野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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普通が異常、というお話。



第2話 家族の終わり(※リメイク版)

 

 恭一にとって、それは普通の事である筈だった。本人にとっては『普通』でも、周りからすれば『普通』じゃない事とは…?

 

 ある日、幼稚園で仲の良い友達がじゃれてきた。何処にでもある微笑ましい風景の一つなのだが、その時少年の『普通』が『異常』であるのを周りが知る事になる。

 

「そんな事言う恭一はこしょばしの刑だ~」

 

「あははっ、やめてよう、あはははっ!」

 

「ふっふっふ~、やめて欲しかったらまいったって言うのだ~」

 

「あはははっ、まいった! まいったよ~!」

 

 恭一は降参だからやめてくれと、相手の腕を軽く握った。ただそれだけなのに。

 

 

" ゴキッ "

 

 

 変な音がしたな、と思った。

 その直後、彼の耳には劈く程の叫び声が。

 

「ぎゃあああああああああああッ! いたいいたいいたいいいいいいいいいいッ!」

 

 恭一は、何が何だか分からず困惑するばかり。無理もない話だ。握っただけで骨が折れるなんて、誰が思える?

 

 まして当人は幼稚園に通う幼き子。

 子供の頭で状況を瞬時に理解しろという方が酷だろう。

 

 だが周りの大人は違った。

 

 

 

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「いたいっ、やめてよ! 髪を引っぱらないで!」

 

「そんな長い髪してるお前が悪いんだろぉ」

 

 これもまたある日の事。

 今日のターゲットはアイツかと思いながら、皆は自分に飛び火しない事を祈っていた。

 

 よくある光景だ。悪ガキが先生の目を盗み、何の理由も無く同じ園児に暴力を振るうが、その子供は園児にしては他の子供たちよりも身体が大きく、報復が怖くて誰も注意どころか、先生に言いつける事など出来なかった。

 

 恭一も皆と同じく見てはいたが、やはり他の子たち同様、怖くて何も出来ないでいたのだが、少年は誰よりも勇敢で優しい心の持ち主だった。

 

 髪を引っ張られていた女の子の涙を見るや、自然と心に火が付き、身体が勝手に動き出す。

    

(た、助けなくちゃ…!)

 

「お、おいっ!」

 

「あぁ? なんだぁ、邪魔すんのかぁ?」

 

 相手は悪ガキの大将だ。

 恐怖で足が震えてしまう。

 

 それでも、ここで歩みを止めるわけにはいかない。

 

「うぅ……や、やめてあげなよ!」

  

 ありったけの勇気を振り絞ってドンッと。悪ガキの顔に向かって拳を突き出す。拳に痛みらしい痛みはなく、柔らかいな、とだけ。

 

 ただ少しばかり違和感はあった。手に何かが付いてるのだ。

 

「…………え…?」

 

 白くて小さな異物。

 それは相手の複数の歯であった。

 

「うわああああああああん!! い、いたいぃぃ、いたいよぉぉぉ…!」

 

 先程まで女の子を嬉々として虐めていた悪ガキが泣き叫ぶ。

 

「ひっ、ひいいいいいッ! せ、先生呼んできて!!」

 

「ちっ、血があぁぁぁ、あんなにぃぃぃ…!」

 

 それまで傍観者だった周りが騒ぎ出す。

 少年の『普通』に。

 少年の『異常』に。

 

「いやっ、怖い!! 近寄らないで!!」

 

 恭一の右手が悪ガキの口にめり込み、血が吹き出る瞬間を間近で見ていた者の、悲鳴に近い声が恭一の耳に届く。

 

 義憤に燃え、助けた筈の女の子の声だった。

 

……僕の身体はおかしいの…?

 

 勇気を出して悪ガキを止めようとはしたが、拳を突き出した時も腰は確かに引けていた。それなのに、相手の歯を根こそぎ折ってしまう事などありえるのか。

 

 ここにきて初めて、恭一は自身の肉体の異常性にようやく気が付けたのだが、それよりも気になる事があったのだ。

 

……どうしてみんな、悪い奴を倒したのに僕をそんな目で見るの…?

