カツ丼よりも肉丼、というお話
「さて、そろそろ本題に入っても良いわよね?」
「.......ぼへぇみあぁん......」
箒が部屋から出て行き、はや数分。
今、此処に残っているのは千冬と楯無の2人。
『亡国機業』との結末を聞くためである。
「.......のほんはぁぁぁぁん......」
目の前の魂が抜けかけている少年から。
「かなり堪えてるみたいですね」
「コイツが自力でコーラを買えた処など、見た事無いからな」
季節は11月も終わりに向かっている頃。
入学してから半年が経っても、自力での入手は失敗の連続らしい。
「まぁこれを機にコイツの無茶が減ってくれれば、私としても安心だ」
「動機がバカ過ぎてアレですけどね」
.
.
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「それで、スコールはどうなったの?」
腑抜けモードから何とか回復した恭一に、改めて楯無が問い掛ける。
特に隠す事は無い。
恭一は起こった事をありのまま2人に話したが
「いやなに普通にスカウトしちゃってるの!?」
「うへへ、面白いだろ?」
「面白くないわよ!」
テロリストをIS学園へご招待なんて、意味不明にも程がある。
かと言って、スコールも恭一の言葉を本気にしているとは思えない。
「スコール・ミューゼルという者はお前が其処まで買う人物なのか?」
「ええ。少なくとも束姉ちゃんと会ってなかったら、俺はあの人と一緒に居たかもしれないって思うくらいには」
「ほう......それ程か」
これには楯無も、聞いた千冬も少なからず驚きを見せた。
恭一が此処まではっきり言葉に表すのは珍しい。
唯、強いだけなら恭一は何も言わないだろう。
どうやらスコールの心意気に感じるものがあったらしい。
「亡国機業を取るか、俺との遊びを取るかはスコール次第。終わった事をゴチャゴチャ言ってても仕方無いっスよ?」
「何でけしかけた本人が偉そうなのよ」
幸いスコールの正体を知る者は少ない。
もし彼女が後者を選んだのなら、恭一はフォローする気でいる。
それこそ、生徒会長の権限と己の力をフルに活用して。
「......もしも前者だったら?」
「そん時は見逃した責任を持って全力で潰すさ」
どっちに転んでも恭一的には美味しいか?
いや『亡国機業』の者として、再び立ち塞がれば、その時は恭一だけで無く皆も参戦するだろうから、出来ればやはり後者を選んで欲しいのが本音である。
話は終わりだと言わんばかり、恭一はベッドで横になった。
「まぁ今はゆっくり休むと良い。更識もそろそろ食堂へ行ってこい」
「一応、恭一君から言質も取れましたし、そうします」
更識家として考えるのなら、どっちの方が良いのかしらねぇ。
確かにスコールがIS学園に来るのなら、直接監視も出来るし、情報も貰えるってメリットはあるか?
いやでも、こっち側の味方になるとは限らないし。
(うむむむぅ......分かんないッ!)
昨日の今日で展開が激変する事は流石に無いだろう。
流れに身を任せるのは好きではないが、今はスコールの出方次第と云う事にしておきましょうか。
更識家当主から一学生の頭へ切り替える。
「それじゃ私は食堂へ行きますけど、織斑先生は?」
「私は恭一に来たるべきオムツを「着けねぇっツってんだろがッ!!」ちっ......」
残念そうな千冬と共に、楯無も部屋から出て行く。
それを見送り終えた恭一はベッドの上で大の字となり、傷を癒す事に専念した。
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「ひまひまひーまーひーまー」
決して広くない部屋でゴロゴロしているのは、先日恭一に敗れたレイン・ミューゼル改めダリル・ケイシー。
恭一の計らいで拷問も尋問もされていない彼女だが、手持ち無沙汰なのは変わりない。
当然ISも携帯も今は取り上げられているので、ボンヤリした時の中で過ごすしかなかった。
唯一、話し相手が来るのは昼と夜の2回。
スパイに対して食事まで与えてくれる好待遇っぷりには、少なからずダリルも驚いたものである。
「.......おっ」
扉の開く音が聞こえた。
そろそろ昼食の時間という訳だ。
まぁ持ってくる者は決まっている。
前生徒会長の更識楯無だ。
ツってもアイツは一言二言話して直ぐに引き返すモンだから、あんまり楽しくは無いんだが、贅沢は言ってらんねぇか。
「ひまひまひーまーひーまー」
「.......あん?」
牢屋の前にはいつもの更識。
そして織斑千冬と、包帯男?
