大人ぶるより自然体で楽しもう、というお話
「朝から豪勢だなぁオイ」
卓に並べられた朝食を前に、思わず喉を鳴らす恭一。学園での食堂風景とは違い、今朝は皆で朝食を楽しむ時である。既に全員が席に座り、千冬から今日一日の流れの説明を聞いている。
「15時からは体験学習が控えてあるからな、一度旅館前に集合する事。それまではロビーに貼ってあるモデルコースから選んで好きな所を巡ると良い」
モデルコースとは、京都の観光スポットをテーマ別に分けたモノである。例を幾つか挙げるならば、北野天満宮や高台寺、豊国神社といった『豊臣秀吉ゆかりの地めぐり』。新選組の屯所跡である八木邸や円山公園、木屋町界隈といった『幕末ゆかりの地めぐり』コースなどがある。
他にも『源氏物語ゆかりの地めぐり』や『ご利益寺社めぐり』などもあり、生徒達は好きなコースを選んで探訪しても良い、という内容だ。
「以上だ、質問は.........無いようだな」
千冬からの説明も滞り無く終え、後は食べるだけである。
「渋川、朝食の号令をしろ」
「へぁ!? な、何で俺が―――」
「いいからさっさとしろ」
唐突な無茶振りではあるが、これにはちゃんと理由がある。正式に生徒会長に就任すれば、生徒達の前に立つ事など、それこそザラにある訳で。これは、今の内に恭一に慣れさせてやろうという千冬からの計らいだった。
流石に彼女の意図を知らない恭一は不満顔で前に出てくる。
(あーめんどくせぇ......ンなモン適当にパパパっとやって終わりっ!って感じで)
無難に済ませようとする恭一に
「上手く述べられたらご褒美にコーラを買ってやろう」
「―――ッッ」
魔法の言葉を呟く千冬。その刹那、少年の隻眼に青く燃える炎が宿った。
「総員、箸をとれ」
その立ち姿、その声、その所作は正しくカリスマ。少年から放たれる超演説家オーラに当てられた少女達は、自然と箸を手に持ってしまう。
恭一は一つ咳払いし
「今日一日の活力と、明るく楽しい明日のために、皆で食べる朝ご飯! 残す事無くいただきますッ!」
「「「「 いただきまーすっ! 」」」」
今日も一日、元気出していこう。
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「オメェらはもう何処行くか決めてンか?」
「きょっ、恭一さん!? ほほほ本日は大変お日柄も良く」
「何言ってだお前」
朝食も済ませロビーへ向かう中、セシリア達を見かけた恭一は声を掛けるのだが、目を合わせてくれない処か、言動も何やら不自然だった。セシリアの隣りに居るシャルロットに視線を投げてみるも
「あ、あはは! 恭一だね」
おう、俺は恭一だ。
「あっ......と....君って恭一じゃない?」
「あ、ああ。俺は恭一だが」
二回目の確認。他に俺が誰に見えるというのか。
「君って軽く恭一じゃない!?」
「恭一だようっせぇな! 何だ軽くってガッツリ恭一だよ!」
シャルロットの言動も結構おかしかった。
「箒は......いねぇのか」
箒なら別の場所で千冬と何やら話をしているらしく、此処にはまだ居ない。まぁ今はセシリアとシャルロットの様子は気にしないとして
「パパ!」
「おう、ラウラ。お前さんはいつも通りみてぇだな」
「うむ! 今日も楽しむぞ~!」
多分2人も修学旅行の雰囲気に当てられて、テンションが高いだけなのだろう。後ろからトテトテやって来た、ラウラの屈託ない笑顔に癒される恭一。
「ラウラはどの探訪コースを選んだんだ?」
「私は『茶道ゆかりの地めぐり』コースを選んだぞ!」
千利休ゆかりの寺である大徳寺や茶道資料館を回るコースである。ラウラは日本文化の中でも、茶道に興味があるらしい。
「パパも一緒に行かないか?」
ラウラからのお誘いの言葉で、惚けていたセシリアもハッと目を覚まし
「わ、私は『世界遺産』コースを選びましたの! 良ければ私と回りませんか!?」
昨晩は箒さんに後塵を拝す事となりましたが、それをいつまでも引き摺る私では御座いませんわ。本日から再び苛烈に攻めますわよ!
