野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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渋川恭一の生き様と更識姉妹、というお話



第56話 天下の名奉行、是に在り

「...質問の意味がよく分からないんだが」

 

―――どうして楽しそうに過ごせるの?

 

恭一からすれば、楽しいから楽しい、ただそれだけである。

 

「不満は無いの?」

「....んー? 何に?」

 

恭一は本心で言っている。

本当に簪の質問の内容が分からない故に、聞き返しているのだが。

簪からは今の恭一は恍けているように映った。

 

「全てにだよ! 渋川君はもう1人の男と違って寮に住む事を許されていない! 専用機だって作って貰えない!」

 

此処でようやく簪が何を言いたいのか恭一も分かった。

 

「この前の試合だってそうじゃない。誰がどう見たって貴方の実力の高さは理解されるべき...なのに周りは貴方を認めない!」

「かんちゃん...」

 

本音は簪を悲しそうに見つめる。

 

「こんなの可笑しいって思わないの!? 理不尽って思わないの!?」

「クク...ククク....」

「えっ...」

「クハハ......ハーッハハハハハ!!」

 

恭一は顔に手をやり、声を大きくして笑った。

ますます簪は困惑する。

 

「どうして、こんな状況で笑えるの!?」

 

馬鹿にしたような笑いでは無い。

心の底から彼は笑っている。

だからこそ、簪は納得出来ない。

 

「代表候補生を圧倒する程の力を持ちながら、世界は貴方を認めない! それでよくも...ッッ!!」

 

 

―――儘ならぬのも、良いじゃねぇか

 

 

(えっ...?)

 

「俺が動いただけで、意のままになる卑小な世界なら相手にする価値など無い」

 

(この人は...)

 

「数え切れねぇ意思が錯綜し織り成す綾が世界を成す...そんな世界だから、俺は愉しく生を謳歌する」

 

(違う...見えているモノが違いすぎる)

 

「おー...しぶちーってば詩人だねぇ」

「コ、コラのほほんさん! 今、カッコ良い処だろうが! 茶化するんじゃありませんよ!!」

 

空気を読んでくれない本音の突っ込みに恭一は抗議を唱える。

 

「だから...貴方は笑っていられるの? こんな世界でも...」

「こんな世界だからこそだ!」

 

簪の言葉を遮り宣う。

 

「こんな世界だからこそ...俺は全てが愉しくて堪らねぇんだよ」

 

簪の弱々しい瞳を真っ向から見据える。

 

「良いか更識。哄笑を生まねぇモノに価値は、無い...クク....」

 

「「 ハーッハハハハハハッッ!!!!! 」」

 

恭一の大哄笑に本音も重ねてくる。

 

「..........」

 

本音をジト目で見やる恭一

 

「えへへー」

 

それに気付くとのほほんと笑いかけてくる。

 

「.........」

 

むにー

 

「いはいいはいーほっへた、ふねらないれー」

 

恭一は本音に近づくと優しくだが、両手で頬を引っ張った。

 

「もうね...色んな処で台無しにしてくれたよねチミ...」

「ごーめーんーなーさーいー」

 

まるで反省の色が見えなかった。

 

「私は....」

 

(この人は大きすぎる...この人と私は同じなんかじゃ無かったッッ!!)

 

「私は...なんてちっぽけなんだろ......」

 

簪は目の前の男と自分を比べてしまい、俯いてしまった。

そんな簪を余所に、恭一は小声で本音に尋ねる。

 

「会長からも聞いたが、コイツとはそんなに仲が悪いのか?」

「うーん...仲が悪いって言うか.....」

 

言葉を濁らせる本音に恭一は業を煮やす。

 

「おい更識」

「えっ...」

「お前は会長をどう想ってんだ?」

「ど、どうって.....」

「単純に好きか嫌いかで良いんだよ。どっちだ?」

 

恭一の問いに簪は口を閉ざしてしまう。

 

「ど、どうして私と姉さんの事を聞くの? 貴方には関係ない―――」

「嫌いなんだな?」

 

―――ビクッ

 

『嫌い』という言葉に胸が痛む。

 

「まぁそうだよなぁ」

「...?」

 

恭一の顔に囃笑が浮かび上がる。

 

「あんな単細胞の雑魚、好きな訳ねぇよなぁ?」

「なっ......」

「ロシアも学園も見る目が無いねぇ...あんなクソカスのどこが―――」

「お姉ちゃんは最強だよ! 何も知らない貴方が悪く言わないでッッ!!!!!!」

 

昔の呼び方に戻ってしまう程の怒りから、簪は恭一を睨み上げる。

 

「ヒーッヒヒヒヒッッ!!!! 会長が雑魚に見える奴なんざいるわけねーだろが!」

「なっ....」

 

(ハメられた...ッッ)

 

「闘争心グツグツじゃねぇか、ええオイ? 諦めた振りして枯れてんじゃねぇぞ小娘が」

 

(しぶちーはやっぱり策士だねぇ...)

