駆け引き大事、というお話
『ブリュンヒルデ』の称号の意味―――。
それは世界で最も有名な、熱く、血湧く大会『モンド・グロッソ』の総合優勝者の称号である。軍事力をも超えた力を行使し、各国の代表者が競い合うが故に、この大会の覇者こそが『世界最強』であると公式で謳われるのだ。
「初代と二代目……果たして、どちらが強いのでしょうか?」
ただっ広い空間。その中央には、千冬とアリーシャだけが立っている。恭一含め、他の面々は闘いの邪魔にならないよう、離れた場所まで移動していた。そんな中、ジョンが疑問を口にしてみる。
「無論、教官だ!」
千冬を敬愛してやまないラウラが即答する。
「貴方はどう思う? 恭一君。アリーシャは強いわよ? 少なくとも私と同等レベルね」
私以上とは決して言わないスコール。彼女も彼女で負けず嫌いな性格らしい。
「俺の方が強い、以上!」
この男は単なる馬鹿である。
舞台を彼女達が見守る中央に戻そう。
2人の様子からして、いつでも始めて良いという感じだ。後は互いにISを纏うだけ。
「ん~っ…もったいないサね。私達の世紀の対決だってのに」
アリーシャの呟く通り、二人が闘うにはあまりに寂しい舞台と言えよう。かつて世界中を魅了した初代ブリュンヒルデ。そして超人的な強さから千冬の後に続くブリュンヒルデを名乗る事に対し、一切の反対が出なかった事で有名な二代目ブリュンヒルデ。
その二人が試合うとなれば、どんな会場だろうが満員満席間違い無しだろう。
「それがたった数人のギャラリーとはネ」
溜息混じりにスコール達を一瞥し
「ねぇ、ちふ―――ッ!?」
(千冬が消え……!?―――殺気…ッ!?)
アリーシャは全身から滲み出る汗と共に、飛び跳ねる様に前転。コンマ1秒遅れて、アリーシャの顔があった位置に、背後から奇襲した千冬の拳が空を切る。
「あぶっ……! い、いきなりダーティプレイかい、千冬!?」
まさかいきなり仕掛けてくるとは思わなかったアリーシャ。転がりつつも、体勢を立て直して声を荒げる。
「フッ、驚いたな……お前程の手練が、よもやそんな青臭い台詞を吐くか」
フェアプレー精神にあるまじき行為をしたにも拘らず、千冬は悪びれない。むしろ、自分に批難めいた目を向けてくるアリーシャを、鼻で笑ってみせた。
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「イーッヒヒヒィッ!! アイツ教鞭振ってる先公なんだろ!? 開幕奇襲仕掛けやがったぜぇ!? うひゃひゃひゃひゃ!!」
「ジョセスターフ殿が我々の方へ視線を向けた一瞬でしたな」
「うぅ~~~!! 惜しかったです、教官!」
「織斑千冬の行動に落ち度は無いわ。さっきと同じ状況なら、私でも迷わずそうしたでしょう」
此処に千冬を批難する者は誰ひとり存在しない。黙りを決め込んでいる武道家の恭一は言わずもがな。スコール達も元々は軍人上がりであり、ラウラも軍人だ。彼女達は軍に居た時分、上官からダーティプレイが信条である事を叩き込まれているのだから。
「でもよぉ、折角の奇襲も失敗しちまったら意味ねぇよなぁ」
「いえ、そこは寧ろアリーシャの回避能力を褒めるべきね」
千冬の行動に対し、先程声を上げた4人は皆「奇襲は失敗した」と思っている。ラウラなぞ、まるで自分の事のように歯軋りして悔しがっている位だ。
そんな中で、恭一は何も言わず、唯々ほくそ笑む。
(場の運びがうめぇや千冬さんは。あの隻眼女も今頃、感じてるだろうよ。やられた―――ってな)
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(やっ……やられたのサーーーーッ!! 千冬の狙いはダメージを狙ったモノじゃ無かった……! 今の一連の流れそのものだったのサ!!)
私達の試合といえば普通に考えれば『IS』だろう。しかし……しかしだ。確かに私と千冬は、ISで勝負するとは一言も話していない。だから私は機を伺ってISを展開しようと思っていた。なのに、先手は千冬からの生身での攻撃。何とか避けたとはいえ、その後の口上のやり取り……!
此処で私がISを展開してしまったら、格付けされてしまうじゃないサ!! 生身では勝てそうにないからIS勝負に移行―――そんな図式が成り立ってしまうじゃないサ!!
アリーシャの肉体は一般人とは違って、五体満足では無い。隻眼隻腕である。だが、此処に立っている者はギャラリーも含め、全員が知っている。武の世界にコンディションという言い訳など存在しない事を知っている。
この場には彼女の身体に気を遣い、IS展開を勧める様な者は居ないのだ。
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(ふむ……思惑通りに事を運べた様だな)
ぐぬぬ、と唸るアリーシャとは違って、まるで落ち着いた表情を保っている千冬ではあるが、内心では結構ガッツポーズしていた。
それもその筈。千冬は確かに初代ブリュンヒルデの称号の持ち主ではあるが、己の専用機『暮桜』に乗らなくなってかなり久しい。訓練機にも指導の一環で、たまに乗る程度の日々が続いている。
一方で、アリーシャはどうだ?
千冬と違って、現役バリバリの代表操縦者である。エキシビションマッチや、国際間でのフレンドリーマッチなど、数多くのIS試合を今でもしっかり熟している。
開幕からISを纏った状態で勝負してしまうと、間違いなく私はアーリィに主導権を取られただろう……それだけは何としても避けなければならんかったのでな……!
千冬は大きく息を吸い、己の脚に力を込める。
(逆に生身なら恭一と研鑽を積んでいる私に分がある……! 悪いが速攻で終わらせるぞ、アーリィ!!)
「えっ、ちょ、待つのサ!」
慌てるアリーシャに有無を言わさず、猛速で迫る千冬。
「は、はやッ!?……この…!」
苦し紛れにアリーシャから放たれた左拳を避ける。千冬の目の前には、アリーシャのがら空きとなった正中線が丸見えだ。
(このままコイツの懐に―――!!)
「がっ…!……ッ!?」
飛び込もうとした己の左頬に衝撃を受け、千冬は逆に射程外へと突き放された。
「あっ…ぐっ……?」
一体、何が起こった―――?
(なっ……左拳は確かに避けた筈…!? コイツに右腕は無いっ、いやそもそも衝撃は間違いなく左からだった……!)
「おやおや……千冬ってば、せっかちさんネ」
己のアドバンテージを信じて踏み込んだ千冬。アタフタ慌てふためいていたアリーシャ。ところが一合目で大きく目を見開く前者と
「さて……ここで問題サ。主導権を取ったのはキミかい? それとも私か?」
唇上に薄笑いを浮かべる後者に分かたれた。
ブリュンヒルデ同士の闘い(素手)
短いですが、アリーシャさんがキメ顔ったので、今回はここまでです。