野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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彼女から見たモノ、というお話


第55話 更識簪

『更識さんの処のお姉さんは凄いですね』

『何でも今度はロシア代表に選ばれるとか』

『IS学園でも生徒会長を兼任してるらしいですわよ』

 

―――それに比べて

 

うるさい。

 

更識家に生まれ、物心がついた頃には既に自分と姉との差を自覚していた。

 

『お前もお姉ちゃんのように―――』

 

うるさい。

 

姉に次ぐ親からの期待、比較される事に鬱屈していく心、それでも簪は誰にも泣き言を言った事は無い。

ただただ心を閉ざしていった。

 

(楯無....姉さん......)

 

お姉ちゃんの事が大好きだった。

小さな頃から私にも優しくしてくれて、困った時はいつも笑顔で助けてくれる。

私にとって初めてのヒーローはお姉ちゃんだった。

 

(私は....あの人には敵わない.......)

 

そう思ったのはいつ頃だっただろうか。

 

優しい姉であり、優秀な人であり、強い人であり、魅力的な人であり

―――まさに完全無欠。

 

いつからだろう、その背中を遠く感じるようになったのは。

いつからだろう、その顔を笑顔で見つめられなくなったのは。

いつからだろう、同じ名前を背負う事を苦痛に感じ始めたのは。

 

それでも、簪は諦められなかった。

努力し続けていれば、いつかは自分も―――

 

 

偉大すぎる姉を身近で見てきた簪は自分の事を過小評価しているが、実力は決して低くくは無い。

簪自身の努力もあって、『演算処理能力』『情報分析力』『空間認識能力』『整備能力』に非凡な才能を認められ、日本でも代表候補生に選ばれた。

 

(これで....少しでも姉さんに近づける)

 

IS学園に入学する前はまだ前を向いていられた。

しかし、そんな簪にさらに負の連鎖が付き纏う事になる。

 

「なっ...専用機の...開発....延期.....」

 

突如現れた世界初のIS男性起動者『織斑一夏』

初代ブリュンヒルデの弟でもあり、世界が彼に注目を集めた。

 

簪の専用機の開発は『倉持技研』が担当していた。

しかし『織斑一夏』の登場により、これまで担当していた人員が全て彼の専用機である『白式』の開発に回される事となり、彼女の専用機開発は頓挫する事になる。

 

「巫山戯るな...ッッ」

 

簪からすれば世界初だろうが、ブリュンヒルデの弟だろうが知った事では無い。

 

「こんなの...これじゃまるで......」

 

姉に近づく事は運命が許さない。

 

「ふふふ...専用機が作られない代表候補生....か」

 

簪は現実に打ちひしがれてしまった。

 

「うっ...うう....うああああああああああッッッ!!!!!!!」

 

嗚咽に、涙に、心が震える。

行き場のない悔しさと悲しさで、簪は1人泣き続けた。

.

.

.

IS学園に入学してからは無理やり頭を切り替えた。

簪はIS整備室に入り浸る事になる。

 

(姉さんだって自分でやったんだ)

 

―――未完成の機体を独力で実用化する

 

それは、かつて楯無が自分の専用機『ミステリアス・レイディ』で行った事だった。

姉に出来て自分に出来ないはずが無い、などとは思わない簪だったが、最低でもこの位は出来なければ、姉の影さえ踏めないとも思っていた。

 

(やるしかない....やるしかないんだ.......)

 

そこに在るのは決意に満ちた表情では無く、運命に抗えぬ悲壮な面持ちをした悲しげな姿だった。

 

 

________________

 

 

 

IS学園の生徒は皆、寮に住む事を強制される。

内気な彼女は不安がったが、幸運にもルームメイトは幼い頃からの幼馴染である『布仏本音』だった。

 

「面白い人と同じクラスになったんだよー!」

 

入学初日にクラスであった出来事を興奮気味に話す本音に対し

 

(そう云えば、織斑一夏の他にもう1人居たんだっけ...)

 

「その人も寮に住んでるの?」

 

何気無しに聞いた簪だったが、本音は困ったような顔で首を横に振ったのが印象的だった。

 

次の日から、聞いてもいないのに本音は2人目の事を話してくるようになった。

 

「でねー、しぶちーは今度のクラス代表戦で秘策ありありなんだってー」

 

(寮に住む事も許されず、専用機も与えられない。勝手に比べられて勝手に優劣を付けられる....私と一緒だ)

 

「ねー、かんちゃんも応援しに行こうよー!」

 

断ったが、無理やり引っ張られて行った。

 

(素人の訓練機が代表候補生の専用機に勝てる訳ない。待ってるのは嘲笑だけ...)

 

詰まらなさそうに観ていたクラス代表戦。

そこで、とんでもない大番狂わせが起こった。

 

(なっ...何あの動きッッ!! レベルが違いすぎるッッ!!!!)

 

その日の夜は、いつも以上に興奮気味の本音と試合について熱く語り合った。

それからは、簪も本音が彼の話をするのを毎晩楽しむようになってきていた。

 

彼が良く整備室に来ているのを自分は知っている。

決して話しかける事は無いが、1つだけ彼を見て疑問に感じた事があった。

 

(どうしてあんなに楽しそうなんだろう.....)

 

本音もよく言っている。

 

「しぶちーってば、いっつも笑ってるんだよー」

 

(どうして笑っていられるの...)