 

さすがに今回は空気を読んだ本音である。

 

恭一の指摘に簪は声が出ない。

そんな彼女を知ってか知らないでか。

 

「のほほん君」

「なんでしょうか?」

「俺は誰だ?」

「はっ! 渋川恭一でありますッッ!!」

「俺は学園で何て呼ばれている?」

「はっ! 最低の野蛮人ですッッ!!」

 

(えぇ...そんな風に呼ばれてンの俺......)

 

人知れず少し傷付いた恭一であった。

気を取り直して―――

 

「俺はクラスでは何て呼ばれているッッ!?」

「はっ! 超天上天下超唯我独尊最狂男ですッッ!!」

 

(何か前より増えてねぇか....まぁいい)

 

その言葉を聞いて満足気に頷く。

 

「俺に相談を持ち掛けるのは正しいかッッ!?」

「はっ! 答えは否、ですッッ!!」

「その通りだあああああああああッッッ!!!!!」

 

脈絡が感じられない2人による怒涛の寸劇を前に簪は目が点になっている。

 

「...生徒会長の部屋は何処か分かるか?」

「.........分かりますッッ!!!!!!」

 

恭一の言葉に大きく本音は頷きを見せた。

恭一は簪に近づくや

 

「えっ...ちょっ.....なにっ!?」

 

お姫様抱っこ...など恭一がするはずも無く、米俵のように彼女を脇に抱えた。

 

「えっ....や、やだ! おろしてッッ!!!」

「ハッハー!! 降ろして欲しけりゃ抵抗するんだなッッ!!」

「しぶちー完全に悪者っぽい台詞だよー」

 

言葉とは裏腹に楽しそうにしている本音

 

「さて...案内してくれのほほんさん」

「ほーい」

「なっ...なにする気なの!? ほ、本音も止めてよ!?」

「やだー」

 

今回に限り、本音は恭一側についたようだ。

 

「あー? 殴り込みに行くンだよ」

「ッッ!?」

 

恭一の言葉を聞き、ジタバタ藻掻くが相手が悪すぎる。

まるで簪の抵抗など意に返さず、楽々と楯無の部屋の前まで拉致されてしまった。

 

「ノックするー?」

「そんな上品な殴り込みがあるかよ...下がってろ」

 

―――ドガァァァァンッッ!!!!

 

突然蹴破られた扉に、ベッドに寝転がっていた楯無は驚き慄いた。

 

「なっ....なななな.....っ」

 

声が出ないのも無理は無い。

突然扉の向こうから現れた恭一が脇に妹を抱えているのだから。

 

「よー、へっぽこ姉。へっぽこ妹連れてきたぜ?」

「なっ...何をしてるか分かってるの? 恭一君」

 

そんな言葉にも恭一は耳を貸さず、抱えていた簪の首根っこを掴むと

 

「えっ....?」

 

キラン、と目を光らせ

 

「更識クラァァァァァァッシュ!!!!!!!!!!」

 

楯無に向かって勢い良く投げつけた。

 

「いっいやあああああああああああッッ!!!!」

「簪ちゃああああああああああッッ!?!?!?!?」

 

楯無は飛び込んでくる簪を胸の中に収まるように抱きとめる。

 

「あうっ....」

「だ、大丈夫簪ちゃん!?」

「うっ、うん...」

 

簪を抱きしめたまま、楯無は恭一を睨む。

 

「どういうつもり...? 幾ら恭一君でも簪ちゃんに非道い事するなら許さないわよ....」

「けっ...妹から逃げてる奴が何を息巻いてンだ?」

「ぐっ....」

「えっ...ね、姉さん?」

 

恭一の言葉に詰まらせる楯無を腕の中から思わず見上げてしまう。

 

 

―――ドガッ!!

