野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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猫の手は気合の張り手、というお話



第拾玖話 振り向けば奴がいる

「おーい、こっちだパパー!」

 

大徳寺に着くと早速、龍宝山の門前で恭一の姿を見つけたラウラが、嬉しそうにブンブン手を振っている。同じ制服姿の女子から『パパ』呼ばわりされ、周りから恭一に変な視線を浴びせられるが、恭一もお構い無しに軽く手を振り返してラウラの元まで歩み寄った。

 

(慣れって怖いよなぁ)

 

パパ呼びは2人きりの時だけ、という不文律が此処に来て完全に消え失せた感アリアリなのだが、恭一としてもラウラが毎度毎度心弾みに呼んでくるので、もう良いかなと思うようになっている今日この頃だったり。

 

「千冬さんはどうしたんだ?」

「教官なら山田先生を迎えに行くから先に入ってろ、との事だ」

 

ようやく真耶も悪酔いダウンから回復し、こっちに向かって来ているらしい。聞けば、昨夜の記憶は無いようで、隣部屋の恭一としても色々な意味で一安心と云った処である。

 

「んじゃ俺らで先に行くか」

「うん、こっちだぞ~!」

「コラコラ、そんな急いでどうすんの」

 

修学旅行が人生で初めてなのは、恭一だけじゃない。ラウラも同じなのだ。更に言えば、ラウラからすれば、父親とのお出掛けというシチュエーションも今回が初めてであり、恭一の腕を引っ張る彼女は、自然と破顔一笑になるのだった。

 

(まぁラウラも楽しそうだし、この状況に甘んじるかね)

 

つくづくラウラには甘い恭一。本人も自覚はしているのだが、直す気は今の処あまり無いらしい。

 

「まずは何処から見て回るんだ?」

「うむ! 此処のパンフレットによると―――」

 

「りこりんりこりん、あっちでお茶が飲めるらしいから行こ~」

「あっ、ちょっと待ってよ本音~!」

 

ラウラの持つパンフレットを覗いていると、背後からまたもや聞き覚えのある声。

 

「.........」

 

振り返ると、トテトテのんびり走っている本音の姿を視界に捉えるが

 

(......カワバンガ)

 

京都界隈所狭し、と神出鬼没しまくりの本音だが、そんな彼女に対して恭一が出した結論がコレである。

 

(タートルズの末裔なら無問題)

 

深く考えるのを放棄する恭一だった。

 

.

.

.

 

理子と本音に続く形で、ラウラと恭一も茶道を体験出来るという幽美な茶室の前まで足を運び、受付の女性に声を掛け、簡単に説明を受けてから茶室に入って行く。直ぐに茶道に精通した者が来るので、中で待っていて欲しいとの事だ。

 

「座布団とか無いのかYO!!」

「お客様気分だねぇりこり~ん」

 

畳の上で、自称リコリンことウザリン(恭一目線)は本日も絶好調である。

 

「パパ、あれは何て書いてあるんだ?」

 

ラウラが指差すのは『一期一会』と書かれた掛け軸。

 

「あれは『いちごいちえ』って読んでな、意味は......そうだな、人と人との出会いはいつでも一度きり、だから大切にしましょうって感じだ」

 

「「「 おおー 」」」

 

何故か本音達から拍手を受ける恭一。

 

「しぶりんって他教科はポンコツなのに国語だけは凄いよね!」

「オメェさんは本当に遠慮しねぇなオイ」

 

岸原理子という女子はIS学園生の中でも、恭一に対してまるで物怖じしない数少ない存在なのだ。

 

 

「お待たせしました」

 

 

障子襖を静かに開けて、一礼と共に男性が入ってきた。それは良いのだが

 

「「「 !? 」」」

 

(殺し屋だあああああああああッッ!!)

(おぉぉぉ......コワコワな貌だぁ)

(.......コイツ、傭兵か?)

(強そう)

 

圧倒的な体躯に悪魔のような強面、そして軍人のラウラですら慄く程、鋭く切れたナイフの如き眼光の持ち主に、少女達は一驚を喫し口をあんぐりさせてしまっていた。

 

しかし、当の本人はそんなリアクションにも慣れているのか、特に気にした素振りも見せず、恭一達の前にて腰を下ろし

 

「船橋雅矢と申します。本日は宜しくお願い致します」

 

もう一度慎ましく、それでいて何処か厳かにお辞儀するのであった。

 

「「「 !? 」」」

 

気圧された少女達は一斉に正座に。ちなみに恭一は最初から正座なので無問題。

 

.