 

タッグトーナメント戦で彼が初めて表舞台に立った時など、彼に対する悪意が顕著に現れた。

心無い罵声の嵐。

きっと自分が彼の立場なら萎縮してしまうに違いない。

けれど、そんな中でも彼はやっぱり笑っていた。

 

試合は思っていた通り、彼の圧勝だった。

これで彼の実力の凄さは全生徒に知れ渡る事になる。

 

(これなら、あの人も認められるよね)

 

しかし自分の予測とは異なり、彼の評価は著しく無かった。

それ処か、前よりも彼を悪く言う声が聞こえてくるようになった。

自分のクラスでもそうだ。

圧勝した彼は卑怯者扱い、手を足も出なかった織斑一夏は悲劇に見舞われた主人公扱いだった。

 

(どうして...これじゃまるで.....)

 

彼が認められるのを運命が許さない。

 

我にも無く、自分と重ねてしまっていた簪は憤る。

 

(巫山戯るな...認められるか...これじゃどんなに努力したって....)

 

―――無駄なの?

 

頭がグルグル廻る。

駄目だ、これ以上考えるな。

本能が訴えてくる。

それでも私の思考は止まってくれない。

 

(どんなに積み重ねてもダメなモノってあるの...? それじゃあ...)

 

―――私のしてる事って本当に意味あるの?

 

「あ.....あ.....あっ.......」

 

恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい。

 

「い、や......」

『簪』

 

幻が耳元で囁く。

耳を塞いでも、瞳を閉じても、消えてくれない大好きな姉の声。

 

『貴女は何もしなくていいの。私が全部してあげるから』

 

やめて....お願い.....っ

 

『だから、貴女は―――』

 

それ以上言わないでッッ

 

 

―――無能なままで、いなさいな

 

 

「あああああああああああああああああッッッ!!!!!!!!」

「か、かんちゃん!? どうしたの!?」

「ほ、ほん......ね....?」

 

(...夢、だったの?)

 

ベッドの上で本音に抱きしめられている簪は、自分が先程まで夢の中に居た事に気づいた。

時計に目をやると、夜中の3時を過ぎていた。

 

「ごめん本音。ちょっと嫌な夢見て...」

「ううー....」

 

涙目で自分のベッドへ戻って行った本音はすぐにこちらへ帰ってくる。

己の枕を持って。

 

「本音?」

「私もかんちゃんと一緒に寝る」

「いや狭いでしょ...それに私はだいじょう―――」

「寝るったら寝るんだい!」

 

無理やり簪のベッドに潜り込んでくる本音だったが、簪もこれ以上彼女を心配させるのも悪いと思い、受け入れる事にした。

 

隣りからは可愛らしい本音の寝息が聞こえてくる。

簪は妙に目が冴えてしまい、夢の中で会った幻を思い出してしまう。

 

『無能なままで、いなさいな』

 

残酷な幻の言葉が、深く簪の胸を突き刺した。

その日の彼女は一日を最悪の気分で過ごす事になる。

 

「...各駆動部の反応が悪い。どうして....」

 

いつものように整備室で己のISを組み立てている簪の気分は暗いままだった。

 

「コアの適正値も上がらない...タイプが向いて無いの...?」

 

暗い感情のまま、作業も進まない、まさに悪循環であった。

その時―――

 

ドシャンガシャンッッ!!!!!

 

(....なに?)

 

何やら叫び声まで聞こえてくる。

 

「ハッハァ!!! 次は俺が攻める番だなッッ!!」

 

簪が騒音の原因を覗き込むと、渦中の人物が暴れていた。

笑顔で、楽しそうに。

 

拭いきれない黒い感情が自分を支配してくる。

 

(私はこんなにも苦しんでいるのに.....あの人は何でッッ!!!)

 

身勝手な八つ当たりだと自覚していた。

どれほど今の自分が醜いかも自覚していた。

それでも、止まれなかった。

 

「うるさあああああああああああああいッッッ!!!!!!!!」

 

驚いている彼に向かって私は続けた。

 

「こっ、ここはISを整備する所なの! あ、暴れるなら出て行ってッッ!!!!」

 

私と彼の初めての会話は最悪なモノとなった。

その日の夜、整備室での出来事を本音に話していくうちに、後悔の念が押し寄せてきた。

 

(私...なにやってるんだろ)

 

簪は結局もやもやしたまま眠りに付く事になる。

 

(はぁ...あの人がまた整備室に来ても、どうせ私からは謝れないんだろな...)

 

そう思っていたからこそ、簪は驚く。

本音と一緒に謝りに来た彼を見て。

事はそれだけでは済まなかった。

自分の趣味を目の前の彼に理解される処か、体現されてしまった。

 

あんなに暗い感情だったのに、現金にも私はすぐに打ち解けてしまった。

それでも、その日の私はいつもよりも作業が捗った。

 

 

隣りで作業し、隣りでアニメを見て、話していく中で本当にこの学園生活を楽しんでいる事が彼から伝わってきた。

 

だからこそ、余計に聞きたくなる。

もう我慢できない。

 

「あ、あのっ...渋川君!!」

「ん?」

 

私と貴方は―――

 

「どうして渋川君は...そんなに楽しそうに過ごせるの?」

 

私と貴方は違うの...?

 





やっと簪ちゃんがメインですよっ!メインっっ!(春香並感)

話全く進んでないけど、彼女を掘り下げる必要があるから
まぁ多少はね?(反省無し)

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