 

「「 ッッ?! 」」

 

壁を殴り上げた音がした方を2人は見る。

 

「面白くねぇ事に俺を巻き込むな」

「きょ、恭一君?」

「渋川...君?」

 

 

恭一が思い浮かべるのは大好きだった家族の顔。

 

―――私の息子じゃない

 

「家族だったら」

 

―――お前なんか家族じゃない

 

「遠慮してねぇでぶつかりやがれッッ!!!!」

 

それだけ言うと、恭一は2人から踵を返し出て行く。

 

 

扉の前には―――

 

 

「良い言葉だな...お前の言葉はいつも私を熱くさせる」

「げっ...お、織斑先生.....」

 

笑顔で仁王立ちの修羅が

 

「だがドアを蹴破るのは見過ごせんなぁ...渋川ァ....」

「ちっ、違うんですって織斑先生! これには訳がっ...のほほんさんからも説明してくれッッ!!!」

 

そこに本音の姿は無かった。

 

(あっ...あの糞餓鬼ぃぃぃぃぃ......察知して逃げやがったなああああああッッ!!!!!)

 

『三十六計逃げるに如かず~だよー』

 

そんな声が聞こえた気がした。

 

「言い訳などお前らしくも無い...さっさと来いッッ!! ドアの修理申請の後は反省文だッッ!!!!!」

「ぁぃ.....」

 

恭一の首根っこを掴み、連行して行く際に千冬は楯無を見て軽く頷く。

 

「....っ」

 

(織斑先生....)

 

更識姉妹の事情を把握している千冬からの気遣いであった。

 

2人がいる部屋に静寂が訪れる。

まるで台風と雷が一気に現れ、同時に去っていったようだった。

 

 

 

「ぷっ...ふふっ.....あはははははッッ!!!!」

「か、簪ちゃん...?」

「しっ、渋川君って.....全然締まらないね! あはっ....あははははッッ!!!!」

「ふふふ...そうね。彼ってばいつもそうなのよ? もしかしてそういう星の下に生まれてきたのかもね。うふふ」

 

2人は幼い頃のように久しぶりに笑い合った。

.

.

.

「...家族だったら遠慮しないでぶつかれ、か」

「渋川君の言葉だね」

 

2人にとってこれ以上耳に痛い事は無い言葉だった。

 

妹を気遣うあまり、いつの間にか避けるようになってしまった姉

姉を自分の思い込みで、いつの間にか恐れ避けるようになった妹

 

「私ね...お姉ちゃんにずっと憧れてたんだ」

「簪ちゃん...」

「お姉ちゃんみたいになりたいと思った...でも、気付いたらお姉ちゃんから逃げるようになって...ぐすっ....私は...っ」

 

そこまで言った簪を優しく抱きしめる。

 

「ごめんなさいね簪ちゃん...」

「どうっ...して....お姉ちゃんが謝るの?」

「簪ちゃんの想いは知っていたの...悩んでる事も知ってた。それでも私は何も言えなかった...簪ちゃんに嫌われたくなくて...勇気が無くて...弱いお姉ちゃんでごめんね」

「おねえ...ちゃん.......」

 

姉の事を誰よりも強いと思っていた。

完全無欠だと思っていた。

しかし、それは自分の弱さを隠すために簪が作り上げた虚像だった。

 

「強くなりたいわ....」

「お姉ちゃん...?」

「簪ちゃんを傷つけるような弱い自分を断ち切るために。簪ちゃんを守るために私は強くなりたい...」

 

決意の言葉を放つ楯無を簪は力いっぱい抱きしめる。

 

「簪ちゃん...? いっいたたたた、ちょーっと力が強いかなって」

「やだ」

「簪ちゃん?」

「私も一緒に強くなる。お姉ちゃんが私を守ってくれるなら...私がお姉ちゃんを守りたい」

 

妹と一緒に成長する。

姉としてこれ以上嬉しい事は無い。

 

「簪ちゃんとならお姉ちゃんも心強いわ...ええ、一緒に強くなりましょう!!」

「...うんっ!!」

 

きっかけは単純だった。

ただ、お互いの胸の内を曝け出しただけ。

それだけで、長年のわだかまりが氷解を遂げた。

 

姉妹の間に、もうつまらない遠慮などは存在しない。

 

「ねぇ、お姉ちゃん?」

「なぁに、簪ちゃん」

 

心なしか2人の声は弾んでいる。

姉妹はこれまでの確執してた関係を取り戻すように、仲良く抱き合ったままだ。

 

「渋川君とどんな関係なの?」

「え゛っ.....」

 

更識姉妹の夜は長い―――

 




更識姉妹:話を聞いて欲しいの...
恭一:知るか! 家族で語り合えアホ!


いよっ! 遠山の金さんもビックリな名奉行っぷり!(錯乱)

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