「お前......渋川か?」
コイツまだ治ってないのか?
いや、オレと殺り合った時よりも傷が増えてる。
この短期間で、一体誰と?
「更識家当主にブリュンヒルデと生徒会長......学園トップ3が揃い踏みたァな。死刑宣告にでも来たのかい?」
「ある意味そうかもしれねぇっスよ」
「あ? どういうこったよ?」
牢屋の鍵を開け、中へ入る。
入ったのは恭一のみで、楯無と千冬は外から眺めているだけだ。
そんな少年の手には二人分の昼食が。
「ほい、こっちがダリル先輩の分ね」
「お、おう......?」
意図は分からないが、ダリルもお腹を空かせていたのは事実。
恭一も普通に食べ始めたので、彼女も其れに手を付けた。
「傷を増やしてオレの所に現れたってこたァ......そういう事なのか?」
理解が早くて助かる。
「ああ、スコールと闘ってきた。んで―――」
アンタは自由だ。
そう言って、恭一から携帯と彼女のIS『ヘル・ハウンド』が形態されたチョーカーを渡される。
「レイン・ミューゼルとしてスコールの元へ帰るのも良し、亡国機業の元へ帰るのも良し。今回だけは後ろの二人も見逃してくれるってよ」
「っ......スコール叔母さんは生きてンのか!?」
「殺すにゃ惜しいおばさんだからな」
叔母さんでは無く、ナチュラルにオバさん呼ばわりした恭一に対し、突っ込もうかどうか迷ったが、此処はスルーを選択。
「後で連絡してみな。俺から話を聞くより、スコールから聞いた方がアンタにとっちゃ良いだろう」
「そうさせて貰うぜ」
話を戻して。
「まだまだアンタには選択肢がある。ダリル・ケイシーとしてIS学園で新たな人生を歩むって道もな」
「.......おう」
それも分かっている。
この牢屋に入れられて、一週間。
考える時間はあった。
それでも中々答えは出てくれやしねぇ。
うむむ、と唸るダリルを前に
「眉間に皺を寄せてどうなる? アンタも強者を唱うなら本心で生きてみろよ」
小難しく考えるのは小者のする事。
己に自信を持っているのなら、アレコレ考えずとも唯、進めば良い。
その者が真に強者たられば、立ち塞がる壁をも壊せる筈なのだから。
「.......オメェほんとに年下かよ?」
何か前も同じような事をコイツに言った気がする。
何処までも単純な恭一の言葉に、ダリルからも笑みが零れた。
(まずはスコール叔母さんに連絡して......その後は.......そうだな、取り敢えずフォルテのアホをからかってやるか)
少しだけ吹っ切れたダリルは、恭一と共に肉丼をカッ喰い始めた。
.
.
.
「アンタも世界と喧嘩したい口なンか?」
「何だよ急に」
ご飯も食べ終え、今は温かいお茶で一服中だ。
本題も終わったと云う事で、千冬と楯無も共に中でお茶を頂いている。
「喧嘩っつーか......オレの場合はブッ壊したかったんだよ、この下らねぇ世界をな」
何もかんもが下らねぇ。
テメェじゃ何も出来ねぇ癖に、権力を笠に調子コいたクズ野郎共。
男だからって女を下に見るカス共。
ISが出ても結局は一緒だ。
カス男がカス女に入れ替わっただけ。
偉そうだった男共が女に媚び諂うようになった分、気持ち悪さは上がっちまった。
(へっ......我ながら、呆れた性根だ)
自分はスコール叔母さんとは違う。
闘いそのものに熱くなれるあの人とは違う。
オレだって闘い自体は嫌いじゃねぇが、どっちかっつーと気に入らねぇ奴を這い蹲らせる方が好きだ。
(そんなオレでも.......そんなオレだって.......何かに熱くなってみてぇなぁ)
「前から思ってたんだけどさ、亡国機業って裏でコソコソやって面白ェのか?」
「あァ?」
恭一も別に表立って暴れろなんて言っている訳では無い。
『亡国機業』を声高に叫んで、テロってる奴が居れば、彼の格好の餌食となろう。
主に玩具的な意味で。
「裏街道爆進してもそれなりに楽しめるかもしンねぇけどさ、アンタの相手は世界なんだろう?」
「お、おう......?」
何が言いたいんだコイツ?
