野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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勉強は大事、というお話



第二部
第69話 立ち向かう勇気


「....よし。行くか」

 

部屋から出るともう一度携帯を開き確認する。

 

『もう鍛錬してるか?』

『(`・ω・´)』

 

「....何で顔文字だけなんだよ。してるのか? してるんだよな」

 

ボヤきながらも一夏は寮から出て渋川道場へ向かう。

 

「.....千冬姉ぇ?」

「ほう、こんな早朝にジャージ姿で何処へ行く?」

 

運動場で同じくジャージ姿の千冬と出会い

 

「決まってるだろ。恭一の所で今日から俺も自分を鍛えるんだ」

「ふっ...なら私と同じだな」

「へっ?」

 

千冬はスタスタと歩いて行く。

疑問を抱きながら一夏も付いて行く。

 

「なっ.....」

 

渋川道場が見えてきた一夏は声が出ない。

 

「足元がお留守だぞセシリア!!」

「ぐっ....」

「ハアアアアアアッッ!!」

 

セシリアの脛を蹴り上げた恭一の背後から箒が仕掛ける。

 

「声出したら意味ねぇだろ!」

 

放たれた拳を振り向き様に掴み投げ飛ばす。

 

「ガハッ....」

 

背中から後方の木に当たり、箒は酸素が吸えなくなる。

 

「後ろから声出すなら、背面以外に攻撃しろ。そうじゃなきゃ意味がねぇ」

「う、うむ....つい声がな」

 

少し離れた所ではラウラと簪が楯無に挑んでいる。

その光景を見た一夏は

 

「ち、千冬姉ぇ.....これって」

「ん? 最初は私と篠ノ之だけだったんだが、日が経つに連れてな」

 

其処で皆が一夏と千冬の存在に気が付く。

 

「一夏?」

「一夏さん?」

 

箒とセシリアは少し驚いているようだ。

ラウラは相変わらず興味無さ気である。

 

「あらあら....」

 

楯無は少し楽しそうな顔をしている。

 

「........」

 

そんな中、無言で簪は一夏の所まで歩み寄る。

 

「えっと....君は?」

 

無表情で自分を見てくる彼女に少し後ずさりながら一夏は問いかける。

 

「...私には貴方を....殴る権利がある....」

「へっ?」

「けど....それは瑣末な事だって気付いたから殴らない」

「は、はぁ....」

 

事情を知らない者からすれば彼女の言葉は意味不明である。

 

「でも、此処へ来たのなら貴方にも洗礼を受けて貰う。私も喰らったのだから」

 

簪の言葉に楯無は苦笑いである。

 

「......シッッ!!」

「ぅわっ!?」

 

自分の視界から彼女が消えたと思ったら、水面蹴りを喰らったようだ。

前へ突っ伏すと、そのまま背中に乗られてしまう。

 

「なっ、なにすん....いだだだだだだッッ!?!?!?!」

 

一夏の両足をクロスさせたまま両手で掴み、後ろへ自分の体重を乗せる。

 

 

『で、出たーーーーッッ!! テキサス・クローバー・ホールドだァーーーー!!』

 

 

「な、何か今聞こえませんでした?」

「私にも聞こえた」

 

セシリアと箒が辺りをキョロキョロ見渡す。

 

「ギブアップしないと、このまま両足をへし折る」

 

少し力を入れる。

 

「いっ....ぐぅぅぅぅぅ...ギブ....ギブアップ」

 

ホールドを解かれた一夏はまだ地面で伏っしたままだ。

技を解いた簪はホッコリ顔で帰ってくる。

 

「どうだ織斑。これがこっち側だぜ?」

「あいててて......恭一?」

 

倒れたままの一夏の目の前で恭一は膝を折って話掛ける。

 

「明るく楽しい部活動とは一線を画すってこった」

「俺は....」

 

思い出せ、何故俺は此処に来た。

 

(皆を守るんだ。卑怯な手にだって真っ向から打ち破ぶりたいんだ)

 

「此処に居る者は想いは違えど、目的は同じだ。強くなろうとする者達が集った場所だ」

「千冬姉ぇ...」

 

(俺は強くなる...強くなる! 強くなる!!)