 

 家に帰って、思いの丈を母に説く。

 

「……そっか。恭一は優しいね。お母さんだけは味方だよ」

 

 母親から褒められる事を喜ばない子供はいない。誇らしい気持ちを抱いてしまうのもまた、仕方のない事だったのかもしれない。

 

 嬉しくなった恭一は、自分の身体の事、そして皆も出来て当然だと思っていた事を母に話す。

 

「僕ね、瓶のコーラの蓋を親指だけで開けられるんだよっ! あとねあとね、使わなくなったトランプの束を摘んだらちぎれちゃったんだ!」

 

「ッ……その事は誰にも言っちゃ駄目よ? それとむやみに暴力を振るってケガをさせたりしたら駄目よ」

 

 頭を撫でながら言う母の顔を、恭一は見ていなかった。この時、少しでも見上げていれば、また未来は変わっていたのかもしれない。

 

 助けた女の子と同じ表情をしていた母の顔を。

 

 

________________

 

 

 

「鬼の子がいるぞー!」

 

「やーいやーい、鬼の子やーい」

 

「何とか言えよー、つまんねぇなー」

 

「コイツ人間じゃないんだよ。だからしゃべれないんじゃね?」

 

「「「あはははは」」」

 

 社会を知らぬ子供は何処までも残酷であり、苗字に『鬼』が付いてるだけで面白がって『鬼の子』と貶し嗤う。

 

 指を差され貶される恭一は、何も言わなかった。ただただ耐えていた。何か言い返しでもすれば、殴られるかもしれない。そうなってしまえば、何かの弾みでケガを負わせてしまうかもしれない。

 

(お母さんが駄目って言ったんだ。守らないと)

 

 別の日も同じように恭一は絡まれていた。

 

「おい聞いてんのかよ、鬼の子が!」

 

「何の反応もしねぇんだもん。つっまんねーの」

 

「コイツが鬼の子なら、コイツの母ちゃんは鬼婆だな!」

 

「んじゃ、父ちゃんは?」

 

「「「 鬼爺!! 」」」

 

「「「あはははははは」」」

 

「…………………」

 

 子供達は決して侵してはならない領域に踏み込んでしまった。

 

「おい」

 

「「「 へ? 」」」

 

       

" パンッ "

 

 

 人体からは決して鳴らない音が木霊する。

 同時に、恭一の両親を貶した子供の右腕が爆ぜた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!? い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛ぃぃッ!」

 

 まるで噴水のように勢い良く溢れ出した血が、恭一の顔を強襲するかの如く浴びせられるが、その表情はまるで無であった。

 一緒になって揶揄かっていた子供達は何が起きたのか、何故あんな音がしたのか分からなかった。

 

 恭一が起こした行動は至極単純な事。

 相手の腕を強く握る。

 

 文字にすればこれだけの事だった。

 

 しかしその結果、握られた相手の腕は?

 恭一の異常すぎる超握力により、逃げ場を失った血液は圧縮され、内側からの破壊。

 

 

 文字通り" 肉が爆発した "のだ。

 

 

 少年はもう困惑する事は無かった。

 この力さえあれば、父の代わりに母を守れる。

 

 少年は誰よりも母思いであった。

 母との約束を破った事に対して罪悪感は有ったものの。

 

「この力でお母さんを守るんだ!」

 

 少年は誇らしげに力強く母に説明し、宣言した。

 

「……そっか。恭一は優しいね。お母さんだけは味方だよ」

 

 頭を撫でて欲しがっている恭一を見る眼は、息子を愛する母の眼では無く、何かおぞましいモノ……まるでバケモノを見るような眼であった。

 

 

________________

 

 

 

「もう一度言うわよぉ…ねぇ、きょういちぃぃぃ……目を閉じたまま動いちゃ駄目よぉ……」

 

「何回も言わなくても大丈夫だよ、おかあさ…かっ…? かはっ……!」

 

「ウフフ! ウフフフフフフッ、ウフフウフフフフフフフ…!」

 

 僕は今、何をされている?

 苦しい。

 首を絞められてる?

 

 誰に?

 苦しい。

 お母さんに?

 苦しい。

 どうして?

 苦しい。

 どうして?