「今、世界で一番デカイ催し事って何ですか、千冬さん?」
「それはやはり『モンド・グロッソ』だろうな」
ISが力の頂点に在るのは間違い無い。
その認識は、ほぼ全人類の共通事項である。
故に、IS同士での対戦は人々の関心を得るのだ。
そして『モンド・グロッソ』には世界各国の代表者が出場する。
世界の頂点の座を賭けて。
「つまりアンタが潰してぇ世界を代表する奴らが全員、一同に会するって訳だ」
「.......オメェ」
『モンド・グロッソ』を襲撃しろ?
いや、コイツはンな事言ってるんじゃねぇ。
「オレに『モンド・グロッソ』へ出ろっツってんのかよ?」
「何言ってんだ? 唯、出るだけじゃ面白くねぇだろ! ついでに全員ボコッて優勝掻っ攫ちまえよッ! うわははは!」
(こ、コイツやっぱバカだ)
何が可笑しいのか、ケタケタ笑う恭一を呆れてながら
「あのな、渋川。簡単に言うけどよ、そもそも国の代表に選ばれる事すら難しいんだぜ?」
特にアメリカの代表者はあの『イーリス・コーリング』だ。
実力は間違いなくワールドクラス。
スコール叔母さんから聞いたが、今年の夏頃から更に強くなったらしい。
「おいおい......アンタは行動すンのに、いちいち簡単か困難かで決める気かよ?」
「........それは」
悔しいが、先程つい反論してしまった手前、言葉が続かない。
「どんな道でも進んでみねぇと、見える景色は何時までも変わらねぇモンだ」
「オレが見てる景色.......か」
今まで考えた事も無かった。
下らない世界もオレの歩む道が変われば、変わるモンなのかな。
(.......オレも、進んでみるか)
「ん? そういや織斑千冬はブリュンヒルデだったな、それに更識はロシアの代表者だ」
ダリルは2人を見る。
特に話に入る事無く、お茶を楽しんでいた彼女達は静かに頷いた。
「どうだい? アンタは最強の称号を得て、何か変わったかよ?」
「ふむ.......そうだな」
ダリルから問われ、手に持つカップを置いた千冬は
「あの頃の私にとって『モンド・グロッソ』は通過点だった。渋川恭一との差を埋めるためのな」
そう言って、軽く微笑んだ。
「当時はまだ私も子供だったけど、織斑先生の圧倒的な試合運びは今でも覚えてますよ」
「よせ。何やらむず痒くなる」
「そういやスコール叔母さんが何度も観てたっけなぁ」
当時、恭一は俗世と離れた生活をしていたため、当然詳しくは知らない。
織斑千冬の羅刹姫伝説は今でも語り草になっている。
当時から世界では『キャノンボール・ファスト』のような観衆を楽しませるエンターテイメント性の強いイベントは数多く存在していた。
そのような場合では千冬も観衆を沸かすために『零落白夜』を発動させた。
そんな彼女だが、公式戦において『零落白夜』を発動させたのは、一回のみ。
第一回『モンド・グロッソ』での決勝戦だけである。
「聞いてみたかったんですけど、どうして『零落白夜』の使用を拒まれてたんですか?」
「拒んでいた訳では無いのだがな」
自分は強くなったという自負心。
その心を粉砕した年下の少年を見返すために、より強くなりたかった。
ノーグラブでリベンジを果たしたかった千冬にとって『モンド・グロッソ』はあくまで剣捌きや足捌きの修行の場だった。
恭一との試合に使わない『零落白夜』を顕現させて戦っても理由が無い。
彼女が使用しなかったのは、この一言に尽きる。
「そういやお前さんは出ないのか?」
「.......俺?」
「専用機は無いとは云え、オメェ程の実力者だ。既に話位は来てんだろ?」
恭一の元には来ていない。
「千冬さん『モンド・グロッソ』って生身で「出られる訳無いだろ、超アホ」ひでぇ.....」
当たり前である。
飽く迄ISの大会なのだから。
そもそも、そんな発想に至る人間など、世界中でもこの少年位だ。
恭一も別に輝かしいクリーンな試合が嫌いな訳では無いのだが。
ダリルやスコールと闘った、喧嘩でないと燃えないのも事実。
『モンド・グロッソ』に出場すると云う事は、これ以上無い栄誉であり、これからの人生を司る大きなステータスにもなる。
それを目標に、努力を惜しまない候補生も代表者も大勢存在しているのだ。
