野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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旅はもう始まってる、というお話



第伍話 東京の車窓から

「京都まではどれくらいで着くんだ?」

「約2時間と聞いているぞ」

 

東京駅から新幹線も出発した処で、恭一と箒は早速他愛無い話に華を咲かせる。

恭一もそうだが、箒だって今の時を大いに待ち侘びていたのだ。

 

自分の知らない処で、隣りに座っている恋人が怪我を負う日々の連続。

気が気で無かった、恭一を取り巻く激動も漸く安穏を迎える事が出来て、こうして一緒に穏やかな時間を過ごせている幸せを噛み締め、自然と笑顔が浮かぶのを自分でも感じていた。

 

「......箒、ありゃ何だ?」

 

恭一の視線の先には通路でワゴンを押している職員の姿が。

 

「あれは車内販売の売り子だな」

「ああやって、飲み物などを売ってくれますのよ」

 

箒の簡易な説明にセシリアが付け足してきた。

昨晩の座席大会には惜しくも箒に敗れたものの、通路を挟んだ恭一の隣りをちゃっかりキープしていたらしい。

飲み物というセシリアの言葉に恭一は反応を見せ

 

「すんません、コーラありますか?」

「ないです」

 

自販機で買う事を既に諦めている恭一、此処でのチャンスは得られず。

 

「ホットコーヒーなら御座いますが」

「あー、んじゃそれに.......んん?」

 

(.......高くね?)

 

機内販売物は新幹線に限らず、相場以上の値段がするものである。

 

「私は紅茶を」

「私も紅茶をお願いしますわ」

 

やっぱ無しで、と断ろうとしたが、箒とセシリアの声によりタイミングを外された恭一も取り敢えず買う事に。

 

(2人が買うのに俺だけ渋るのも、何かアレだし......いや良いんだけどね、別に)

 

意外とせせこましい男だった。

 

.

.

.

 

「京都と言えば古都の舞台と伺ってますが、私は紅葉も楽しみですわ」

 

風流を好むセシリアの言葉に

 

「それなら金閣寺が良いな。この時季なら紅葉も鮮やかに彩っているだろう」

 

箒が提案していく。

恭一は席を立っているので、この場に居ない。

カメラを持って離れた処を見ると、早速撮影係の仕事に取り掛かっているようだ。

そんな彼の席には現在シャルロットが座っている。

彼女は何やらパンフレットを読んでいるらしく

 

「何か目ぼしい物は見つけたか?」

「んっとね、建物じゃないけどコレが少し気になるかな」

 

シャルロットが開いたページを箒とセシリアが覗き込む。

そこに書かれているのは何処にでもあるような和菓子屋だったが、とあるモノを施しているらしい。

 

「へぇ......着物体験サービスですか」

「うん。どんな感じなんだろうね」

 

外国育ちの2人にとって、着物を着る機会など滅多に無いだけに興味津々である。

 

「自由時間はたっぷり設けられているんだ。悩まず気になった所へ行けば良いだろう」

 

京都へ着いてからの初日の最終集合場所は清水寺とされている。

それまでは基本的に自由行動という流れだ。

本当なら箒もセシリアも、これを利用して恭一を誘いたいのが本音なのだが、生憎恭一は旅行風景の記念撮影という重大な任務を任されているので、此処は我慢である。

 

(焦るな私。必ず恭一と2人になれるチャンスは訪れる筈だ)

(今は雌伏の時。まだ慌てる時間ではございませんわ)

 

「「 ふふふふふ 」」

 

何となく2人の考えている事が分かったシャルロットだが、触らぬ乙女に何とやら。

 

(他に何か面白そうなスポットは無いかなぁ)

 

引き続き、パンフレットに書かれた観光案内をチェックしていく事を選択。

その頃の恭一はというと。

 

ぐぅぅぅぅぅ.......。

 

腹鳴を響かせ、車内売店のショーウィンドウに張り付いていた。

 

 

________________

 

 

 

