野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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1週間ぶりに登校するしぶちーのお話


第38話 一日の始まり

「っしゃあああああッッ!!!! 渋川恭一復活! 渋川恭一復活! ってな」

 

小屋の前で大きく伸びをする。

遠くの方では朝練をしている生徒達の声が聞こえてくる。

 

「6時か...コーラ買いに行こ」

 

僻地を出ると運動場へ入っていく。

朝練をしている者達の邪魔にならぬよう端を通っていると

 

「しっしし渋川様?! もうインフルエンザは治られたんですね!!!! 私も渋川様が全快に向かうよう毎晩祈りを捧げていました!!!!!」

 

恭一の姿を確認するやブルマ姿で全力疾走して話しかけてくる女子が居た。

 

「おっおう? もう大丈夫なんだが...すまん。君は誰だっけ?」

 

恭一を様付けて呼ぶ少女は誰なのか。

彼女こそ、入学初日にセシリアよりも早く恭一の戯れの餌食になった1人であり、その際に恐怖で少し正常な判断が出来なくなったのか、恭一の事を崇め奉るようになってしまっていた。

 

ちなみに恭一は彼女に惹かれる処が無かったので、特に覚えていない。

さらに言えば、今のこの会話が入学初日以来のコンタクトになる。

 

彼女は、自分のような豚が渋川様に話しかけるなど烏滸がましい、と本気で考えているためにこれまで接触は控えていたのだが、1週間ぶりのご対面と云う事で抑えきれなくなり、つい話しかけてしまったらしい。

 

「わっ私は『霜月美佳』と申します!! これからも宜しくお願いします!!!!」

 

深々と頭を下げられ困惑する恭一

 

(何をよろしくお願いされてるんだろう...?)

 

「あっああ、俺は―――

「渋川恭一様ですッッ!!!!!」

「お、おう...」

 

目をランランと輝かせる目の前の少女につい後ずさってしまう。

前世でも弟子達や強敵達に尊敬の眼差しを受けた事はあったが、さすがにソレらとは一線を画す瞳を受け、どう対応したら良いのか分からないでいた。

 

「あのな、霜月さん「美佳とお呼びください!」えっと、美佳さん? その様付けで呼ばれるのはさすがに―――「あのッッッ!!!!!!!!!」

 

ビクッ

 

(殺気じゃねぇ...何だ今の俺に向けられた氣は.....)

 

つい身構えてしまう恭一

 

「恭一様ってお呼びしても宜しいでしょうか!?」

「えぇ...」

 

(何かこの子怖い...)

 

殺気や悪意・憎悪、或いは暴力と云った直接的手段を向けられるのを心地良く感じる狂者でも、これは違う。

目の前の美佳から発せられる過激な篤信っぷりに対する術を今の恭一は持ち合わせていなかった。

 

「.....うんいいよー」

 

とにかくこの場から一刻も早く離れたい恭一

 

「ああああありがとうございます恭一様ッッッ!!!!!!!」

「うんいいよー」

「それでは私めは恭一様とお話出来た事を励みに一層、部活動に専念してきます!!!!!」

「うんいいよー」

 

その場から去っても何度も恭一の方を振り向き頭を下げる美佳に対して

 

「うんいいよー」

 

今の恭一にはこれが精一杯だった。

 

「......霜月美佳。あんな猛者がこの学園に居たとは.............こわいなー」

 

強者と出会う事を何よりも幸せに感じる恭一を身震いさせ、そう呟かせる。

しかし彼は気づいていない。

そんな彼女が同じクラスに在籍している事を―――

 

 

________________

 

 

 

気を取り直して寮に入って行き、辿り着いたのは自販機の前

 

「今日くらいは素直にコーラを押すか」

 

完治するまで大人しくしていた自分への褒美だ。

そう思ってコーラのボタンに指を近づける

 

《おやおや、理由を作ってまで逃げるとは...何と情けない坊やだ》

 

寸前、武神『九鬼恭一』が自分を小馬鹿にする顔が見えた気がした。

 

「...上等だオラァッッ!!!!!!」

 

オラついた掛け声ではあるが、慎重にペプシとコーラに指を合わせる恭一の姿は果てしなくシュールだった。

 

 

ピッ...ガタン

 

 

「おんどれえええええええええええええッッッ!!!!!!!!!!」

 

 

「...1週間ぶりでもしぶちーはしぶちーだなぁ」

 

密かに広間の隅で『家政婦は見た』ごっこ中の本音だった。

 

