野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

62 / 180

長かった一歩を踏み出す時、というお話



第61話 篠ノ之箒

『もすもすひねもすぅ~、皆のアイドルたば―――』

「切りますよ」

『うわぁぁん! 冗談だよ箒ちゃん! 切らないで切らないでーっ!』

「大事な話があります」

『うんうん! 用件は分かってるよ。欲しいんだよね? 君だけのオンリーワン、箒ちゃんだけの専用機が。もちろん用意してあるよ。最高性能にして規格外仕様。その機体の名前は―――』

「そんな事のために数年振りに電話するわけないでしょうが」

『えっへっへー、言ってみただけだよー』

「姉さんに会いたいです。今月の7日、来てくれますか?」

『......分かったよー、箒ちゃんからのお誘いだもんね!』

 

 

________________

 

 

 

皆が寝静まった頃、1人の少女が静かに部屋から出る。

 

「...時間だ」

 

箒はゆっくりと廊下を歩き出した。

旅館のロビーへ向かう少女は何を思うのか。

 

(...姉さん)

 

幼き頃、大好きだった自慢の姉。

 

―――慕っていた。

 

『どうしたの箒ちゃん?』

「ここのね、宿題が分からないの...」

『ほうほう...束さんが教えてあげるよ!』

「わぁ! ありがとう束お姉ちゃん!」

 

優しくて頭も良い姉さんを。

 

―――憧れていた。

 

「うーん...こう? なんか違うような」

『どうしたの箒ちゃん?』

「あのね、お父さんに剣道の型を教えて貰ったんだけど、上手く身体が動いてくれないんだ」

『それなら束さんが見本を見せてあげるよ! その後一緒にやってみよう!』

「う、うんっ!」

 

綺麗で強い姉さんを。

 

―――尊敬していた。

 

「束お姉ちゃん、この図はなぁに?」

『むっふっふ~、よくぞ聞いてくれたね箒ちゃん! これは宇宙へ行くための翼の設計図なのさ!』

「宇宙!? 宇宙に行けるのっ?!」

『モチのロンさ! まだまだ時間は掛かるけど、束さんの夢だからね! 絶対完成させるよ!』

「束お姉ちゃんはすごいね! 私も宇宙に行ってみたいなぁ」

 

笑顔で大きな夢を語ってくれた姉さんを。

 

しかし、月日は流れ

 

―――憎悪した。

 

「どうして家族がバラバラにならなきゃいけないんだッッ!!」

 

ISを開発した篠ノ之束が行方を眩ましてから、妹である箒に大いに皺寄せが来た。

政府の重要人物保護プログラムにより日本各地を転々とさせられ、政府からは執拗な監視と聴取の連続だった。

 

「私が何をしたって云うんだ...」

 

外に出れば常に監視され、学校も転校続きで碌に友達も出来ない箒はひたすら憂苦に耐えるしかなかった。

IS学園入学の経緯も箒の意思では無く、政府からの強制であり進学ですら彼女に自由は無かった。

 

「私は...このまま縛られ続けていくのか」

 

 

________________

 

 

 

ロビーまで辿り着いた箒は心を落ち着かせる。

 

(...渋川)

 

思い出すのは渋川の言葉。

 

『家族に遠慮する必要が何処にある。難しく考えすぎてんじゃねぇのか?』

 

難しく考えるな。

 

『勝つか負けるかじゃ無いんだよ。お前達は姉と妹。それ以上でもそれ以下でも無い。それを忘れるなよ篠ノ之』

 

私が会うのは天災と呼ばれている篠ノ之束じゃない。

私の姉、ただそれだけだ。

 

「.......ん?」

 

ロビーに人影が見える。

 

(こんな時間に...? まさか、見回りの先生か!?)

 

何処かに隠れようとしたが

 

「やっと来たかよ。ここで張ってて正解だったな」

「渋川!? こんな時間にどうして」

 

もう0時を回っている。

何故そんな時間に恭一がロビーにいるのか。

 

「今日の篠ノ之は何処か違和感があったからな。ドンピシャでホッとしたぜ」

「...バレてたのか」

「まぁ少なくとも俺と...」

 

恭一はチラッと柱の方に視線を向けた。

 

「其処の出歯亀教師はな」

「....っっ」

 

恭一の指摘に観念したように、柱から女性が出てくる。

 

「...千冬さん」

「はぁ...何時ぞやのお返しか恭一?」

「はっはっは! 何の事やら」

 

ジト目で見てくる千冬の視線を軽く受け流した恭一。

やれやれ、と千冬は視線を箒へと向ける。

 

「......今日なんだな?」

「はい」

 

箒の表情を見た千冬もこれから何が起こるかを察知する。

 

「本来なら教師である私は止めるべきなんだろう...が」

「千冬さん...」

 

千冬は瞑目している。

教師としては見過ごせない、だが千冬個人としては後押ししてやりたい。

目を瞑る事で、自分は見ていないから行け、と云う意思表示だった。

恭一が1歩前に出た。

 

