真に抜け目無い者は誰だ、というお話
「......」
ゆっくりと目を開ける。
(ボーデヴィッヒと色々語り合ったが、やけにリアルな夢だったな)
治療を終えた恭一はラウラとは別の部屋のベッドで寝かされていた。
(...んー?)
自分の手を誰かに握られている感触がした。
麻酔を打たれたのか、身体が重く、思うように動かないが何とか腰を上げ、背をもたれさせる体勢を取るとそこで目が合った。
「篠ノ之...?」
「ッッ!? 渋川ッッ!!!!」
目が合うや勢い良く箒に抱きしめられる。
「おっ...おい篠ノ之―――」
「バカッ!! ばかばかッッ!! 無茶ばっかりしてッ!!」
「...心配かけちまったか」
自分を抱きしめる箒の顔は見えない。
見えないが、その声は震えていた。
「本当に...ぐすっ.....お前って奴は.......」
「...すまん」
謝るしかない恭一は、箒の腕を振り解く事など出来なかった。
「...傷の具合はどうなんだ? 痛むか?」
箒は恭一に抱きついたまま伺う。
「まだ麻酔が効いてるんだろうな。痛みは無いが、鈍い感じが何か嫌だ」
「...千冬さんが怒ってたぞ? どうして『消力』を使ったんだ、って」
「あー...やっぱり? イケると思ったんだけどなぁ...」
(九鬼なら受け流せたんだろうが、今の俺じゃまだまだらしい)
「まぁアレだな。俺が未熟だったってこった。これから一層引き締めて鍛錬しねぇとな」
「ふふっ...お前はそればっかりだな」
「「..........」」
そこまで話すと、唐突に会話が途切れてしまった。
2人の間の沈黙が必然的に今の状況を理解させてしまう。
(俺はいつまで抱きしめられてるんだ? 何かがヤバい。何か分からんが...前よりも鼓動が早くなっていってる気がする...)
(渋川の鼓動が伝わってくる...顔を見なくても分かる。私だけじゃないんだ....渋川もドキドキしてくれてるんだ)
「渋川の身体はあったかいな」
「う...あーっと......うん」
「どうした? いつもの反応よりキレが無いぞ?」
何時の頃からか、恭一と2人きりになると今のように急に大人びた雰囲気を帯びる事がある箒だった。
「ぐっ...分かって言ってんだろ」
「どうだろうな? 私を心配させた罰だ。これくらいは受け入れてもらわないとな」
そう言うと、箒は抱きしめていた腕に少し力を入れる。
「それを言われちゃ敵わん。悪かったよ」
「反省してるか?」
「反省してます」
「本当に?」
「本当です」
(...言うんだ私。ここでもう少しねだるのは何も不自然な事じゃないんだ)
お互いの顔が見えない状態が箒にとって功を成したのか、普段なら恥ずかしくて言えない事も今なら言えそうな気がした。
「なら...私を心配させた罰として、おっ...お前からも私を抱きしめてくれ」
「へぁ!?」
完全に恭一のキャパシティを超えた瞬間である。
(あばばばばば.....九鬼ィィィィ!!!! 何とかしろおおおおおおおおッッ!!! 間に合わなくなっても知らんぞおおおおおおおおッッ!!!!!)
《ワシに分かる訳なかろうもん》
普通に申し訳なさそうにする『武神』の顔が見えてしまった恭一だった。
『武』以外は本当にまるで頼りにならない『武神』と『狂者』である。
「...嫌、か?」
「うっ...」
そこでようやく2人の目が合った。
恭一も箒も顔を赤くしているのだが、恭一の様子を伺う箒の瞳は潤んでいた。
「こっ...こんな感じでよろしいでしょうか」
おっかなびっくり箒の背中に腕を回し、出来るだけ優しく包み込むように抱きしめる。
「ふふっ...敬語になってるぞ?」
そう言って箒からもさらに恭一に密着する形をとる。
(◇□△▽○♂♀~~~~~~~?!?!?!?!!)
