攻めは任せろー、というお話
第弐拾玖話 覇王なる生徒会長
冬の乏しい日光が中庭の植え込みの上に落ちる。月日も変わり、季節は本格的に肌寒い冬の到来を示す12月の幕開けから、数日が経った今朝の事。
場所はIS学園の体育館。毎月恒例の全校集会で楯無が壇上に立ち、生徒達に向けて軽く挨拶をしていた。
「それでは、このIS学園に本日赴任してきた新しい先生方を紹介します」
千冬や真耶といった教師達が並び立つ方へ、視線を投げかける楯無。それに倣って生徒達も顔を其方に向ける。
「IS学園の専属医師を担当して頂くスコール・ミューゼル先生と、国語の科目を担当して頂く巻紙礼子先生です」
楯無の紹介を受けた二人は、生徒達に軽く頭を下げる。
(ぬぁぁぁんで、アタシの名前が巻紙なんだよ!?)
(あら、いいじゃないオータム。この娘達からの愛称はきっとマキマキよ?)
(嬉しくねぇよ! 良かったわね、みたいな感じで言うなよぉ!)
恭一からのお誘いに、もったいぶるつもりなど無いスコールは、彼らが京都から帰った次の日に連絡を入れ、そこからトントン拍子にあっさりと赴任が決まった。
(へっ……マジで来たのかよ、スコール叔母さん)
前もって、スコール本人から連絡を受けていた元レイン・ミューゼルことダリル・ケイシーは、僅かに顔を綻ばせる。
『私もIS学園でお世話になる事になったから、よろしくね』
「はぁ? 何企んでンだよ?」
これはダリルがスコールから通信が来た時の会話である。元々スパイとしてこの学園に通っていたダリルからすれば、スコールの言動に疑問を抱くのも当然だ。
「言っとくけどよぉ、スコール叔母さん。今のオレはもうレイン・ミューゼルじゃねぇ……ダリル・ケイシーとして、フォルテと一緒に色んな景色を見る事にしたんだ」
アンタがIS学園で災いを起こすってンなら、悪ィがオレは敵対させて貰う。
自分はこれからどう生きていくのか。
スコールに放った言葉こそが、以前恭一と闘い、本音で語り合ったダリルの出した答えだった。
そして、恭一と闘い語り合ったのはダリルだけでは無い。彼女と話しているスコールもその一人である。
『何も企んでなんかいないわ……そうねぇ、敢えて言うなら』
「言うなら?」
『恭一君からのお誘いよ。無下には出来ないわ』
「はぁ? 何だよ、若いツバメに夢中ってヤツかい?」
そう言って、笑ってみせるダリルだったが
『ええ、そうね』
「……………………」
(何で真顔で頷くんだよ、突っ込みずれぇじゃねぇか)
そんな会話があったとさ。
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「さて、ここで皆さんに大事なお知らせをする前に、もう一度IS学園における生徒会長の肩書きの意味を話すわね」
スコール達の挨拶が終わり、楯無は生徒会長としての最後の仕事に取り掛かる。
「生徒会長、即ち全ての生徒の長たる存在は『最強』であれ―――」
IS学園には幾つか、他校には無い特別かつ暗黙のルールが存在する。その一つが『最強である生徒会長はいつでも襲って良い。そして勝ったなら、その者が生徒会長になる』というモノだ。
一年生だった楯無も、その時の生徒会長を倒して会長の座を奪っている。
「引継ぎはもう終えているし、私の最後の役目は私を倒した人にバトンタッチする事よ」
その言葉で体育館が、俄かに葦の葉の様にざわめく。その中に、恭一の姿は見当たらない。彼は楯無が立つ壇上袖裏にて、無理矢理待機させられていた。スパルタな姉御(恭一の中で)布仏虚によって。
「本当にやらねぇとダメなんですか? 普通にめんどくせぇんですけど」
「ダメです」
「う~むむむ……」
断る事は許さない。物理的な力は無くとも、何故か抗えない。そんな瞳を虚から向けられた恭一は、頭を垂れるしか無かった。
(のほほんさんの姉ちゃんなのに、眼力がダンチすぎんよ)
修学旅行から帰ってきた恭一を待っていたのは、指し棒片手にメガネをクイッている、スパルタ先生と化した布仏虚の姿だった。
「生徒会長の心得100。本日から本格的に覚えて頂きます故」
「アッハイ」
逃げる事は許さない。そんな凄みを感じさせるナニかがあったとか。
「それでは、新生徒会長渋川恭一君から挨拶してもらうわね」
恭一の名前が出た途端、体育館一面がより一層騒がしくなる。その騒ぎに対して、楯無は特に鎮める事もせずに、壇上から一礼して袖裏に戻って来た。
「立つ鳥跡を濁さずって言葉、知ってんだろ?」
喧騒を放置してやって来た楯無に、ジト目で迎える恭一だが
「うふふっ、面白そうだから濁して来ちゃった♪」
どうやら確信犯だった様だ。しかしこれ以上、彼女に文句を言っても騒ぎが収まる訳では無い。
「まぁいいや……行ってくる」
「いってらっしゃい、お兄ちゃん!」
「いってらっしゃいませ、若」
(若旦那から若へグレードアップ……ん? アップしてんのか?)
