 

「やっ....ちょっと放して! 人呼びますよ?!」

「へいへいへーい! 気にしなーい気にしなーい!」

 

無理やり引っ張って行こうとした時

 

「お、お前ら! 俺の妹に何してやがるッッ!!」

「お兄ィ!!」

 

戻ってきた弾が止めようととするが

 

ボガッ

 

「あぐっ....」

 

何の躊躇いも無く、いきなり殴られて尻餅を着いてしまう。

 

「お兄ィ!?....何するのよアンタ達ッッ!! いきなり暴力振るうなんて」

 

蘭は掴まれていた腕を振り解き、弾の元へ駆ける。

 

「大丈夫お兄?」

「いっつつつ....だ、大丈夫だ」

 

そんな兄妹を尚も下卑た目で見てくる3人組。

 

「へいへーい。ケイ君は手が早いんだから! 言う事聞いた方が良いよー良いよー!」

 

ケイ君と呼ばれた弾を殴った男は拳をチラつかせる。

 

「そのための右手、あとそのための拳」

「ヒューッ!! ケイ君かっこいいじゃーん!」

「さいってー.....」

 

蘭は悔しそうに睨む。

周りにはちらほら人が居るのだが、皆は問題事に巻き込まれたく無いのか決して近づいて来ない。

 

(誰か.....誰でも良いから.....助けてよ)

 

蘭の願いが天に届いたのか。

 

 

「楽しそうな事してんじゃねぇか....俺も混ぜてくれよ」

 

 

五反田兄妹とチンピラ3人組の間に割って入ってきた者とは―――

 

 

________________

 

 

 

「祭りだ祭りだワッショイワッショイ」

 

地図を片手に上機嫌で歩いている男、渋川恭一。

 

「わたあめ食ってみたかったんだよな....美味しいのかな」

 

今朝、箒に誘われた恭一は人生初の祭りを楽しみに篠ノ之神社へ向かっていた。

 

「お、お前ら! 俺の妹に何してやがるッッ!!」

「....なんだぁ?」

 

男の叫びにも似た声がする方を見てみる。

恭一が視線をやった先にはチンピラ3人に絡まれている男女の姿。

 

(そんな事よりわたあめが俺を待っている)

 

ルンルン気分でそのまま別の道を進んで行く。

 

ボガッ

 

「あぐっ....」

「お兄ィ!?」

 

誰かが殴られたような音が恭一の耳に入った。

もう一度視線を戻すと、男は殴られたのか口元が少し切れていた。

それを見て思わず嗤う。

 

「喧嘩なら話は別だよなぁオイ」

 

ウズウズしだす恭一。

夏休みに入ってから補習補習の連続で、満足に身体を動かせていない彼は鬱憤が溜まっていた。

 

「俺も混ぜ―――」

 

踏み出そうとした足が止まる。

千冬の言葉が頭を過ぎったからである。

 

 

『良いか恭一。お前は決して一般人では無いんだ。外に出るのは構わんが、問題や騒ぎになるような事は絶対にするなよ』

 

 

「あっぶね....忘れる処だったぜ.....いやでもなぁ」

 

こんな暴れられる機会をみすみす逃すなんて勿体無さすぎるだろう。

何か良い方法は無いか。

 

(要は俺だとバレなきゃ良いんだろ)

 

千冬の言っているのは決してそう云う事では無いのだが。

 

「うーん......うーん......閃いた!」

 

 

________________

 

 

 

「楽しそうな事してんじゃねぇか....俺も混ぜてくれよ」

 

五反田兄妹の前に颯爽と現れた救世主―――

 

顔は決して見えない。

何かで顔全面を包み隠されてあるから。

一体ナニで?

きっと上着なのだろう。

どうして分かるのか?