 

________________

 

 

 

気を取り直して、食堂の方へやって来た恭一

そんな彼を迎えたのは人物は―――

 

「あら、恭一さん。もうお身体は宜しいんですの?」

「オルコットか。この通り全快したんで今日から登校するぜ」

 

屋上の一件以来、ちょこちょこ話しかけてくるようになったセシリアである。

 

「オルコットは朝食かい? まだ少し早いと思うが」

「いえ...キッチンを使わせてもらいに来たんですの」

 

何でも、恭一に言われてから時間を見つけては料理の勉強をしているらしい。

 

「今からサンドイッチを作るんですけれど、恭一さんに是非食べてほしいですわ」

「そういやそんな約束もしたっけな...いいぜ」

 

そう言うと、セシリアはキッチンに入って行く。

 

「...どうして貴方も付いて来るんですの?」

「確か言ったよな、芸術的不味さだって」

「ううっ...耳が痛いですわ」

 

きこえなーい、と耳を塞ぐセシリア

 

「見た目は良かったのも覚えてる。作る過程を見たくてな」

「むむむ...ですが」

 

人に見られるのは恥ずかしいのか、嫌そうな顔をする。

 

「おやぁ...オルコット嬢ちゃんはプレッシャーには弱いタイプかね?」

 

顎を摩りながらニヤニヤする恭一に

 

「んなっ!? そんな訳ありませんわ! そこでじっくりとご覧になってなさいな、このセシリア・オルコットの勇姿を!!!!」

 

相変わらずセシリアはチョロかった。

恭一は彼女の勇姿(サンドイッチを作っている)を見つめる。

 

(うん...すっげー普通だ。ちゃんと具材も綺麗に切れているし)

 

それが何故あんなにも珍妙な味になってしまうのか

 

「ふぅ...」

 

作り終えたのか、一息付くセシリアに声をかける。

 

「終わったか。見ていたけど良い感じじゃないか? これなら味も期待出来そうだ」

「いえ、まだですわ。肝心な部分が残っています」

「えっそうなのか? 料理ってのは素人じゃ分からん深さがあるんだな...」

 

もう終えたと思っていた恭一はその言葉に素直に止まる。

 

「ええそうですのよ! 料理に大事なモノ...それは『隠し味』ですわ!!!!」

 

セシリアは腰に手を添え、胸を張って高らかに述べた。

オルコット家特有の尊大なポーズを久々に見た気がした恭一だったが

 

「んん?」

 

恭一の頭に?が浮かんでいる間にも、お構い無しにセシリアは隠し味を混入しようとする。

 

「うふふ...これで香りも素晴らしく―――

「ダウト」

「へ?」

 

台無しにされる前にセシリアの腕を掴む事に成功した恭一

 

「なっ...恭一さん?」

「ダウト1億」

「はぁ? 何を言ってますの? 離してくださいまし!」

「ダーウート! ダーウート!」

「それしか言えないのですか貴方は!?」

 

さすがの恭一もまさか香水を入れる発想は無かったらしく、動揺してしまったようだ。

腕を掴まれながらも、頑なに『隠し味』を入れようとするセシリア

何が彼女をここまでさせるのか。

とりあえず、空いた手で無事なサンドイッチを取り、セシリアの口に突っ込む。

 

「ふがっ...にゃにをふるんでふか...もぐもぐ......」

「...どうだ?」

「美味しいですわ...」

 

その言葉に頷き、恭一も1つ摘んで食べてみる。

 

「うん...普通に美味しいな。まさに完成されていると言っても良い。これにソレを付け加える必要があるのか?」

 

料理の事はよく分からないが、何とか説得を試みる。

 

「でっですが...料理には『隠し味』が必要と!」

「...まだまだ甘いなオルコット」

 

ふふん、と鼻を鳴らす。

 

「なんですって?」

「『隠し味』...文字通り、存在がバレちまったらいけないシロモノだ。香水なんざバレバレなんだよ!!!!!!」

 

まるで意味が分からないが、それでも伝わるモノがある。

今の恭一からはそんな凄みを感じるセシリアであった。

 

「たっ...確かに、恭一さんの言う事にも一理ありますわ.....」

 

百理無い。

 

「ですが!! それなら一体何を私は『隠し味』にすれば良いのでしょうか!?」

「....それは、アレだよ。ほら分かんだろ?」

 

視線を逸らしながら言葉を濁す恭一

 

「...どうして視線を逸らしますの?....? どうして少し赤くなってますの?」

 

(ぐっ...嫌だ言いたく無い。でも確かに漫画には書いてあった...でもなぁ...)