恭一の頭の中では、大量の動物達によるワッショイ祭りが開催されていた。
(はふ...このまま時が止まってしまえばいいのに)
箒は絶賛幸せ街道爆進中だった。
「...さっきよりも鼓動が早くなってるな」
「うあっ...篠ノ之、何か意地悪だぞ...」
「普段、あれだけ唯我独尊を地で行くお前が言えた台詞か?」
「ぐぬぬ...」
完全に立場を箒に掌握された恭一である。
そして、2人の感情にも変化が訪れつつあった。
先程までは気恥かしさが勝っていたのだが、今では何処か心地良い、もっとこうして居たいと思うようになっていた。
(幸せすぎてとろけてしまいそうだ)
―――いつまでも渋川とこんな時間を過ごせたら
ガラガラッ
「箒さん、恭一さんの目は覚めまし........て?」
「「 あ゛っ 」」
「へ?」
恭一の容態を心配し、部屋へ入ってきたセシリアの目の前ではベッドに座った恭一と箒が抱きしめ合っている。
「ひょああああああああああああッッ!!!!!! ほっほほほほ箒さん?! あああああ貴女何してますの!?」
「ちちちち違うんだセシリアッッ!!! これはアレなんだ! 分かるだろう!? お前なら分かるはずだ!!」
「きぃぃぃぃぃぃ!!!!! ええ、分かりますわッッ!! 痛い程分かりましてよ!? それでもやって良い事と悪い事があるでしょう!? 貴女のソレは同盟規則を大きく逸脱してましてよ!?」
ババッと恭一から離れ、何とか弁明しようとするがセシリアはウガーッと箒に詰め寄っている。
何故セシリアが『同盟』の事を知っているかと云うと、今から数日前まで遡る。
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「どうした? わざわざこんな所で呼び出したんだ。何か大事な話があるのだろう?」
「ええ。箒さんに『宣戦布告』をさせて頂きたく思いましたの」
アリーナでラウラとの模擬戦を終えた次の日の放課後だった。
「昨日までの不甲斐ない私はもう断ち切りました。ようやく私も恭一さんや箒さんに気持ちが追いつきましたので」
「ほう...こちら側に来ると?」
セシリアの言葉に不敵な顔で応える。
そんな箒を前に、セシリアは大きく息を吸い上げる。
「私の名はセシリア・オルコット!! この学園に来たのは『オルコット家の誇り』を守るために『更なる研鑽』を磨くためですわッッ!!」
(セシリアを見ていると渋川の前で叫び上げた私を思い出すな)
「そして...貴女と同じ景色を私も見させてもらいます」
「...なに?」
セシリアの言葉に何かが引っかかる。
「箒さんは仰いましたね? 恭一さんと共に居るとバカになれる、と」
「あっ、ああ。確かに言ったな」
(ぐっ...薄々、そんな気はしていたがまさかセシリアの奴...)
「私も貴女のように今を目一杯楽しむ事にしますわ!! 今よりも貪欲に!!」
「そ、それと渋川がどう関係があると云うんだ?」
「あら? もうお気づきでしょう箒さん。失った誇りを思い出させてくれたのは他でも無い恭一さんですわ。私は恭一さんには感謝の気持ちでいっぱいですの」
頬に手を添えるセシリア
「これより、セシリア・オルコットは貪欲に苛烈に生きます。ですが、強さだけを求める人生を送るつもりなんて御座いませんわ! 恋にも生きてやりますわよ! そして恭一さんと共に歩めば、私も高みへ征けるッッ!!!!」
腰に手を当て、胸を張る。
お決まりのポーズが炸裂した。
「なるほど......渋川に対して恋に落ちたと? だから渋川を好きな私に『宣戦布告』と云う訳か」
「少し違いますわね。私が恭一さんに抱いているこの感情が恋なのかどうか...正直今は判断しかねます」
セシリアは少し視線を下に向ける。
しかし直様顔を上げ笑みを浮かべた。
「ですが、それはあの方と添い遂げてから分かる事でしょう。きっと恭一さんならそう言うはずですわ」
気に入ったからとりあえずモノにする。
そこにイギリスに代表される『淑女』の文字は無く、セシリアは確かに貪欲さを身につけたようだった。
「箒さんに宣言したのは私にとって貴女は目標でもあり、ライバルであると思っているからですわ」
自分のような者が目標、か。
そんな言葉を貰った事なんて、今まであっただろうか。
恋敵が増えるというのに、不思議と悪い気はしなかった。
「私が言うのも何だが、渋川は手ごわいぞ?」
「覚悟の上ですわ。それでも、今までの私とは思わない事でしてよ?」
意気軒昂なセシリアに何故か苦笑いの箒
「どうしました? 私がライバルじゃ物足りないでしょうか?」
ムッとして言うセシリアだったが、そうでは無い。
(まぁ今言わなくても良いか。セシリアが驚く顔も見たいしな)
似なくて良い処まで恭一に影響されている箒だった。
一皮剥けたセシリアは知らない。
恭一に好意を寄せているのは箒だけでは無いと云う事を
その中には『学園最強』と『世界最強』が含まれていると云う事を
それを知った時のセシリアの表情を想像して、つい笑ってしまう。
「むむむっ!! そんな余裕をみせていられるのも今の内なんですからねッッ!!」
「くくっ...すまない、そうじゃないんだセシリア」
平謝りする箒だが、セシリアは未だにプンスカ頬を膨らましている。
「ふんっ...ならどうして笑ってましたの?」
「それは言えません」
「どうして敬語なんですのおおおおおおおッッ!!!!!!」
ポカポカ、と可愛らしく叩くセシリアに、笑みを耐えられないでいる箒の姿が其処にはあった。
後日、案の定セシリアは無茶苦茶白目を剥いた。
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「貴女という人はッッ!! 過度な抜けがけは禁止じゃ無かったんですの!?」
「ちょっと何言ってるか分かんない」
「織斑先生みたいな事を言わないでくださいましッッ!!」
怒り狂うセシリアをどうどう、と宥める箒
そんな2人をボンヤリ見ている恭一の心中は如何に。
(正直、セシリアが来てくれなきゃヤバかった...色んな意味で)
あのままセシリアが来なければ、どうなっていたのだろうか。
想像してしまい、思わずベッドに潜り込む恭一だった。
.
