「わざわざ傷の手当て、ありがとな篠ノ之」
「気にしなくていいさ」
アリーナから出てきた恭一と箒は小屋にて簡単な治療を行っていた。
「...ヨシ。まぁこんな処だろう...大分強く握っていたみたいだな渋川?」
何処か意地悪めいた笑顔でそう指摘してくる。
「うるへーうるへー...オラ寮に行くぞ。アレを飲みたい気分だ」
「ああペプ―――
「コーラな」
最後まで言わせない恭一だが、対自販機戦3勝10敗くらいの終身名誉戦犯っぷりである。
2人は寮に向かいながらトーナメントの話をする。
「お前は結局パートナーはランダムに任せるのか?」
「んー...そうだなぁ。でもよ1つ思ったんだけどさ...そのランダムに俺しか居なかったらどうなるんだろうな」
「それは......まぁ普通に出られないんじゃないか?」
「いやいやこの場合は俺だけ単独で―――
「何故こんな所で教師など!」
「やれやれ...」
恭一と箒は声のする方を覗いてみる。
すると、そこにはラウラと千冬が居たが仲良く談笑している雰囲気ではなかった。
「何度も言わせるな。私は私の意志で此処に居る」
その言葉にラウラは顔を顰めるが、それでも止まらない。
「お願いです教官! 我がドイツで再びご指導を! ここでは貴女の能力は半分も生かされませんッッ!!」
「ほう...」
(ほう...ってまるで王者の風格だな、千冬さん)
恭一はニヤニヤしながら眺めている。
そんな恭一に対し、溜息混じりも一緒に覗いている箒
「大体、この学園の生徒など教官が教えるに足る人間ではありません!」
「...理由を聞こうか」
ラウラは大きく身振り手振りで演説の如く説明する。
「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションか何かと勘違いしている...そのような程度の低い者達に教官が時間を割かれるなど―――」
「くっくっ....ハッハッハッハッ!!!!!!」
ラウラの言葉を遮って千冬は笑い出す。
「なっ.....きょ、教官?」
こんなに大きく笑う千冬の姿を初めて見たのか。戸惑いを隠せないでいた。
「確かにお前の言う通りだ。特に私のクラスには毎年馬鹿を集めているのか、やたらキャーキャー騒ぐミーハー気取りの小娘共が多くて辟易しているよ」
溜息を吐く、そんな千冬の姿にラウラは期待してしまう。
「でっ、では!!」
「それでも私はここを去る訳にはいかん」
「何故ですか!? 織斑一夏の存在ですか!?」
ラウラは自分の顔が歪んでいくのを感じた。
「当然それもある。もうアイツも私に守られるような歳じゃないが、その代わり1人でどこまで成長するか見てみたいからな...だが、私が今此処に居る一番の理由は―――」
千冬はそこまで言うと覗いていた恭一達の方へ目を向ける。
(げっ...)
「あそこでニヤニヤしているアホを倒すためだ」
「ッッ!! 貴様は....」
「ニヤニヤはしてないでしょうよ、千冬さん」
「あっコラ離せ渋川!!」
ちゃっかり逃げようとした箒の腕を掴んで恭一が出てくる。
「ふん...篠ノ之まで居るとはな。お前ら何時から出歯亀趣味に走るようになったんだ?」
千冬は特に怒りもせず、ヤレヤレといった感じで話しかけてくる。
「それよりも...今のお言葉、どういう意味ですか!?」
「...何がだ?」
ラウラが何を言いたいか既に分かっているのに、敢えて分からない振りをする千冬
箒だけでなく、千冬も恭一に影響されてしまっているらしい。
「教官は倒すと仰いました!! それでは...それではまるで.......ッッ」
そこからは言葉が出てこないラウラに対し
「...私があの男に負けている。そんな風に聞こえたか?」
「....はい...でっ、ですがそんな事は有り得ませんッッ!!!!!!」
千冬の言葉が信じられないのか、首を横にブンブン振って否定した。
そんなラウラを見て、千冬は何やら懐かしむように話す。
「何時だったか...ドイツで話したのを覚えているか? 私を瞬殺した少年の話を」
「.......ええ。今でも信じられませんが.....っ...まさかッッ!!!!!」
驚愕に満ちた顔のラウラに対しニヤリと笑い
「あの頃は名前を教えてもらえなかったが...最近になって知る機会があってな...『渋川恭一』と云うらしい」
千冬とラウラの会話から大体2人の関係を把握出来た恭一はどのような行動を取るのか。
「...どうも。チミが尊敬しているおりむらてんてーの100倍強いぼくです」
―――ブチッ
ラウラの中で一気に憎悪が溢れ出す。
「貴様がああああああああああああああッッッ!!!!!!!!」
(私が此処に来た一番の理由ッッ!!!! 一番殺したい男が同じ場所にいたッッッ!!!!!!!)