「頬が緩んでいるぞラウラ」

「はい! 今からワクワクが止まらないです!」

 

新幹線での旅はまだまだ始まったばかり。

だがラウラは千冬の隣りと云う事も含めて、早くもテンションが高かった。

 

「我々が泊まるのは、臨海学校と同じく旅館なのですか?」

「ああ、由緒ある老舗の旅館でな。きっとお前達も気に入るだろうさ」

「ちなみに教官はどの部屋にお泊りになられるので!?」

 

何やらいつぞや聞いた事のあるような質問が。

千冬もデジャブを感じているのだろう、少し間を置いてから

 

「.......聞いてどうする?」

「もちろん夜這いいだだだだッッ!!」

 

学習しないラウラは、やっぱり千冬から頭グリグリの刑を喰らう。

臨海学校の行きしなのバスと全く同じ光景だった。

 

「しかし少し小腹が空いたな」

「で、では一緒にコレを!」

 

ラウラが取り出したのは、ホームで恭一に買って貰った東京ひよ子。

 

「良いのか、私も貰っても?」

「1人で食べても味気無いですから、遠慮なさらず」

 

さぁさぁ、と掴んだひよ子菓子を千冬の口へと持っていくラウラ。

 

「......何をしている?」

「アーンです!」

 

ニコニコ顔で応える。

それは分かっているし、千冬が言いたいのはそういう事では無い。

 

(やれやれ、相当浮かれているなコイツめ)

 

普段なら、睨み一発で拒絶の意を示す千冬であるが

 

(まぁたまには良いか)

 

「仕方の無い奴だ」

 

と言いつつ口を少し開いた。

どうやら旅行の雰囲気に当てられているのは、彼女とて他の生徒達と大差は無かったようだ。

 

「あー......む」

 

パシャッ

 

「む?」

 

丁度ラウラからアーンされていた処で、近くからシャッター音が。

犯人は当然1人しか居ない。

 

「いい絵が撮れましたよ~っと」

 

撮影係としての記念すべき一枚目ゲットである。

 

「ムグムグ.......ごくん.......渋川、お前気配消していたな?」

「教師と生徒の楽しげな触れ合いシーンを逃す訳にはいかなかったもんで」

 

軽く頭を下げてくるが、まるで悪びれてないのが伝わってくる。

 

「即刻消せ、と言いたい処だが.......折角の旅行だ。此処で不満を述べるような無粋な真似はせんよ」

「恭一殿も1つ食べるかー?」

「おっ、そうだな」

 

ラウラからひよ子を貰おうと

 

「渋川くーん、こっちも写真撮ってよ~!」

「任せろい! 悪ぃラウラ、1つだけ残しててくれ!」

 

そう言って恭一は違うグループが出来ている座席へと移った。

 

.

.

.

 

「可愛く撮ってくれなきゃ、やだよんよん♪」

 

キャハッとポーズを取っている同じクラスのメガネっ娘、岸原理子。

一学期では話した事も無かったが、文化祭を経てからちょくちょく恭一に話し掛けるようになった女子の1人である。

 

「おう、任せろウザリン」

「ウザリンじゃなくて、リーコーリーンッ! おぅけぃ? どぅゆ~の~みぃ? どぅゆあんだすたぁぁぁん?」

 

自称ウザキャラなだけあって普通にウザい。

余りのウザさに一周回って面白く、恭一も彼女の事を結構気に入ってしまった程である。

そんな理子の隣りで同じく撮られるのを待っている女子がもう1人。

ロングヘアーに赤色のヘアピン2つ付けているのだが

 

「.......誰だ君?」

「ひ、ひどいっ! 話した事あ.......無いかも」

 

同じクラスメートでも恭一が覚えてない女子はまだまだ大勢居たりする。

どうやら彼女もその内の1人らしい。

名も知らぬ女子が抗議を続けるよりも早く

 

「それはひどいッ! ひどいよ、しぶりん!「しぶりんって呼ぶのやめろや! 歌うぞコラァ!!」だが断る! るーるるっるるるるーるるっ♪」

 

