これも数在る道の1つ、というお話
「...........」
場所は保健室
第3アリーナの1件から1時間が経過していた。
ベッドの上では治療を終え、包帯の巻かれた鈴がムスーっとした顔で視線をあらぬ方向へと向けていた。
「..........」
セシリアは何か考え事をしているのか、何も話そうとせず終始俯いていた。
そんな2人に一夏は声をかける。
「まぁ怪我が大したこと無くて安心したぜ」
「ふんっ...別にアンタの助けが無くなって大丈夫だったわよ...」
そう言う鈴だが、言葉にはいつもの調子が乗っていなかった。
実際、一夏が助けに入ろうとした処を恭一に邪魔され、その後立ち上がったのはセシリアのみ。
自分は恭一の問いに対しても何も反応する事が出来ないまま、気づけば事態は終わっていたのだ。
「まぁ2人共そこまで重い傷を負わなくて良かったよ...けど、その身体じゃ次のトーナメントは出場出来そうにないかな?」
一夏について来たシャルロットも顔を出す。
「こんな傷どうって事ないわよ! 私は出るわよ! ねぇセシリア、アンタだって同じ気持ちでしょ!?」
「.........」
鈴の言葉にもセシリアは全く反応を見せようとしない。
不信に思った一夏がセシリアに声をかけようとしたが―――
「駄目ですよ」
保健室の扉が開かれ、外から真耶が入ってきた。
「お二人のISの状態を確認した処、ダメージレベルが『C』を超えています。当分は修復に専念しないと、後々重大な欠陥を生じさせてしまう恐れがあります。身体とISを休ませる意味でも、トーナメント参加は許可出来ません」
「うぐっ....分かりました....」
真耶の正論に鈴は頷くしか無かった。
「...オルコットさんも分かりましたね?」
「....分かっていますわ....」
必要事項を確認し終えると、真耶は保健室から出て行く。
真耶と入れ違いに物凄い音が廊下から響いてくる。
―――ドドドドドッッ!!!!!
「なっなんだ? 何の音だ?」
ドカンと扉が開かれると
「「「「「 織斑君!! 」」」」」
数十名にも及ぶ女子が我先にと、一気に雪崩れ込んできた。
「なななんだ!?」
「「「「「これだよ!」」」」」
状況が読み込めない一夏に何やら申込書を渡される。
『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦を行うため、2人組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする―――』
読み終えた一夏が顔を上げると
「私と組もう織斑君!」
「いや私と組んだ方がお得よ、織斑君!!」
やんややんや、と一夏に迫り来る女子達
だが、一夏はそれらの顔を見ても誰か分からない。
クラスメイトはもう覚えたので皆が違うクラスの生徒だという事は分かったが、何故話した事もない自分にこうまで執拗に迫ってくるのかまでは分からなかった。
中には純粋に一夏と組もうと思う者もいるだろうが、それは極僅かである。
大半が、一夏自身では無く『織斑家』というブランド目当てである。
世界でも注目を浴びている『初代ブリュンヒルデ』の弟と共に出場する事で、パートナーの自分も注目されるのは必然である。
それを利用しようとする者も居れば、これを機に近づき『織斑家』に取り入ろうと考える者も居る。
一夏が知れば、まるで嬉しくない思惑が目の前の女子達から渦巻いているのだが―――
「あー...お、俺はシャルと組むから! すまん諦めてくれ!」
このとおり! と顔の前で両手を合わせるが
「...えーまぁデュノアさんも専用機持ちだけどさぁ」
「...専用機持ち同士が組むのってイマイチ納得出来ないんだけどなぁ」
「うーん...ここで無理を言って嫌われたら元も子も無いしなぁ....」
ブツブツ言いながらも泣き寝入る形で女子達は、1人また1人と保健室を去っていった。
「すまんシャル...巻き込む形でつい言っちまった」
(...本当は鈴かセシリアが良かったんだけど....この際一夏でも仕方ないか。専用機持ちは他にボーデヴィッヒさんしか居ないし。さすがにあの子と組む気にはなれないからね)
「うんいいよ、僕もパートナー決まってなかったからね」
(...焦るな。3年間あるんだ...恭一が戦ってる処を僕はまだよく知らない。この大会で分析してやるんだ)
一夏とシャルロットが組む事が決まり、それを面白くなさそうに見る鈴に一夏は1つ疑問をぶつけた。
「しかし、何だってラウラとバトルする事になったんだ?」
「え、いやそれは...」
一夏の問いに鈴は答え辛そうに言葉を濁す。
「ああ。もしかして一夏の事を―――
「あああっ! シャルロットは一言多いわねぇ!」
シャルロットが言わんとする事を察知した鈴は口を塞ぎにかかる。
「こらこらやめろって。シャルが困ってるだろうが」
じゃれ合う2人に一夏が止めに入ろうとした時
「...傷に触りますので御二方は出て行って貰って宜しいでしょうか」
今まで会話に参加してこなかったセシリアが口を開いた。
「「 えっ 」」
「聞こえませんでしたの? 出て行ってくれ、そう言ったんですわ。貴方達は騒ぐために此処にいるんですの?」
「ちょ、ちょっとセシリア!」
セシリアの言葉に鈴が止めにかかる。
「あっ、ああそうだな。そろそろ行くかシャル」
「う、うんそうだね。それじゃあ2人共お大事にね」
一夏とシャルは居辛く感じ、そそくさと出て行った。
「アンタね、あんな言い方ないでしょう!? ......アンタ泣いてるの?」
「申し訳ございません鈴さん...少し考えたい事があるので放っておいてくださいまし」
そう言うとセシリアはベッドに入り蹲った。
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(私は強くなりたかったはず....オルコット家を守るために.....誇りを守るために....)