.

.

 

「................」

 

「「「「..............」」」」

 

静寂なる刻の中で、茶人である船橋がお茶を点てている。

 

(静寂なんて穏やかなモンじゃないYO!! 無音だYO!! チョーチョーチョー息苦しいYO!!)

 

楽しい感じでお茶をご馳走になる気満々だった理子、早くも後悔。

 

(皆もそう思ってるよね!? よねよね!?)

 

本音は布仏家にて作法を幼少期から一通り受けているので、この空間も問題無し。軍人であるラウラ、そして恭一もお茶を淹れるのは得意と自負するだけあって、彼の一挙一動を見逃すまいと集中しており、特に苦には感じていないようだった。

 

「どうぞ」

「あっ......と、飲み方とか分かんないですケド.......」

 

茶碗を受け取るも、まだ少しビクビクな理子。

 

「大丈夫ですよ、好きなようにどうぞ」

「はっ、はい......」

 

(ヒットマンじゃないっぽい.......ただ顔が怖いだけの人かも)

 

当たり前である。

 

緊張も解れて来た処で、簡単にではあるが、茶道と茶室の習わしの話を船橋から教わる。

 

「―――故に、茶室での空間は俗世の事を一切持ち込まない、お茶を愉しむだけの別世界とも言われています」

 

「むっ、ちょっと待ってくれ」

 

何か含む処があるのか、ラウラが手を挙げた。

 

「茶を大切にするのは分かるが、茶室は他との繋がりを消すという事なのか?」

「そうですね、茶室は他と切り離された世界ですから」

「むむっ、それは少し違うのではないか?」

 

どうやらラウラは納得がいってない様子で、食ってかかる。

 

「貴方の言い方だと、茶室の外で起きた事は関係無いように聞こえるが」

「関係ありません」

 

「むむむっ!」

 

(なにがむむむ、だ)

 

空気を詠む恭一、声には出さず傍観。

 

「それはおかしいぞ! 仮に茶室の外で世界を揺るがす程の大事件が起きたらどうするつもりだ!?」

「関係ありません」

「そっ、それに誰かが巻き込まれたら!?」

「見捨てます」

「みすっ!?......もし知り合いが巻き込ま「見捨てます」ぐぬっ.......し、親友が巻き「見捨てますッ!!」...............なんて厳しい世界なんだ」

 

(やっぱりヒットマンじゃないか!)

(ほわぁぁぁ、茶道って凄いんだねぇ)

 

圧倒される少女達。確かに有無を言わさぬ、反論を持ち込ませぬ、そんな凄み味が彼にはあった。

 

(軍で鍛えられたラウラをここまで押し切れるか)

 

論争内容はどうであれ、恭一ですら舌を巻く程だった。

 

「.......見事なお手前だ」

 

(何に対してだよ)

 

振舞われたお茶に対してなのか、言葉に対してなのか。何にせよ、ラウラの茶道に対する認識が結構なレベルで変わってしまったのは言うまでも無い。

 

 

________________

 

 

 

「あまり一人になるなと言った筈だぞ」

「.......千冬さんか」

 

ラウラと別れてから、人通りの少ない場所にて千冬と遭遇する。

 

「昨日の今日だ、いつアーリィが再びお前の元へやって来てもおかしくは無い」

「来ると思いますか?」

「認めたくはないが.......来るだろうな」

 

昨日は多少強引に私と恭一の関係を露わにしたが、それでスゴスゴ引き下がるような奴ではあるまい。近日中に私の前か恭一の前へ現れるだろう。

 

「お前は私の恋人だが、私の生徒でもあるんだからな」

「どうしたンすか急に」

「フッ.......なに、言ってみただけさ。さぁ旅館に戻ろうか」

 

正式な試合でも無く、私怨で生徒を傷付けるつもりなら、相手が誰だろうと私が必ず守る。たとえ友であるお前が相手でもな、アリーシャ・ジョセスターフ。

 

わざわざ口に出す事はしないが、千冬の心には強い意志が秘められていた。

 

 

________________

 

 

 

場所は変わって京都市内のとあるホテル内一室での様子。件のアリーシャ・ジョセスターフは現在何をしているのかというと。

 

「ゴクゴクゴクッ......」

 

ワインボトルを口へ突っ込み、無造作にラッパ飲み。

 

「酒! 飲まずにはいられないッ!」

 

昨日の千冬からの言葉、そして目の前で愛する千冬が自分以外の男との熱いベーゼを目の当たりにしたアリーシャは、少なからず荒れていた。

 

千冬の婚約者(アリーシャの中で)たる私が何という様なのサ! 高級ワインを浴びるように飲んでも、まるで酔えないじゃないサ!

