修学旅行の定番地、というお話
「清水の舞台は高さ13メートルの断崖にあって、通称『地獄止め』と呼ばれる139本の組み木が合わさって建てられているそうですよ~」
自由行動時間も終わり、今は学年全員で清水寺を拝観中だ。
正門である仁王門の前で、ガイドよろしく頑張っている真耶の言葉に耳を傾けながら、その鮮やかに丹塗りされた赤門を眺める生徒達。
「何故、地獄止めって呼ばれているのでしょうか」
「さぁな。俺はその意味よりも響きに唆られるモンがあるよ。こう......男心をくすぐられるっつーかよ」
セシリアの疑問に、隣りに居た恭一が言葉を重ね
「むぷぷ。恭一ってば、選ばれし者だもんね♪」
「..............」
メキメキメキメキ
「あ゛い゛ッ.......いただだだだだぁっ!?」
可愛く笑う貴公子の頭を無言で掴み、メリメリ力を入れていく、自称邪眼の持ち主渋川恭一。
「この技は『蛇咬』(スネークバイト)ツってな。カッコいいだろ、あァ? オラ、笑えよデュノアぁ.......」
「ご、ごめんよぅ! 僕が悪かったよ~!」
調子に乗りすぎてはいけない。
「清水寺の観世音像って、他の像と違って独特なんだよなぁ」
「「 観世音? 」」
一夏の言葉に外国組が首を傾げる。流石に日本の文化を勉強しているセシリアもこの言葉には馴染みが無かった。
「観世音ってのはな、心で自由自在に世の中の音を観る仏って言われてんだよ」
「おお、すげぇな恭一! 俺もそこまでは知らなかったよ」
「フッ......南無大慈大悲ってか。伊達に左手に鬼を封印してる訳じゃねぇんだぜ?」
(やっぱり中二病じゃないかぁ! 言わないけどね! スネークバイト(笑)痛かったもん)
突っ込みたくても痛いのは嫌なので突っ込めない、恭一が話す元ネタを知らないシャルロットだった。
.
.
.
仁王門を潜り抜けると、それぞれ班行動に切り替わり、それからは三重塔を見に行く者、釈迦堂へ赴く者もいれば、千体石仏群を見に行く生徒達もちらほら。
しかしそこは女子率99%を誇るIS学園生徒、大多数の女子生徒達が我先にと、音羽の滝に向かって行った。
「音羽の滝って有名なの?」
「俺はよく分からんけど.......箒は知ってンか?」
「うむ。ある種のパワースポットで有名だな」
音羽の山中から湧き出る、清らかな滝の水が三筋に分かれて落ちてくる通称『音羽の滝』。三筋にはそれぞれ異なるご利益が割り振られている。
「学問成就の水」「恋愛成就の水」「延命長寿の水」の3つから、自分の願いに応じて1つだけ選び飲むと、効果が現れるというモノだ。
「ふんふむ。ならば私は『学問成就の水』を選びますわ」
「ほう.......不動明王に恋愛成就を願わないで良いのか?」
そう言った箒も別段驚いた表情では無く、むしろセシリアの言葉を予め、予想していたような反応である。
「愚問ですわ。与えられる愛よりも、勝ち取る愛こそがこのセシリア・オルコットには相応しいのです!」
久しぶりに見せる凛々しくも優雅な尊大ポーズから
「ね、恭一さん♪」
「お、俺に振られてもよ......」
既にセシリアから想いを告げられている恭一、どうリアクションすれば良いのか分からず、目線を逸らし言葉を濁して逃げに走る。
(むむむ......中々やるではないか、セシリア)
(うふふ。私は日々、日進月歩ですのよ)
「恭一はどれを選ぶの? 僕は長生きしたいし、延命長寿かなぁ」
「そうだな......俺も―――」
前世では90年以上生きたが、今世じゃ100の大台に乗ってみたい。
「お前は只でさえアホなのだから、こういう時くらい学問を選べ」
「なんだァ?」
