野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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言われて見失わずに済む事もある、というお話


第54話 狂者の戸惑い

「っしゃああああああッッ!!!!」

 

―――ビクッ

 

恭一の隣りで作業をしている簪の肩が震える。

 

「どーでい! 今のお前さん、どんな風光明媚モンにも負けねぇ煌びやかを纏ってるぜ?」

 

メンテナンス作業を終えた恭一は満足気に『打鉄』を撫でた後、己のブレスレットへ戻した。

 

「...今のってISに言ってたの?」

 

一段落着いた簪が背伸びしている恭一に話しかける。

 

「ん? おうよ! コイツは俺を大空へ連れて行ってくれる相棒だからな!」

「...相棒」

「しぶちーは良く話しかけてるよねー」

 

何かを考える仕草をしている簪の後ろには、空中投影ディスプレイが表示されている。

 

(何やってんのか、全く分かんね...)

 

本人に聞いてみるのも良いか、と思った恭一だったが三時のおやつの時間が迫っていたのでやめた。

 

「それじゃあ、俺は用事もあるし先に上がらせてもらうわ」

「今夜からしぶちーも鑑賞会に参加だよー? 忘れちゃメッだよ?」

「ちゃんと覚えてるさ。観る時に電話してくれ」

 

それだけ言うと、恭一は整備室から出て行った。

 

「.........」

「何か考え事かな~?」

 

簪の顔を覗き込む。

 

「本音...」

「ん~?」

「貴女にとってISって何?」

「んー...まだよくわかんないっ!」

 

にっこり言う本音につい苦笑いしてしまう。

 

「渋川君にとってISって何だろう...」

 

(私は......お姉ちゃんに...)

 

自分でも気付かない内に俯いてしまっている彼女の頬を本音は突っつく。

 

「...本音?」

 

本音は何も言わず、いつも通りのほほんとした雰囲気だった。

そこで簪は本音の気遣いである事を理解する。

 

「ふぅ...続きに戻る」

「ほーい」

 

ディスプレイに目をやりながら一言だけ。

 

「本音...」

「なーに?」

「いつもありがとう...」

「えへへー、どういたしましてだよー!」

 

照れている事を気付かれないように、簪は作業に没頭していった。

 

 

________________

 

 

 

整備室を出た恭一は廊下を歩いて行く。

すると、曲がり角から楯無が出てくる姿が

 

「や、やぁ恭一君。奇遇ね」

「いや何で偶然を装うんですか」

「な、なんの事かしら?」

「整備室で目が合いましたよね?」

 

その言葉に、ううっと後ずさる楯無。

 

「まっ、どうでも良いですけどね。それじゃあ」

 

恭一は楯無の横を通り抜ける。

 

「ま、待って!!」

「?」

「簪ちゃんの事で聞いて欲しい事があるの!」

「興味ないっす~」

 

そのまま歩を進める。

 

「聞いてくれたらお菓子をあげるわ!」

「........」

 

その言葉に立ち止まり、振り返る。

 

「あんた...俺を子供だと思ってんのか?」

「えっ...」

「嘗てならその言葉に簡単に飛びついただろう。だが、それはあくまで昨日までの俺よ」

 

楯無の瞳を真正面から見つめ、高々と宣う。

 

「この渋川恭一...見くびってもらっては困るッッ!!!」

 

何処からとも無くドーン、と云う効果音が木霊したらしい。

決まった感アリアリの表情をしている恭一を見る楯無は、何故か顔を赤らめていた。

 

(意味はよく分からないけど、自信満々な恭一君はやっぱり素敵ね!)

 

もう完全にファンの心理だった。

自分の言葉に満足したのか、恭一は踵を返す。

 

「ま、待って恭一君ッッ!!」

 

恭一はもう振り向かない。

 

「俺は今この瞬間にも強くなり続けている...限りなく広大な宇宙が光の速度で更に膨張を続けるように、な」

 

捨て台詞もバッチリだ。

いつもより3倍増しの漢溢れる背中に対し楯無は―――

 

 

「...わさビーフあるよ?」

 

―――ピクッ

 

「...かっぱえびせんの梅味」

 

―――ピクピクッ

 

「お供にはキンキンに冷えたコカ・コーラ―――」

「仕方ねぇなッッ! 聞いてやるよ!」

 

(チョロかわいい...)