「覚えているか篠ノ之。束さんを許せないと叫んだ事を」

「ああ、覚えてるよ」

「今でも許していないか?」

 

恭一の問いに箒は何処か照れたような、困ったような笑みを浮かべた。

 

「ふふっ...いつの間にか、もう恨んですらいない。なのに私は姉さんと対峙する事をやめられない。何でだろうな?」

「理由が必要かよ?」

「いや......いらない。姉と妹だからな」

 

そこまで言うと箒はニッと笑ってみせる。

 

「行ってくる」

「ああ、お前の好きにしてくりゃ良いさ」

 

恭一は箒の背中を見送った。

 

「...付いて行かなくて良かったのか?」

 

箒が旅館から出ると、千冬が話しかけてきた。

 

「アイツはそんな事、望まないですよ」

「ふっ...そうだな。しかし...本当に化けたもんだ。あの小娘が」

 

嬉しそうに笑う千冬と恭一だった。

 

 

________________

 

 

 

「...箒ちゃん」

「お久しぶりです姉さん」

 

数年ぶりの対面だった。

 

「あの...ね、今日束さんが呼ばれたのって」

「少し歩きませんか? 時間はあるんです」

「う、うん」

 

2人は砂浜を並んで歩く。

 

「インフィニット・ストラトス」

 

―――ビクッ

 

箒の静かな声に束は肩を震わせる。

 

「私の未来は大きく変わってしまった」

「うん...」

 

束は箒の言葉に俯いたまま、頷く事しか出来ない。

 

「...なんて、不幸自慢する気は無いですよ」

「箒ちゃん...?」

 

穏やかに話す箒に俯いていた束は顔を上げる。

 

「難しい事は言いっこ無しです。姉さんにムカついたから喧嘩したい、ただそれだけです」

 

笑顔で構える箒についポカーンとしてしまう。

 

「ぷっくく...まるで、誰かさんみたいな口振りだねぇ」

「最愛の人ですよ。姉さんにも渡すつもりはありませんから」

 

箒は真っ直ぐ束の目を見て言い放った。

 

「へぇ...? たかだか3ヶ月足らずを共にした子が、5年も一緒にいた束さんから奪うつもりなのかな?」

「時間を出してくるなんて...自信が無い証拠ですね。姉さん?」

「ムカムカッ!! ふ、ふーん? 随分強気だけど、束さんが本気出すと箒ちゃんなんて瞬殺なんだよ?」

 

その言葉に箒はニヤリと笑い、両の拳を前に突き出す。

 

「格下からの挑戦ですよ、受けて貰えますね?」

「それって...こういう事?」

 

束も箒の拳に自分の拳を合わせる。

箒は提案してきたのだ。

 

技、力、速さ、そうじゃない。

武の競い合いをするつもりは無い。

 

―――ブン殴り合おう

 

そう言っている。

そして、束も理解し了承した。

 

「私は今日此処で前に進む」

「...可愛い妹の我侭に付き合うのも姉の努めだもんね!」

 

お互い間合いに入る。

 

「箒ちゃんからで良いよ~」

「当たり前でしょう? こういうのは格下からって決まってるんです」

 

軽口を叩いているが、お互いが決意を固める。

姉に自分の全てをぶつける覚悟を。

妹の想いを全て受け止める覚悟を。

 

「.....いきますよ姉さんッッ!!!!」

「こい! 箒ちゃんッッ!!!」

 

 

________________

 

 

 

「...始まってしまったな」

「ええ」

 

恭一と千冬は離れた所から、2人を見守っている。

 

「武道家として闘うのでは無く、姉妹として唯の殴り合いに持っていくとは...篠ノ之の奴も考えたもんだが、それでも相手はあの束だ」

「ここまでしてもまだ、篠ノ之が絶対的に不利なのは間違いないでしょうよ。だが...これは勝ち負けを決める試合じゃない」

 

(己に満足してみせろ篠ノ之)

 

 

________________

 

 

 

「ぐっ....ふっ....はっ......はっ.....はあっ.....」

「はあっ...はあっ...足にキテるよ? もう倒れちゃっても良いんじゃないかな~」

 

2人は交互に殴り合い続けている。

それでも蓄積されたダメージは天と地ほど差が出ていた。

 

「まだっ....まだまだぁ....こんなんじゃ私は前へ進めないッッ!!」

 

ドカッ!!

 

「ぐっ...いい加減しつこいよ箒ちゃんッッ!!」

 

バコッ!!

 

「ぐうっ....」

 

フラつく足に箒は喝を入れる。

 

「私は....」

 

―――私は、卑屈になっていた。

 

「はあっ....ふうっ....ふうっ......」

 

渋川に会うまでの私は非道いモノだった。

姉さんを恨む事で自分の気持ちが軽くなった気がした。

それからの私は事ある事に、自分を正当化するようになった。

あの時、あの瞬間から私が私でなくなった。

下を向き、俯き、ひたすら自分の殻に篭っていた陰鬱な日々。

 

「ここで止める訳にはっ....いかないッッ!!」

 

ボコッ!!

 

「あうっ.....こ、このぉ!!」

 

ドガっ!!

