野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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補習と云う名のむふふ、というお話


第70話 夏休み始まらない

季節も八月になり、蝉の鳴き声が夏を実感させる。

IS学園も夏休みに入り、世界中からやってきた生徒の大半が帰省している。

1年生の代表候補生も鈴以外が母国へ帰っていった。

 

「あ゛ーづーい゛ー....」

 

恭一は今日も今日とて、朝から学校へ向かう。

勿論、補習のためである。

 

―――ガラッ

 

教室に入っても当然、誰も居ない。

 

「くっそう。織斑の奴め...さっさと帰省しやがって」

 

 

________________

 

 

 

この間行われた期末試験。

恭一程では無いが、幾つか赤点を取った一夏も一緒に補習を受けていたのだが、彼の科目は全て終了したと云う事で昨日の内に実家へ帰っていった。

 

「巫山戯んなよ織斑、フザケンナッッ!!」

 

彼の帰省に最も反対したのが恭一だった。

 

「此処に居ろよ! 別に帰る必要なんてねぇだろ!?」

「恭一...其処まで俺の事を....ッッ!!」

 

声を荒げて自分を引き止めてくる恭一の姿に男同士の熱い友情が芽生えたんだ、と一夏は心を震わせるが

 

「お前が居なきゃ俺のコーラはどうなるんだよッッ!!」

「えぇ....」

 

がっかりする一夏を前に恭一は必死だった。

 

「いや、買えば良いじゃんか。このご時勢に110円で売ってくれてんだぜ?」

 

至極正論である。

 

「馬鹿野郎お前俺は勝てねぇんだよお前!」

「勝つって何だよ。普通に買えば良いだろ?」

 

対自販機戦歴を知らない一夏には恭一の言葉が届かない。

 

「それが出来たら苦労しないんだって! 頼むよ織斑、頼むからッッ!!」

「恭一....」

 

この男が此処まで自分の前で必死な表情を見せた事が嘗てあっただろうか。

いや無い。

それ程までに熱く願うのか。

恭一の姿に思わず一夏も胸を打たれる―――

訳が無かった。

 

理由が理由なので当然である。

 

「じゃあな恭一、数日したら戻ってくるから。それからはまた鍛えてくれよな」

 

簡単な荷物を抱え背を向ける一夏。

 

「もう帰ってくんなバーカバーカ!」

 

何処に出しても恥ずかしい少年である。

.

.

.

何だかんだ一夏を見送る形になった恭一は、そのままもう一度寮へ入って行く。

 

「一夏は帰っていったか」

「千冬さん? 居たんですか」

 

ひょっこり現れたブリュンヒルデ。

 

「お前は明日からもまだまだ補習続きだな」

「まぁ、これも含めて社会勉強ってヤツですかね。受け入れますよ」

 

肩を落とす恭一とは別に千冬の声は弾んでいる。

 

「ふむ。私からの餞別だ、コーラを買ってやろう」

「ま、マジですか千冬さん!?」

「ああ.....マジだ」

「おお....おぉ.....」

 

羨望の眼差しを受ける彼女は何時にも無く上機嫌な様子。

 

(むっふっふ。今日まで補習を担当していたのは真耶だ。そして明日からは私が担当する事になっている....ぐふっ)

 

乙女がそんな笑みを浮かべてはいけない。

 

(恭一を狙う小娘共は居ない。やっと2人だけの甘美な時間を味わえるッッ!!)

 

―――ガコン

 

「ほら、コーラだ」

「ありがとうございます!」

 

笑顔で受け取り、早速蓋を開ける。

 

「口移しで飲ませてやろうか?」

「は?」

「あ、いや...何でも無い。気にするな」

(落ち着け私。此処じゃ不味い...焦るな、明日からだ)

 

 

________________

 

 

 

「ふんふんふふーん」

 

鼻唄交じりに教室へ向かう千冬。

 

―――ガラッ

 

「おはよう」

「おはようございます」

 

挨拶と共に教室の扉を開けて中へ入る。

教卓に立ち、ゆっくりと教室を見渡す。

 

(...よしっ! よしっ! ぃよしッッ!!)

 

恭一以外は誰も居ない事を確認し、ガッツポーズ。

 

(ふっ...負ける気がしない。ホームグランド(教室)だし)

 

「さて、渋川。1時限目は『化学』だ。教科書は出しているな?」

「はい」

 

千冬は恭一の返事を聞きながら空いている机を持ち、彼の机と隣り合わせにする。

 

「へ?」

(な、なにやってだこの人...)