だって、上半身裸なんだもの。

 

 

「「 へ、変態だァーーーーーーーーーッッッ!?!?? 」」

 

 

思わず弾と蘭は叫んでしまった。

だが目の前の男は一切気にする様子は無い、かどうかは覆面状態なので分からない。

 

顔を隠した上半身裸の男の登場に3人組は腹を抱えて笑う。

 

「イヒヒヒヒ!! 変態仮面だよ変態仮面! おいやっちまおうぜ!」

「やっちゃいますか!?」

「やっちゃいましょうよ!」

 

3人組は覆面男を笑いながら囲んでタコ殴ろうと

 

「ドーン!!」

「ぐぺっ.....」

「はいドーン!!」

「がふっ.....」

「もいっこドーン!!」

「ぎょぴっ.....」

 

まさに読んで字の如く一撃一殺。

リーダー格と思われるケイ君が吹っ飛び、驚く間も無く2人も殴り飛ばされた。

3人の呆気なさに思う処があったのか

うむむ、と唸る覆面男に

 

「あ、あの....」

 

オズオズと話しかける弾。

 

「た、助けてくれたんだよな? ナリは変だけど、アンタのおかげで俺達助かったよ。ありがとうな! ほれ蘭もお礼言え」

 

弾の後ろに隠れていた蘭を前に出す。

 

「あ、ありがとうございました」

 

蘭はペコリ、と頭を下げる。

 

「気にするな」

 

そう言い、立ち去ろうとするが

 

「どうして顔を上着で隠しているんですか?」

「おっ、おい蘭」

(俺も思ったけどスルーしとけよ其処はッッ!!)

 

好奇心の塊である女子中学生なら、聞きたくなるのも仕方がない。

 

「......」

 

覆面男は蘭の問いに何も答えない。

 

「もしかして、有名な人だったりします? 芸能人だったり?」

 

当たらずとも遠からず。

すると当然覆面男が上空へ指を指し

 

「空飛ぶ子豚だッッ!!」

 

「「 へっ? 」」

 

指に釣られ、つい男が指した後方を見てしまう五反田兄妹。

 

シュババッ

 

「って飛んでる訳ないで....あれ?」

「....消えたな」

 

幾ら周りを見渡しても、それらしい人物は見当たらなかった。

 

 

________________

 

 

 

「ありがとうございました」

 

『神楽舞』を演じるまでまだ時間がある。

風呂から上がった箒は巫女装束に着替えて、お守りとおみくじの販売を手伝っていた。

 

「大吉くれよ」

「そんな事を言う奴はお前くらいだろうな」

 

お金を渡してきた恭一を笑顔で迎える箒。

 

「ちゃんと道に迷わず来れたか?」

「迷う処か、道に迷いまくってた奴らを助けてやったぜ」

(拳でだけど)

 

そんな会話をしていると、奥の方から雪子が顔を出してきた。

 

「どうしたの箒ちゃん、何やら楽しそうな......あら?」

 

箒と楽しげに話していた男を見る。

 

「もしかして、この男の子が例の?」

「は、はい.....」

 

雪子が箒の耳元で確認すると、顔を赤らめながら小さく頷いた。

 

「それなら箒ちゃんも暫く遊んでらっしゃい。浴衣も出してあげるわ」

「で、でも仕事が」

「『神楽舞』までに戻って来てくれたら良いから、ね?」

「あ、ありがとうございます雪子叔母さんっ!」

 

2人のやり取りの間、恭一は近くの指定場所に先程引いたおみくじを結んでいた。

何やらブツブツ言いながら

 

「おかしい...俺の運は国士無双じゃないのか.....ぐぬぬ」

.

.

.