(セシリアは切り替えが早いなぁ......僕も変に泡食ってちゃダメだよね)
シャルロットもセシリアの振舞いに感化され、漸く平常心に戻ったようだ。
しかし恭一限定小悪魔な彼女でも、流石に昨晩の事を軽く突っ付ける程、心臓に毛は生えていないので、此処では素知らぬ振りを選択。
「悪ィな。俺は今日もコレがあるんだ」
そう言って、カメラを見せる。恭一も気になるコースはあるのだが、出張カメラマンとしての仕事が控えている故に、本日も基本的には単独行動が決まっているのだ。
「そ、そうですか......」
「むぅ......残念だ」
2人は肩を落とすが、こればかりは仕方が無い。
「まぁ俺は飛び飛びで回るからよ、オメェらの姿見つけたらバッチリ撮ってやるからな」
「うふふ、その時は一声掛けて下さいましね。無断撮影は駄目ですわよ?」
「私は教官とのツーショットが良いな!」
「おうおう、任しとけ!」
後からやって来た一夏達とも少し話をしてから、旅館に出る面々だった。
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皆と一旦別れた恭一は、空中投影ディスプレイを起動させる。ディスプレイに写されたのは、各所のルートマップである。めぼしい所は既にチェックしてあるので、後はどの順番で回るかだが
「まずは平安神宮でも行ってこい」
「千冬さん?」
悩んでいた処に、千冬とラウラの姿が。ちなみに真耶は昨晩の悪酒の影響で、午前中は部屋でダウンとの事らしい。そういえば朝食の時も見なかったような気がする。
「今なら献菓展がやっているしな」
「献菓展?」
簡単に説明するならば、菓子業界の発展を祈って、全国の老舗の銘菓を神前に奉納するイベントの後日祭みたいなモノであり、奉納された銘菓の展示を見て楽しんだり、買ったり出来るらしい。お菓子に目がない女子達も、多くが其処へ足を運んでいる事だろう。
「んじゃ其処へ行ってみます」
「ああ、撮影も大事だがお前も楽しんでくると良い」
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「.......でっけぇ」
千冬に勧められた通り、平安神宮へ着いた恭一はバカデカイ朱の大鳥居を前に、思わず息を飲んで見上げてしまった。
「しぶちーしぶちー! 写真撮ってぇ~」
「ん?」
視線を下ろすと、此方に手をブンブン振っている本音、その隣りにはシャルロットの姿も。たんれんぶの他に料理部にも所属しているシャルロットも、このイベントに興味を持ったのだろうか。
「春香さんがね、料理が好きなら見て損は無いって」
「ああ、お前さんが言ってたアイドルの?」
「そだよー♪」
『献菓展』の案内板に従い、既に賑わっている額殿にシャルロット達も入って行き
「生花やんけ!」
早速、素っ頓狂な声を上げる恭一。
「生花じゃないよ、工芸菓子だよーぅ」
「工芸菓子?」
工芸菓子とは文字通り、菓子の材料を使って制作される展示、観賞用の造形作品の事である。恭一が本物の花を見紛う程、高度な技術を用いて施されているのが良く分かる。
「す、すごいねぇ! これ全部お菓子で出来てるんだよ!?」
花鳥風月を表す数々の職人技作品を前に、恭一以上に興奮を見せるシャルロット。早くも夢中で展示品前を駆け回っている。
「恭一、こっちこっち! これ見てよこれっ!」
(ふっ......デュノアもまだまだお子様よ)
こういう趣向品を観覧する時は、静かなる雰囲気を保ちつつ楽しむのが男のダンディズムというモンさ。
ピョンピョンはしゃいでいるシャルロットに対し、何処かアンニュイな溜息を付きながらゆったりと歩を進め、彼女が指差すモノを目に
「ウッソだろお前、信じらんねぇ!」
飛び込んできた作品『金閣寺』に対し、飛んで驚くダンディズム提唱者。
(後で本物の金閣寺も見に行かねぇとな!)
「しぶちーしぶちー! こんなのもあるよ~!」
「おっ、待って下さいよ! おら、デュノアもイクゾー、オレニツヅケー!」
「うんっ♪」
様々な趣向を凝らした工芸菓子を前に、童心に返って楽しむ恭一達だった。
二日目も平和な感じで良いスタート!