.
.
「ま、まぁ今回は大目に見てあげますわ。誰よりも恭一さんを心配していたのは貴女ですからね」
「感謝の言葉も御座いません」
それでも正座を強いられている箒だった。
「オホンッ...恭一さんはどうですか? 何処か気分が悪いなどは御座いません事?」
「お、おう。セシリアにも心配を掛けたみたいだな。この通り、全然平気だよ」
「箒さんと抱き合っていた位ですものね」
「うぐっ...」
ジト目で見てくるセシリアに何て応えて良いか分からず、言葉を詰まらせる。
「はぁ...まぁ良いですわ。一番出遅れているのはこの私である事は承知しておりますもの」
「出遅れ?」
「おほほほ、恭一さんはまだ知らなくて良い事ですわ!」
セシリアの言葉にキョトンとする恭一
「そうでした、私は恭一さんに連絡を頼まれて来たんですのよ。ボーデヴィッヒさんが目を覚ましたそうですわ」
「ボーデヴィッヒの容態は?」
セシリアの言葉に箒が尋ねる。
「打撲に筋肉痛で済んだらしいですわよ」
「そうか...ん? どうした渋川?」
(なぁんか...目が覚める前に見てた夢が気になる。やたらリアルだったんだよなぁ)
「面会は出来るのかい?」
「ええ、今は織斑先生が付いているみたいですけれど」
「ボーデヴィッヒの所に行くのか?」
「ああ、ちっと確かめたい事もあるんでのあああああああッッ!?」
―――ドスンッ
恭一はベッドから降りようとしたが、まだ完全に治りきっていないため腰がガクンとなり、顔から落ちてしまった。
「大丈夫か渋川!?」
「大丈夫ですの恭一さん!?」
箒とセシリアが駆け寄る。
「受身が身体に染み付いてて良かった...」
どうやら無事だったらしい。
「しかし、そんな状態では1人で行く事など無理だな。ここは私が―――
「わ・た・く・し・がッッ!! 恭一さんを支えて行きましょう。宜しいですわね? 箒さん」
セシリアはこう言っているのだ。
『さっきの事を見逃す代わりに、自分にも良い思いをさせろ―――』と
しかし、元祖『恭一愛慕同盟』は図々しい事この上無かった。
「じゃんけんだ」
「は?」
「じゃんけんで決めよう」
「なっ、何を」
「最初は―――
「ッッ!!」
箒の言葉で思わず「グー」を出してしまうセシリア
言い出した箒はちゃっかり「パー」を出していた。
「んなっ...ひ、卑怯ですわよ箒さんッッ!!」
「何故だ? 私は『最初は』しか言ってないぞ?」
「そういう時は『グー』をまず出し合うのが決まりじゃないんですか!?」
「カルチャーショックと云うやつだな」
「日本で教わった事でしてよッッ!!」
箒の強硬策にまんまとハマってしまったセシリアは納得出来ない。
「そっ、そもそも私は勝負するつもりなど御座いませんでしたわ! なのでこの結果は無効ですッッ!!」
「おや? 誇り高きオルコット家の長女は負けた事から目を背ける器の持ち主だったのか?」
「んなっ.....ぐぬぬぬぬぬぬぅぅぅぅ」
悔しいが、一理ある事を認めざるを得なかった。
「くぅぅぅぅぅ...確かに勝負に乗ってしまった時点で言い訳のしようも御座いませんわね。今回は譲って差し上げますわ」
(篠ノ之ってば、何時の間にあんな口が回るようになったんだ?)
二人のやり取りを眺めていた恭一はそう思ったが、間違いなくコイツの影響である。
「さぁ渋川、私にしっかりと掴まるんだぞ? しっかりと掴まるんだぞ?」
「2回言わなくていいですわよ」
溜息混じりで、扉を開けて先導するセシリアだった。
「あ、ああ。すまないな篠ノ之」
________________
「渋川もボーデヴィッヒの容態が気になるのか?」
ラウラのいる所へ向かう道中、箒が恭一に尋ねる。
「んー...少し確認したい事があってな」
「ふむ?」
「お二人共、着きましたわよ? 扉を開けますわね」
―――ガラガラッ
「ボーデヴィッヒはおらんかね~?」
「失礼します」
「失礼致しますわ」
箒に肩を借りた恭一に続くようにセシリアも入ってきた。
箒ちゃんが少しずつ大胆になってきてませんかねぇ(動揺)
とうとうセッシーも同盟入りか、壊れるなぁ...