野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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最後に勝つのは誰だ、というお話




第弐拾漆話 羅刹姫vs.風神姫

「さぁ千冬! キミも『暮桜』を展開するのサ!」

 

ISは現存するどの兵器よりも強力である。

 

その様なモノに生身で相対するのは、頭のイカれた奴か自殺願望者位だろう。加えて、千冬と対峙しているIS『テンペスタ』は性能、乗り手共に世界最強クラス。

 

訓練機や、彼女がかつて生身で圧倒した『アンネイムド』の隊長とはまるで別格の存在。この状況下において、千冬もISを展開するのは普通であって、寧ろ当然といえよう。

 

「……………」

 

だが、彼女は月下美人を構えたまま『暮桜』を呼び起こそうとはしない。

 

「……何してるのサ? はやくISを―――」

 

「展開するかどうかは私が決める」

 

(きっと恭一ならこう言うだろう)

 

決してアリーシャと『テンペスタ』をナメている訳では無い。ただ、私がこれまで己を鍛えてきたのは、恭一に勝ちたいからなんだ。アイツはフランスに乗り込んだ時も、亡国機業のアジト……それは此処だったか、此処へ乗り込んだ時もISを纏わずに闘ったという。

 

別にずっと生身で闘うつもりはなんて無いさ。ただ、アイツに少しでも近付く為にも、今の自分がどれ程闘えるか……現役最強のアリーシャと『テンペスタ』を相手に……!

 

 

千冬はそう考えているが、果たしてアリーシャは何を思う?

 

 

(この後に及んで、トチ狂ったのサ……? いや、違う。千冬の瞳は濁っていない)

 

生身を相手に本気は出せない筈…そう思っての千冬の策……? いや、そんな人情に訴える様な小狡い事を千冬が考える訳が無いサ…。

 

千冬の真意を測りかねるアリーシャの頭に、いつか聞いた言葉が蘇る。

 

 

『あの子は私以上に狂ってるわよ、ふふふっ……私の『ゴールデン・ドーン』を打ち負かしちゃうんだもの、生身でね。ふふふ…うふふふ』

 

『リベンジしたい少年が日本に居る。ソイツと肩を並べるまで私は前に進めん』

 

 

(……そういう事。全ては渋川恭一を想っての事か……ッ!!)

 

きっと千冬はナメている訳では無いって思ってるだろうサ。生身でISに立ち向かう危険性、私の実力その他諸々……! 全てを理解しているその上で、私と『テンペスタ』を試金石にしようとしている、何処までも純粋に……………………でもネ―――。

 

 

「そういうのをナメてるって言うのサぁぁああああッ!!」

 

 

アリーシャの左腕が揺れ動く。

 

(―――むっ、鎌鼬か……!?)

 

『テンペスタ』の能力を一言で表すと『風』。自ら風を起こし、尚且つ自在に操る事が出来る能力を備えている。中でも彼女がよく使い、世界でも知れ渡っているポピュラーな技が『鎌鼬』である。

 

(腕を凝視しろ…! 奴が振るった先に風の刃が飛んでくる……!)

 

脚を鳴らし、縮地法で瞬速する準備は出来ている。千冬の狙いは、迫り来る無数の風を避けつつアリーシャに近付き、接近戦に持ち込む事。

 

(鎌鼬程度なら私でも……ッ!?―――いや、何かがおかしいッ!!)