 

自称、光の速度で成長し続けている今の恭一の姿だった。

 

 

________________

 

 

 

楯無に連れられて生徒会室にやって来た。

 

(いきなり本題に入るのもアレよね)

 

楯無は何かを思いつき、いたずらっ子の顔になる。

 

「...2人っきりね恭一君」

 

そう言うと、悩ましい雰囲気で恭一にしなだれかかる。

 

「わさビーフくれよ」

 

しかし、効果はまるで無かった。

 

「ううっ...」

 

確かに女性に対して意識が変わってきている恭一ではあるのだが、あくまでその対象は箒と千冬のみである。

 

「じゃ、じゃあ話すわね」

 

楯無はわさビーフとコーラを渡すと本題に入る。

 

「簪ちゃんと私は―――」

 

んぐんぐ

 

「私はあの子の事を―――」

 

ぱくぱく

 

「でもあの子は私を―――」

 

サァーッ...あぐあぐ

 

「少し良いか?」

「ええ...」

 

神妙な顔で

 

「かっぱえびせんくれ」

「え、ええ...」

 

もぐもぐ

 

「あの子はきっと今も―――」

 

ばりばり

 

「私にはどうする事も―――」

 

もしゃもしゃ

 

「それでも私はあの子と―――」

 

サァーッ...んぐっ

 

「けぷっ...ご馳走さんでした」

 

全て平らげると席を立つ。

 

「きょ、恭一君?」

「お菓子も食い終わったし、鍛錬に行く。会長も来るか?」

「えっ、ええ。今日は私も...ってそうじゃなくてッッ!!」

 

さすがに恭一の態度に腹を立ててしまう。

 

「私の話ちゃんと聞いてくれてたの!?」

「ああ聞いてたよ」

「だったらッッ!!」

「だったら...何なんだ?」

 

其処で恭一の雰囲気が変わる。

 

「あんたは俺に何を期待している? 俺は世話かきの優しいあんちゃんか?」

「そ、それは....」

 

箒や千冬達とは違って楯無と恭一の接点は多くは無い

学年が違う事から、どうしても普段共に居る時間は限られてしまっている。

知らず知らずの内に楯無は恭一の本質を忘れてしまっていた。

 

2人の間に嫌な沈黙が流れる。

 

もう用は済んだと、恭一は生徒会室から出て行こうとする。

 

「き、恭一君...」

 

その声に扉の前で立ち止まる。

 

「私...今日は鍛錬行かないね」

「...そうかい」

 

恭一は振り返る事無く出て行った。

 

「...私は恭一君に話して何を期待してたんだろね.....簪ちゃん」

 

 

________________

 

 

 

「...そこだッッ!!」

「ちっ...ッッ!!」

 

恭一は箒と実戦形式の組手を行っていた。

他の者達は用事があるとの事で、珍しく今日は2人での鍛錬だった。

 

「どうしたんだ渋川? 今日は動きにキレが無いようだが...まだ傷が痛むのか?」

 

箒は心配そうに恭一を伺う。

 

「いや、体調は悪くないはずなんだが...なんだろうな...なぁんか...ううむ」

 

(こんな曖昧な態度を取る渋川も珍しいな...)

 

「気になる事でもあるのか?」

「気になる...いや別に気になっては無い...いやでも...うぬぬぬぬ」

 

興味の無い事で他人を気に掛ける事など、これまで無かった恭一は自分の心の変化に戸惑いを感じているようだった。

頭をぐわんぐわんしている恭一に、つい箒は苦笑いして言葉を続ける。

 

「お前から話さないって事はそれなりの事情があるんだろう」

「篠ノ之?」

「誰かさんに私は教わったぞ? 自分のしたいように生きろってな。私の人生は私だけのモノだってな」

 

その言葉に、ハッとする。

 

「...そうだったな。難しく考えるなんざ、らしくなかったか」

「ふふっ...そうだろう? 単純が一番、らしいじゃないか。今お前が一番やりたい事はなんだ?」

 

箒は恭一を解答へ導くように諭していくように優しく語りかけていく。

 

「俺が今...一番したい事......」

「うん」

「俺は...」

 

(俺が今一番したい事は...)

 

「篠ノ之ともっと一緒に居たい」

「うん私も...ってえええええええええええええッッ!??!?!」

「あっしまっ....」

 

つい本能のままに応えてしまい焦り出す恭一。

 

(馬鹿か俺!? 全然今、関係ねぇよ!! 脈絡無さすぎンだろうがあああああああッッ!!!)