 

「あー...アレだ、所謂アレだよ....愛情..とか? そんなモン」

「ぷふっ...」

 

恭一の様子につい笑ってしまうセシリア

 

「ぐっ...だから言いたくなかったんだ。何なんだ今日は...厄日か?」

「ふふっ...うふふふ。確かに恭一さんの言う通りなのかもしれませんわね」

 

何だかんだ分かってくれたようで、その後はセシリアが作ったサンドイッチを2人で食べながら、会話を楽しんでいた。

 

「そういやここ1週間で何か変わった事はあったかね?」

「そうですわね...ああ、『シャルル・デュノア』さんが『シャルロット・デュノア』さんになって登校してきましたわ。何でも実は女の子だったんですって。詳しくは話されませんでしたが」

 

セシリアの言葉を聞きホッとする恭一

 

(マッシュさん達が上手くやってくれたみたいだ...これでデュノアへの落とし前は付けられたよな)

 

今回の件で恭一が新たに学んだ事

 

―――女性の胸を触ってはいけない。触ると大変な事になる。

 

「もう箒さんとは会いましたか?」

「ん? いやまだだが、何で?」

「貴方が居ない1週間大変でしたのよ? うおぉぉぉ渋川ぁぁぁって唸っている箒さんをどれだけ私や鈴さんでフォローした事か」

「えぇ...」

 

(アイツそんなに俺と鍛錬したかったのか...強さを求める姿、俺も見習わないとな)

 

「そうか、それは悪かったな。今日からはまた鍛錬が出来るんだ。アイツも活気が戻るだろうよ」

「.......そーですわねー」

 

(...鈍感な方では無いと思いますが、うむむむ)

 

「恭一さんは箒さんの事を...いえやっぱりいいですわ」

 

(私が踏み込んで良い部分では無かったですわね)

 

「篠ノ之がまだ何かあんのか?」

「いえ。それではそろそろ私も準備をしに部屋に戻らなくてはなりませんわ。それでは恭一さん、また教室で」

 

去って行くセリシアを見送ると、恭一も席から立ち食堂を後にする。

 

 

________________

 

 

 

「食後のコーヒーでも飲もうかね」

 

忌々しい自販機に再びやって来た恭一

 

「あっ...恭一」

「...デュノアか」

 

同じく自販機で飲み物を選んでいるシャルロットと遭遇する。

隣りの自販機でコーヒーを買い終わると声をかけてきた。

 

「ねっ...今、時間あるかな? 良かったら話がしたいんだ」

「...まぁいいか。ここですんのか?」

「あまり他の人には聞かれたくない話だから、屋上でもいい?」

「んじゃさっさと行きますか」

 

そう言ってシャルロットの後ろをついて行く。

 

「んで、何か用かい? オルコットから聞いたが、本当に女の格好してんだな」

「セシリアから聞いたんだ...うん。恭一が学校を休んでいる時に色々あったんだ」

「そうか、色々あったんだな。それじゃこれで」

 

そう言って出ようとする恭一

 

「ちょ、ちょっと待って! まだ何にも話してないよ!?」

「色々あって男の振りをせずに済んだんだろ? もう話は終わったろ」

「色々の部分がまだだよ!」

 

シャルロットは自分が男の振りをして転入して来た理由を知っている恭一には全てを話したいと思っているのだが、恭一は最早シャルロットに興味は持っていなかった。

 

シャルロットの事がバレたあの時、恭一は確かに尋ねた。

 

『お前の意志が知りたい』と。

 

しかし、シャルロットは応える事が出来なかった。

彼女にも複雑な葛藤があった事は容易に想像できるが、恭一は彼女の想いなど知った事では無い。

あの時点で彼女の存在は恭一の中から消え去っていた。

 

「ねっねえ! 恭一は本当に病気で休んでいたの!?」

 

このままでは、恭一は屋上から去ってしまう。

焦ったシャルロットはいきなり核心を突くしか無かった。

 

「なんだお前? 俺がズル休みしてたって言いたいのか?」

「ちっ違うよ...ただ恭一が休んだ次の日に僕は解放されたから.....」

「はっ...偶然だろ。お前アレか? 偶然を都合の良い方に解釈して夢見るシンデレラタイプか? 王子様助けてーってか? くっくっくっ....」

 

