野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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左に次ぐ左、というお話



第弐拾肆話 Tracer & Bullet

「おや……? たったの一発で意気消沈してしまったのサ?」

 

アテが外れた表情の千冬に対し、アリーシャは笑みを浮かべたまま、左手を前に突き出す。

 

「私が強いのはISを纏っている時だけ……そう思っているのなら、心外サ」

 

主導権を握った事を確信したか、アリーシャは左手を上下に、そして身体全体を小さくタテに揺らして、独特のリズムを作り上げている。

 

(……ちっ、遠いな)

 

千冬の戦闘スタイルは、どちらかと言えば『剛』のスタイルである。相手を迎え撃つよりも、自ら飛び込んで穿つタイプだ。それ故に、相手の懐へ接近する事こそが肝要になってくるのだが、アリーシャのリズムに乗って突き出されている左手が、先程の謎の一撃と相まって、やたらと邪魔に感じてしまっているのだ。

 

「ふふふ……暇だよ、ちーふーゆー?」

 

「―――ッ!!」

 

膠着状態を嫌った千冬は、もう一度前に出る。

 

(アーリィに右は無い、左に集中しろ…!)

 

向かってくる千冬に対し、先程と同じ様に左拳が放たれる。

 

(避けたっ……! コイツの左拳の戻り際に、懐へ飛び込め―――ッッ!?)

 

千冬の目がギョッと見開かれる。

 

左を完全に戻していないっ!? 私の避けた方向に、左拳…! そう、か……ッ!!

 

「くっ、がっ……!」

 

謎の衝撃のカラクリが分かり、咄嗟に腕を上げてガードするも、それより早くアリーシャの左フックが千冬の頬を捉える。

 

「ん~……惜しかったサ、もう少しで防げたネ」

 

再びレンジ外に追いやられた千冬を前に、アリーシャは左手を突き出し、上下にリズムを刻む。

 

「どうだい? 私の『トレーサー』の味は?」

 

ブリュンヒルデ同士の闘い。緒戦の流れは今、アリーシャに傾きつつあった。

 

 

________________

 

 

 

「な、なんなのだ!? アイツから放たれる変則的な左拳は…!?」

 

ラウラが声を上げる。千冬が容易に二度も同じ攻撃を喰らった事に対する驚きもあるが、それ以上に見ていても理解しがたいパンチらしい。

 

「あれは『飛燕』だな」

 

今まで黙っていた恭一が僅かに口を開いた。

 

「あの変則的な左を知っているの? 恭一君」

 

「まぁな……こんな所でお目に掛かれるとは思ってもいなかったが」

 

アリーシャが言う『トレーサー』と恭一が言う『飛燕』は呼び名こそ違うが、中身は同じ。

 

「簡単に言えば、避ける方向を予測して、手首のスナップで拳の軌道を途中で変える技だ。喰らった方は、まるで避けた方向へ拳が追いかけてくると錯覚するだろうよ」

 

恭一からの説明を受け、皆が理解する。

 

「ほぉ~……あの野郎も工夫してンだなぁ、オイ」

 

「で、でも待ってくれパパ! 強引に軌道を変えれば、手首に甚大な負担が掛かる筈だっ…! 連発は無理なのでは……!?」

 

感心するオータムの横で、ラウラが疑問を呈する。

 

「ほう……そこに気付くとは、流石俺の娘よ」

 

相変わらず理解力に長けるラウラの頭を撫でてやる恭一。

 

「はふ……そ、そうかなぁ…」

 

恭一に褒められ、嬉しそうにはにかむラウラ。

 

「無論、私も気付いていたわよ恭一君。ただ、言わなかっただけでね。だから、遠慮せず、私も撫ででくれても良いのよ?」

 

(何言ってだこのおばさん)

 

15歳の少女に対抗する、年齢不詳のスコールさん。

 

「頭は撫でねぇが、一つ聞きたい。アリーシャ・ジョセスターフは勝ちに貪欲か?」

 

「あら、残念……っと、そうね。彼女は負けず嫌いな娘よ」

 

「聞くだけ野暮だったか」

 

スコールの答えに、恭一は納得してみせる。

そもそも彼女は顎筋力を鍛える為に、わざわざ特殊合金で仕上げたキセルを咥えている位だ。

 

「おそらく相当手首も鍛えているだろうよ、無理なく連打出来るように。いや……中々どうして、大したモンだぜ」

 

嬉しそうに話している恭一だが

 

(パパが他人を褒めるなんて滅多に無い。それだけあの女は本物という事か……教官……!)

 

千冬を見守るラウラは、背中に流れる嫌な汗が止まらなかった。

 

 

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「トレーサー……追尾型、か。小賢しい技を身に付けたモンだ」

 

強がってみせるが、千冬も百戦錬磨。この技のレベルの高さは理解している。

 

(軌道を変えて放ってきたのは、二回共フックだった…だが、それだけではあるまい……)

 

おそらく軌道修正してからのバリエーションも豊富な筈。真っ直ぐな左拳からのフックもしくはアッパー……いや、そう思わせておいて真っ直ぐなまま放ってくる事もあるだろう。

 

フェイントの役目も果たし、意表を突いてくる。故に精神的、肉体的なダメージも倍加される、という訳か。

 

考えれば考える程、よく出来た技だ。まるで蜘蛛の糸に絡められた錯覚にすら陥るよアーリィ……。

 

(だが、所詮は左だ……! 驚きこそしたが、威力は決して高くない―――!!)