―――ガッ!!
恭一に組み掛かろうとするラウラの腕を一瞬早く掴む者がいた。
「教師の目の前で何をする気だボーデヴィッヒ?」
「きょ、教官...ですが...ですがこの男だけはッッ!!!!!! ぐっ.....」
言い終わるまでに力を込められ、痛みで顔が歪む。
そんな2人の様子を気にせず恭一は1つ問いを投げかけた。
「そうそう...先程のアリーナでの出来事...織斑が取った行動をお前はどう思うねシャウエッセン?」
(...私に聞いているのか? シャウエッセンとは何だ?)
「...ふんっ、見れば分かるだろう!? 目先の事しか考えていない愚図だ!!!!!」
千冬の前でハッキリと言い切るラウラ
「...その通りだ。武道家から見れば最も度し難い行為。アイツのした事など愚の骨頂に過ぎん」
そう弟を堂々と貶すラウラと恭一にさすがの千冬も影を落とす。
「...だがそれは武道家としての感情だ。俺と云う一個の存在としては.....何だろうな....良くやってくれた...と言っていいのかもな」
「....何だと?」
恭一の言葉に眉を顰める。
「武道家である俺が皆と一緒になってアイツを手放しで褒める事はない...が、まぁ....今だけはな。千冬さんもいるしよ」
そう云うと....恭一は今の今まで抑えて込んでいた怒気を解放する。
「お前のとった行動は何処までも正しい...そう頭では理解している。それでも.....勝負と分かっちゃいるんだが...割り切れる程俺だって達観しちゃいねぇ....」
恭一の言葉の意味が分かる箒はそっと目を伏せる。
「お前が痛めつけた2人は何だかんだで俺も結構気に入ってる奴らなんだよ」
「だから何だというんだ? あのメス共の仇討ちでもしたいのか?」
理由は何であれこの男を殺せるのなら願ってもいない。
そう思い口角を上げるラウラ
「仇討ち? そんな上等なモンじゃねぇ....ただの憂さ晴らしだ」
言うまでも無い事だが、念の為に箒は確認の言葉を投げかける。
「本当に良いのか渋川? こんな事をしてもセシリア達は喜ばんと思うぞ?」
「分かって言ってンだろ篠ノ之? アイツらは関係ねぇ、これは俺の勝手な自己満足だッッ!!!」
瞬間、恭一とラウラの間に歪みが生じる。
「....オイ貴様ら、私の話を聞いていなかったのか?」
「今から行うのはただの躾です。喧嘩なんてモンじゃないですよ」
「何だと!?」
恭一の言葉にラウラは噛み付かんとする。
「.......はぁ。1分だけだ、それ以上は認められん」
「1分もあれば十分です教官。私がこの男を叩き潰し、貴女こそが最強である事を証明してみせます」
千冬の許可を得た事でラウラはニヤリと笑った。
「くくっ...ソーセージ風情が粋がってんじゃねぇぞ」
「何だと? 私の何処がソーセージだと云うのだ!?」
最もである。
「ふん。大人しく鍋ン中で茹でられてりゃ良いものを...タコさんウィンナーにしてやるぜッッ!!!!!!」
絶対に誰も真似しない決め台詞的な事を吐く恭一だった。
「キサマァ~...何処までも訳の分からん事をほざきおって......」
意味は分からないが、馬鹿にされている事だけは理解したラウラは青筋を立てて構える。
―――ダラリ....
「「 ん? 」」
腕をだらんと下げた恭一に千冬と箒が反応する。
―――だら....ゆらり....
「聞き分けのない小娘を制裁するには都合が良い技があってな」
ゆらり、ゆらり―――と
「殺傷力は低く...苦痛は絶大....」
「「 ッッッ!?!!!?!?!? 」」
この言葉を聞いた千冬と箒は思わず自分の身体を抱きしめてしまう。
(.....ボーデヴィッヒ...地獄だぞ)
2人は恭一の姿に思い出してしまう。
あの時の事を―――
________________
「今日は2人には中々に味のある技を教えようと思う」
恭一は時折、自分の持っている技を千冬達に授けていた。
生徒会の都合で楯無は居ないが、彼女達はこの講義を結構楽しみにしていたりする。
「味のある? いまいちピンとこないんだが」
「今までにそのような事を云った技は無かったな」
「この技は『女、子供の護身技』と俺もかつて師匠から受け継いだ」
―――ピクリ
女、子供という言葉に反応する。
「ほう...何やら含みのある言い方だな」
「千冬さんの言う通り、今の言葉には私もムッときたぞ」
恭一の言葉に納得がいかなかったのか、不機嫌そうにする。
「ふっふっふ~...まぁ論より...ってヤツだな」
言いながら恭一は身体を揺らし始める。
「千冬さんは痛いのは苦手かい?」
どこか挑発めいた言葉にさらにムムッとなる千冬
「まさか...私はお前を超えるために何年も鍛えていたんだぞ? 痛みでたじろぐ程ヤワな身体じゃあないさ」
ふふん、と胸を張る千冬にユラユラと近づく。
「...この技は痛いよ?」
―――ビタァァァァァァァンッッッ!!!!!!!!!!