シャルロットに嘲笑を浴びせる恭一

 

「なっ...どうしてそこまで言われなくちゃならないのさ?」

「おっ図星か? 顔がヒクついてんぞ? そうだよなぁ言ってたもんなぁ『仕方ない』って」

 

そう言い終わるや我慢出来なくなったのか

 

「くくっ...もう駄目だ。アーッハッハッハッハッハッ!!!!!!!!」

 

腹を抱えて大声で笑う恭一

 

「なっ何がそんなにおかしいのさ!?」

「いやぁ...あン時のお前の卑屈な目を思い出したら...くくっ...やべぇまた笑っちまう。今もまた同じ目してんぞ? 僕ね、何にもしてないけど助かったんだ。だからこれからも流されてくよーってか? ダーッハッハッハッハッ!!!!!」

 

「......ッッ!!!!!!」

 

―――バチンッ!!!

 

「最低だよ、恭一...そんな人だとは思わなかった」

 

涙を溜めてシャルロットは恭一を睨む。

殴られた頬を気にする素振りも見せず恭一は嗤う。

 

「...痛くないなぁ....境遇を嘆くだけのクソ雑魚ナメクジじゃあこんなもんかぁ?」

「ッッ!!!!! このッッ!!!!!!!」

 

もう一度手を振りかざすが、簡単に掴まれてしまう。

 

―――グッ

 

「いたいっ....」

「華奢な腕してんなぁ...ちっと力入れりゃポキッといっちまいそうだ」

「ぐっ...は、離してよ!!!!」

「くっくっ...情けねぇ顔だ......こんな俺になーんも出来ないでいるもんなぁオイ? しっかし弱すぎて同情しちまうレベルだなぁ」

「うっ...ううっ.......」

 

とうとう堪えきれず、シャルロットは涙を流してしまう。

 

「オイオイ涙なんか流して、悔しいのかぁ? クソ貴公子様?」

「ぐうっ...悔しい.....悔しいよッッ!!!!」

「なら俺をギャフンと言わせてみろよ、今のお前じゃ弱すぎて話になんねぇわ」

 

恭一はつまらなさそうにそう言うと、掴んでいた腕を乱暴に放す。

 

そう言って扉を開ける。

その際、チラリとシャルロットに目をやり

 

「まぁそんな度胸がお前にあったらだけどな? くっくっ...ハーッハッハッハッハッ!!!!!!!!」

 

恭一の階段を下りる音が聞こえなくなってもシャルロットは1人涙を流し続けた。

 

 

(柄にも無い事しちまったか...まっ楽しい出会いもあったし追加分ってヤツだな)

 

あんだけ煽りゃ嫌でも俺を憎むだろう。

泣き寝入るか、見返そうと強くなるか。

お前はどっちを選ぶね、シャルロット・デュノア。

 

「むっ....おお! 渋川ッッ!!!!!!」

 

恭一を見つけ、手を振り笑顔でトテトテやってくる箒を待つ。

 

(おお~...何かにゃんこみたいな奴だな)

 

ここに来てようやく少し癒された恭一だった。

 

「1週間ぶりだな篠ノ之。元気してたか?」

「それはこっちのセリフだ! もう体調は良いのか?」

「ああ、この通りさ。今日からまた一緒に鍛錬するか?」

「うむッッ!! 当然であろう!」

 

(朝からテンション高いなぁ)

 

「良かったら一緒に登校するか? 俺は一旦部屋に戻らねぇとだからお前にも来てもらう事になっちまうが」

 

恭一が鍛錬以外で誘う事など滅多に無い事である。

 

「いっいいのか!? それならばお前に付いて行くぞ私は!」

「...つってもまだ全然時間あるな。俺の部屋着いたらちょいとお茶でもしてから行くか?」

 

いつにも増して積極的な恭一の提案に驚く箒

 

(どっどうしたんだ渋川...以前はこんなに積極的な奴じゃなかったと思うんだが...風邪の影響なのか? いやいやどっちにしろアリだッッ!!!!!)

 

箒的にはアリだったらしい。

 

「うむ! 渋川が言うのならそうしよう! うん!」

 

笑顔で何度も頷く箒に自然と恭一も笑顔になった。

 

ようやく一日が始まる。

 




さっさと登校しろよオラァン!!

ちなみに、しぶちー狂信者の『霜月美佳』さんは『サイコパス』な世界からこっちの世界へやってきたキャラクターです。


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