また来るよってに、というお話
「うへへぇ……きょうかぁ…ん」
「……だらしない顔しおって」
幸せに夢見るラウラを背負って、千冬は一足先に旅館に戻ってきていた。
「真耶、居るか?」
傷の手当をしたい千冬は、そのまま自分が泊まっている部屋より、一つ隣りの部屋の扉をノックする。
「千冬先輩…? もう、心配してたっ……ひゃぁ!? な、何でそんな怪我してるんですか~~~ッ!?」
「フッ……二代目ブリュンヒルデに、初代の強さを見せつけてやったのさ」
IS試合では完敗だった事は言わない千冬。何を言っても許されるのが勝者の特権である。
「え、えぇ~……どういう展開でそうなったんですかぁ……」
真耶にとって今年に入ってからのIS学園での日々は、それはもうひたすらに目を丸くする出来事の連続だったりする。
千冬先輩の弟さんである、織斑君のIS起動。その後の調査で見つかった、もう1人の起動者渋川君。千冬先輩と彼の入学手続きの挨拶に行った時、いきなり先輩が渋川君に襲い掛かって……それから謎のハイパーバトルに発展しちゃいましたしぃ~……。
それからというものの真耶は度々、文字通り吃驚仰天させられている。驚き仕掛け人(真耶の中で)千冬によって。
『恭一がフランスのデュノア社にカチコミに行った』
『えぇぇぇッ!?』
『恭一と恋人になった』
『えぇぇぇぇッ!?』
『恭一がアメリカ大統領の元へカチコミに行った』
『えぇぇぇぇッ!?』
『ナターシャとイーリスが来春から此処で教鞭を振るう事になった。どうやら恭一が目的らしい』
『えぇぇぇぇッ!?』
『恭一が亡国機業のアジトへカチコミに行った』
『えぇぇぇぇッ!?』
って、全部渋川君関連じゃないですか! アグレッシブにも程がありますよ~~~! 最近では私の事も「やーまだ先生」って呼びますし……確かに「やまぴー」や「まーやん」よりはマシですけど……一応先生って呼んでくれますし、他の皆さんと違って私にも敬語でお話してくれますし。
てっきり今回も、渋川君関連だと思ってたけど……千冬先輩でしたか、はぁ……。
どっちにしろ、驚かされた真耶は軽く溜息。そのままベッドにラウラを寝かせた千冬の元へ、救急箱を持って行く。
「すまんな、真耶」
「いえいえ、大きな怪我が無くて何よりですよ~」
ニコニコ顔で千冬を労わる彼女だが、それでも不満は少しあったりする。
(私っていっつも後になって聞かされるんですよね……はぁぁ…)
私だって副担任なのになぁ…。そ、そりゃぁ…頼れる千冬先輩が担任ですから、私なんかが出しゃばってもアレかもしれないですけど…私だって生徒達を守る教師ですもん……!
「……当事者の輪に入れなくて、不満か?」
「えっ……」
「顔に出ているぞ」
私は慌てて自分の顔をゴシゴシする。あ、呆れた目で見ないで下さい~~~っ!
「教師なのに、自分の知らない処で生徒が危険な目に遭っている……まぁ主に恭一なんだろうがな。そしてそれを知らされるのは、いつも何もかもが終わった後。自分がその時、呼ばれないのは自分が頼りないからだ。そう思っているんじゃないか?」
私は千冬先輩の言葉に、何も言えなかった。だって、全て先輩の言った通りだから。
「安心しろ。私も恭一か束から後から聞かされてばかりだ」
「………え?」
千冬先輩は何とも言えない感じに、寂しそうな笑みを浮かべていた。
「ふん……こんなもの、フォローにもならんな。アイツが危険な場所へ飛び込む時、私が知るのはアイツがもう出発してからがほとんどさ。お前と変わらんのだよ、私もな……左眼を失った時ですらな…!」
「千冬先輩…」
私達が今、来ている京都の亡国機業のアジト殲滅作戦。この作戦には私も、そして当然千冬先輩も名を連ねていました。でも、その直前になって渋川君が独断で……そして、大怪我を負って帰ってきました……これもつい先日なんですよね。
千冬先輩も思い出しているのか、下唇を噛み締めています。でも、その悔しそうな表情が消えたかと思うと、優しく微笑みました。
「なぁ、真耶……覚えているか? アイツの誕生日を祝ってやった夜の事を」
「ええ、覚えてますよ。皆さん渋川君の為に色々な催し物を用意して、司会を務めさせていただいた私も、すっごく楽しかったですもん。千冬先輩は……ぷぷっ」
恭一もドン引く程のメイドっぷりを晒した、千冬の姿を思い出して、つい吹いてしまう真耶。
「誰がダメイドだってェ……いらんモノを覚えている様だな、貴様の頭は…!」
「いたいっ、いたいですせんぱぁぁいっ」
アイアンクローをカマされつつも、涙目で治療を続ける真耶。千冬は一つ咳払いをして、再び語りだす。
「お前も見ただろう? アイツが……恭一が涙を流したんだぞ、誕生日を私達から祝われただけでな」
「ええ、覚えてます。あの時は私も渋川君の涙に少しもらい泣きしちゃいましたぁ」
「アイツは普段、唯我独尊やら勝手気ままな奴などと言われているが、不器用なだけなんだよ。アイツ程人間臭い奴を私は知らん、恋人贔屓を無しにしてもな」
「千冬先輩……そうですね…そうですよね! 渋川君って悪い子ぶってるけど、実は良い子ですもんね!」
情けないですね、私……。何も知ろうとしないで、勝手に落ち込んでるなんて……こんなんじゃ駄目です! ダメダメですっ!! 私も千冬先輩に倣って、これからはもっと生徒達の事を理解しないと…! 私は教師なんですから!
