野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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剣道三倍段、というお話



第弐拾陸話 羅刹と呼ばれた女

「……………」

 

「……………」

 

無言のまま、対峙している千冬とアリーシャ。そんな二人の表情はまるで違っていた。苦しみながら傷付きながらも、自身の狙い通りに突破口を掴みきる事が出来た千冬の表情からは、確かな自信が見え隠れしている。

 

一方、ここまで優位に攻め続けていた筈のアリーシャのからは、歯軋りすら聞こえてきそうな程に、悔しさが表情からにじみ出ていた。

 

それもその筈。アリーシャは千冬の策にまんまと嵌り、自らの『技』を見せすぎた。あれだけ何度も喰らえば、千冬程の実力者であるなら、対処法の一つや二つ思い付いてしまうだろう。

 

彼女の口車に対し頭に血を上らせず、冷静に対応していたのなら、きっとアリーシャの優位は動く事は無かった。攻め手を失ってしまったアリーシャは、逆に今からは千冬に攻められ、追い詰められるだろう。

 

(―――そう思っているのだろう、千冬?)

 

千冬は必ず、来る。私を倒すために……! 既に見切った私の左拳を掻い潜って。

でもね、千冬……そこに―――。

 

アリーシャは依然、己の顔に悔恨をベッタリと張り付かせている。だが、心の中では目の前の千冬と同じ、いやそれ以上に自信を抱かせている。

 

(そこにキミを倒す罠がある―――ッ!!)

 

.

.

.

 

私の肉体にあるダメージ加減はどうだ……?

鼻からの出血は止まっている……急所だけは何とか防ぎ切った。しかし自分では確認出来ないが、おそらく所々既に痣になっているだろう。

 

千冬は自身の状態を把握していく。

 

「ボコボコボコボコ……」

 

「……?」

 

二人の沈黙を打ち破る、押し殺す様な低い声が響く。

 

「ボコボコボコボコ……いい様に殴ってくれたなァ…えぇオイ?」

 

私は恭一と違って、敢えてダメージを受けて悦ぶ趣味など毛先程も無い。寧ろ、その逆だ……痛いのは大嫌いなんだ―――。

それをまぁ、良くも痛めつけてくれたモノだな、アーリィ……!

 

(ダメージは……? 問題無い。今までの様に動けるか……?)

 

それも問題無い―――ッ!! 真っ向から貴様を打ち破るッ!!

 

「ッ……!?」

 

先に動いたのは、千冬では無くアリーシャ。

 

「トレーサーが見破られたからって、私が縮こまると思ったかい!?」

 

積極果敢にバレットの弾丸雨林。目視では数え切れない程の弾丸が、千冬を襲う。そんな猛襲を前に、彼女はもう躊躇しない。躊躇う必要など無い。

 

「お前が何を思おうと、私には関係無いなッ!!」

 

暴風雨の中に、ノーガードで切り込んで行く―――ッ!! 

 

「っ、ちィッ!!」

 

千冬は強気な気持ちだけで、押し戻せる程甘い相手では無い。啖呵を切った処で、アリーシャは徐々に後退を余儀なくされる。左拳を避けられ、懐に潜り込まれれば、そこは千冬の距離なのだから。

 

(あと一歩…! 遠かった一歩はすぐそこに―――ッ!!)

 

(((( 入ったッ!! ))))

 

近距離で左拳さえ避ければ、アリーシャの胴体はがら空きだ。右腕の無い彼女には、千冬の攻撃を防ぎようが無い!

 

「そこは教官の距離だっ、いけますッ!!」

 

ラウラが歓喜の声を上げ、スコール達も千冬の優位性を確信する中―――。

 

「いくぞっ、アーリィ!!」

 

千冬が拳を振り翳す。その刹那、焦りを見せていたアリーシャの隻眼に、新たな光が灯る。

 

(飛び込んで来たネ…! 左拳を攻破して勝った気でいるのだろうサ!)

 

着崩した着物で覆われ、前からでは決して中身の見えない、アリーシャの右肩が僅かに揺れ動く。

 

(まだ右が―――)

 

私の右剣がキミを穿つ―――ッ!!

 

無だったアリーシャの右腕から、否、着物で隠してあった彼女の、欠損している根っこの右腕部分から、突如射出された銀色のブレードが千冬の脇腹に突き刺さる。

 

「―――卑怯とは言うまいネ?」

 

私の勝ちサ……織斑千冬ッ!!

