分岐点の分岐点の分岐点のののの、というお話
「いくぜっ!!」
一夏は勢いを付けようと後ろ足に力を入れる。
「ん?」
対面したイーリスは一夏の斜め後ろを気にする素振りを見せ、指を差した。
「おいおい、模擬戦にそんなモンがあったら邪魔だろ」
呆れた口調のイーリスに一夏も後ろを振り向く。
―――アマチュアだな
そんな言葉が聞こえると同時に一夏は衝撃を受け前に吹き飛んだ。
「ぐわっ!!」
顔から砂浜に突っ込んだ一夏は砂を吐き出しながら驚いた表情でイーリスを見上げる。
「ゴングはもう鳴ってんだぜ少年。こんな手に引っかかんなよ」
「なっ...ひ、卑怯ですよッッ!!」
非難の声を上げる一夏の姿など何処吹く風である。
人差し指をクイクイと
「ピーチクおしゃべりする時間かよ? 口よりも身体を動かしな少年」
「くっ...」
『雪片弐型』を握り締め、立ち上がる。
「うおおおおおおおッッ!!!」
イーリスへ向かって真っ直ぐ瞬時加速を仕掛け、斜めからの―――
(...映像通りの袈裟切り)
刀身よりも先に己に向かってくる柄頭を爪先部分で思い切り蹴り打つ。
衝撃を受けた『雪片弐型』は一夏の拳からすっぽり抜ける、処では無く、数十メートル以上後ろの砂浜に突き刺さった。
「ちいっっ!!」
急いで取りに行こうとする一夏の背中を大いに笑うイーリス。
「情けねぇなぁ、背中から哀愁が漂ってんぜオイ?」
「...何だと?」
イーリスの挑発めいた声に、思わず立ち止まり振り返る。
「私は今も武器使って無いだろうが。それでも拾いに行くか? 千冬の剣が無いと戦えないのか少年? まあ私の強さにビビッちまってるんだろうがな」
隙あらば彼女は煽る。
「うるせぇ...」
「いやー...とんだチキンが居たもんだ。ほれ取ってこい。優しいお姉さんは攻撃しないで待っててやるからよ」
「うるせぇって言ってんだあああああああッッ!!!!」
嘲笑うイーリスに無手のまま一夏は突っ込み間合いに入った。
「ふっ...」
「何がおかしいッッ!!」
間合いに入られても彼女の余裕さが癇に障ったか一夏の叫換。
イーリスの目が光る。
(出てこい...ヴィーキングッッ!!)
無手だったイーリスの両手に2本の剣が召喚された。
「なっ!?」
思いも寄らぬ一齣に目を見開くが、もう遅い。
(約束を果たさせてもらうぜ千冬ッッ!!)
.
.
.
「あん? もう一度言ってくれないか千冬」
「一夏に対しては戦場武術で戦ってくれないか?」
「....つまりアレか?」
「ああ、ダーティプレイに徹してほしい」
千冬はイーリスに頭を下げる。
「だいたい察しちゃいるが、一応理由を聞いて良いか?」
「普通に戦ってもアイツはお前に勝てん。何せアメリカ代表だからな。負けから目を背ける口実など幾らでも本能が作るだろう」
少し寂しそうに笑う。
「それならいっその事、現実の戦いを見せてやってくれ。普通に戦って負けるよりもアイツには意義ある負けになるはずだ」
「はんっ......何だかんだ弟想いだなオメーはよ。言っとくが私は中途半端は嫌いだぜ?」
「そもそも遠慮なんてしないだろうお前は」
「ちげぇねぇや。はっはっはっは!!」
.
.
.
「剣技秘伝――― " 喪神夢想 " 」
型もへったくれも無い。
ただ2本の剣で相手を無茶苦茶に斬りまくる。
ザザザザザザザッッ!!!!!
