野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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世界が違えば展開も違う
というお話



第参拾壱話 私の単なる我儘

(……随分と歩くわねぇ)

 

箒に連れられる形で学園を出たスコールは、黙々と前を歩く箒を視界に収めつつ、辺鄙な景色に変わっていく道中を楽しんでいた。

 

林の中を歩いた先、ようやく広い場所に出る。

箒の足が止まった事で、此処が最終地点である事が分かった。

 

「此処は?」

 

随分と広い空き地…?

それに篠ノ之さんよりも向こう側にある小屋は……家?

 

「渋川道場、と私達は呼んでいる」

 

「渋川道場…? という事はあの小汚い木造建築って」

 

恭一君が寮に住んでいない事は知っている。

けれど、流石にあんなモノに住まわされるとは思ってなかったわ。

 

(まぁそれはいいわ。私にアレを見せる為に、わざわざ連れて来た訳じゃないのでしょう?)

 

「それで…? 私に話があるのでしょう?」

 

「初めはちょっとした違和感だった―――」

 

箒はスコールに背中を向けたまま、恭一の部屋を見つめながら、重たい口を開いた。

 

 

 

そう。

初めはほんの違和感だったんだ。

この女がIS学園に赴任してきた時、他の皆は「優しそうな先生」だとか「綺麗な人だ」などと盛り上がっていたが、私はどうにも腑に落ちない部分があった。

 

スコール・ミューゼル―――。

全校集会の挨拶で、奴はそう名乗った。

 

(スコール・ミューゼル……何処かで聞いた事がある様な…)

 

だが、それだけだった。

思い出せないのなら、きっと大した事じゃないんだろう。そう自分を納得させようとしたが、私が気付かないだけで、心の奥底でもう一人の自分が警鐘を鳴らし続けていたんだ。

 

スコールがこの学園にやって来て、数日が経った。

その頃になると、私も彼女へ感じた違和感の事などすっかり忘れて、恭一との学園生活を楽しんでいた。

 

ふと、そんなある日。

学園の廊下を歩いていると、スコールが前方から此方へ歩いて来る姿が見えた。すれ違い様に、私は軽く会釈をして―――。

 

「―――ッ!?」

 

(な、何だ今のッ……言い様の無い気配は…!?)

 

奴とすれ違った瞬間、まるで全身を大蛇にでも覆われた様な気味の悪い不快感に襲われ、私は咄嗟に過ぎ去って行く奴の背後へと振り返った。

ほんの刹那だというのに、全身からどっと嫌な汗が流れるのを感じる私が奴の背中―――明確には足元を視界に捉えた時、違和感の招待に気付き……記憶が蘇った。

 

スコール・ミューゼル。

私は一度その名を聞いている。

 

それは何処で―――?

 

そうだ。夏の暮れ時、私と恭一はホテル『テレシア』でディナーをご馳走になった事がる……そのホテルの支配人の名前がそうだと聞いたんだ。

 

誰から聞いた―――?

 

そこの従業員に扮していたクロエに。

クロエは言っていた。

ホテル『テレシア』の支配人の名は「スコール・ミューゼル」。彼女は『亡国機業』の幹部であり……恭一に大層ご執心である、と。

 

 

「それが貴様の正体だ、スコール・ミューゼル…!」

 

「……うふふ、よく思い出せました。そう褒めて良いのかしら?」

 

自身の正体を暴かれたというのに、まるで動揺する気配は無い。

むしろ、この状況を大いに歓迎しているかの様な……私の良く知る強者の振る舞いと似ている…。

 

「それでも一つ疑問に残るわねぇ。私の背中を見て、何を感じたの? 白衣の下にある蛇の入れ墨でも見られちゃったかしらね…クスクス」

 

「……浮いた踵だ」

 

スコールの饒舌に付き合うつもりは無い箒は、端的に告げる。

 

「カカト?」

 

「貴様は僅かに踵を浮かせたまま歩いていた。パッと見で気付く奴はそういまい。だが、私は同じ事をしている者を知っている」

 

千冬さん、楯無先輩…そして恭一。

武が身体に染み付いている者と同じ歩法をする保険医、だと……? 

 

「それを見てスルーする程、私は日常に浮かれきっていないのでな…!」

 

(……大した慧眼だわ。流石は篠ノ之束の妹ね)

 

「成程ねぇ。それで…? 亡国機業の人間が学園を闊歩するなど許さないって処かしら。大した正義感の持ち主だこと…♠」

 

人を喰った様に笑ってみせるスコール。

その笑みは明らかに挑発的だった。

 

「……そんな事はどうだって良い」

 

「は?」

 

予想とは違った箒の反応に、軽く眉を顰める。

 

「修学旅行の直前……恭一が京都にある亡国機業のアジトへ乗り込んだ」

 

絞るように紡ぐ言葉には、僅かな悲哀と悲憤が含まれていた。

 

「帰ってきた奴は全身に大火傷を負って……左眼を失っていた。火傷は治っても眼はもう治らない」

 

「……っ」

 

(そうか…そうだったわ…! 私は何を勘違いしてるのよ。篠ノ之箒は恭一君の恋人だった筈。となれば―――)

 

「貴様の元でそうなったんだッ!!」

 

箒はこれまで何とか己の中に押し止めていた怒気を、我慢しきれず解放させた。

 

恋人を傷付けられて、怒らない者など居ない。

ましてや、笑って済ませるなど、どうして箒に出来ようか。

 

(当然、そうなるわよねぇ……私を此処へ連れて来た理由は恭一君の仇討ちの為、か)

 

恭一君に負けた私が今……仇討ちの標的になっている。

 

「うふっ、うふふ……うふふふ…!」

 

堪らないわね、この矛盾…!