文句を言おうと振り向くが、発言者は千冬だった。
「教師としてお前の成績は流石に看過出来んレベルだからな。自覚が無いとは言わさんぞ?」
「........ぁぃ」
ぐうの音も出ない正論を前に、学問成就の列に並ぶ恭一だった。
________________
「ほわぁぁぁぁ.......すっごい綺麗だね!」
「絶景ですわぁ!」
いよいよ清水寺の大一番とも云われる清水の舞台へとやってきた恭一達。
秋の紅葉が織り成す景観に、初めて来たシャルロットとセシリアは興奮気味に舞台から眺めては、熱い溜息を付いている。
「日本のことわざに『清水の舞台から飛び降りる』とありますが、これは『強い決意をして思い切って物事に取り組む時の気持ち』を意味しているんですよ~」
またもやナビゲーター真耶の解説に、皆が耳を傾けている最中
「ん......? 何持ってんだ?」
「ああ、これか? 其処で売られていたおみくじだ」
どうやら箒はおみくじを買ったらしい。
ふふん、と開かれた紙には『大吉』の文字が。
「恭一も買ってくるか?」
「そうしよう」
買わずとも分かるがな。
なんてったって、俺の運はマジで清老頭だもんよ。
「おっちゃん、大吉くれ」
「ねだるな、勝ち取れ.......さすれば与えられん」
「お、おう!」
恭一の無茶ぶりに対し、斬新見事な切り返しだった。流石は国宝の神主様と言った処か。
くじから1本の棒を引き、紙と交換した恭一は箒の元へ戻った。
まだ中身は見ていない。箒と一緒に見るつもりだ。
「買ってきたぞー」
「どうだった?」
「まだ見てない、今から―――」
恭一が掌上で開示しようとした刹那、一陣の風が少年に降り注がれた。正確には恭一が持っていた紙へと。
「うぇいっ!?」
「あっ.......」
風に舞い乗ったおみくじは恭一の手から離れ、そのまま清水の舞台からヒラヒラと。
「いいですか皆さん。さっきも言いましたけど、あくまで『飛び降りる』というのは心の持ち用であって、本当に飛び降りるなんて事は―――」
「ぬぉおおおおおおッ!」
「へ、ちょっ......渋川君!?」
説明している真耶の隣りを駆け抜け、躊躇無く
「待てコラァッ!!」
「きゃぁああああああ!? し、渋川くーーーーーーんッッ!?」
「きょっ、恭一ィィィィッ!?」
真耶と箒が絶叫する中
(((( 清水の舞台から飛び降りたーーーーーッッ!! ))))
「へへっ! 俺から逃げようなんざ、100万年早ェ.......あ?」
空中に舞う紙切れを優しくキャッチする事に成功した恭一、此処で漸く
「(^q^)」
足場が無い事に気付いた。
「ぬぁぁぁあっぁあぁぁあぁぁあああああ~~~~~~っ.......!」
「渋川、打鉄を展開しろぉ!!」
千冬が身を乗り上げて叫ぶが
「その必要無しッ!!」
地面に触れた瞬間、身体を捻りながらの五点着地で落下の衝撃を5箇所に分散させる事に成功し
「はい、100点」
上手く聳り立つ恭一、キメのポーズもバッチリだ。
パチパチパチパチ
「あ?」
そんな少年の背後から、称える拍手あり。
「見事な五接地転回法だったのサ」
「.......アンタは」
キセルを口に咥え、紫煙を虚空へ燻らせる隻眼隻腕女人、アリーシャ・ジョセスターフが相も変わらず、薄い笑みを浮かべて佇んでいた。
「..........あーっと」
取り敢えず、手にあるおみくじに視線を落とす。
『半吉』.......待人来たる。
「待ってねぇよ、無ェ」
大吉でも凶でも無い、中途半端なモノを引いた恭一は此処に、再びアリーシャと相対する事となった。
恭一:ライダー助けて!
アリーシャ:誰が大声出していいっつったおいオラァ!!(大声)