 

「俺だって強くなるために此処に来たんだッッ!!」

 

倒れたままで叫んだ一夏の姿は何処か不格好だったが、誰も彼を笑わなかった。

 

「.......」

「恭一....」

 

無言で差し伸べられた腕を掴む。

 

「楽しくなりそうだ」

 

そう言って恭一は一夏を立たせると背を向けて奥へ歩いて行く。

 

(楽しく...か。さすがにまだそんな余裕は無い、けど)

 

「一夏さんはまだマシな方でしてよ」

「くくっ...違いない」

 

しかめっ面のセシリアと笑う箒が一夏に近づいて話す。

 

「どういう意味だ?」

「私なんて初めて此処へ訪れた時、出会い頭に恭一さんに顎を蹴られ意識を飛ばされましたのよ?」

 

その時の事を思い出し、悔しそうに話すセシリア

 

「お前が起きた時は鍛錬が終わってたもんな」

「何をしに来たのか分かったもんじゃありませんでしたわ! あ、頭を撫でないで下さいまし箒さん!」

 

プンスカ怒るセシリアに楽しそうな箒である。

 

「お前達も強くなりたいのか?」

「当然(だ)(ですわ)」

 

一夏の問いに2人は即答する。

 

「一夏、お前が何を想って来たのかは聞かん」

「箒さんの言う通りです。そんな事に興味はありませんもの」

 

そう言って箒とセシリアは一夏の前で構える。

 

「へっ...? ちょ、ちょっと待て2人共!?」

「構えろ一夏。これをもって、お前へのわだかまりを終わらせてやるッッ!!」

「帳消しに一夏さんも鍛えられるなんて一石二鳥ですわねッッ!!」

 

まだまだ青い乙女達だった。

 

「意味が分かんねっ....あぎゃあああああああああッッ!!!!」

「おー...いきなり2vs1なんて織斑もやる気満々だなぁ」

 

一夏達を見てうんうん、と頷いている恭一。

この男もいつも通り何処かズレていた。

 

 

________________

 

 

 

「皆も分かっているとは思うが、3日後には期末テストだ。今日からは部活動・アリーナの使用が禁止される。各々しっかり準備するように」

 

朝のHRで千冬が生徒達に伝える。

恭一は唯々、耳を塞いでいた。

 

HRが終わると千冬は恭一の所まで行き

 

「お前も放課後は鍛錬無しだ。勉強しろ....良いな」

「....ぁぃ」

.

.

.

「一夏いるーっ?」

「鈴か。どうしたんだ? 隣りのクラスからわざわざ」

 

放課後になると、快活な声と共に鈴が1組にやって来た。

 

「試験勉強一緒にしない? アンタどうせ付いて行けてないんでしょ? 仕方ないからあたしが教えてあげるわ、感謝しなさいよねっ!」

 

どうやら鈴は一夏と共に過ごす口実を作りたいようだが

 

「悪い、恭一達と一緒に勉強するんだ」

「えっ...」

「何でもアイツも勉強は苦手らしくてな、セシリア達が教えるんだってさ。んで俺も一緒に教わる事になったんだ」

「そ、そうなんだ...」

 

あっさり断られてしまい鈴はシュンとなる。

 

「お前も一緒にしようぜ」

「えっ?」

 

立ち去ろうとした鈴を引き止める。

 

「皆でやった方が分からない所を教え合えるし、効率良いだろ?」

「い、いいの?」

「ん? 何か不都合でもあるのか?」

「う、ううん! 無い無いっ!! それで何処でするの? 図書館かしら」

 

嬉しそうに何度も首を振る。

 

「恭一の部屋だ」

「へっ?」

 

 

________________

 

 

 

「.....何て言うか、アレね」

 

恭一の城(自称)の前に着いた鈴は見上げる。

 

「三匹のこぶ「それ以上言うな」そ、そうね」

 

咄嗟の判断で一夏が止め、鈴も察して最後まで言うのをやめる。

 

「もう皆居るってよ、入ろうぜ」

「う、うん」

 

―――ギィィ

 

中には恭一、箒、セシリア、ラウラ、シャルロットの5人が既に勉強道具を出している処だった。

 

(....無駄に広いわね。あるのはベッドと....何あの長い...折り畳み式?)