 

当然のように隣りに座る千冬の行動が解せない恭一。

 

「あのー...どうして隣りに座る必要があるんですか?」

「マンツーマンの指導はこの形を取るよう上から指示されているんだ」

「あ、そっかぁ」

 

平然と嘘を付くブリュンヒルデに簡単に丸め込まれてしまう。

 

「良いか渋川。お前にはまず基礎を徹底的に染み込ませる。そうでないと、幾ら教科書を進めても意味が無いからな」

「はい、お願いします織斑先生」

 

普段の体育会系な振る舞いとは別人のように、丁寧に1つずつ解説していく。

恭一が分からない、と言った処は重点的に。

まさに生徒を指導する素晴らしい教師の姿だった。

恭一の手を握ってさえ居なければ。

 

「元素記号は『化学』の分野の肝だ。今から私が言う処は必ず押さえておくようにしろ」

「は、はい...」

(押さえられてるのは俺の手、って突っ込んでも良いのか?)

 

至って真面目に解説を続ける千冬に対し、どう反応するのが正解なのか恭一には分からなかった。

 

「―――其処から分子説が提唱され「キーンコーンカーンコーン」む...チャイムが鳴ったな」

 

結局、恭一は千冬に手を握られたまま1時限目を終えたのであった。

 

「次は『地理』か。教科書を出しておくように」

「は、はい...」

 

ようやく手を放し、教室から出て行く。

扉が最後まで閉まってから、やっと恭一は一息付いた。

 

「.....何なんだ、アレか? 氣功法の練習か? 俺の氣を吸い取るとか云うアレなのか?」

 

千冬が何も言わないので、恭一も唸るばかりである。

 

 

________________

 

 

 

「急いては事を仕損ずる」

 

千冬は職員室へ向かう途中にそう呟いた。

 

(最近の私はアイツに迫りすぎていたような気がする)

 

露骨に恭一を求めた自分の姿を思い返し、頭を振る。

 

(...必死な女だ、と恭一に嫌われたくない)

 

自分の机に着き、次の授業の教科書を用意する。

 

(焦っては駄目だ。でも躊躇っても駄目なんだ....む、難しい)

 

仕度が終わると、職員室から出て

 

(ふっふふ....まるで戦いだな。なるほど、恋が戦争とは良く言ったものだ)

 

ズンズン、と恭一の待つ教室へ歩みを進める。

おそらく彼女は激しく勘違いしてらっしゃると思われる。

意気軒昂に扉を開き

 

「さぁ渋川、2時限目も頑張っていこうか」

「よろしくお願いします」

 

千冬の乙女としての戦いは始まったばかりである。

.

.

.

―――キーンコーンカーンコーン

 

「ふむ...今日の補習は此処までだな」

「ありがとうございました!」

(...結局突っ込め無かった)

 

あれからも千冬による乙女的攻撃(手を握ってくる行為)を喰らい続けるも、何て反応を返せば良いのか、タイミングすらも掴めなかった。

 

「さて、恭一。午後からは予定はあるのか?」

「まぁ...いつも通りですかね」

「なら私もいつも通り付き合わせて貰う」

 

鍛錬の有無を確認し終えた千冬は、先に教室から出て行く。

 

(あぁ...ドキドキした。アイツの手を握っただけでこんなにも.....)

 

誰にも邪魔されないと云う精神的余裕からか、何時にも増して乙女になる。

 

(無理に大胆にいく必要は無い。少しずつ想いを伝えていこう)

 

誰も居ない事を確認し、スキップで職員室まで戻って行った。

 

 

________________

 

 

 

「やぁやぁキョー君! 今日も元気に補習してるかい!?」

「お疲れ様です、お兄様」

 

部屋に戻ってきた恭一を迎えたのは束とクロエだった。

 

「いきなりだな姉ちゃん。俺は何時だって元気だぜ?」

 

アポ無し突撃に慣れている恭一は特に動じる事無く応える。

 

「今日はキョー君にビッグなプレゼントを持ってきたんだよ~」

「へぇ....美味しいお肉かな?」

「其処まで食いしん坊だったっけ?」

 

クロエは2人の隣りでお茶を用意している。

 

「修行相手にマンネリを感じていないかね?」

「なぬ?」

 

恭一を前にむふふ、と笑う束。

 