 

違和感に気付いた千冬が目を見開く中、アリーシャの揺らめく左手へ、更に右手が重なった。合わせた掌の中に風が凝縮され圧迫され圧縮されていく。

 

「―――ッ!! あれは『風魂』……ッ、織斑千冬を殺すつもりっ、アリーシャ……!?」

 

スコールの顔色が変わる。冷静に観戦していた彼女が初めて声を上げた。その事が、アリーシャが繰り出そうとしているモノの破壊力を物語る。

 

『風魂』……『テンペスタ』最大威力を誇る技。気圧すらも変化させ、集まった風を無理矢理に凝結させる。固体化された塊を創り出し―――。

 

アリーシャは生身の千冬に向かって、投げ飛ばした。

 

「死んでもいいよ、千冬ゥッ!! キミが死んだら私も追うサァァァァァッ!!」

 

速いなんてモノじゃない。千冬が地面から脚を上げるよりも疾く、ソレは陽炎となって眼前に吹き迫っていた。

 

(マズイっ、マズイマズイマズイッ!! 避けられんッ……! どうするっ、月下美人で受け止めるか……!?)

 

無理だ。月下美人は切れ味こそ優れているが、耐久力はそこまで高くない。風の塊が触れた瞬間、粉々になってしまう可能性すらある……! なら幻魔を…っ、だ、ダメだ―――。

 

「『暮桜』―――ッ!!」

 

千冬の周りに閃光が迸り、彼女の身体にIS『暮桜』が纏わる。迫る『風魂』を刀剣型近接武器『雪片』で受け止めた。

 

「教官がISを展開した…!」

 

「それは違うわ……させられたのよ」

 

スコールは隣りに立つ恭一を見やる。

 

(織斑千冬は生命の危機を悟り、ISを展開した。彼だったら……やっぱり身体ごとぶつかっていくのかしら。私の時の様に―――)

 

少年の横顔は涼しげに笑みを浮かべているだけで、スコールはその表情からは何も伺う事は出来なかった。

 

「ぐぅぅぅぅッ!!」

 

(恭一ならば後先考えずに受け止めたのだろうな……死ぬ事も恐れずに…)

 

だが、私は死を恐怖する。恭一と二度と会えなくなる瞬間を恐怖する―――ッ!!

馬鹿にしたければ、するがいい…! 大言を吐いて、その程度かと蔑むがいい……!

本質を見失う訳にはいかんのだっ、重傷を負って恭一の隣りに立てなくなる訳には―――。

 

「あれこれ考えてる余裕があるのサ?」

 

『風魂』を放ち終えたアリーシャは、受け止めている千冬と違って自由に動ける。彼女の空かさず上昇し、空から腕を振るう。

 

風の刃『鎌鼬』が容赦無く千冬を襲う。

 

「むぅっ!? あっ、ぐぁぁぁッ!!」

 

アリーシャの攻撃に構えば『風魂』に押し潰されてしまう。その逆も然り。やはり現役最強のISを相手にするには、ブランクがあり過ぎたのか。完全に袋小路に追い立てられた千冬、このままの状況が続けば、いずれ『暮桜』のシールドが枯渇してしまうだろう。

 

「オイオイ、これ詰んでんじゃねぇのか?」

 

「気が早いわね、オータム……彼女は織斑千冬よ?」

 

かつて世界中を震撼させた、彼女のワンオフ・アビリティーは何だったかしら?

 

「零落……白夜ァ!!」

 

光の刃が宿った『雪片』で『風魂』を一刀両断。そのまま滞空しているアリーシャへと、瞬時加速で猛上昇。

 

「あっははァ! 第一回モンド・グロッソ以来サねぇ!!」

 

あの時私は『暮桜』の単一仕様能力『零落白夜』の前に敗れ去った。

だけど、今は違うサ―――ッ!!

 

「私も出させてもらうサ!!」

 

『テンペスタ』のワンオフ・アビリティー―――。

風で自身の実体ある分身を創出。

 

 

「「「「 疾駆する嵐 」」」」

 

 

アリーシャの前に、四体の分身像が。

 

「関係無いなっ、叩き斬るッ!!」

 

両手を広げて千冬の前に立ち塞がった風分身を、横薙一閃。風分身は『零落白夜』の特能により敢え無く消滅する。

 

(むっ……エネルギーの減りが早い…!)