 

「あんな......あんな熱いキッスを.......私の前で.......かーっ! もう1本飲むのサ!」

 

お酒は味を楽しみ、程良く飲む物。普段からそう考えているアリーシャだが、今回ばかりは味云々よりも、酔う為だけに摂取していた。当然そんな飲み方をしていては、美味しく感じる筈も無い。

 

「にゃん!」

 

「あいたっ!?」

 

ヤケ酒に走るアリーシャの頬に、目にも止まらぬ高速猫パンチが飛んできた。

 

「なにするのサ、シャイニィ!」

「.........」

 

怒ろうとするアリーシャだが、そんな彼女にシャイニィからの批難の視線が突き刺さる。

 

「.......シャイニィ」

 

いつまで腑抜けた目をしてるつもりなのにゃ、そんなご主人様は嫌いにゃ!

 

言葉は分からないが、そんな視線だった。

 

アリーシャは散乱しきった部屋を見渡し、溜息を付いた。

 

(私がモノに当たるなんて―――なんて情けない姿なのサ)

 

「ふっ.....ふふふ.......そうだったサね。確かに私らしく無かったのサ」

 

現実から目を背けて酒に溺れようとするなど、なんという愚の骨頂。1人でいじけていて、何が解決するというのサ、いやしないサ。

 

「奪われたのなら、奪い返す......シンプルが一番サ。なぁ、シャイニィ」

「にゃん♪」

 

ぴょんと膝の上に乗っかかるシャイニィの頭を優しく撫でると、くすぐったそうに身体を寄せてきた。

 

(確か千冬達は明日まで京都に滞在すると聞いているサ)

 

ペンを片手に、カレンダーを凝視する。

 

「.......ふんふむ。ところで、シャイニィは知ってるかい?」

「にぁ?」

 

ペンを指で転がしながら、冷蔵庫から新たにお酒を取り出す。

 

「世界で一番、缶ビールを美味しく飲む方法サ」

 

缶の下部分にペンを突き刺し、開けた穴に口を付けて

 

「ゴキュゴキュゴキュ! ゴクゴクゴクゴクッ!」

 

口からビールが溢れるのも気にせず、勢い良く一気に啜り飲む。

 

「ブハァーーーーッ!! イエスッイエスッ!!」

 

先程までとは打って変わって、実に美味しそうに飲み干したアリーシャ。

 

「ふぅ...........明日なのサ」

 

千冬の隣りに相応しいのは誰なのか、その身に叩き込んでやるのサ.......首を洗って待っているがいいサ、渋川恭一。

 

 

________________

 

 

 

ぶるぶるっ

 

「どうした、恭一?」

 

旅館に向かう中、隣りに居る恭一の身体がブルりと震えを見せた。

 

「いやなんか寒気が......」

「もう冬も近いし、京都まで来て風邪など引いてもつまらんぞ」

「うっす、用心します」

 

自由に回る時間も終わりを告げ、旅館前に皆と集合してからは工芸製作の体験学習が待っている。この体験学習にも自由時間のコースと同じように、色々種類が設けられており、どれを選ぶかは個人の自由だ。

 

京都ゆかりの柄をお皿に削り入れる切子体験や、癒し効果もあると言われるお香の匂い袋作り、京都に属する神社から用意されたパワーストーンでお守りストラップやブレスレット制作するなどなど、他にも目白押しである。

 

「恭一はもう決めてあるのか?」

「ん~......」

 

実はまだ決めかねている。

 

「集合場所に着いてから、もっかい考えますよ」

「まぁ好きなモノを選ぶといいさ、何でも経験だ」

「ういっす!」

 

箒や織斑達は何を選ぶんかね。それを参考にするのも良いか。

 





茶室の船橋雅矢さんは、お茶にごす。な世界からゲストとして来て頂きました。


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