 

「っ.....はあっ......はあっ」

 

私だって胸を張って生きたい。

笑って大空を見上げたい。

 

―――アイツのようにッッ!!

 

ペシッ...

 

「あっ...」

 

想いとは裏腹に箒の拳に勢いは無く、軽く当てるだけに留まってしまった。

 

「...もう限界だよ箒ちゃん。今日だけじゃ無いんだし、またいつでも―――」

「駄目だッッ!!」

 

束の進言に叫び返す。

 

「私は...私はまだ立っているッッ!! 終わりにしたければ、倒せッッ!!!」

 

身体はボロボロになっていても気迫だけは衰えていない。

 

(すごいよ箒ちゃん...まさか此処まで強くなるなんて)

 

「分かった箒ちゃん.....せめてもの手向けだよ」

 

束は今夜一番の力を籠める。

 

「本気で打たせて......もらうよッッ!!」

 

己の全体重を乗せた最高の踏み込みから

 

 

________________

 

 

 

「さすがにこれで終わるだろうな....だが、篠ノ之の奴め」

 

千冬は笑みを浮かべ、熱くなる。

此処まで気高い開花を見せた箒の姿に。

 

恭一は何も言わない。

 

(......いけッッ!!)

 

 

________________

 

 

 

「はあああああああッッ!!」

 

捻りを加えた束の拳が箒の頬を抉る。

拳を受けながらも箒は束の腕を両腕でしっかりと掴む。

 

「!?」

 

 

『良いか篠ノ之。この技は両脚で相手の―――』

 

 

箒は己の右脚を束の頭部へ

左脚は―――

 

 

『―――噛み砕け』

 

 

「ッッッ!!!!」

 

束の顎を下から

 

―――打ち貫いた。

 

「がはっ.....あっ........ぐうっ......」

 

 

《両脚を虎の顎に擦らえ、相手の頭部を鋏み打つ秘技》

 

 

―――竹宮流 " 虎王 "

 

束は前のめりになる。

 

「やっ.......た........」

 

掴んでいた束の腕を放した箒は後ろへ倒れた。

勝ち負けじゃない。

己の今を納得したかった。

 

(私は...やっと私に戻る事が......)

 

卑屈になっていた。

現実から目を背けたあの瞬間から。

心から笑えない自分がどうしようもなく嫌いだった。

 

(でも...これからは......)

 

 

―――やっと笑って大空を見上げる事が出来そうだ。

 

 

箒は意識を手放した。

 

 

________________

 

 

 

「あがっ.....いっちちち......まさか箒ちゃんが『虎王』を習得してるなんてね。キョー君めぇ...」

 

意識を失っている箒の横で束も寝転がった。

 

「良い殴り合いだったな」

 

砂浜で大になっている束に千冬が声を掛ける。

束が顔を上げると千冬と恭一が立っていた。

 

「ううー...いたいよー...姉妹でどつき合いとかありえないよー」

 

言葉とは裏腹に晴れやかな表情だった。

 

「そんな顔で言われても説得力ないぜ姉ちゃん」

「むー! キョー君でしょ!? 箒ちゃんに『虎王』教えたの!」

「ボクシラナイヨー」

「むー! 超痛かったんだからねッッ!!っていうか、まだ痛いよッッ!! 顎がバカになってるよー!!」

 

ポカポカと叩いてくる束を恭一は宥めている。

 

「しかし...良い顔をしているな」

 

千冬の言葉に束と恭一も寝ている箒を覗き込む。

 

「満足したんだろうよ」

 

恭一も何処か嬉しそうだった。

 

「とりあえず、治療だな。何処へ運べば良いか...」

「キョー君の泊まってる部屋で良いんじゃない? 其処ならナノマシンも使えるスペースあるでしょ?」

 

束の提案に2人も賛同し、恭一は箒を抱きかかえる。

 

「んじゃ...戻りますか」

 

旅館へ戻る最中

 

「あ、そうだ。キョー君知ってる? 今日って箒ちゃん誕生日なんだよ」

 

初耳だったのか、固まる恭一。

 

「何も用意していないのか?」

「......だって知らんかったんだもんよ」

 

恭一はがっくり肩を落とす。

さすがに狂者でも、誕生日にプレゼントと云う風習は知っていたようだ。

 

「どうしよう...『肩たたき券』とかなら今からでも用意―――」

 

「「 駄目(でしょ)(だろ) 」」

 

「ぐぬぬ...」

「まぁ絶対に当日プレゼントしなきゃいけないって訳でも無いし、帰ってからゆっくり考えても良いんじゃないかな~?」

 

束のアドバイスに千冬も頷きを入れる。

 

「...そうするか」

 

(しっかし、女の子にプレゼントって何やれば良いんだ?)

 

「うーん、うーん...」

 

(ダンベルとかあげたら喜ぶかな?)

 

「おい束...」

「うん分かってる...絶対アホな事考えてるよアレ」

 

唸る恭一を横目に何となく想像が付く2人だった。

 





臨海学校の主役は箒ちゃんだってそれ一番言われてるから


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。