 

「私の『疾駆する嵐』達を、ちっぽけなエネルギーと一緒にされるのは心外さネ」

 

ただ実体化されている訳では無い。分身像その一体一体自体が、装甲を削ぎ落とす程の超高速回転の風を纏う高エネルギーの塊である。

 

「分かるかい千冬? 君は『零落白夜』を顕現してしまった」

 

アリーシャは指を鳴らして、消滅させられた一体分の分身を創り出し、千冬へ襲い掛からせる。

 

「―――ッ!!」

 

何の工夫もせずに、ただ突進してきた分身を斬って落とす千冬だが。

 

「ふふっ、そんなにバッサバッサ斬り落として良いのサ? そんな分身相手に振り回してると、どうなるか位は……ブランクがあるキミでも分かるだろうに」

 

コスト・パフォーマンスの違い。消耗戦になれば、どちらが先に事切れるかなどは明白―――アリーシャはそう言っているのだ。

 

(さあ、焦って本体の私を狙いに来なよ! 強引にでも私を狙わないと、キミに勝ち目は無い!)

 

ふふふ、勝ちを急いで無理に攻めて来た処で、分身達がキミの邪魔をするけどネ。私に辿り着く頃にはシールドは零………あはっ、あははははァ!!

 

千冬は無言で『雪片』を構える。

 

(ふふっ、来る気ネ? 分身達よ、私の前に―――ッ!?)

 

「はぁぁぁっ!」

 

千冬はアリーシャには向かわず、分身像に斬り掛かった。

 

「なっ……!?」

 

一体、また一体を斬り滅していく。

 

「何をしてるか分かって―――」

 

「おしゃべりが過ぎるのは、歳のせいか? お前も老いたモンだ」

 

「ッ……なぁっ………」

 

 

________________

 

 

 

「………………………………」

 

メキメキメキメキ……―――。

スコールが手を置く鉄柵がぐんにゃりと……。

 

「す、スコールの事じゃねぇって! な、なァっ、渋川!」

 

「おっ、そうだな」

 

余計な事は言わずに、そっとしておこう。

 

 

________________

 

 

 

「もういいっ、容赦はしないサ! キミは私の女になる覚悟が出来たって事さネッ!!」

 

一、二、三、四、消された分だけ創り出す。

 

「……フッ!!」

 

またもや千冬は分身に向かって突貫し、今度は二体まとめて斬り裂いた。

 

「同時に消しても同じサぁ!!」

 

一気に二体を創出させる。

 

「―――ッ!!」

 

「―――ッ!!」

 

消滅、創出、消滅、創出、消滅、創出……―――。

 

「なっ、何故ですかっ、教官!! このままでは―――わぷっ…!」

 

アリーシャの言う通り、ジリ貧になるのは目に見えている。そう叫ぼうとしたラウラの頭を恭一が押さえた。

 

「黙って見てろ、ラウラ」

 

「ぱ、パパっ……し、しかしっ…!」

 

「千冬さんは強ェ……それに、あの人はお前の嫁になんだろ? お前が信じなくてどうするよ?」

 

「パパ………っ」

 

恭一に言われ、ラウラも信じて見守る事にする。

しかし、結果は当然―――。

 

.

.

.

 

「はぁっ……はぁっ、はぁっ……はぁっ、はぁっ………」

 

息を切らし、地に降りた千冬の右手にあるのは、最早光の刃を一切灯していない、ただの色褪せた『雪片』のみ。

 

「シールド枯渇……キミの負けサ、千冬」

 

同じく地に降りてきたアリーシャは、顔を下に向けている千冬に対し、優しく諭す様に語りかける。

 

(それにしても、私のシールドも思った以上に減っている……もっと残ると思っていたのに……まぁ今となってはどうでもいいサ)

 

「さぁ千冬……もうISを纏っている意味などぐふァッ―――ッッ!?!?」

 

「ああ、もう『暮桜』を纏う意味は無いな」

 

アリーシャの正面に居た筈の千冬。しかしその姿は見えない衝撃と共に消え失せ、既にISを解除している千冬は、彼女の背後から悠々と声を掛けた。

 

(なっ……い、今千冬の姿が…見えなかった…! そ、そんなバカな事がある訳無いっ、ハイパーセンサーは作動しているじゃないサ!! それに、その手に持っているモノは……? さっきの日本刀じゃない……?)