急に歌いだすリコリン。

ウザキャラに恥じぬウザさが此処でも光り輝いている。

ちなみに本音のように、理子も人にあだ名を付けたがる1人だ。

だが理子の場合は『リン』を付け足すのが絶対条件らしい。

 

彼女が言うには『きょうリン』も『いちリン』もイマイチらしく、紆余曲折を経て『しぶりん』となったのだ。飽く迄、彼女の中でだが。

ちなみに一夏は『オリリン』らしい。

『しぶりん』と『オリリン』どっちがマシなのか。

 

理子は放っておくとして

 

「改めて自己紹介するのもちょっと恥ずかしいんだけど......私は「陸上部の鏡ナギだよ! スピードに定評のあるナギリンだよ! スピードに定評のあるナギリンだよぉぉぉぉん!」2回言わなくて良いよ! ウザいなぁもうっ!」

 

放置プレイも何のその、本人を遮って理子が簡単に説明を果たし

 

(.......ウザ面白い)

 

そう唸る恭一の顔は完全なる能面だった。

けれども、色んな意味でインパクトは残せたのかもしれない、主に理子が。

そんな彼女達を写真に収めた処で、次に恭一の視界へ入ってきたのは

 

「まぐまぐ.......うーまーいーぞー!」

 

弁当を美味しそうに頬張る本音の姿だった。

リスの如くモキュモキュ頬を張っている本音を取り敢えずパシャリ。

 

「美味そうなモン食ってんな、のほほんさん」

 

弁当の包装紙には『スタミナ酢豚弁当』という文字と可愛らしい豚の絵が印刷されてある。

 

「おいひぃよ~う♪ しぶちーも買ってくれば~?」

「腹も減ってきたし、そうすっか」

 

本音に売り場の位置を聞いた恭一は、道中写真を撮りつつ目的の場所へと向かい

 

「.......弁当も高ぇ」

 

お腹を鳴らしながらも、ショーウィンドウの前で固まる恭一だった。

 

 

________________

 

 

 

ぐぅぅぅぅぅ.......。

 

(そういう事か)

 

ぐるるるるるぅ.......。

 

新幹線が出ちまえば、俺達の自由は制限される。

腹が減ろうが喉が渇こうが、外に買いに出る訳にも行くまい。

到着するまで我慢するか、中で買うかの二択が乗客者に与えられるって訳だ。

 

(そりゃあ、他より値段も張るわな)

 

絶好の売上チャンスなのだから、誰だってそうする。俺だってそうする。

だが此処で素直に買うのも、癪と言えば癪だ。

何と言えば良いのか、罠に引っかかったような気がして。

 

気が付くと恭一は弁当を見つめるあまり、ショーウィンドウに張り付いてしまっていた。

 

「何してんのアンタ? トランペットでも眺めてんの?」

 

そんな少年の背後から声を掛けてきたのは、黒人の紳士では無く

 

「.......鈴か。新幹線の弁当って高いと思わねぇか?」

 

ある意味、遠慮せずに話せる友の登場に、早速愚痴る恭一。

 

「まっ、商売上手って事よ。なに? それで突っ立ってたって訳? 買わないんならどきなさいよね、あたしもお腹空いてるんだから」

 

鈴も弁当目当てで此処へ来たらしい。

 

「か、買うわい! そんな急かすなよ!」

「いや何でそんな必死なのよ.......アンタなに、もしかしてびびってんの?」

 

むかちーん。

 

「だぁぁぁれがびびってるだァ!? 飯食うのにケチる馬鹿がいるかよ! ちょっとお兄さん、此処で一番高いの―――」

 

並べられた値札群を0コンマ2秒で把握

 

「―――はやめて、このヤングハンバーグ弁当を1つオナシャス」

「かしこまりっ!」

 

無謀は勇無き者のする事也。

 

「高けりゃ美味いって訳じゃ無ェんだよ」

「何処見て言ってんの、アンタ」

 

一応目的は果たした恭一、その場から立ち去ろうと

 

「あ、ちょっと待ちなさいよ!」

「あん? なんだよ、俺の弁当はやんねぇぞ?」

「いらないわよアホ! 今まさに買ってるトコでしょうが!」

 

プンスカ突っ込みつつ、売店主から弁当を受け取った鈴。

 

「アンタ今回の旅行の撮影係なのよね?」

 

勿論、恭一だけでは無く他のクラスにも居るのだが。

 

「おうよ、激写しまくってやるぜ」

「そう。ならちょっと頼みたい事があんのよ」

 

.