 

 

________________

 

 

 

それはアリーシャ・ジョセスターフが、仕込みに仕込んだ一撃だった。彼女は京都で初めて出会った恭一にも、再会を果たした千冬にも、欠損して僅かに残った右腕は見せていない。わざと着物を着崩して見えない様にしていた。

 

その姿を見て不審に思う者など居ない。何故なら、アリーシャは女性だからだ。綺麗な出で立ちをしている女性なら尚更だ。わざわざ傷痕を見せたがる女など、何処にいると言うのか。

 

更に、彼女の見えない糸は策を張り巡らせる。

 

『トレーサー』と『バレット』の存在だ。隻腕でありながら、二つの『武器』を披露する事で、左拳の存在を相手に大きく印象付ける。その狙いは勿論、只でさえ見えない右の存在を、より希薄にする事だった。

 

「結局キミ達は全員、私の罠に嵌って「本当にそうか?」ッ……!?」

 

刺されたというのに、目の前の千冬は痛みや動揺を少しも感じさせない静かなる声。

 

「それも…果たして本当にそうか?」

 

アリーシャの視線が僅かに下がる。

 

(ブレードが……刺さってない………ッ!?)

 

千冬の土手っ腹に迫ったブレードは、その目前で不自然に止まっている。いや、それだけじゃない! 何故千冬は、私を叩き上げる絶好のチャンスで左を振り翳した? 右手はどうした……?

 

千冬の右腕の位置。それも、今思えば不自然な位置にあるサ。何より、なんだその右手の形は……!? 何も無い筈なのに、まるで何かを掴んでいる様な……!

 

「私は本業は拳術家か? 違うだろう?」

 

フッと笑ってみせた千冬の右手から、実体化されるソレ―――。

 

「っ…日本刀……!」

 

堪らず後退するアリーシャ。千冬は彼女を追いかけず、仕切り直しと言わんばかりに、その場に雄々しく立ったままだ。

 

「私のブレードを防いだのも、その刀って訳なのサ?」

 

「私の親友は天才な上に、ワガママな奴でな」

 

答えになってないサ……!

 

 

 

________________

 

 

 

『ちーちゃん、ちーちゃんっ! どうして束さんがプレゼントした剣持ってないのさ!』

 

わざわざ千冬の為に、束が自ら創り上げた最高傑作とも言える二本の剣。日本刀『月下美人』と、鞘は無く剥き出しの紅に染まるブレード『幻魔』の事である。

 

『あのな、束…銃刀法違反って知ってるだろ』

 

『知らないよそんなスワヒリ語!』

 

『恭一みたいな事言うなよ』

 

『でへへぇ、照れますなぁ!』

 

『褒めてなからな』

 

 

________________

 

 

 

「……と、いう訳だ」

 

「まるで意味が分からないサ」

 

凍結状態であった千冬のIS『暮桜』を呼び起こした時に、束がついでに二本の剣も量子化させ、『暮桜』を待機形態させている指輪の中に、一緒に組み込ませたらしい。

 

「まぁいいじゃないか、そんな事はどうでも」

 

「ッッッ……!?!?!」

 

無造作に手に持っている日本刀『月下美人』を、改めて腰元に帯びてみせる千冬。それだけで、彼女と対峙しているアリーシャの全身に、稲妻の如き衝撃が走る。

 

(―――間合いがさっきまでとは桁違い……! 剣を携えただけで、此処まで広がるというのサ……!?)

 

「剣術家の私が、無手を相手に剣を用いる事は無い」

 

(肉体そのものが武器である恭一を除いてな)

 

小さく笑みを浮かばせていた千冬に纏う氣が変わる。

 

「漸く出してくれたな、得物を―――ッ!!」

 

変わったのは間合いだけじゃない。途方も無い威圧感がアリーシャを襲う。その幽鬼の如き圧縮された氣は、千冬自身の姿すらもブレて見える程に錯覚させていた。

 

「っ……っ…ハッ!?」

 

(あれだけ距離を置いていた筈なのに、いつの間に……!?)