 

『最後の晩餐』に描かれているようなテーブルを前に呆けてしまう鈴だった。

 

部屋に入ってきた一夏と鈴は挨拶もそこそこに座り、教科書を取り出す。

 

「さて、恭一さん。まずは私が英語を教えますわ」

「うん」

 

頷く恭一にいつものような覇気は無い。

 

「英語か...俺も恭一と一緒に教えて貰うかな」

「一夏は必要無いんじゃないかな」

 

そんな一夏をシャルロットが止める。

 

「何で?」

「まぁ...見てたら分かるよ」

 

あはは、と頬を擦る彼女は何処か苦笑いであった。

 

「This is a pen. さぁ恭一さん。和訳してみて下さいな」

「「 へっ? 」」

 

何を言っているだ、と云う反応の一夏と鈴を余所に恭一とセシリアは至って真剣だ。

 

「えーと....んーと.....これはペンです!」

「exactly。正解ですわ恭一さん」

「よしっっ!!」

(いぐ...? 何て言ったんだ今?)

 

そんなセシリアと恭一の様子を見ていた一夏達。

 

「.....アイツってそんなにヤバいの?」

「あ、あはは.....うん」

 

鈴が小声で聞き、頷き返すシャルロット。

 

「それでは先程の文章を疑問文にしてみて下さい」

「なっ、なにぃ...セシリアも無茶な要求してきやがるぜ」

 

唸って悩む恭一を一夏達は見守る。

いつの間にか他科目を勉強していた箒とラウラも手を止め、恭一を見ていた。

 

「で、でぃすいずあぺぇ↑↑ん?」

「....恭一さん。語尾を上げても意味無いんでしてよ?」

「ぐぬっ....」

 

「ぷっ...くくっ...」

「わ、笑っちゃダメだよ一夏...ぷふっ....」

「そ、そうだよな....わ、笑っちゃダメだよな....くふっ」

 

自分の腹を抓り、何とか笑うのを我慢する。

 

「ん?」

「........」

 

先程まで恭一を見ていた箒が顔を手で隠し、下を向いてるのに鈴が気付く。

 

(....箒、何かプルプル震えてない? あっ...ふーん?)

 

悪戯っ子な顔になった鈴はそっと箒の横まで行き、耳元に顔を近づけ

 

「でぃすいずあぺぇ↑↑ん?」

「ぶはっ」

「あっはははは!!」

 

必死に我慢していた箒は鈴の口撃で吹き出してしまう。

それを見た鈴も笑い、何とか耐えていた一夏やシャルロットも釣られてしまった。

 

(頑張れパパ!)

 

そんな中、恭一を心の中で応援していたラウラは娘の鑑である。

 

 

「ほう....そんなにオモシレェか」

 

 

―――ビクッ

 

 

ひーこら、笑っていた箒達の背筋が凍る。

ゆっくり振り返ると、自分達を前に鬼の顔した男が嗤っていた。

 

「「「「 ひぇっ 」」」」

 

(((( 恭一の背後に鎌を持った死神が見える ))))

 

ゆらりゆらり、身体を揺らしながらゆっくりと。

ラウラを除く4人へ近寄ってくる恭一。

 

「明日の朝刊載ったぞテメェラアァァ!!」

 

(((( 死刑宣告ーーーっ?! ))))

 

「お止しなさいな、恭一さん」

「あ゛ぁ!?」

 

怒れる恭一の手を握るセシリア。

 

「笑いたい者には笑わせておけば良いのです」

 

そう言うと、セシリアは4人を睨む。

 

「真面目に勉強している人に対する反応では無いんでなくて?」

 

「「「「 うっ 」」」」

 

正論が4人の胸に突き刺さる。

 