「キョー君に質問でーす! 今、君は一番誰と戦いたいかなっ? あ、創作キャラは無しの方向で」

 

ちゃっかり恭一の先手を打つ束だった。

 

「じゃあ...ティラノサウ「あ、白亜紀も無しで」ぐぬっ...」

 

唸る恭一に

 

「自分自身と戦ってみたくなぁい?」

「.....なに?」

 

「ジャジャーン! 束さん発明品『夢でもし逢えたら君』お披露目だよ~っ!」

 

怪訝な顔の恭一の前にヘルメットと背中の防具のような装置が置かれた。

 

「これを頭にセットして、自分を強くイメージするのさ。あくまで夢の中だけど、自分と戦う事が出来るんだよ? どう、すごい? すごい?」

「.....自分と戦う」

 

束は説明を続ける。

 

「試作品だし使用限度はたったの一回だけどねぃ。キョー君も対等の相手と全力で戦ってみたいでしょ?」

「んでも夢なら感覚を伴わないだろ? リアルじゃ無けりゃ―――」

「ちっちっち...そのための装置だよ~。身体から発せられた『信号』を脳に伝わらせる事がこの装置で可能になる!」

 

―――パチパチパチ

 

胸を張る束に拍手を送るクロエ

 

「夢で身体に受けたモノをこの装置から脊椎を通して脳の体性感覚野に『発信』させる。この結果、夢の中でも痛みを感じる事になるよ」

「....もしも夢の中で死んだら?」

「脳死するんじゃ無い?」

 

2人の視線が交差する。

 

「「 あっはっはっはっは!! 」」

 

「面白い...アンタはやっぱ最高だぜ、束姉ちゃん」

「えへへー、もっと褒めて褒めてー」

 

クロエが淹れたお茶を飲み干し

 

「今すぐに行けるのか?」

「モチのロン!」

「...今日の鍛錬は千冬さんと箒が参加する予定だったんだが、無しのメール送っとくか」

「それなら束さんが送っておくよん、キョー君はクーちゃんにこれ装着して貰っててよ」

 

言われるまま、クロエに頭と背中に装置を身に付けて貰う。

 

「もう行く?」

「少しだけ待ってくれ」

 

そう言って瞑目する恭一は、何処か緊張しているようにも見えた。

 

(.....俺をイメージする。何処までも俺を)

 

「頼む、姉ちゃん」

「ほぉい! それじゃ楽しんできてねっ、キョー君!」

 

束の声と共に意識が遠くなる感覚に身を任せる。

.

.

.

「クーちゃんはアレを用意したまえ!」

「はい、お姉様」

 

恭一が眠りに付いた事を確認し終えると、クロエは大画面モニターを用意する。

 

「最強同士の喧嘩を観ない訳にはいかないよねぃ♪」

 

千冬と箒に連絡を入れる束。

 

『早く来ないと世紀末決戦が始まっちゃうよー!!o(*´д`*)o』

 

「こんな感じかな~、後はコーラとポップコーンの用意だねっ!」

 

イソイソ、と用意している処で

 

―――ギィィ

 

千冬と箒も息を切らせてやって来た。

何かを言ってくる前にサラサラっと説明してしまう束だった。

 

「...大丈夫なんですか姉さん?」

「大丈夫だよ箒ちゃん。文字通り自分自身との戦いだからね。それに万が一の事が起きても装置を取れば戻って来られる仕組みになってるからさ♪」

 

心配そうな箒だったが、その言葉を聞いて安心したようだ。

 

「ふむ...何処か余裕を持って戦いに臨むアイツの全開か。確かに興味を唆られる」

「でしょー?」

 

千冬と束が話していると

 

 

―――ガガガガッ......プツッ

 

 

「映った....画面の中で恭一が歩いている」

 

箒の声に皆もモニターに集中する。

 

「何処を歩いてるんだアイツは?」

「さぁねぇ...夢って精神世界みたいな処だもんね」

 

皆が見ているモニター内の恭一が立ち止まる。

画面の外からも人影が映り込んできた。

 

どうやらもう1人の恭一と対面したらしい。

 

『まさかこんな形でアンタに会える事が出来るなんてな』

 

此処にいる皆が聞き慣れた嬉しそうな恭一の声に

 

 

『カカカッ!! 感動のご対面じゃの?』

 

 

「「「「 誰ーーーーーーっ!? 」」」」

 




装置に関しては適当です\(^ω^)/

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