明日から…いや、今日からはもっと頑張りますよ~!
真耶は熱く、自らの心を焚き付けた。
「良い子な訳無いだろ。他人をいじる為だけに、あえて小物を演じる様なアホだぞ?」
「何で最後で台無しにしちゃうんですかぁ!」
この後に、傷の手当を終えた千冬からスコールとオータムの事を、そしてラウラの事まで聞かされた真耶は、案の定吃驚仰天したらしい。
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「あら、恭一じゃない。1人で何やってんのよ?」
「おう、鈴か。おめぇも1人で何やってんだよ?」
千冬と別れた後、恭一はカメラを持ってブラブラと散策を楽しんでいた。道中、学園の生徒達を見かけては、きっちり自分の仕事を果たしながら。
「つー訳で、おめぇも撮ってやっから何かポージングしろ」
「ハァ? 別に撮るのは良いけどさ、あたし1人で写れっての?」
ISの専用機を持つ者、もしくは各国代表者は知名度も然ることながら、大衆への貢献度も非常に重要に考えられている。簡単なモデル業がその一つであり、鈴もその経験から撮られる事に対して、特に不慣れな訳では無いのだが。
(修学旅行の写真でソロで写ってもねぇ……)
という理由らしく、微妙に渋い顔だった。そんな彼女の表情から察した恭一は、あたりをキョロキョロしだす。
(……アホな顔してる。絶対コイツ、アホな事考えてるわ)
「ねぇ、あんた何探してんのよ?」
「いや、適当に人をな」
「探してどうすんの?」
「写真いいですかーっツってよ」
アホとアホじゃない分岐点はここね…!
「撮ってもらうの?」
「いや、撮らせてもらう」
「………誰と一緒によ?」
「お前しかいねぇだろ」
はいアホー! やっぱりアホー! 何で赤の他人とのツーショットを、わざわざ撮るのよ! 写る時どんな空気感よっ、気まずさMAXに決まってるじゃない!
「はぁ……そういや、あんた撮ってばっかだけどさ……あんたの分もちゃんと撮ってもらってるんでしょうね?」
「………俺?」
そういや俺が写ったのって……んん…?
確か天城屋旅館に着いてから、たんれんぶの皆で撮って……おろろ?
それ以外は写っていないのか、覚えていないのか。固まってしまう恭一に
「流石にそれじゃ寂しすぎンでしょ……っとぉ!」
鈴は恭一からカメラをぶんどると、そのまま自分も写れる様に、恭一に肩を寄せてカメラのシャッターを自分達に向ける。
(まっ、アンタには何だかんだで世話になってるからね。1人じゃアレだし、あたしも一緒に写ってあげるわ。しゃーなしよ? 感謝しなさいよね!)
「なんだお前? 写りたがりなんだな」
「ブッ殺すわよあんたァ!! あっ……」
パシャッと撮れた、ボケとツッコミな二人の間柄を表わす、良い写真の出来上がりだった。
.
.
.