 

しかし、それ以上に慌てふためく箒だった。

 

(はわわわわっ....今のってどういう意味なんだ!? 私は渋川にどう返せば良いんだ!?)

 

ここ最近、恭一に対してペースを握りっぱなしの箒だったが、思わぬ攻めにこれまでの余裕が追いつかないでいる。

 

「わっ、わわ私もッッ!!」

 

―――ビクッ

 

目の前で突然大きな声を出され、恭一は少し肩を震わせてしまった。

 

「私も...だな、その......渋川ともっと一緒に居たいよ」

「お、おう」

 

2人の間に甘気まずい空気が流れる。

 

 

―――ピロリン

 

 

「「 !? 」」

 

突然のメール音に2人は驚く。

 

「俺の携帯か...」

 

携帯を開き確かめる。

 

『30分後に鑑賞会を始めるよー!o(*´д`*)o』

 

本音からのメールだった。

時計に目をやると、そろそろいつもの解散時間に近づいていた。

 

「...もうこんな時間だったのか」

 

残念そうに言いながら箒は帰る支度を始める。

 

「な、なぁ...渋川....」

「...なんだ?」

 

何処と無くぎこちない2人である。

 

「さっきの言葉......ううん。やっぱり何でもない」

「そうか...うん」

 

部屋の外まで箒を見送りに恭一も出る。

恭一の少し前を歩いていた箒は振り向き

 

「や、やっぱり言う! さっきの渋川の言葉、嬉しかった!」

 

顔を真っ赤にさせて、叫ぶように。

そんな箒を前にして

 

「ほ、本心だからな。今さら誤魔化したりしねぇよ」

 

恥ずかしさに負け、顔を背けながらそれでも恭一も応えた。

 

「また、明日な渋川」

「ああ、また明日だ篠ノ之」

 

―――少しずつではあるが、2人の距離は縮まっているのかもしれない。

 

 

________________

 

 

 

箒を見送った恭一は頭を切り替えてシャワーを浴び、本音達の部屋へ行く仕度をする。

 

「飲み物は...自販機で買えば良いか」

 

寮へ向かう恭一は近づくにつれ、ウキウキしだす。

 

(アニメか...漫画とは違った発見がありそうだよな)

 

「ふんふふーんふーん」

 

上機嫌で寮へ入って行った恭一は、本音達の部屋に入る時は不機嫌になっていた。

 

「しぶちーは本当にペプシが好きなんだねぇ」

「やかましい」

 

ケラケラ笑う本音に、いまいち理解が及んでいない簪だった。

 

「しかし、入ってから言うのも何だが本当にお邪魔して良かったのかい?」

「うん...渋川君も一緒に観よ...?」

「今夜から『キン肉マンvsバッファローマン』が始まるんだよー!」

「おうおう、いきなり名勝負じゃねぇか」

 

恭一も簪の近くに座ると、始まるのを待つ。

 

「それじゃあ、再生するね」

「ああ」

「ほーい」

 

アニメが映し出されてからは三者三様だった。

喝采を上げながら観ている本音

いつも通り物静かなまま観ている簪

一挙一動も逃すまい、と食い入るように観ている恭一

 

時間はあっという間に過ぎていった。

 

その後は、3人はそれぞれ感想を口に出す。

流れた内容が名勝負だった事もあり、3人は大いに盛り上がりを見せる。

 

「もうこんな時間か...楽しい時間はあっという間だな」

「むーしぶちーもう帰っちゃうのー?」

 

残念がる本音につい笑みを浮かべてしまう。

 

「おうよ。今夜は楽しませて貰った。ありがとな更識さん」

「う、うん...明日も......観に来る?」

「お邪魔じゃなけりゃな」

 

そう言って扉に手を掛ける恭一に

 

「あ、あのっ...渋川君!!」

「ん?」

 

簪はずっと恭一に聞きたい事があった。

 

「どうして渋川君は...そんなに楽しそうに過ごせるの?」

 

自分と同じ、苦しい境遇であるはずの恭一に対して―――

 




更識姉妹がメインだと思った?
残念! 良い処は箒ちゃんが奪っちゃいましたー!


...じゃあ俺、ギャラ貰って帰るから(再犯)

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