揺らめいていた恭一が靭やかな鞭の如く千冬の背中を掌で打つ。
「がっ...あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!!!!!!」
「なっ....千冬さん!?」
(あの千冬さんが叫び、背中を摩り地面を転げまわっている.....だと!?)
箒は目の前の光景が信じられなかった。
―――空道 " 鞭打 "(べんだ)
《筋肉を0レベルまで弛緩させ、身体の末端まで脱力を極める。人間の身体は脱力すればする程、手足は重量感を増す》
「脱力を極めると手足は鞭と化する。効果は....千冬さんを見れば分かるな?」
「鞭....そんなに痛いのか...」
部屋の隅でヒィヒィ言っている千冬を横目に箒は言う。
「背中の耐久力は正面の約7倍と言われている。そこを打たれてあの苦しみようだ。まぁお前も喰らってみりゃ分かるさ」
ゆらり...ゆらり....
「えっちょっ...待て! まだ心の準備が」
「...篠ノ之。死ぬ程痛いぞ.......今喰らった私が保証する。だからお前も喰らえ」
自分だけがこんな無様に転げ回るなんて許さん。
貴様も道連れだ。
そう千冬は言っている。
「ちっ、千冬さん!? 渋川待て! 少しまっ...びょえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ッッッ!!!!!!!!!!」
無慈悲な恭一の手によって転げ回る箒を見て満足気な千冬だった。
(ああ...俺も師匠にヤラれた時はこんなんだったっけなぁ...)
前世をしみじみと思い出す恭一であった。
千冬と箒が落ち着いた処でもう一度解説をする。
「『殺傷力は低く、苦痛は絶大』これが『鞭打』だ。言ってみりゃただの平手打ちなんだが、それを行う身体を昇華させる事で....今のような効果が得られる。どうだった? 言った通り味のある技だったろ? まぁ今の2人じゃまだまだ扱えるシロモノじゃないけどな。うわはははは!!」
『絶対いつか喰らわしてやる......』
________________
―――ベチィィィィィッッッ!!!!!!!!!
千冬と箒が冷や汗を掻きながら見守る中、ラウラの背中に放たれてしまった。
「あ゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛ッッッ!!!!!!!!!
痛い!!!
苦痛い!!!
激痛い!!!
辛苦い!!!
イタい!!!
攻撃を仕掛けようとしていたラウラは声にもならない声を上げ背中を引っかき転げ回るしかなかった。
恭一程の鍛えられた肉体が織り成す『鞭打』は最早ただの鞭では無い。
―――鋼鉄の鞭
そんなモノを喰らってしまったラウラは反撃どころか体勢を立て直す事すら不可能な状態であった。
「正直...私はニ度と喰らいたく無いですね」
ラウラの様子を苦笑いで見ていた箒が千冬にそう呟いた。
「.....私もだ」
痛みで立ち上がれないラウラを見下ろす恭一に対して
「....そこまでだ。1分処か1合で終わらせるとはな。全く...昔を思い出させてくれるわ」
そう言うと千冬はラウラの元へ行き、背中を優しく擦ってあげていた。
「うう......ぐっ...くうっ....も、申し訳ございません教官」
「お前があんな声を出すとはな...私なら耐えられるぞ」
何故か見栄を張る千冬だった。
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.
.
数分後にようやくラウラは回復した。
その間、暇を持て余した恭一と箒は自販機に行って丁度帰ってきた処だった。
ニッコニコの恭一の手には紅く光り輝く缶の存在が―――
恭一の姿を確認するやラウラはまた構える。
「貴様ッッ!!!! さっきので勝ったと思うなよ!!!!!! 私はまだ負けておらんッッ!!!!!!!」
まだまだ闘志が萎えていないラウラの姿に恭一は頷いてみせる。
(......面白い)
「なぁタコさん....俺とタッグ組んでみるか?」
悪い子にはお仕置きしたる!!!!!
アリーナでの行動とは裏腹にしぶちー(本能)的には今回一夏君の行動はアリだったようです。
まぁ本人の葛藤なんざ皆は知らないんで結局悪者扱いされちゃうんですけどね