 苦しい。

 どうして?

 

「良い子ねぇ恭一、お母さんとの約束をしっかり守ってるじゃない。本当に自慢の息子だわぁ……」

 

「あがっ……くっ……はっ……」

 

「自慢の息子……ジマンノムスコ…? ムスコジャナイ……ムスコジャナイムスコジャナイムスコジャナイッ!!」

  

 絞められている腕にさらに力がこもる。

 

「どうしてアンタは私に迷惑をかけるの!? 私が何をしたって言うのよ! どうしてあの人は私を置いて逝ってしまったのよ! アンタのせいよ、バケモノが! 返せッ!! カエセカエセカエセカエセカ゛エ゛セ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ッ!!」

 

 

" どうしてアンタなんか生まれてきたのよ……。"

 

 

 その言葉を最後に、恭一の意識は闇に沈んだ。

 

「ウフフフフフ、殺ったわよアナタぁ……見てるんでしょ? ねぇ、見てるんでしょ? ねぇ!? あ、そっか……会いに逝かなきゃ……私から逝かないと出て来てくれないなんて、ほんとに照れ屋な旦那さんだわ……あは…」

 

 自壊した笑顔を貼り付けながら、母親はポケットから取り出したナイフで心臓を突き刺した。

 

 

________________

 

 

 

「もう~っ! お父さん、それ僕のからあげだよぉ!」

 

「良いじゃないか、母さんの唐揚げはお父さんの大好物なんだ」

 

「僕もだよっ!」

 

「こらこら二人共、仲良く食べないと没収しちゃうわよー?」

 

「「ごめんなさい」」

 

「分かればよろしい♪ ほら恭一、野菜も食べなきゃ駄目よ」

 

「はーい」

 

「ふふふ。何でもしっかり食べる恭一は偉いわ。お父さんと違って」

 

「えー? お父さん、好き嫌いしたら駄目なんだよっ……あ…れ…? お父…さん? あれ? お父さんドコ?」

 

「ウフフフフフフフフフフフ」

 

「……お母さん? ひっ…!? な、何で…?」

 

  

 何でお母さんにナイフが刺さってるの? 

 

 

「ああああああああああああああッ!? はっ……はっ…はっ……ここは……森…? そ、そうだ、お母さんは? お母さーん!!」

 

 辺りは既に暗くなっており、視界もままならない状況だったが、むせ返る様な血の匂いで探し人はすぐに見つかった。

 

「お…かあ……さん……?」

 

 血溜りの上で服を真っ赤に染めた母に近づく。

 

「や、やだなぁお母さん。こんな所で寝そべってたら汚れちゃうよ?」

 

 手で寝ている母を起こそうと

 

 

" どうしてアンタなんか生まれてきたのよ "

 

 

「うっ……あ…うげえええええええええええッ…!」

 

 意識を失う前に何があったのか、何を言われたのか。

 全てを思い出した恭一は吐瀉物を撒き散らした。

 

「ぼ、僕は……何で、お母さん、僕は、何をした? 僕は、僕はなんなんだ? 僕は……」

 

 やーい鬼の子やーい!

 息子にニ度と近づくんじゃないよ、この糞餓鬼!

 近寄らないで!

 

 

 ムスコジャナイ……。

 

 

「うっ……うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

 

.

...

.....

 

 

「バケモノ……鬼の子……鬼…僕は……」

 

 ふと目に付く物がシートの上に置かれていた。

 

「これは…お弁当…? お母さんの……」

 

 それは唯の気まぐれか、それとも息子を殺める罪悪感か。恭一の好物ばかりがぎっしりと詰まっていた。

 

「うっ……うぁ……あぁぁ……」

 

 母の用意してくれた最後の手料理。

 丁寧に、丁寧に、大粒の涙と共に口に運んでいく。

 

 この時、恭一が流した涙にはどんな感情が込められていたのだろう。

 

 人間をやめるため?

 人間で在り続けるため?

 

 それは恭一自身も分からなかった。

 だが、いつまでも涙が止んでくれる事は無かった。

 

 





ちなみにトランプの束をちぎる握力数を調べたところ560kgでした。
とても凄い数字だと思いました(小並感)

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