 

ISを解除した千冬の手にあるのは、もう一つの剣『幻魔』だった。禍々しい色合いをしているが、意外と千冬は気に入っている。

 

「私の足運びは基本的に『縮地』を用いている」

 

目にも止まらぬ速さの移動法で有名な技だ。

 

「だが、貴様のテンペスタに『縮地』では追いつけん」

 

千冬は重心を左右上下前後に織り交ぜる、特殊な足踏みを始めてみせた。

 

「目にも止まらぬ速さで捉えられるのなら、目にも写らなくなれば良い」

 

(そいつァ諸刃の剣だが……勝負に出るか、千冬さん)

 

「ラウラ」

 

「な、なんだ?」

 

「見届けてぇなら、こっから瞬きすんじゃねぇぞ」

 

「っ……わ、分かった!」

 

恭一の言葉に、スコール達も何かが起こる事を予感する。

 

「言葉遊びかいっ、千冬ゥッ!!」

 

千冬へ腕を振り翳し

 

「鎌鼬ッ!!」

 

無数の風の刃が千冬に急激急速に迫る。

 

「―――フッ!!」

 

 

飛翔軽功術 " 雷暴神脚 "―――。

 

 

「また消えッ……あがァッ!?」

 

見えない衝撃を受けたアリーシャは、後ろへ蹌踉めきながらも、ワンオフ・アビリティー『疾駆する嵐』を顕現。四つの分身がアリーシャを中心に四方を固める。彼女を見えない羅刹から守護するかの如く。

 

(出したな、分身を―――ッ!!)

 

千冬は彼女達の周りを円を描く様に、超神速で以て迅る。恭一以外には視えなかった姿が徐々に視えてくる。ただしその姿は一つでは無く……―――!!

 

「バカなっ、あ、ありゃぁっ、アリーシャと同じ分身じゃねぇかッ!?」

 

「分身っつーか、残像ってヤツだな」

 

ある境のスピードを超える事で、己の姿を見ている者の視覚に残す事が可能となる。千冬は残像を故意に利用して、四体の擬似分身を幻産する。

 

 

剣技 " 濁流剣 "―――。

 

 

四人の千冬は、それぞれアリーシャの分身四対へと、一直線上に超神速で斬り掛かる。

 

「分かってるのかい!? この風達は―――ッ!!」

 

この風分身達は、触れるモノを削り破壊する超高速回転の風。幾ら超神速で斬り掛かろうとも、無駄な事ッ!!

 

「それなら何を焦っている?」

 

千冬の声が聞こえた……と感じた時には、自分を守る四方の『疾駆する嵐』が消滅。目の前には羅刹、いや羅刹すら超越した戦女神四人が私を囲んでいた。紅の剣を構えて―――!!

 

 

秘奥剣技 " 無月散水 "―――。

 

 

アリーシャが指先一つ動かすよりも疾く、四方から囲んだ千冬が滅多斬り。アリーシャのシールドが枯渇した瞬間、上空へと幻魔で吹き飛ばし、同時に一人に成った千冬も飛び上がる。

 

「アーリィィィィッ!!」

 

「ち・・ふ・・・・ゆ・・・・・」

 

脳天から幻魔で叩き落とした。

 

「ガハァッ!! あっ、ぐ……」

 

ISを強制解除されたアリーシャの上に跨り、喉元へ幻魔を突き立てる。

 

「まだ闘るか?」

 

「……………やらないサ…私の……」

 

 

私の負けサ……―――。

 

 

 

________________

 

 

 

「何でアイツの紅い剣はブッ壊れなかったんだ?」

 

オータムがそう呟く。当然の疑問だろう。

 

