誰かに似てるやり方、というお話
「……………」
「またもや止まってしまってネ、千冬」
左の銃口を突きつけられているのだ、無理もない。
(……ガード越しであの破壊力…そして私が避ける方へ飛んでくる『トレーサー』)
成程、コイツは左手1本で人体を破壊出来る術を備えている…!
「ISで有名になるってのも、考えものサ」
「……?」
唐突に何を言い出す…?
油断を誘う為…いや、今有利に事を運んでいるのはアーリィだ。
まぁいい、何のつもりか知らんが、私も少し頭を冷やせる。
「確かに周りから尊敬されるけど、その分妬みも多い……勘違いした男共からネ」
ククッと笑うアリーシャの言葉に、少し離れた場所で観戦しているスコールとオータムは同調するかの様に、うんざりした表情で頷いていた。
「千冬も経験あるんじゃないのサ? 『お前なんかISが無ければ』ってネ」
「フッ……無い、とは言わんよ」
女が男より強いのはISに乗っている時だけ。
ISさえ無ければ、強いのは男なんだ。
「そう言って私に襲い掛かって来た凡愚共は皆、『トレーサー』と『バレット』で粛清してやったのサ……!」
「バレット……弾丸、か。スクリューブローに大したネーミングじゃないか、オイ?」
千冬の言葉に僅かに反応するアリーシャ。
(流石は千冬……一発で見抜くとは恐れ入るサ)
束が持ってきた恭一の戦闘データで、一度観ているからな。
そして、スクリューブローは打つ度に身体に溜めを作る必要性から、連打は出来ん事も知っているぞ―――ッ!!
何より、私が毎日喰らっている拳は誰のモノだと思っているッ! その程度の破壊力であるなら、急所に貰わなければ動ける…! 否、貰いながらでも詰め寄らせて貰うぞ、アーリィ!!
タテ揺れのリズムを刻むアリーシャに、腰を落として突き進む千冬。それだけでは無い。上体を左右に揺らし、狙いを定めにくくさせながら。
(連打出来ない『バレット』は初手で来る筈…! その後は唯の左拳か『トレーサー』しか無いッ!!)
ならば初弾を避けて、それからはガード越しに強引突破すればいい……ッ!!
距離を無くそうとする千冬へ、アリーシャの初弾が襲い掛かる。
(やはりバレット…!)
瞬時に避け―――!!
「なっ…!?」
「一発だけの弾丸なんて、持ってて誰が喜ぶネ?」
アリーシャ・ジョセスターフは後天的な鍛錬の末、己の肉体を強化し続けている。強靭的な手首と肩を備え持つ事に成功した彼女は、スクリューブローを打ち出す際に、わざわざ全身を捻る必要など無い。
(『トレーサー』だけでなく『バレット』まで連打可能なのか―――ッ!?)
まるで散弾銃の如く、千冬に襲い掛かる『弾丸』。肘の角度を固定し、肩を内側に廻転させる事による脅威の『弾丸連射』―――。
何とか避け続けるも
「あぐぁッ……!」(速すぎる…っ……それに、何て正確性だ……ッッ!!)
とうとう被弾してしまった千冬は、またもや弾き飛ばされてしまった。
正確無比の強打『バレッド』に追尾型の『トレーサー』。更に、どちらも連打可能のおまけ付きときた。
千冬は一度、大きく深呼吸。
(……久しぶりだな、この感情を抱くのも―――)
「ふ、ふふっ…ふふふ……」
俯いたまま、全身が粟立っているのか、小刻みに震え出す。
「ありゃりゃ…もしかして打ち所が悪かったサ?」
自分の優位は決定的。そう確信しているアリーシャは、精神的余裕から戦っている相手を気遣う素振りすら見せてくる。
現に此処まで千冬には全くと言って、良い処は無い。逆にアリーシャは、今までの攻防に置いてパーフェクトと言っても良いだろう。
千冬を心服しているラウラですら、この状況にオロオロしてしまっている。誰が見ても、千冬の不利は否めない。そんな中、彼女を良く知る少年だけは
(あんまその人を見くびってェと……頭ッから喰われちまうぜ?)