 

眼前に迫る千冬にブレードを突き出し、牽制するアリーシャは堪らず声を荒げる。

 

「私の右腕の事、知っていたのサ!?」

 

「答える必要は無いな」

 

一つだけ分かる事があるとすれば、アリーシャが用心深く潜ませていた最大の罠は、千冬によって雲散霧消させられたという事だった。

 

 

________________

 

 

 

「これが……教官の本気……っ」

 

彼女の武器が、拳から剣に変わってから、戦況は一変。先程までアリーシャの攻撃に苦戦を強いられていたのが嘘の様に、そこから一転して千冬が攻め込み、アリーシャは防戦一方である。

 

「あっ、がァァッ!?」

 

千冬からの横薙ぎをブレードで受け止めたアリーシャは、衝撃までもは受け止めきれず、後方の壁に激突した。

 

「不覚だぜ……なんだよ、寒気のする強さじゃねぇか」

 

「あれが織斑千冬よオータム」

 

(いえ、羅刹姫……と呼んだ方が良いかしら)

 

普段の織斑千冬は自分を『羅刹姫』と称される事を嫌っている。羅刹とは別名『速疾鬼』。並外れた怪力で、これまた並外れた瞬足の持ち主。ただし人を食う悪鬼である。年頃の女性が、そのようなモノを二つ名にされても、嬉しい筈が無いだろう。

 

だが、理由はそれだけじゃない。

 

単純に、剣を持たぬ自分の実力に不満があるからだ。この程度で羅刹などと、烏滸がましいにも程がる……少なからず、その想いを持っているが故に、千冬は目尻を険しく吊り上げて怒る。無手の自分の実力に納得がいくまでは。

 

(ハッ……裏を返せば、今は羅刹姫ってこった……なァ、千冬さん)

 

 

________________

 

 

 

「ぐっ…! ぬっ…! くぁッ…!」

 

耐え切れ…っ、無い…! 連撃だというのに、一撃一撃が重、いッ……!

 

千冬からの猛攻をブレードで受け止め、ギリギリの処で持ち堪えてたアリーシャだが、とうとう体勢を崩してしまう。

 

「しまっ……―――」

 

絶好の機会が訪れた。アリーシャに一太刀浴びせられる、最高の好機。そんなチャンスを見逃す筈が無い。千冬は腰を落とし踏み込みを強める。この刻、既に刀剣の刃は鞘の中。

 

(―――抜刀)

 

アリーシャの真横を瞬速で千冬が摺り抜ける、その刹那―――。

硬玉を砕くか如き鋭い音が響き渡る。

 

鞘内で疾らせ、十分な加速をもって下から抜き放たれた刃は、アリーシャの肉体…ではなく、彼女の右腕に伸びたるブレードを真っ二つに切り裂いた。

 

 

抜刀剣技 " 逆風の太刀 "―――。

 

 

「特殊合金で匠らせたブレードが、こんな簡単に……」

 

「この月下美人は束が創ったモノだぞ。世界に在るどの業物よりも、斬れる代物だ」

 

「くっ…そんな事はどうでもいいサ! 何故斬らなかった!? 何故私を斬らなかったのサ!?」

 

この後に及んで、虚仮にする気か……!

勝負事に情けを掛けるつもりか―――ッ!!

 

「真っ向から貴様を打ち破る。唯、それだけだ……ブリュンヒルデッ!!」

 

再びアリーシャの元へ翔ける。左拳、そして右のブレード。彼女が出した全ての武器を叩き潰した今、狙うは今度こそアリーシャ自身ッ……!。

 

(ふふっ、成程ネ。そういう処は変わってないサ)

 

アリーシャは嬉しそうに微笑む。

同時に、今まで隙間風すら吹いていなかった空間に、突如風が起こった。

 

「―――ッ…っち、出してきたか」

 

千冬は縮地で加速させていた脚を、既の処で無理矢理止めて構える。暖かくも冷たくもない、それなのに何処か優しく感じる風がアリーシャを中心に包み込んでいった。その風は彼女を軸に渦を巻く。強く疾く靭やかに。

 

 

「―――ラウンド2ゥ…ってネ」

 

 

風が止んだ、一瞬の閃光と共に。

 

「どうやら、ここからの様だな……風神姫」

 

月下美人を構え直す千冬に対し、IS『テンペスタ』を纏ったアリーシャが、右腕を前に突き出した。刀身の折れたブレードは既に引っ込み、機械のワイヤーが幾重にも重なる。それは彼女の骨となり、筋肉となり、装甲となっていく。

 

IS義腕の完成だ。

 

「生身での闘いではキミの勝ち、認めようじゃないのサ……でも、最後に立っているのは私サ!!」

 

世界中にその名を轟かせた『風神姫』が、風の刃を剥き出しに毅吼した。

 





やっとIS展開してくれたよ(げっそり)

取り敢えずアレです。
鈴ちゃん、連投オナシャス!

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