ケッチャコ...?
「...渋川恭一」
部屋に入ってきた恭一をラウラは見上げる。
「気分はどうだ?」
とりあえず、当たり障りの無い処から入っていく。
(何て聞こうか。夢の中で僕達逢ったよね? なんて...完全にサイコパスじゃねぇか)
「ああ、すこぶる良い。お前には迷惑を掛けたな」
そう言うと、ラウラは頭を下げる。
その行為に千冬と恭一以外は目を丸くさせた。
「セシリア・オルコット...だったな」
ラウラは顔をセシリアの方へ向ける。
「えっ、ええ」
「この間はお前を侮辱して悪かった。今更、虫の良い話だと思うだろうが...すまなかった」
またもや頭を下げるラウラに対し
「...貴女の言った事は私にとって紛う事無き、事実でした。謝る必要など御座いませんわ」
(事実でした...か)
セシリアの言葉に箒は人知れず笑みを浮かべる。
「しっ、しかし!! それでも私は―――
「ですがッッ!!」
納得がいかないラウラの言葉に重ねて続ける。
「今此処に居る私は、あの頃の私とは違います。いずれ再戦を申し込ませて頂くので、語らいはその時に」
静かな物言いだが、これまでに無かった強い意志を皆がセシリアから感じ取った。
「...分かった。お前をがっかりさせないよう、私も研鑽を怠らない」
そこまで云うと、2人は何処か照れくさそうに笑いあった。
「すっかり角が取れたなボーデヴィッヒ」
「むっ...篠ノ之か。確かに私自身驚いているが、嫌では無い」
穏やかな顔で箒に応える。
「とある者に、本音で生きろ、と言われてな。何と云うか...新たな生を授かった気分なんだ」
その言葉に恭一が僅かに反応を見せる。
「渋川恭一...」
「ん?」
「私も本音で生きてみる」
「...ああ、好きにすれば良い。お前の人生だ」
目の前の少女の瞳はもう濁りを帯びていなかった。
「そう云えば...結局トーナメントはどうなるんですか? 織斑先生」
「トーナメントの続行は中止になるが、一回戦は全て行う事になった。今後のデータ指標のためだろう。まだ日程は決まっていないが、おそらく1週間後辺りになるんじゃないか」
それから、ラウラは箒やセシリアと打ち解けたようで、名前で呼び合うようになっていた。
「あまり長居してもアレだしな。そろそろ―――
「しっ、渋川恭一ッッ!!」
部屋から出ようとしていた恭一をラウラが引き止める。
「お前は...お前は私のライバルだッッ!!」
真っ直ぐ前を据えたラウラに対し、恭一は満足気に頷く。
「今の私ではお前の足元にも及ばない...お前から強さを学びたい」
(セシリアだけで無く、ラウラも渋川と出会って貪欲になったみたいだな)
箒も千冬もラウラの言葉を嬉しそうに聞いている。
「お前は私の師匠だッッ!!」
「ふっ...出来の良さそうな弟子ができちまったな」
ライバルであり、師匠でもある。
この矛盾、この歪さこそが狂者の悦びであった。
まだまだ言い足りないラウラは続ける。
「お前は教官の旦那らしいな?」
「ん?」
「そんな教官は私の嫁だッッ!!!」
「んん?」
「故にお前は私の息子だッッ!! これから私の事はママと呼べ恭一ッッ!!」
「ちょっ―――
「ちょっと待てえええええええええええッッ!!!!!!」
「お待ちなさいなああああああああああッッ!!!!!!」
恭一が突っ込むよりも早く箒とセシリアが咆哮する。
そんな光景を澄ました顔で見ている千冬に
「なに自分は関係無いみたいな顔してんですか織斑先生!?」
「ラウラさんに嘘を吹き込まれたのは貴女ですね!?」
そんな2人の追求に対しあらぬ方向に顔をやる千冬
「ひゅー...ひゅー...」
「まるで吹けてないんですよ!」
「下手な口笛で誤魔化すとか、貴女いったい幾つなんですの!?」
