野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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ナターシャ先生の教え、というお話



第63話 掴み取る者

―――暗い。

 

―――其処はいつも暗かった。

 

―――黒に包まれていた己。

 

―――赤い光が差し込まれる。

 

―――赤光に導かれ行く。

 

―――黒は赤に成り、希望の光を照らす。

 

―――絶望の色が侵食する。

 

―――黒は赤に成り、緑が咲き乱れた。

.

.

.

「ぐすっ......おぉ.......あぁぁ........」

 

(私はどうすれば良いんだ)

 

イーリスは困惑していた。

旅館に入ると目当ての人物を見つけた彼女は確かに顔を綻ばせていたのだが。

 

(.....慰めた方が良いのか? いや、でもなぁ....)

 

イーリスは困惑していた。

戦いに来た相手が膝を突き、男泣きしている。

 

(何でコイツ緑茶の前で泣いてんだ...)

 

何とか少ない情報源からこの状況を判断しなければならない。

 

(えーっと...自販機に向かって何かを叫んでたよな)

 

嬉しそうに笑っていた、今は目の前で泣いている少年。

 

(そうだよ、何かを買おうとしてた。私が声を掛けたのはその途中だ)

 

必死に頭を回転させる。

イーリスは正解にたどり着いた。

 

(...いやいや、そんな馬鹿な事があるかよ)

 

彼女の脳内小人も皆「無いだろ」と言っている。

 

(買いたかったモノを私が声を掛けたせいで買えなかった?)

 

イーリスはもう一度少年を見る。

 

「すまない...すまない....ぐすっ...」

 

(私が悪いのか? 私が悪いんだな? もう、そう捉えて良いんだな?)

 

謎の罪悪感が増し、良心を痛ませるイーリス。

 

「あーっと...悪かったな少年。お詫びに好きなの買ってやるよ。どれが良いんだ?」

「......こーら」

 

掠れた声が確かに聞こえた。

 

「コーラだな、うし! 私も久しぶりに飲むか」

 

コーラを2本買い、1本を少年に手渡す。

 

「ほれ、これ飲んでくれよ」

「ありがとう、お姉さん! 本当にありがとう!!」

「お、おう...其処までの事かぁ.....?」

 

少年の瞳に色が戻り、とりあえずイーリスもホッと胸を撫で下ろした。

 

(あれ...私、何しに来たんだっけか?)

 

隣りで幸せそうにコーラを飲む恭一を見る。

 

(そうだよ! コイツとヤリに来たんだよ!.....あれ、コイツだよな?)

 

どうしても、映像の恭一とブレてしまう。

 

「な、なぁ...少年」

「んぐんぐ......なんですか?」

「少年は渋川恭一「そうだよ」お、おう」

 

食い気味に返事されてしまった。

 

「私はアレだ。イーリス・コーリングってんだ。これでもアメリカ代表操縦者なんだぜ?」

「そう.....」

「お、おう」

 

特に関心無さそうな恭一だった。

自分の正体を知ると皆がキャーキャー騒ぐのが常だった彼女には、少し新鮮だったのかもしれない。

 

(しっかし...映像にあった覇気がまるで感じられねぇ...隙だらけじゃねぇかよ)

 

此処に来てイーリスは少し落胆した。

 

(拍子抜けだな。今手を出せばあっさり―――)

 

「―――ッッ?!」

 

ほんの数ミリ恭一に向けて身体を動かしただけだった。

その刹那、初めて恭一とイーリスは視線を合わせる事になる。

 

(コイツっ....何を考えてやがる)

 

そのまま視線を絡ませるも、彼女は動けない。

そして恭一も、ただ彼女を見据えたまま動きを見せない。

 

(読めねぇ...隙がまるで無いようにも見えるし、隙だらけにも思える)

 

「...コーラが好きなのか、少年?」

 

出方を伺う事が出来ず、話を濁す事にした。

 

「うん! 大好きさ! 中身といい、この赤のフォルムといい、何処までも俺を惹きつける。これは...良いモノだ」

「お、おう」

 

急に饒舌になる恭一に、少し引くイーリスだった。

 

「赤と云えば、こんな話を聞いた事があるな」

「ん?」

 

イーリスも自分の手に持つコーラを見ながら語りだした。

 

「ある晴れた日の午後、道を歩いてたら赤い洗面器を頭に乗せた男が向こうから歩いてきた」

 

この話知ってるか?