「よし、全員揃っているな」
「「「「 はいっ! 」」」」
集合時間となり、京都での時間も遂に終わりを迎えていた。IS学園生の面々は、天城屋旅館に背を向けて、確認を取る千冬の前に整列していた。
これから新幹線の駅に向かう訳だが、最後にしておかねばならない事がある。千冬は向き直し、旅館の女将さん達に改めて頭を下げた。
「三日間、お世話になりました」
「「「「 お世話になりました! 」」」」
千冬の後に倣って、他の生徒達も一礼を。女将さん達の中には、恭一と麻雀を楽しんだ若女将の天城雪子、そして旅館の手伝いに来ていた松美玄の姿もあった。
挨拶も終えて、皆が出発する中で恭一に声を掛けて来る二人。
「良かったらまた泊まりに来てね、渋川君」
「ええ。京都に遊びに来た時は、是非に」
恭一の学園外メル友覧に、新たなる仲間が追加された瞬間だった。
「その時は私も来るよ~! 今度はお姉ちゃんも誘って、四人でもう一回勝負ですのだ!」
「まぁた玄先輩がフルボッコにされんのか……」
恭一の呟きに、不屈の闘志を見せる玄。
「むぅぅぅ! 今度は負けないからねっ、帰ったら私も特訓するもん! 私だって伊達にドラゴンロードって呼ばれてないもんっ!」
「なにそれカッコいい」
少なくとも、自分に付けられた『最低の野蛮人』とかいう失礼極まりない二つ名よりはイカしている。
ともあれ、次の麻雀でのフラグをきっちり玄が立てた処で、満足した恭一は二人に頭を下げてから、駅へ向かって歩き出した。
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京都駅に着いたIS学園御一向は、新幹線が到着するまで、広々とした駅構内でそれぞれ好きに時間を潰している。そんな中、恭一は―――。
「ど・こ・に・い・ん・の・か・なっと……! おっ、いたいた」
結構な人ごみで溢れる中、探し人を見つけた恭一は背後から歩み寄っていく。彼の探し人はというと、人ごみは苦手なのか、眉間に皺が寄っていた。
「おーい、箒さんやーい」
「むっ……おおっ、恭一ではないか!」
背後から声を掛けられ、声主が恭一であると分かった瞬間、振り向く彼女の表情には、笑顔の花が咲いている。恭一が近くに来るのを待たず、彼の元までトテトテ走っていく姿に、周りの女子達も癒されたとか。
「どうしたのだ?」
「あー、そうだな。此処じゃアレだし……ちっとこっちに来てくんねぇか?」
「ふ、二人っきりになりたいのか……!? 積極的な恭一は私も望むとこあうっ…!」
今日も箒は絶好調だった。
「大きな声でアホ言ってんじゃねぇよ! つべこべ言わずに来いホイッ!」
取り敢えず、彼女を連れて適当に、静かな場所まで移動する。
(あれ……恭一と箒…?)
二人は気付いていないが、その近くには自販機でジュースを選んでいるシャルロットの姿もあった。
「それで、どうしたんだ? 何か皆の前では言えぬ事か?」
「あー……別に言えねぇって程じゃねぇんだがよ………これやるわ」
ぶっきらぼうに言い放ち、押し付ける様に箒に手渡す。それは恭一が昨日の陶芸体験で作ったモノ。彼女の手には『箒』と達筆に描かれた湯呑が。
「これっ……恭一が…?」
「おう、まぁ何だ、アレだ。おめぇも昨日コレくれただろ? アレだよ、物物交換ってなっ、うわはははは!」
そう言って、恭一は首に掛けてあるモノを箒に見せる。それは彼女が昨日プレゼントしたお守りだった。アレやコレやと言葉が多いのも、大きな声で笑ってみせたのも、彼の照れ隠しである。そんな事は箒にも分かっているし、それよりも―――。
(私の為に作ってくれたのか……それに、お守りもちゃんと身に付けてくれてる……)
それが何より箒には嬉しかった。
「ありがとう……大切にする」
「お、おうよ! ほれ、みんなン所へ戻ろうぜ!」
まだまだ時間に余裕はあるが、こういう雰囲気はどうにも苦手な恭一。さっさと騒がしい場所への避難を図るが、そんな彼の袖をクイッと引っ張る箒。
「……箒さん?」
(これはアレか? ガバーッと来るパターンだ。こ、金剛の準備しとこ…!)
最近ようやく、箒の行動パターンも読める様になってきた恭一。彼が予想するに……箒はいつもの如く、プレデターと化して襲ってくる筈…! 空いた心臓めがけて金剛を打ち込んで回避! それが一瞬で考えたシナリオだった。
だが、しかし―――?
「もう少しだけ……二人で居たいよ」
箒は静かに恭一の背中へと、自らを預けて寄り添うだけだった。
「………う、ういっす」
予想が外れた上に、箒からの会心の一撃を喰らった恭一。新幹線が到着するまで、その場から一歩も動けず。
「………………………」
シャルロットは気付かれない様に、静かにその場から踵を返す。
(ホント恭一と箒ってば、仲良いよね………でも、なんか……なんだろ…)
『大好きですっ、シャル様ぁ……!』
(っ……な、何今の…?)
頭を振ったシャルロットは、そのままもやもやしたモノを感じながら、クラスメイト達の元へ帰って行った。
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恭一達を乗せた新幹線が、ゆっくりと発車する。それを離れた場所から見送る影が三つあり。スコールとオータム、そして千冬に敗れたアリーシャの姿が。
「織斑千冬に挨拶しなくて良かったのかしら?」
「するよ……でも、それは今じゃないサ」
もう一度、零から鍛え直す。挨拶に行くのは、私が今よりもっと強くなってからサ。その時は改めて、千冬に言ってやるんだ。
「私と一緒にイタリアに住もうってサ」
「うふふ、女はそれくらい貪欲でいいのよ。ねぇ、オータム?」
「ハッ……ちげぇねぇや」
それは隈無く晴れ上がった、紺青の冬の空の下での事。もう師走は其処までやって来ている―――……。
『しぶちー初めての修学旅行編』終了!
次話では僕自身、これまで書いてきたキャラ達の復習をしたいという意味も兼ねて、第一部の最後に書いた『軌跡』のVer.2を書きたいと思っています。
第一部の『軌跡』で既に書き綴ってあるキャラは、その後どうなったかを簡潔に。書かれていないキャラに関しても、簡単な人物紹介的な感じで書きたいと思っています。
良かったら見てネ!