たちまち騒がしくなる3人を余所に恭一はラウラに近づく。
「そもそも、俺は千冬さんの旦那じゃないからな?」
「むっ...そうなのか? だが、私は教官だけで無くお前とも一緒に居たいぞ」
溢れんばかりの笑顔だった。
「本気かよ?」
「ああ、普通じゃなくても好きに生きて良いと言ったのはお前だろう?」
「あー...やっぱ夢の中で楽しくお話したんだな、俺達...」
薄々そうじゃないかとは思っていたのだが、どうやら本当らしい。
「ふふふ...興味深い空間だった。まぁ誰にも言う事は無いだろうが」
「そうしてくれ...前世の記憶があるなんてサイコパス扱いされちまうわ」
苦笑いでそう話す恭一にラウラは腕を広げる。
「さぁ恭一、存分にママに甘えるがいいッッ!!」
抱きついて来い、と言わんばかり「さあさあ!」とアピールしてくる。
「いやいかねぇよ、この歳で「ママ」はさすがにキツいだろって云うか、何で俺が息子なんだよ?」
「それは...」
先程までのテンションと違い、言い辛そうに視線を下へ向けてしまう。
「はぁ...九鬼恭一の過去を見たせいか?」
「う、うむ...私はお前に救われた。道を示して貰った。私だってお前に何かしてやりたい...お前を一人にさせたくない」
ラウラは俯きながらもシーツを握り締める。
「しかしなぁ...お前なら分かるから言うが、俺100歳超えてんだぜ? 15歳の母を迎え入れるとか、さすがに狂いすぎてンだろ非常識的に考えてもよ」
「むぅ...」
ますます俯き具合を大きくさせるラウラの頭に恭一は手を乗せる。
「あっ...」
「まぁ俺もお前も普通じゃないし天涯孤独の身だしな...お前の気持ちは素直に胸に来るモンがあるよ」
恭一に優しく撫でられるまま嬉しそうにラウラは呟いた。
「ふふふ...私に父親が居ればこのような感覚なのだな」
(あっ...この感じヤバい)
恭一の第六感がそう告げる。
「むっ...そうか。甘えさせる事に固執する必要は無い。支えてやるのに母である必要も無い...」
何やらブツブツ言っているラウラから素早く身を翻し、部屋からの逃走を謀る恭一
(千冬さん達もまだ騒いでてこっちには気付いていない。三十六計なんとやらってな...今のうちに―――)
「むっ...何処へ行くんだ―――
―――パパッ!!」
「「「 パパあああああッッ!? 」」」
(あぁ......)
それまで言い争っていた同盟三人娘が一気に反応をみせる。
「なにぃ!? まさかっ...ラウラは私と恭一の娘だったのか...」
「貴女ほんと馬鹿なんじゃないですか!?」
「どうして恭一さんが絡むと織斑先生はっ....んもうッッ!!」
またもや言い争う三人は無視するとして―――
恭一はゆっくりとラウラに向き直す。
「いや...それもどうなんだ?」
どうにか考えを改めさせようとするが
「これが良い! これがしっくり来るんだ! 私が娘になってパパを支えてやる!」
(おお...もう...)
喜色満面のラウラに何も言えなくなる恭一だった。
(15歳で娘が...前世を合わせると111歳で娘...どっちにしろ可笑しいんだよなぁ)
―――これもまた一つの道、か
「まぁ良いか...これからよろしくなラウラ」
もう一度恭一は頭を撫でてやると、ラウラは嬉しそうに受け入れる
「うんッッ!!」
________________
「うっ...ここは....?」
「目が覚めましたか織斑君」
アリーナで気を失った一夏が目を覚ますと、真耶と鈴が居た。
「大丈夫なの一夏?」
鈴も一夏が起きた事で胸を撫で下ろした。
「俺は...そうっ....だ。ラウラが黒いのに呑み込まれて...」
意識を失うまでの記憶を辿っていく。
「何が起こったのか、先生が説明しますね」
「...お願いします」
.
.
.