と、目で聞いてきたイーリスに恭一は首を振り先を促す。

 

「洗面器の中にはたっぷりの水だ。男はその水を一滴も零さないように、ゆっくりゆっくり歩いて来る。そこで聞いたんだよ。『貴方はどうしてそんな赤い洗面器なんか頭に乗せて歩いているんですか?』ってよ。すると男は答えた。『それは君の―――

 

「あああああああッッ!!! やっぱり此処に居たわねイーリ!!」

「ゲッ...ナタル...羅刹まで?!」

「誰が羅刹か!」

 

千冬とナターシャがようやく現れたようだ。

 

「さっさと来んか! 貴様、私の出した条件を忘れたとは言わさんぞ!」

「あいででででッッ!! わ、分かった! 悪かったよ羅刹!」

「羅刹って言うな、馬鹿モンがッッ!!」

 

千冬に首根っこを掴まれ、そのまま引っ張られて行くイーリスと苦笑いで付いて行くナターシャは旅館から出て行った。

 

「...それは君の...何なんだよ? その先を教えてくれよッッ!!」

 

恭一の声に応える者は居なかった。

 

 

________________

 

 

 

「あの子が渋川恭一君?」

 

ナターシャが道すがらに聞いてくる。

 

「おう...なんて云うか、掴み処のねぇ奴だった」

 

イーリスの声は心無しか弾んでいた。

 

「分ってるな? アイツとの試合はあくまで非公式だからな」

「わぁーてるって! 夜まで待てってんだろ?」

 

安心しろよ、と言うが抜けがけした彼女の言葉に説得力は無かった。

 

「はぁ...早く夜にならねぇかなぁ」

「おい、頼むぞイーリス。お前とナターシャは生徒達に―――」

「軽く揉んでやりゃ良いんだろ、ら...千冬は心配性だなぁ」

 

(ほんとに大丈夫かしらねぇ)

 

2人のやり取りに一抹の不安を抱えるナターシャだった。

 

 

________________

 

 

 

「イーリス・コーリングだ。ナターシャと同じくお前らの指導兼模擬戦を担当すっからよ」

 

専用機持ち達の場にやってきた、もう1人のアドバイザーが軽く挨拶する。

 

『イーリス・コーリング!?』

 

一夏以外が驚きに声を上げた。

 

「ゆ、有名なのか?」

「アメリカの代表操縦者だよ一夏」

 

一夏の疑問にシャルロットが教える。

 

「専用パーツのテストを終えたら、それぞれイーリスとナターシャの2人と模擬戦をしてもらう! 胸を借りるつもりで挑め」

 

『 は、はいっ! 』

 

千冬の言葉に皆が気合を入れ直したようだ。

.

.

.

「くっ.....此処まで差があるなんて」

 

『シルバリオ・ゴスペル(銀の福音)』を纏ったナターシャの前に悔しそうに膝を突くセシリア。

 

「顔を上げなさいオルコットさん」

「は、はい....」

 

セシリアは並々ならぬ闘志を持ってナターシャに挑んだ。

ナターシャの纏うIS『シルバリオ・ゴスペル』はセシリアの『ブルー・ティアーズ』と同じ射撃特化型の機体であり、今の自分を推し量るに当たる格好の相手だった。

 

「貴方の射撃能力はとても素晴らしいわ。正確無比と言っても過言じゃない。けどね...」

 

そこまで言うと、ナターシャは少し言い淀む。

どうやら、言うか言わまいか迷っているようだ。

 

「けど...? お願いします! 私なら何を言われても平気です! 遠慮なさらず仰ってくださいッッ!!」

 

セシリアは必死に頭を下げる。

嘗ての彼女なら『プライド』を持ち出して、このような事はしなかっただろう。

そんなセシリアを見ていた千冬は1人笑みを浮かべる。

 

(ふっ...若い者の成長を見るのは良いな....はっ! わ、私もまだまだ現役だぞ、うん!)