思い浮かぶのは一夏の姿
(一夏さんは男性に対する私の概念を払拭してくれた。そしてあの方は優しかった。私にとって何処までも優しく.....何処までも甘い場所だった)
今まで一夏を想うと身体が熱くなり、幸せな気持ちになっていた。
しかし、今のセシリアは何も感じない。
(恭一さんは...)
思い出すのは入学初日
『お前は生身で勝負な』
『俺は見てるんだよ...足元を』
『ハンデは無しだ』
(何て腹立たしい男だと思った事でしょうか。どうせ口だけの男だと。模擬戦で簡単に捻り潰してやると思っていました...ですが)
『ひっ..ひゃあああああああああああああ!!!!!!』
(恭一さんの前に私は悲鳴を上げて、許しを請うた....そして私は絶望と共に気を失ってしまった。その時の恭一さんの眼が今も瞼に焼きついている。まるで道端のゴミを見るような...興味を失った...そんな眼で私を見ていた事を今でも覚えている...)
それからの日々がセシリアの頭に流れてくる。
セシリアは恭一とは出来るだけ接しないように、自分に優しく接してくれる一夏に擦り寄った。
これで良いのだ、とセシリアは思った。
自分は恭一とは合わない。
そんな生活の中で、ある時から1人の少女が変わっていっている事に気付く。
(箒さん...日に日に笑顔になっていく彼女を見ても何も思わなかったのに)
『お前は今を楽しんでいるか?』
『アイツと共に居るとバカになれるぞ? まぁお勧めはせんがな!』
(何時からか私は箒さんに嫉妬していた...何処までも真っ直ぐ前を向く箒さんの姿にッッ!!!!!!)
ギリッと唇を噛む
(私は一夏さんと居て何が変わった? 確かに変わった...あんなにも強さに飢えていた私はもう居なかった。模擬戦でも山田先生と恭一さんペアにあっさりと敗れ....そして―――)
セシリアは今日の事を思い返していた。
『うおおおおおッッ!!!!!!』
一夏がバリアーを破り、助けるためにこっちへ向かってきた時
(私は...私はホッとした。これで助けて貰えるんだと。一夏さんの邪魔をした恭一さんを一瞬恨んでしまった)
『...助けがいんのか?』
(私はいったい今まで何をしていたのでしょう...誇りを守るため、強くなるためにこの学園に来たはず....それなのにッッ!!!!!!)
『下らん種馬に媚を売る事に夢中になっている』
ラウラの言葉は図星だった。
セシリアは今までの自分が情けなく、そして悔しくて涙が溢れてくる。
(私はずっと逃げていたんですね....誇りを忘れたこんな私でも叱責しない一夏さんに...こんなモノ....恋じゃない.....甘い蜜に浸っていただけ....)
拳を握り締める。
(...滑稽ですわね。箒さんを妬んていた理由がこんな形で分かってしまうなんて...)
情けない情けない情けないッッ!!!
(...ふふふ。恭一さんが私に興味を持たれないのも当然ですわね。意地を貫く事を諦めた私など...それでも......それでもッッ!!)
変わるのなら今しかない。
「ぐすっ.....私はまだ間に合うでしょうか.....もう一度...もう一度失くした意地を取り戻せるでしょうか....」
『貫いてみせろセシリア』
居ないはずの恭一が笑いながら大きく頷いたような気がした。
「私も強くなりたいです...箒さんが見ている景色を私も見たいです...恭一さん......」
1人の少女が変わろうとしている。
前に進むのか、それとも斜めに進むのか...それは誰にも分からない。
もう涙は止まっていた。
そこに居るのは、かつての己を取り戻す決意に満ちた勇敢なる少女
―――セシリア・オルコットだった。
「ふふっ...とりあえず、箒さんに宣戦布告をしないといけませんわね」
少し悪戯めいた彼女の顔は何時にも増して可憐であった。
無難に生きたきゃしぶちーは超絶不良物件
苛烈に生きたきゃ超絶優良物件
どっち取るかは自由だ上等だルルォ!!