「VTシステム...」
真耶の説明を一通り聴き終えた一夏と鈴
「ラウラは...無事なんですか?」
「ええ、渋川君のおかげで。筋肉痛や打撲などはありますが、命に別状は無いとの事です」
「...そうですか」
何処か暗い雰囲気の一夏はベッドから降り
「...俺は何処も怪我を負ってませんので、部屋に帰ります」
「ちょ、ちょっと一夏!?」
鈴の言葉も耳に入っていないのか、そのまま部屋を出る一夏を慌てて追いかけて行く。
「どうしたのよ一夏!?」
「別に...何でもねーよ」
無言でズンズン進んで行く一夏の後を、鈴はただ付いて行くしかなった。
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「....はい。それではお願いしますオデッサさん」
『まっかせといてー! でも急にどうしたのシャルロットちゃん? この男の子の動きを分析してほしいって』
「...僕は悲劇に酔ったヒロインなんかじゃない.....」
『シャルロットちゃん?』
「僕はこの人に勝ちたい。それだけです」
『言っとくけど、生半可な覚悟じゃ彼には勝てないわよ?」
「オデッサさん...?」
『ふふっ...何にせよ、そういう事なら任せといて! シャルロットちゃんのバックアップが私達の仕事なんですからね!』
「...よろしくお願いします」
僕だって...僕だって強くなってやるんだ。
思い浮かぶのは、『VTシステム』相手に生身で突撃していった恭一の姿
「...勝てる........のかなぁ」
つい弱気になってしまうが
ブンブンッ
頭を横に振り気持ちを切り替える。
「お腹が空いてるから弱気になるんだ! 何か食べに行こう!」
そう言って部屋から出るシャルロットだった。
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「だから恭一は私の旦那だと言っているだろう!!」
「いつそんな事が決まったんですか!? 何時何分何秒地球が何回廻った時ですか!?」
「...箒さんまで幼くなってしまってましてよ」
あれからもギャーギャー騒いでいる千冬達を恭一とラウラは眺めていた。
「なぁパパ...」
「なんだラウラ?」
「教官も仰っていたが、あの3人はパパの事が好きなんじゃないのか?」
「.........」
とうとう来てしまった。
今まで誰も恭一に投げかけなかったこの問いが―――
「...俺の過去を見たラウラなら分かるだろうが、俺は愛を知らねぇまま育った」
「.........」
ラウラは黙って恭一の言葉を聞いている。
「周りからくる敵意はよく分かるんだが、好意となるとまるで自信がねぇ...」
「パパ...」
(かと言ってなぁ...「お前達、俺の事好き?」なんて聞けるかよ。どんだけ自惚れてんだって話だ)
「パパは好きなのか?」
その言葉に絶賛醜い言い争い中の三人を見る。
「初めて会った時はまるで興味無かった千冬さんが2度目に会った時は俺をも驚かせる程強くなっていたからな。あの人がいるだけで確かに退屈はしねぇな」
その言葉にラウラも笑顔で頷く。
「さすが私の嫁だなッッ!!」
「...お前は千冬さんが好きなんだな?」
「ああ! 性別なんぞ、今の私の前では関係無いからな!」
ふふん、と胸を張って誇るラウラだった。
「セシリアはどうなんだ?」
「アイツは...此処へ来て気高く己を開花させたな。一度興味を失った者が再び光り輝く瞬間を見られた俺は幸せモンだ。強くなるぜ、アイツはよ」
アリーナでの事を言っているのだろう、ラウラも納得している表情を見せた。
「なら箒は?」
「篠ノ之は......」
―――ボンッッ
今まで穏やかな表情で話していた恭一の頬が紅く染まる。
何も話さない恭一を不思議がるラウラは覗き込む。
「....どうしたのだパパ...顔が赤いぞ? 箒はどうなんだ?」
「...その問いには答えられませぬ」
「むっ...話し方がおかしくないか? 気になるぞ、教えてくれ」
「嫌どす」
「何故京都弁なんだッッ!! 益々、気になるぞ!?」
恭一は箒に対し、果たして何を想ったのか―――
.
.
.
「私はまだ安静にしておらねばならんらしい」
「ラウラの事は私が看ておいてやる。そろそろ夕食の時間だろう。お前達も何か食べてくると良い」
ラウラと千冬の言葉に恭一達も頷き、部屋から出て行った。
「さて...ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐」
女の顔でも教師の顔でも無い、ドイツに居た頃の鬼教官の顔になっていた千冬に思わず緊張が走る。
「は、はっ....何でしょうか教官?」
「恭一をパパと呼ぶ理由を吐いてもらうか....」
指をポキポキと鳴らしながらゆっくり近づいてくる大魔神
「ひぇっ...」
ラウラが安静に過ごせるのはまだ少し先のようだった
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「本当に良いのか渋川...?」
「無理しないで良いのですよ?」
残念そうに箒とセシリアは恭一に伺う。
「大丈夫だって。歩く位ならもう1人で十分だ。いつまでも迷惑かけてらんねぇよ」
強がりだった。
ラウラとの会話から箒の事を意識してしまい、今肩を借りると平常心で居られる自信が無かったのだ。
「あっ...恭一!」
「おう、デュノアか」
恭一達の姿を見たシャルロットが駆けて来る。
「身体の方は...大丈夫そうだね。今から食堂行くの?」
「ああ、傷を負ったからな。焼肉定食が俺を待ってんだ」
「傷を負ってなくてもだいたい肉ばっかりだがな」
呆れたように言う箒に、セシリアも釣られて笑う。
「僕も行ってもいい?」
「おう。お前さんもポパイを見習ってガツガツ肉食え!」
「ポパイはほうれん草だよッッ!!」
.
.
.