.

.

 

此処では言いにくいとの事で、デッキまでやってきた恭一と鈴。

早速、鈴は恭一に頼み事を打ち明けていった。

 

「.......ふむ」

「ま、まぁ別に? 絶対って訳じゃ無いけど? 折角の旅行だし? 所謂アレよアレ! 気まぐれってヤツ?」

 

頼み事の内容を言った照れ隠しなのだろう。

早口で捲し立てる鈴だが、その想いは非常に恭一と通じるモノがあった。

 

「分かったぜ、鈴」

「ほ、ほんと!?」

 

あっさり承諾してみせた恭一に鈴の顔にも花が咲く。

 

「織斑が写ってるんじゃなく、飽く迄お前が望むのは2人きりの写真なんだな!」

「ちょっ!?」

 

いやそうなんだけど!

何でコイツはそうはっきり言うのよ!

 

「任せろ鈴! バッチシを撮ってやんぜ! お前と織斑のツーショ―――」

「いちいち声がデカイのよあんたァ!!」

 

顔を真っ赤にさせた鈴からのハイキックを軽々と避け

 

「うひゃひゃひゃ! 想いは熱くても蹴りは相変わらず遅ェな!」

「むっか~~~~~ッ!!」

 

手に持つ弁当を放り投げ.......るのは良くないので、取り敢えず邪魔にならない所へ置いた良い子な鈴。

その隣りに自分の弁当もちゃんと置く恭一。

此処までくれば、互いにやる事は1つ。

あとはタイミングだけなのだが

 

「リハビリの相手にはちっと不足かも。かもかも~♪」

 

理子のウザさが恭一へと乗り移り、鈴の沸点も楽々突破。

 

「傷口開いて泣かしてやるッ!!」

「うわははは! 飯前は運動しねぇとよォ!!」

 

2人の間で、ある種の恒例となったプチ喧嘩が

 

 

「餓鬼共.......こんな狭苦しい場所で何をしている?」

 

 

ビビクンッ

 

 

始まるよりも前に、GTOの怨声が2人を包み込んだ。

ここでのGTOとは『ごっつ強い織斑先生』の略らしい。

ちなみに命名者は山田真耶。

 

(あー終わったなコレ)

 

既に諦めている少年の隣りで

 

「そ、それじゃあアタシはこれでっ.......は、放しなさいよ恭一!」

「ぜってぇ嫌だ。俺はお前を死んでも放さねぇ」

 

逃走を図る鈴を掴んで放さない恭一。

苦を味うのなら、1人よりも2人で逝こう精神の持ち主だった。

 

「別に拘束を解いてやっても良いんだぞ、渋川.......何人たりとも、逃がすつもりは無いがな」

「ひぇっ.......」

「うへへへへ、一緒に怒られようぜ。ヒーッヒッヒッヒッヒッ!!」

 

 

2人は京都へ着くまでの間、無茶苦茶正座させられた。

恭一だけはゲンコツのオマケ付きで。

 

 

________________

 

 

 

「うわっ!? こんなトコで何やってんだよお前ら!」

 

ジュースを買いに来た一夏、正座組と遭遇する。

 

「テメェのせいだぞ、織斑ァ!!」

「アンタのせいよ、一夏ァ!!」

 

「意味分かんねえッ!?」

 

 

何はともあれ、京都はもう目前だ。

 

 





京都に着けば大人しくしてるでしょ


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