 

ナターシャもセシリアの姿に打たれたようだ。

 

「分かったわ。正確無比...それは言い換えれば、機械的なのよ」

「機械的...」

「ISをかじった人間なら、貴女の射撃を見ただけでホレボレするでしょうね。まるで参考書のようだわ」

 

―――でもね

 

「それじゃあ、決して上には臨めないわよ? 世界レベルの人間からすれば、参考書通りの射撃など読み易い事この上無いもの」

 

セシリアは唇を噛み締める。

 

「私の射撃はどうだったかしら?」

「えっ...それは.....」

「遠慮する事ないわ、思った事を言って良いのよ?」

「その...正直、上手いとは思えませんでした」

 

申し訳なさそうに言うセシリアに対し、ナターシャはニッコリ笑う。

 

確かにナターシャの射撃は見ている者からすれば滅茶苦茶だった。

まるで素人がヤケっぱちになり、撃ち散らかす、そんな感じであった。

 

「...なのに貴女は私に何度も追い込まれ、結果撃ち落とされた」

「はい...」

「偶然だと思う?」

「それは...」

 

セシリアはナターシャとの試合を思い返す。

自分は避けながら、反撃の機を伺っていた。

現に、『シルバリオ・ゴスペル』から放たれたエネルギー弾を簡単に避ける事が出来ていたセシリアは、当たる気がしなかった。

しかし、ある境を経ると一気にダメージを喰らった。

 

「貴女は自分の意思で避けていたと思ってるでしょうけど、それは大きな勘違いよ?」

「えっ....?」

「全て私が思う所に貴女を引き込んだ」

 

セシリアの瞳を覗き込むナターシャ

 

「貴女は私の掌の上で踊っていたに過ぎない」

「なっ....そ、そんな馬鹿なっ....」

 

セシリアは絶句してしまう。

さすがにショックを隠しきれないでいるセシリアの肩を強く握る。

 

「っっ....」

「心して聞きなさい、セシリア・オルコット。射撃には段階があるわ。『照準』『予測』そして『誘導』」

「照準...予測...誘導....」

 

ナターシャの言葉を反芻する。

 

「正確に目標を狙い定めるなんて、序の序も良い処。貴女はまだ世界の入口に立ったに過ぎない。相手の動きを想定した『予測射撃』、そしてそれを極めると、相手の動きをコントロールする『誘導射撃』が出来るようになるわ」

「私は....」

 

拳を強く握り締める。

そんなセシリアに千冬も近づき、優しく肩に手を置く。

 

「織斑先生...」

「言うは易く行うは難し、だがお前はどうする?」

「ふふふ...愚問ですわ。照らされましたわ、私が進むべき光の道がッッ!!」

 

己に喝を入れるため、頬を両手で叩いたセシリアはナターシャに

 

「ご指導して頂きありがとうございます、ナターシャさん!!」

 

もう一度強く頭を下げた。

少し彼女から離れた場所で2人は話す。

 

「あの子、強くなるわね」

「ふっ...」

 

セシリアには決して聞こえないように目を細めて讃えるナターシャと千冬だった。

 

 

________________

 

 

 

「ぐっ...ありがとうございましたッッ!!」

 

模擬戦を終えたラウラがイーリスに頭を下げる。

 

「おう、オメーは映像で見た時よりもマシな動きをするようになったな」

「映像...ですか?」

「この間のタッグトーナメントだよ」

「ああ...私も変わりたいと思わされましたから」

「そうかい」

 

もう一度頭を下げ、ラウラはISの調整に取り掛かった。

 

イーリスと模擬戦を終えたラウラとシャルロットは思い返す。

近接格闘スタイルで武器よりも拳を繰り出してくる事が多かった彼女の動きは、恭一の姿を彷彿とさせた。

 

そんな2人はボロボロになっていた。

ナターシャと違い、戦闘を楽しむ傾向が強いイーリスは手加減しているつもりでも、つい熱が入ってしまい手加減を忘れてしまう事があった。

 

「あと残ってンのは、お前か1人目」

「は、はい!」

「千冬の弟だからって、手心は加えねぇぜ、私はよ?」

「...? 千冬姉ぇは関係ないでしょう?」

 

(......ふーん)

 

イーリスは千冬をチラリと見た。

 

(本当に良いんだな?)

 

千冬は頷き返す。

 

(頼む)

 

その仕草を見届けたイーリスは笑みを浮かべる。

 

「さぁ...いつでも掛かって来て良いぜ? 少年」

 




導入部分が意味不明なんだよなぁ、お前のせいでよぉ?(読者並感)

黒=ペプシ
赤=コカ・コーラ
緑=お茶

Q.E.D

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