「...お?」
曲がり角の方から一夏と鈴の姿が見えてきた。
「あっ...恭一達も食堂行くの? あたし達もこれから―――」
「...ッッ!!」
2人の姿が視界に入ると、一夏が真っ直ぐ恭一に向かって走り出してくる。
(...あぁそうだな。一発は一発だもんな)
「お前ら離れてろ」
「「「 えっ? 」」」
「さっさとしろ、危ねぇぞ」
「2人共こっち!」
恭一の言葉をイチ早く理解したシャルロットは箒とセシリアの腕を掴み下がらせる。
「恭一ィィィィィ!!!!!!!!」
―――ドガッッ!!
恭一は一夏の拳を顔で受けると、まだ回復しきっていないため、踏み止まれず後ろに倒れ込んだ。
「なっ、なにしてんのよアンタ!?」
「渋川?!」
「恭一さんッッ!?」
「...一夏」
この場で一夏の行為の意味を知るのは恭一とシャルロットのみである。
「僕が説明するよ...」
.
.
.
シャルロットが鈴達にアリーナでの恭一が一夏に対してやった事を説明し終える。
「すまなかったな、織斑...あんなんで気絶しちまうとは思わなかったんだ」
周りの人間からすれば、嫌味にしか聞こえないのだがこれが恭一の本心だった。
そんな恭一を一夏は睨み続ける。
「ほっ...ホラ! これで2人共痛み分けって事で良いじゃない! ボーデヴィッヒも助かった事なんだし...アンタ達もそう思うでしょ? ねっ、ねっ?」
これ以上、険悪な空気を好まない鈴は必死に箒達にアイコンタクトを送る。
「そう...だな。確かに一発ずつ与え合ったんだ。これで終わりで良いだろう」
「...そろそろ他の生徒もやってきます。ここで騒ぎを起こしても意味無いでしょう」
箒もセシリアも鈴の意図を汲み、終わらせようと奔るのだが
「俺だってやれたんだ...」
「一夏?」
下を向いているせいか、よく聞き取れない。
一夏は拳を握り締める。
惨めだった。
試合が始まった後、あれだけ啖呵を切ったのに訳も分からないまま訓練機の恭一に瞬殺され、ラウラが黒いモノに呑み込まれてからも自分の想いとは裏腹に意識を失い、目が覚めた頃には全てが終わっていた。
自分は完全に蚊帳の外だった。
真耶から話を聞いて、さらに一夏を憫然足らしめた。
『渋川君のおかげで―――』
(どうして、コイツなんだ...こんな友達を見捨てるような奴がッッ!!)
「お前が邪魔しなきゃ俺だってやれたんだッッ!!!!!」
「なっ...一夏!! そんな言い方―――」
―――口を挟むな
ビクッッ!!!!!
さすがに不味いと思った鈴が一夏の言葉を注意しようとしたが、恭一が止める。
「...確かに俺はお前の戦いを邪魔しちまったからな。悪かったよ」
恭一としてでは無く、武道家として頭を下げた。
「くっ...」
「あっ...一夏!?」
一夏は何も言わず走り去っていった。
皆は離れていく背中を見ているしか出来なかった。
「すまなかったな鈴、お前の気遣いを無為にした」
「いっ、いいわよ別に...でもね、アイツも色々葛藤があったんだと思う...だから―――」
「興味ねぇよ」
すたすた、と歩き出す恭一に
「アンタってば、ほんっっっ.....とうにブレないわねッッ!!」
さすがの鈴も此処までくると、諦めの境地だった。
「喧嘩すんのにイチイチいらねぇんだよ。崇高な想いだの、複雑な心情だの、壮麗な言葉だの。ンなもんは闘争にゃ全部不純物だ」
恭一の言葉を借りて鈴が箒達にも聞く。
「...アンタ達も恭一と同じ考えってワケ?」
「愚問だな。シンプルが一番良いだろう」
「さぁ? それで強くなれれば宜しいかと」
「僕は...よく分かんないかな」
武道家としてこの中で最も恭一と近い箒は全肯定。
セシリアはどうでも良さげに。
恭一との距離感が曖昧なシャルロットは肯定も否定もしない。
「それより、一夏は良いのか?」
「...いいわよ。今のあたしが付いてても邪魔になるだけだろうし、アイツも1人になりたいでしょうから」
悲しげに鈴は言った。
「なら鈴さんもご一緒しませんか? これから皆で食堂へ行く処なんですよ」
「そう...ね。そうさせてもらうわ」
「ねぇ...みんな?」
その声に3人がシャルロットを見る。
「恭一...もういないよ?」
「「「..........」」」
急いで食堂に入った鈴達の目に入ってきたのは、あぐあぐ、と焼肉を頬張っている恭一の姿だった。
ハーレムダグを付けた方が、という意見を頂きました。
は?(真顔)
何処見てんだお前よぉしぶちーを好きな奴なんてそんなに...
ハーレムタグ追加しときますねー(´・ω・)