「詳しい事は分からないわね、ただ……織斑千冬は自身のシールドエネルギーを枯渇させてまで、アリーシャの分身を斬り続けた。それが起因しているとしたら…?」

 

スコールの見解は当たっている。

何故『幻魔』は『疾駆する嵐』に削られ、破壊されなかったのか。

 

一つはスコールの言った通り。千冬は『零落白夜』で分身を消滅させ続けた。消滅すれば創出するしかない。それに加えて、千冬はある時から複数を斬り付ける様になる。必然的に複数同時に創出される。

 

アリーシャのシールドエネルギーの残量が、想定以上に少なくなっていたのはそれが原因だろう。複数を同時に何体も、何度も創出する事で、エネルギー負荷に影響を及ぼしていたのだ。

 

エネルギー残量が少なくなれば、『疾駆する嵐』の超高速回転も少なからず、弱まってしまう。他を削る力が弱くなっていたのだ。

 

「そうだとしても、腑に落ちないわ。回転力が幾ら落ちていても、剣くらいならば破壊出来そうなものだけれど」

 

それが二つ目の理由である。

束が創った『幻魔』は『月下美人』とは違って、切れ味は零と言っても良い程にナマクラ物である。何故なら『幻魔』は斬殺するモノでは無く、撲殺するモノとして創られたのだから。

 

何も斬る事は出来ない『幻魔』だが、強度は世界一。相手を叩き潰し、叩き潰されない事を目的としたモノ、それが『幻魔』である。

 

「血滾る良い闘いを魅せてくれたモンだ、なぁラウラよ……ん? どうした?」

 

いつも「嫁ー! 嫁ー!」とか言ってるラウラなら、こういう時こそ飛び跳ねて喜びそうなモンだが……何でそんな闘氣出してんの?

 

「ぱ、パパ……そ、そのだな…ごにょごにょごにょ―――」

 

何やらラウラは真剣な眼差しで、恭一に耳打ちを。

 

 

________________

 

 

 

「最後のアレは効いたサ……まだ、ぐわんぐわんしてるサぁ……」

 

アリーシャは大の字で寝転んだまま、起き上がろうとはしない。彼女自身、起き上がっても膝に力が入らない事は分かっている様だ。

 

そんなアリーシャに跨っていた千冬は、時間を掛けて足を上げる。勝負を終えて、負けを認めた彼女の上に、いつまでも跨っているのは不自然だから。

 

(ぐっ、むぅ……あ、足が……っつぅ……)

 

「ISでの試合だったらお前の完全勝利だ、アーリィ」

 

「……でもこれはISの試合じゃなかった。アリーシャ・ジョセスターフと織斑千冬の全てを懸けた闘い……だったって訳サ」

 

それに……ISを纏っておきながら、私は結局生身の千冬に負かされたのだから。

 

「っていうか聞いて無いのサ、何? あの分身! そもそも最初からアレを出してれば、速攻で私を負かせたんじゃ無いのサ?」

 

アリーシャは頬を膨らます。

 

「そう拗ねてくれるな、アーリィ……別に出し惜しみしていた訳では無いさ。今だから言えるが、実は移動法は諸刃の剣でな……む?」

 

ようやくアリーシャから退く事が出来た千冬の背後から、銀色の髪を靡かせた小さな弾丸が。

 

 

 

「うぉおおおおおおッ!! きょうかぁぁぁぁぁぁんッッ!!」

 

「ぬぁッ!? ら、ラウラ!?」

 

 

 

千冬の立つ場所へ、上空から飛び込んで来るその速さは、まさに弾丸の如し。彼女は一体恭一に何を耳打ちしたのか。

 

 

『教官を嫁にするチャンスは今しか無いッ!! パパ、頼むっ!!』

 

『可愛い娘の頼み事なら、聞いてやらねぇと……なァッ!!』

 

 

ラウラが何を望んでいるのか、理解した恭一は彼女を足の脛に乗せ、そのまま千冬の方へ全力で蹴り飛ばした。人工的世界最速の瞬時加速である。

 

「っ……!!」

 

(だっ、ダメだ…! 足が、う、動かんッ!!)