 

千冬はまたもやアリーシャへと踏み込む。しかし、先程とは違って両腕でガードを固めながら。

 

「っ……もうお見通しって訳かい!?」

 

ミドルレンジを保っての左拳の連打。千冬は避けずに丁寧に一つずつガードしながら、ゆっくりと歩を進めていく。これでは『トレーサー』は使えない。

 

「ちっ……!」

 

拳を出しているのはアリーシャだ。なのに彼女は一歩、また一歩と後ろへ下がる事を余儀なくされている。

 

(ぐぅっ……も、もう少し…もう少しで私の距離だ……!)

 

今、追い詰めているのは間違いなく千冬だ。

 

 

________________

 

 

 

「あんだけガードしてンならよぉ、もういっその事、思いっきり振りかぶっちまえばいいんじゃねぇのか?」

 

ジャブがガードされるのなら、ストレートを放てばいい。確かにオータムの言う通り、踏み込んだ強力なストレートなら、ガードしてても千冬を吹っ飛ばせるだろう。

 

「力を込めれば込める程、モーションは大きくなるでしょう? そうなれば、織斑千冬は避けるわ」

 

「でもよ、そこで『トレーサー』をブッ放せば―――」

 

「ストレートからでは若干のタイムロスが掛かる。千冬さんのスピードなら、自分が喰らう前に、己の拳を届かせられるだろうな」

 

スコールと恭一による、強者同士の解説講義。

 

(ふんふむ……勉強になる、勉強になるぞ!)

 

ラウラを含め、他の二人も同じ事を思ったそうな。

 

「何にせよ、このままじゃアリーシャはいずれ捕まるわ」

 

その時こそ、織斑千冬に形成逆転を許すだろう。

 

 

________________

 

 

 

あ、と、すこ、し―――。

もう少し近付けたら、一撃で決める…!

恭一から何度も喰らった、一撃必殺『金剛』で―――!!

 

(……ありゃりゃ。このままじゃ距離を縮められたらマズいサ)

 

アリーシャからの左拳に慣れた千冬は、意気軒昂にズンズン進んでくる。そんな彼女を前に、流石のアリーシャも焦りが見て取れた。

 

腰の入っていない左で、千冬を押し止めようなどと、土台無理な話なのだ。かと言って、ストレートは容易に放てない。理由は、スコールと恭一がオータム達に説明した通りである。

 

 

(なら、こんなのはどうサ……!)

 

 

無造作に放たれた同じ様な左拳。その拳の違いに気付いたのは、恭一だけであった。

 

(そのままのガードは悪手だぜ、千冬さん)

 

「―――ッ!? あっ、がァっ……ッ!?」

 

腰を据えて前進する事に邁進していた筈の千冬が、ガード越しから弾き飛ばされる。

 

(なんっ、だ……!? さっきまでの威力とまるで違う……!)

 

千冬の表情が強張る程の威力を持った左。

 

(まるで小さくて硬い尖ったモノを投げつけられた様だ……しかも)

 

拳自体は防いだというのに、千冬の鼻から鮮血が吹き出す。

 

(この左拳には……貫通力がある…ッ!!)

 

「ふむん……私の左が力の無い『トレーサー』だけだと思ったのサ?」

 

二代目ブリュンヒルデは再び嗤う。初代ブリュンヒルデを前にして。

 

「私はね、千冬。鍛えられる部分は何処でも鍛えてきてるのサ……強いのは別に『手首』だけじゃない」

 

左手でリズムを作るアリーシャに、恭一はまたもや感心せざるをえない。

 

(『手首』だけじゃねぇ……『肩』もしっかり鍛えてやがる)

 

ガードしていた千冬をも弾き飛ばし、恭一をも唸らせた拳とは―――。

これまで放っていた左拳とは違い、手首と肩の捻りで打ち出したモノ。所謂、捩り込みの作用が働き、力は一点に集約され威力、そして貫通性も高い。

 

以前、恭一もデュノア社へ殴り込みに行った時に、オデッサ・シルバーバーグに似たような技を繰り出した事がある。身体に溜めを作って、全身の捻りで打ち出す『コークスクリューブロー』を。

 

だがアリーシャは全身を捻らずとも、肘の角度を固定し、肩と手首の回転だけで同じ効果を生み出している。まさに強靭的な手首と肩があるからこその技である。

 

「おや……青ざめてるネ、千冬」

 

現に千冬は踏み出せない。

 

彼女を急かす様に、上下に揺れ動いている左拳。それはまるで銃口を突き付けられているかの様で。引き金に指が掛かっている幻影すら、見えてしまう。

 

その左拳の名はこう呼ばれている。

 

『バレット』と―――。

 





アカンこのままじゃ、しぶちーが解説王になってしまう(本部以蔵並感)



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