心の中で突っ込む恭一、いざ壇上へ。
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恭一が生徒達の前に姿を見せてから、ますます騒がしくなった。信じられないという声、本当に大丈夫なのかと不安がる声、不平不満を垂らす声、楯無よりも狙いやすいと笑う声。
聞こえてくる声には、それぞれが違った意味合いを含んでいるのだが、少年にとってはどれもが唯々五月蝿いだけで、意味なぞ心底どうでも良い。故に―――。
" 黙れ "
恭一が口にしたのは、たった一言。それだけで体育館内に巻き起こっていた音の存在が茫失してしまう。それだけでは無い。其処に居る全ての者の身体を硬直させてしまった。
(馬鹿モンが……いきなり殺気を叩き込む生徒会長が何処に居る)
(クハハッ…! こりゃまた見事なご挨拶じゃねぇか)
(あらあら、まるで蛇に睨まれた蛙……いえ、大鷹の前の雀達って処かしらね。うふふふ…)
涼しげにしているのは、千冬と赴任してきた二人位か。ともあれ、あれだけの雑音が静まり返ったのは確か。話しやすい環境かどうかはアレだが、恭一は特に気にする事なく話始める。
「御為倒しする趣味は無ェからよ、言いてぇ事だけ言ってさっさと終わりにすんぞ」
恭一風の前置きである。
「更識先輩から聞いたが、生徒会長ってのは学園の生徒達を守る存在らしい」
(守る処か、思いきり怯えさせちゃってるわよ、お兄ちゃん)
「俺には守るってのがよく分かんねぇからよ、取り敢えずアレだ。気に入らねぇ奴が居たら言いに来い。誰かに傷付けられてる奴も言いに来い。俺がソイツを潰してやる」
(((( えぇぇぇえ~~~~っ!? ))))
(あの超絶バカ……何処の怨み屋本舗だ)
(恭一さんが覇王に見えますわ)
生徒達が唖然とする中、箒が頭を抱える。セシリアはその後ろで苦笑いである。
「俺が気に入らねぇなら、いつでも襲いに来い。俺は優しいからな、時間も場所も何でもござれってヤツだ」
恭一に不満を持つ生徒は、やはりまだまだ居たりする。そんな彼女達はほくそ笑んだ。言質は取れた、と。
「俺ァあんま顔覚えんの得意じゃねぇんだ。襲ってきた気骨ある奴位は覚えておきてぇからよ……そうだな、俺と同じ隻眼にしてやるよ」
(((( えぇぇぇえ~~~~っ!? ))))
「そんな顔すんなって。右と左のどっちが良いか、事前にプリント配布させるからよ。お前達の希望した眼以外は抉らねぇから大丈夫だって!」
大丈夫の意味がまるで分からない、全生徒達。
「虚ちゃんってば、すんごいスピーチ台本用意したわねぇ」
「そんな訳無いでしょう……若は後でお仕置きです」
袖裏から見守っている楯無はクスクス笑い、隣りの虚は果てしなく真顔だった。
「取り敢えずはこんな処か。んじゃ、これからよろしく頼むわ」
何とも言えない空気感の中、恭一は満足気に締めの言葉とし、全校集会の終わりを告げた訳だが、やはりと言うか何と言うか。後で千冬から拳骨を喰らう恭一だった。
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放課後になり、改めて正式に生徒会長となった恭一を中心として、新たな顔ぶれも生徒会室に集まっている。
前々から生徒会に所属していた簪と本音。生徒会長の座は降りても、恭一のサポート役として残っている楯無、同じく他の役員に生徒会の引き継ぎを任された虚。
そこへ新たに加わったのが、修学旅行の時に恭一の話に乗った箒とラウラの二人である。
これからは、3年生の虚と2年生の楯無を除いた1年生組が中心となって、このIS学園を担っていく事になる。箒とラウラも簡単に挨拶を終え、椅子に着席。
「12月の主な行事をまずは把握したいですね」
「そうねぇ……虚ちゃん説明おねがぁ~い」
箒の言葉に反応した楯無だが、相変わらず生徒会長の肩書きが取れた彼女は、ソファーの上でゴロゴロ寝っ転がっていた。それでも誰も何も言わないのは、彼女が虚と同じくウルトラハイパー有能だからである。
「やはり生徒が楽しみにしているのは、24、25日のクリスマスでしょう。生徒会の仕事としては、寮の飾り付けをしなくてはなりません。冬休み前には学園と寮内の大掃除もありますね」
年末年始の準備に忙しくなるのは、何処でも同じらしい。
「ふむ……飾り付けか。ちなみにその道具は?」
「ショッピングモールで調達だよ~ぅ。皆で楽しくお出掛けなのさぁ~」
ラウラの質問に、のほほんと嬉しそうに答える本音。それなりの量を買わなくてはいけないので、本音の言う様に生徒会から複数人で行かなくてはならないだろう。その日程と人選は後で話し合うとして―――。
「浮かれるのも良いですが、冬休み前には期末テストが控えていますので」
学生の本分は遊びもそこそこ、やはりメインは勉学である。此処に居る者は、基本的に真面目な生徒ばかり。今更、虚の言葉に狼狽えるなど―――。
「………………てすと?」
唯一人、基本枠に収まらない男が居た。
師走編開始です。