不敵に微笑を深めていた。
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「何だって……? 今、何て言ったのサ?」
余裕の表情を見せていたアリーシャの眉間が僅かに寄る。
「おや、絹糸よりもか細く言ったつもりだったが……もしや図星だったか?」
千冬はニンマリ笑ってみせる。その表情、物言いはアリーシャがよく知っている、昔の千冬からは到底想像も付かない。気に障る、人を食った様な態度だった。
(……大道芸。確かにそう言った…! 私の技が大道芸……!? この技を修得するのに、私がどれだけ苦労したのか、知ってるのサ…!? いや、それよりも―――ッ!!)
「私の知っているキミはッ……そんなゲスな表情を浮かべたりなんかしないッ!!」
「クククッ……女は愛する男に染まるモノだ」
声を荒げるアリーシャに、まるで嘲う様に下卑た嗤みを浮かべる千冬。
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「恭一君って恋人公認でゲス扱いなのねぇ」
「いやはや、照れますな」
(照れる要素皆無ですぞ、渋川殿)
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「さて……また私から攻めてやるか。貴様のソレは迎撃でしか輝けんからな」
退屈そうに首をコキリと鳴らしつつ、ヤレヤレと腰を落とす千冬に対し
(ブリュンヒルデの称号まで得た者が、何という負け惜しみッ……! 何という虚栄サ……ッ!!)
いや、私と競い合った頃の千冬は、こんなみっともない事など口が裂けても言わなかったサ! 誰の影響……そんなモノは決まっているじゃないサッ!!
アリーシャは強く奥歯を噛み締める。
渋川恭一……―――ッッ!! アイツのせいで、千冬が変わってしまった……! 千冬を元に戻すには…絶対に勝たなければならない…! 勝って私の女にする! あんな男とは二度と会わせないっ、イタリアに連れて帰るのサ…!!
(それに…私の『トレーサー』と『バレット』を貶すのだけは、千冬でも許さない―――ッ!!)
千冬が動くよりも早く、アリーシャは地面を蹴り上げた。
「誰の拳が大道芸だってェッ―――!!」
この試合、初めて攻めに転じたアリーシャは、挨拶変わりに千冬が蔑んだ『トレーサー』から入る。
「―――ッ」
「甘いサッ!!」
千冬は『バレット』と思ったのか、避けようとするが、避けた方向に追尾され、あえなく被弾―――ッ!!
そのままの流れに乗った連打連打の嵐が、弾幕の如く千冬を襲う。
(私が受けに回ってばかりと思ったら大間違いサッ!!)
何とかして、迫り来る弾幕を避けようとする千冬だが、現実は甘くない。彼女が大道芸と見下した技は、彼女の身体に一つ、また一つと痣を作っていく。
(やっぱり唯の虚勢だった……! 遠慮はしないっ、このまま倒させて貰うサッ!!)
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「オイオイ、挑発しておいてあのザマかよ? 案外、織斑千冬もだらしねぇなァ」
「なっ、なんだと!? 貴様もっかい言ってみろッ!!」
千冬の無様なやられっぷりに、悪態を付くオータム。そんな彼女に噛み付こうとするラウラだが、恭一がそれを止める。
「ぱ、パパ!? 何故止める!?」
「余所見してる場合かよ? これから面白ぇモンが見られるってのによ」
あくまで落ち着き払っている恭一に、怪訝な目を向けるスコール。
(自分の恋人が、為す術も無く攻撃を受けているというのに、この余裕は……)
「面白いモノ、と言ったわね? 一体、何が見られるのかしら?」
「そうだな……強者の絶対条件…ってヤツか」
恭一の言葉を聞いた其々は、言葉の意味はピンと来なくとも、少年に倣って試合に視線を戻した。
その時、千冬とアリーシャの攻防に変化が訪れる。
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「ッ……っ…!」
千冬を狙い定めて放ち続ける拳。それが彼女を捉える事なく、空を切り続ける。いつしか千冬を襲っていた猛威は、まるで当たらなくなっていた。
(何故ッ……どうして―――!?)
『バレット』が避けられるのなら、まだ分かる……!
アリーシャは真っ直ぐを二つ放ち、その最後に軌道を変えて、千冬が避ける所をドンピシャで『トレーサー』……も何気無くあっさりと避けられてしまった。
(何故―――ッ!! どうして『トレーサー』まで避けられるのサ!?)