名誉も栄誉もうんこな恭一にとって、何としてでも出たい程の魅力は感じないらしい。
「そもそも候補生の話すら来てねぇし.......ん?」
何やら千冬と楯無に反応アリ。
「あー.......まぁ今だから言えるが、その話は来ていたんだ」
「へ? そなの?」
全く以て初耳である。
「恭一君が入学して直ぐにね、君を候補生にしようとする動きがあったのよ」
「早くないっスか? 流石にそんな最初じゃ、実力もクソも―――」
それは決して恭一の実力の高さを見込んでの指名では無かった。
日本はISが生まれた国。
当然、今も女尊男卑の風潮がある国の一つだ。
女にしか動かせない筈のISだが、ブリュンヒルデの弟ならまだ分かる。
しかし、もう1人は一般人も良い処。
そんな者が女が強いこの時代の脅威となって良い筈がない。
それ故に、日本のトップを多く占める女性陣は恭一の処遇を低くした。
未だに彼が寮へ住む事を許されないのもその一つだ。
そしてもう一つ、彼女達が密かに計画していたのは見せしめである。
日本は他の国に比べて代表候補生が多い。
そして、国家の代表を決めるには特設アリーナにて試合を行う訳だが、当然多くの一般客が見に来る。
更に、その模様は全国中継という形で配信されるのだ。
彼女達が描いた図はこうだ。
専用機も貰えず、訓練機で無様に負ける恭一の姿を全国に晒し上げる。
2人の男性起動者の出現により、調子に乗る男達に釘を刺すためだ。
ISを起動させても男は女よりも弱い、という事を。
しかしその目論見に亀裂が走った。
最初はタッグトーナメント戦での瞬殺劇。
この時は一年生同士と云う事もあり、マグレだと一笑に付したが、問題は『キャノンボール・ファスト』だった。
『サイレント・ゼフィルス』襲撃時、アリーナには学園生徒や一般客以外に、各国政府関係者も呼ばれていた。
勿論、日本政府の者もその場所に居た訳で。
箒との合わせ技だったが、恭一はアリーナの観客を助けている。
その中には、それまで彼を見下していた政府関係者も含まれていた。
その結果、小さな波紋が起こり始める。
実力を認め、彼を色眼鏡で見なくなる者、感謝する者。
実力を認め、渋川恭一という男を脅威と見倣す者も。
実力が発覚したからこそ、候補生の話を白紙に戻したのだ。
男である恭一の活躍がこれ以上、日の目に当たるのを恐れて。
「すんげーどーでもいい」
「ふっ......まぁお前ならそう言うと思ったさ」
「ですよね」
このような反応になると分かっていたから、2人は恭一には伝えてなかった。
恭一も恭一で、2人から明かされた秘話に興味も湧かないようで
「この話はもうやめましょうや。ハイサイ!! やめやめ」
話を切り上げ
「ならオレはスコール叔母さんに連絡入れてから、フォルテに会いに行ってくらぁ」
「私もそろそろ教室に戻らないとね」
「恭一、部屋まで送ろう」
三者三様が同時に立ち上がった。
(突っ込まれないのも、それはそれで寂しいモンがあるな)
『そうそうハイサイ!........ってお前沖縄人じゃないだろ!』
この場に一夏が居たら、前述のノリを披露してくれただろう。
千冬に肩を預けながらも、そんな事を思ったそうな。
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「一つ聞いて良いですか?」
傷が開かぬよう、ゆっくりと恭一の部屋まで歩く2人。
恭一は先程の話でふと気になった事を聞いてみる。
「決勝戦で『零落白夜』を使った理由は?」
「......相変わらず抜け目のない奴だ」
決勝戦だから。
観衆の期待に応えて。
当時は色々詮索されたが、千冬はその事に関して黙秘を貫いた。
決勝でも使うつもりは一切無かったのだから。
「使ったのでは無い......顕現させられたのさ、負けを嗅ぎ取った本能にな」
「.......千冬さん程の手練が?」
千冬が此処まで評価する人物は珍しい。
恭一も興味を唆られる。
「何れお前の前にも現れるだろう。名前は知っておけ」
―――イタリア代表、アリーシャ・ジョセスターフ
第2回モンド・グロッソ大会優勝者だ。
次から修学旅行編かな(#゚Д゚)y-~~