「があああああああああッッ!!!!!」
幾重にも切り刻まれた一夏は、為す術も無く倒れるしか無かった。
キュゥゥゥ......ン
シールドが底を突き、強制解除されてしまった一夏はイーリスに咎めるような視線を投げる。
そんな視線などお構い無しなイーリスは満足気だ。
「武器は使わないんじゃ....」
「はぁ? 装備してるモン使って何が悪いんだよ?」
何処までも悪びれないイーリスの態度にとうとう一夏も我慢の限界を迎える。
「あんた...それでもアメリカ代表かよ」
「あん? 声が小さいぜ少年」
悔しそうに言う一夏を面白そうに見下している。
「こんなやり方で勝って嬉しいのか!? 情けないとは思わないのかよッッ!!」
「ちょ、一夏ッッ!!」
熱くなる一夏をシャルロットが諌めようとするがイーリスが手で制止した。
「...アンタは一夏の言葉をどう思う?」
隣りで見ていたセシリアに鈴は聞いてみる。
「さて...私個人の意見よりもイーリスさんの反応が気になりますわ」
「どうして濁すのよ」
セシリアの返事に鈴は呆れながらも見守るしかなかった。
「日本語を勉強してンだがよぉ...何て言うんだっけか、こういう奴の事...」
少し唸り、閃いたかのようにイーリスは手を叩く。
「そうだ! 負け犬の遠吠えだ!」
「なんだとッッ!?」
「私の日本語はちゃんと合ってっか千冬?」
彼女の言葉に一夏は千冬に目を向ける。
千冬なら自分を分かってくれる、彼はそんな顔をしていた。
「ああ、合っているな」
腕を組んでいた千冬は静かに、だが力強く頷きを見せた。
「なっ!?」
そんな馬鹿な、と云う表情が面に出ていた一夏を笑うイーリス。
「くくっ...さっきのオメーの顔、タッグ戦の映像でも見たなぁ」
「なに...?」
「アホみてぇに長々と話してる途中で渋川恭一に殴られた後、クソ共が喚いてたのを覚えてンだろ? 私は何十回も観たからバッチリ覚えてんぜ」
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.
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『まだ織斑君が話してるのに卑怯者!!!!!!』
『本当に汚い真似しか出来ないのね!!!』
『そんなヤツ瞬殺しちゃってえええええええええッッ!!!!!!』
.
.
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「オメーそん時、ほら見ろ、って顔で渋川恭一を見てたよなぁ? その後、瞬殺されてて笑い転げちまったけどよ! はははははッッ!!」
「うるせぇ! 卑怯な手を使う奴なんか俺は認めあがっ....ぐううぅぅぅ.....」
ISを纏ったイーリスに頭を掴まれ、圧迫に苦しみ声が出なくなる。
「おいヒヨっ子、良い事を教えてやるよ。負けた奴の言葉なんざクソ程価値もねぇんだぜ?」
「があっ....ぐうっ.......かはっ.......」
「お前の女々しい言い訳に同調する奴なんざ、お前と同じアマチュアだけだ。あの映像でお前を擁護していた小娘共みたいなよぉ」
そこまで言うと、一夏は掴まれていた頭から投げられ、砂をモロに被ってしまう。
瞬間、一夏の頭に思い浮かんだのはタッグ戦直後の周りの反応だった。
『あんな卑怯な奴の事なんて気にしない方が良いよ!』
「此処に居る専用機持ち共からは擁護されたか? アイツを批難したか?」
「それはッッ!!.....あ、あれ......?」
一夏は反論しようと懸命に思い出そうとする。
「......俺、何も......言われて.......ない...?」
セシリアとラウラは当然だ、と頷いた。
その試合でのパートナーだったシャルロットは苦笑い。
鈴は一夏からの視線を躱し、俯くしか出来ないでいた。
彼女達の反応を確認したイーリスは
「これが現実だ少年。今のオメーの言葉なんざ唯のクソなんだよ。現に此処に居る奴らは、これだけ私に責められているお前を一切庇おうとしねぇだろが」
その言葉に一夏は皆を見渡す、がやはり何も反応は返ってこない。
「いいかヒヨっ子、もう一度だけ言ってやる。負けた奴が何を叫ぼうがその言葉はクソ以下だ。それを擁護する奴もな」
イーリスの言葉に対して一夏はいつの間にか膝を突き、唯々下を向いていた。
初めて真っ向から現実を突き立てられた彼は何を想うのか。
そして、この事がこれからどう影響するのか。
それは未来のみが知っている。
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言いたい事を全部言い終えたイーリスは改めて千冬に向き直る。
「さぁ千冬よ。オメーの出した条件きっちり完了させたよな?」
「ああ。これ以上無く、な」
「なら渋川恭一と早くヤラせろ。こんな相手じゃ血が滾らねぇんだよ」
「...良いだろう。時間と場所はコチラから連絡する」
千冬とイーリスのやり取りにセシリア達が騒めく。
「なっ...それって恭一さんとも試合をすると云う事でしょうか?」
「おう! 私はそれが目的で此処に来たからなッッ!!」
ニカッと笑い応える。
「そ、その試合は私も見学しても宜しいでしょうか!?」
「ず、ずるいぞセシリア! 私も見たいです教官!」
「僕も見たいな。恭一の戦う処を目に焼き付けないと」
「.....私は」
そんな専用機持ち達の声だが。
「却下だ。消灯時間を過ぎてからの予定だからな。貴様ら部屋を抜け出したらどうなるか.....分かっているだろうな?」
「「「「 ひぃぃぃぃ!! 」」」」
千冬の殺気に、思わず身体を寄せ合う小娘達だった。
64話にてやっと一夏君が諭される機会が初めて発生、やったぜ。
しぶちーがお節介好き王道主人公ならもっと早かったんだよなぁ(しんみり)