「あの男の子が箒ちゃんの想い人なのね?」

 

浴衣の着付けを手伝いながら雪子が聞いてくる。

 

「....想い人と云うか....恋人です」

「あらあらまあまあ!」

 

恥ずかしそうに言った箒に対し雪子は嬉しそうだった。

 

「うん、出来たわ。とっても素敵よ箒ちゃん」

「ど、どうも....」

 

浴衣を着せてくれた事、自分を褒めてくれた事の両方にお礼を言いながら自分の姿を改めて鏡に写し、確認する。

その姿は雑誌のモデルと比較しても遜色無い程の雰囲気と一体感を醸し出していた。

 

(浴衣など数年ぶりだったが.....似合っているだろうか。恭一は褒めてくれるだろうか)

 

誰がどう見ても美人な顔立ちをしているのだが、自覚が無い箒は自信無さ気である。

 

「さあ私も玄関先まで見送るわ、行きましょう箒ちゃん」

 

そんな2人を玄関で恭一が待っていた。

 

「先に祭りを見て回ってても良かったんだぞ」

 

ずっと待っててくれた恭一に照れ隠しで、心にも無い事を言ってしまうが

 

「お前と一緒じゃないと楽しくないだろ」

「きょ、恭一....」

 

目線を逸らし、少し恥ずかし気に言う恭一の仕草にトキめいてしまう箒。

 

「うふふ...叔母さんまで恥ずかしくなっちゃうわ」

「ハッ....」

 

すっかり雪子の存在を忘れてしまっていたようだ。

 

「す、すいません雪子叔母さん! 恭一、この方は私の叔母に当たる人で私が幼い頃からよくお世話になっていたんだ」

 

箒に紹介される流れで少し前に出る雪子。

 

「恭一さん。いつも箒ちゃんがお世話になっております」

 

雪子は膝を突くと、礼儀正しく恭一に対し頭を下げる。

 

「お、叔母さん」

 

雪子が此処まですると思っていなかった箒も面食らってしまう。

そんな雪子の姿に恭一は何を思う。

 

(箒の叔母様が座って挨拶...恋人の叔母様は俺の叔母様? 叔母様は目上の方だし、俺も礼儀正しくフカブカとオジギを...キレイな言葉で....エットエット.....)

 

非常識なりに精一杯考えた末

 

「へへーーーーーッッ!!」

 

土下座する恭一だった。

 

「ちょっ....」

「ま、まあご丁寧に....」

.

.

.

少し気まずいまま見送られた箒と恭一は神社の方へと向かう。

 

「あっ.....」

 

恭一から手を優しく握って来た事に驚き、つい箒は立ち止まってしまった。

 

「あー......嫌だったか?」

 

(あれ? 本には恋人同士は男から手を繋ぐモノって書いてたんだが)

 

「そ、そんな訳なかろう! 少し驚いただけだ!!」

 

箒が慌てて手を差し出すと、もう一度恭一は自分の手と絡めていく。

 

(はわっ....はわわ....)

 

友達同士でするような手の繋ぎ合いでは無い。

指をひとつひとつ絡める所謂恋人繋ぎである。

 

(恭一の奴.....どちらかと言えば消極的な方だと思っていたが、恋人になればこんなにも積極的になるんだな)

 

箒も嬉しそうに指を絡めて歩く。

『ネアンデルタール人でも分かる恋愛指南書』様々だった。

 

 

「さぁ恭一、何処から見ていく?」

「んなもん片っ端から見ていくに決まってンだろ。初めての夏祭りなんだ。あるモン全部堪能させて貰うぜ!!」

「ふふっ....そうだな。全部楽しまないとな」

 

少年らしい顔をする恭一に箒も温かい気持ちになる。

神社の入口付近まで着いた時、恭一がふと口を開いた。

 

「今からのってよ......」

「うん?」

「デ.....デ....デートっていうのか?」

 

暗がりでも分かる程、恭一の顔は赤くなっていた。

 

「....ああ。初めてのデート、だな」

「そ、そうか! うわははは、早く行こうぜ箒!」

「ふっ....ああ!」

 

照れ隠しに大笑いする恭一の隣りを歩く箒は改めて実感した。

 

(.....私は本当に恭一と恋人になったんだな)

 

幸せな時間は始まったばかり。

 




本当は一話で花火シーンまで収めたかったけど、此処まで書いて断念。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。