「そ、そうだよね。ごめん恭一」

「すまん恭一。俺も笑って悪かった」

「あたしが一番悪いのよね...謝るわ恭一」

「くっ...私とした事が恭一を傷付けてしまうなんてッッ.....うぉぉぉ」

 

それぞれが恭一に謝る中

 

 

―――ぎゅっ

 

 

「へ?」

 

恭一に手を握り返され、間の抜けた声を出してしまう。

 

「お前って良い奴だなセシリア....」

 

恭一はセシリアの言葉に感動しているようだった。

 

「しゅ、淑女として当然の事ですわ!」

 

熱い瞳で見つめられた彼女の顔は少し赤く

 

(恭一さんが私の手をっ...これってもしかしてそう云う事ですの? 期待して良いんですの!?)

 

ようやく自分にも春が来たのでは無いのか?

 

「俺が世界征服したら大臣にしてやるからな」

「......ウレシイデスワ」

 

勉強会は始まったばかり。

.

.

.

「......」

 

時間は経ち、今は箒に数学を教わってる処である。

問題文を睨む恭一

 

『6と1/4個のリンゴを3人で分けた場合、1人につき幾つになるか答えなさい』

 

「.......」

 

―――カキカキカキ...

 

「.....ブチッ」

 

何やらキレる音が。

 

「ぬがーーーーーーッッ!!!!!」

「ん...終わったか?」

 

立ち上がり咆哮する恭一をスルーして箒は解答と照らし合わせる。

 

「おかしいだろ!? 何だこの問題ッッ!!」

「2と1/12個...正解だ。偉いぞ恭一」

 

ナデナデ

 

「撫でてんじゃねぇよッッ!! ありえねぇだろ、何だ2と1/12個ってよ!?」

 

どうやら恭一は我慢の限界に達したらしい。

 

「1/4個を1/12個にしてまで分ける訳ねぇだろ! アホか! 余った分は食いたい奴に食わせりゃ良いだろ! ジャンケンでもしろよッッ!!」

 

止まらない。

 

「こんなクソ意味ねぇ計算なんざ、死ぬまで使わねぇんだよッッ!!」

 

そう言うや、恭一は扉の方へ歩いて行く。

 

「何処へ行く?」

「やってらんね...身体動かしてくる」

「甘い方へ逃げるのか恭一」

 

ドアノブに手をかけた恭一の背に箒は呆れながら言葉を投げかける。

 

「今のお前の言葉、勉強が苦手な奴の常套句だ。意味が無い、こんなの将来使わない。自分を正当化しようとして逃げる奴の典型的なソレだ」

「だ、だってよぉ.....」

 

自覚はあるのか、背中が丸くなっている。

 

「楽な道と茨の道があるなら....どっちの道に進め、とお前は言った?」

「ううっ....茨の道」

「お前の扉の先はどっちだ? そっちが茨の道なのか!?」

「...楽な道だよ、ちくしょう.....」

 

トボトボ戻ってくる恭一は席に座り直した。

 

「いつも大胆不敵な恭一にも苦手なモンがあったんだな....何て言うか、ホッとしたぜ。アイツも人の子なんだよな」

 

箒と恭一のやり取りを見ていた一夏がそう呟く。

 

(....ホッとした、か。あたしも少しアイツの見方を変えても良いのかな?)

 

一夏と一緒に見ていた鈴は臨海学校での事を思い返す。

 

(海で助けて貰ったお礼も言ってないのよね....)

 

もう一度、鈴は視線を恭一に向ける。

 

「基礎からゆっくり学んでいこうじゃないか」

「...うん」

 

そんな2人に一夏も近付き

 

「そうだぜ、いつもの明るい恭一は何処へ行ったんだ? 一緒に頑張ろうぜ!」

 

励ますように肩をポンと叩く。

 

「織斑...」

 

恭一にも一夏の想いが伝わったようで、ようやく笑顔が戻る。

 

「織斑」

「おう!」

「コーラ買ってこいよ」

「チクショーーーーーーーーーーッッ!!」

 

 

________________

 

 

 

3日後に行われた期末テスト。

恭一は滅茶苦茶赤点を取った。

 





勉強会で勉強する奴はモグリ。

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