 

アリーシャの言う様に、飛翔軽功術『雷暴神脚』を何故、千冬は最初から出さなかったのか。

 

この技は諸刃の剣である。 確かに凄まじいスピードを誇るが、それだけ脚にも負担が掛かるという訳だ。強靭な身体を持つ恭一ですら『雷暴神脚』での可動時間は数分程度。千冬であるならば、リミットは更に短くなる。

 

何より副作用で、その後一時的ではあるが、脚に力が入らなくなり、歩く事すら困難する。今の千冬の様に―――。

 

 

「大好きですぅぅぅぅぅッ!!」

 

 

恭一からの加速を乗せた、ラウラの想いを乗せた拳が……! 千冬の心臓部めがけてジャスト・ミート―――ッ!!

 

心の臓を打ち抜かれると、数瞬ではあるが全身に麻痺が生じる。本来これは、スクリュー・ブローでないとあまり効果は発揮されないのだが、今回に限り効果は十分期待出来るだろう。

 

「ぐぅはぁッ……!」

 

恭一からの破壊力を上乗せされた、強制的ハートブレイクショットなのだから。

そして、千冬の時間が―――。

 

(な……身体が…動……かな……い………)

 

―――止まった。

 

「これで―――ッ!!」

 

ラウラが踏み込む。時が止まった千冬に、最高の一撃を喰らわせる為に。

 

「貴女は私の女ですッ!!」

 

右腕を振り翳し、千冬の首に絡ませたかと思うと―――。

 

 

「んーーーー!!」

 

「んむぅぅぅぅぅッ!?」

 

 

彼女の唇に、熱いベーゼを叩き込んだ。

 

 

「ほげぇぇぇぇえええええええッ!!!!」

 

 

間近で見てしまったアリーシャ・ジョセスターフ。絶叫から安定の気絶。

 

「うひゃひゃひゃひゃっ!! 面白すぎンだろアイツっ、だぁーっはっはっはっは!!」

 

「あらあら……素敵ねぇ」

 

「ほう…勇敢な少女ですな」

 

事情を知らない『亡国機業』組は目を丸くさせながらも、楽しそうである。事情を知る恭一はというと。

 

(まっ、千冬さんが良いなら俺は何も言わんよ)

 

特に問題無いらしい。そして、千冬の時は動き出す。

 

「ラウラぁ………」

 

「ひ、ひぃっ!? は、はぃぃぃぃ!!」

 

千冬の覇気に押され、ついドイツに居た頃の様に、背筋をピーンと伸ばしてしまうラウラ。彼女も自覚しているのだ。自分のした事は完全に、火事場泥棒だという事を。

 

こんなモノは無効だ、と言われても仕方が無い事も。

ちなみに、千冬の心はどうか。

 

(卑怯……とは言えんな)

 

何時でも―――。

何処でも―――。

誰とでも―――。

 

それが武の世界。私は日頃からラウラにも、そう嘯いているじゃないか。そして『卑怯』なんて言葉は、武の世界には存在しない。

 

千冬は恭一の方をチラリと見る。彼は軽く笑って頷いてみせた。

 

「………はぁ、ラウラよ」

 

「はっ、はいっ!!」

 

「お前も分かっているだろうが、私は恭一の女だ。お前の女になるつもりは無い」

 

「はっ、はぃぃぃ………」

 

分かり易い程しょんぼり顔になる。

 

「だから、な―――」

 

千冬はしょんぼりラウラの頭に手を乗せる。

 

「お前が私の女になれ、いいな?」

 

「えっ、あ、あのっ、それって……あぅっ…!?」

 

額を軽く指で弾かれたラウラが見たモノは、優しく微笑んでみせる千冬の笑顔だった。

 

「シャイニィ!」

 