なら、これならどうサ……! これはまだ見せてない。
『トレーサー』のバリエーションはフックだけに在らず。千冬がアリーシャの拳を掻い潜った所へ、アッパーでの追尾―――ッ!!
この闘いで初めて見せる、千冬の下から迫った『トレーサー』を
「フッ……!!」
「ッッ!?!」
彼女はガードする事も避ける事もせず、打ち掃ってみせた。
(初見のパンチにこの対応……ッ、まさか…っ……見切られたっていうのサ……!?)
絶対的な自信を持っていた技が看破されてしまった。その様な事、認めたくないアリーシャは拳を出し続ける。そんな彼女が拳を打つ寸前、刹那の刻を掛けて千冬は下を見る。
(『バレット』は分からんが、少なくとも『トレーサー』を放つ時、コイツは軌道を変える為に、通常の左よりも軸足の爪先を深く入れる……!)
『トレーサー』さえ分かれば、どうとでもなる!
千冬はアリーシャからの『バレット』を避ける。そして、その後の追撃『トレーサー』を再び、己の拳で打ち掃った。
(フッ……たくさん披露してくれて、礼を言う。私も挑発した甲斐があったというものだ)
千冬は今……完全に彼女の左拳を見切り、アリーシャは攻め手を失った。
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「……モーションを完全に盗んだわね」
スコールの感嘆めいた呟きに、オータム達も先程の千冬の挑発めいた言葉、それにふてぶてしい態度の意図を把握した様である。
「ひゅぅ~♪ 数多く観察する為に、わざとアイツを怒らせて打たせ続けてたって訳かい? やるじゃねぇかよ…!」
「ふはははは! どうだっ、教官は凄いだろう!」
「いや確かに凄ェわ……別にオメェが威張る事じゃねぇけどな」
感心するオータムに威張るラウラ、そして最後は呆れるオータムである。
(褒める処はそこじゃねぇんだけどな)
アリーシャの技の癖を見抜く為とはいえ、あれだけの攻撃を喰らい続けていたのだ。それなのに彼女が倒れなかった理由は、根性論でもタフネスでも無い。
千冬はあの猛襲の中、避けられぬと判断するや拳が当たる寸前、アリーシャにも気付かれない程度、僅かに身体を後退させ続けていたのだ。
(威力はざっと3割減……って処だろう。見事な身体捌きだったぜ、千冬さん)
恭一は人知れず、顔を綻ばせた。
「あっ、そうだパパ! 強者の絶対条件って結局なんなのだ?」
そういや、まだ言ってなかったっけか。
「それはだな―――」
「学習能力の高さ……かしら?」
スコールの言葉に恭一は場面を取られた様な、拗ねた様な、明らかに不機嫌そうな顔になる。
((( 正解だ )))
「あらあら、そんな顔しても私がキュンキュンしちゃうだけよ?」
(何言ってだこのおばさん)
気を取り直して、説明に入る恭一。
「誰だってよ…『初めて』にぶつかる時なんざ幾らでもある。そん時に、いちいちアタフタしてる奴は二流も良いとこだ。強ェ奴ってのは『初めて』の脅威を見逃さねぇんだよ。テメェの経験則かき集めてよ、何とかしちまうモンだ。だから強ェ……だから強くなれる……ってな」
「ほぉぉ……オメェって意外に頭良いんだな!」
オータムはバシバシッと肩を叩いてくる。
「これでも学年主席さ」
「あらあら、恭一君ってば成績も優秀なのねぇ」
「これでも生徒会長さ」
(生徒会長はホントだけど、パパの成績はビリだぞ……)
恭一の面子を考慮した結果、黙っておく事にしたラウラであった。
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「……はぁっ、はぁ…! クッ……!」
悔しげに睨む無傷のアリーシャと、傷を負っている涼しげな表情の千冬。
緒戦から主導権を取られ続けていた千冬であったが、此処に来て漸く奪い返す事に成功した。
(それでもキミは負ける……覚悟して貰うサ、千冬…)
心の内でそう告げるアリーシャ。
それは果たして虚勢か否か―――。
すまんな、鈴ちゃん。
まだ終わんないんで、この後よろしく。