狂おしい程好きよ、こういう展開…!

 

「でも、良いかしら? あの子は仇討ちなんてされて、喜ぶ性格では無いと思うけれど…?」

 

「…………………」

 

いつか同じ事を私も恭一に言ったな。

あれは……そうだ。まだ転校してきて間もないラウラが、セシリアと鈴を模擬戦で必要以上に痛めつけた後の事だったか。

 

『本当に良いのか渋川? こんな事をしてもセシリア達は喜ばんと思うぞ?』

 

ラウラに突っかかる恭一に、私もやはり似た様な事を言ったんだ。

あの時、アイツは何て言ってたっけ…?

 

 

箒は閉じていた瞳を静かに開き、淡々と告げる。

 

「私は…恭一を傷付けた貴様を許す事が出来ん」

 

アイツは決して目の前の女と試合う為に乗り込んだのでは無い。死合う為に行った。そんな事は分かっている。

 

試合ではなく死合い。

其処でどんな酷い怪我を負おうが、他者に口出す権利など存在しない。それがアイツの言う武道家同士の不文律。それを同じ武を志す私が冒すなど、言語道断だ。

 

きっと……あってはならん事なのだろう。

そんな事はよく分かっている…!

 

それに、恭一と敵対していた筈の女が学園に赴任してきたという事は、一つの結果を物語っている。おそらく二人の間では、もう終わった事なのだろう。

 

きっと私がしようとしているのは、決着したモノをわざわざ掘り返す、まさに愚の骨頂と言うべき行いなのだろう。

 

分かっている。分かってはいるんだ……が、素直に割り切れる程…私は達観していない…!

 

(……恭一が知ったら、私の事を軽蔑するかな…? それでも―――)

 

「恭一にどう思われようが関係無い。これは私の勝手な自己満足だッ!!」

 

猛る箒とは裏腹にスコールは静かなままだ。

だがその表情に、少しずつ変化が訪れる。

 

(伝わってくるわ…貴女の本気が。小娘とは思えない程の威圧感が……ッ!)

 

流石は篠ノ之束の妹……いえ、違うわね。

流石は恭一君が惚れた女…!

 

全てを理解し葛藤した上で、武道家としての『道理』よりも、女としての『感情』を選びきってみせたその気概。愚かしいまでに素晴らしい…!

 

IS学園は光に照らされた場所。その想いは今でもなお変わらない。此処に通う生徒は白の世界に塗れた者ばかり。私と同じ、黒に塗れた存在は渋川恭一唯一人。そう思っていたのだけれど―――。

 

(もし私がまだ亡国機業の人間だったら、間違いなく欲っしたでしょうね)

 

今の彼女にはそれだけの魅力がある。

私を唆らせるだけの魅力が。

 

(……でも、この疼きはどうしてくれようかしら? そんな真っ直ぐに闘気をぶつけられちゃうと、滾って仕方無いわ)

 

さて、此処で私が取るべき行動はどれが正しい?

 

迷える生徒を正論で諭すか?

そもそも恭一君が左眼を失った経緯を、きっちり説明したら万事解決なのでは?

直接的な原因が私では無いと知ったら、この子の怒りも収まるでしょうし。私も今じゃ立派な教師ですもの、それがきっと一番賢い選択に違いないわ。

 

「あのね、篠ノ之さん―――」

 

(違うでしょ。そうじゃないでしょう、スコール・ミューゼル)

 

「……貴女にも見せたかったわ」

 

スコールは嫋かに微笑む。

 

「私が左眼を抉ってやった時の彼の苦しみ悶えた顔を、ねぇ…?」

 

(こんな美味しい火種、逃すなんて真似したら天罰が下るわ)

 

そこに保険医としての穏やかな顔は無く、唯々闘争に愉悦を求める貌だけが残っていた。

 

「……殺してやる」

 

目の前で歪み嗤うスコールに対し、理性の臨界点を超えた箒は、無手のまま砂埃を撒き散らして襲い掛かる。

 

「うふふ、青いわねぇ」

 

箒が間合いに入るよりも先に、スコールの手が光に包まれた。

 

「ッ……ぐっ!」

 

疾ける箒は、その異変に急停止せざるを得ない。

嗤うスコールの手には、彼女のIS『ゴールデン・ドーン』の武器の一つ。炎剣『プロミネンス』がしっかりと握られていたのだった。

 

「クスッ……卑怯とは言うまいね?」

 

勢い付いた箒の先手を、簡単に押し留める事に成功したスコールは大いに謳う。

 

「貴女は私に喧嘩を売った。ええ、存分に買ってあげる……だけどねぇ―――」

 

 

" 小娘の信条にいちいち付き合ってあげる程、私が優しいとは思わない事ね "

 

 

これ見よがしにプロミネンスを真っ直ぐ、睨む箒へと突き出しては言い放った。

 

「………………」

 

ユラユラ牽制するかの様に漂い続ける剣先を前に、箒は一度深い呼吸を丹田の辺りに溜めてから

 

「……上等ッ!」

 

勢い良く地面を蹴った。

 

向かう先は当然…剣先を遊ばせている奴の元―――ッ!!

 

 





並行世界で箒に詰め寄られて歯ブラシを取り出したスコールおばさんと、本編のスコール姉貴は別人、はっきり分かんだね。

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