「にゃ?」

 

「私達が帰ったらアーリィを起こしてくれ」

 

「にぁ!」

 

京都へ来てからの初日、清水寺の下での出来事と、ある意味全く同じ展開である。

 

「さて、帰るぞ恭一……ん、何してるラウラ、さっさとお前も来い」

 

「あっと、えっと、あれ? あれあれあれっ……?」

 

どうやらラウラは、現状把握が出来ていない様である。

 

「何を呆けている?」

 

わざわざ千冬は、立ち竦むラウラの元まで歩み寄って行く。

 

「実感が湧かないのなら、もう一度キスしてみるか?」

 

「ッッッ!?!?……………きゅぅ~っ」

 

千冬の囁きにオーバーフローを起こしたラウラ、無事気絶。

 

「……やれやれ」

 

.

.

.

 

「んじゃ、俺達は帰りますか」

 

「そうだな」

 

気絶したラウラを抱える恭一の横で、短く笑う千冬は少し前に出る。

 

「場所を借して貰ってすまなかったな」

 

「いいわよ、良いモノが見れたし……色々な意味で、ね♪」

 

「くはっ、違ェねぇなぁオイ」

 

スコールは満足気に微笑み、オータムはよっぽどラウラの行動がツボに入ったのか、未だにケラケラ笑っている。

 

「ああ、そうだわ。恭一君」

 

スコールは恭一に何やらお話がある様で。

 

「貴方が誘ってくれたIS学園への件だけど、前向きに考えさせてもらうわ」

 

「おぉっ、そりゃ良いっすね! いつでも来てくださいよ、アンタ達なら歓迎させてもらいまっせ」

 

スコールやオータムが来れば、きっとより楽しくなるに違いない。主に鍛錬的な意味で。

 

「うふふ、楽しみにしててね」

 

(この子ったら、完全に私に気があるわね……うふふふふふふ)

 

(うわぁ……多分、それ勘違いだと思うぜぇ? まぁ言わねぇけど)

 

何を考えているのか、表情だけで分かってしまうオータム。取り敢えず心の中で突っ込む事に。

 

「あぁ、あと……レインの事も、よろしくお願いしてもいいかしら?」

 

「いいっすよ、あの人も結構面白な先輩ですから」

 

恭一達は、その後も少しスコール達と話してから、京都の町へ戻っていった。

 

 

________________

 

 

 

「それで? これからお前はどうする?」

 

「俺はコレがありますんで」

 

恭一はカメラを千冬に見せる。京都での滞在時間は残り僅かとはいえ、まだまだカメラ役を捨てるつもりは無い。

 

「そうか。ならこの眠りうさぎは私に任せろ。旅館には真耶も居るだろうし、私も傷の手当をしに戻らせて貰う」

 

「ういっす!」

 

恭一は未だに「うへへー」とか言ってるラウラを、千冬に預けた。

 

「……何も言わないんだな?」

 

「言う必要がありますか?」

 

「フッ……無いな」

 

ドイツに居た頃から、私に好意をぶつけてきた小娘。IS学園に来てもそれは変わらない、いや好意の種類は少し変わったがな。

 

コイツからは毎日の様に好きだ好きだ、嫁になってくれ、と言われていた。本気で私に毎日ぶつかってきた。

 

「本気で嫌なら、私も相手など最初からせんよ」

 

「ん? 何か言いました?」

 

「いや、何でも無いさ。それじゃあまた後でな……集合時間には遅れるなよ」

 

「ういっす!」

 

さて、あとちょっとばかり時間はある。折角の修学旅行なんだ、最後の最後まで楽しまねぇとな!

 





ラウラちゃん完全勝利。
この後、おまけ程度な1話を以て、修学旅行編終了です。


実況「ちょっと(連投続きで)心配ですがブルペンには(中継ぎエースの)凰鈴音がいます」

シュッ  バシーン

ポロッ・・・

トゥールールットゥットゥールー♪


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