野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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変わるモノ、変わらないモノ。
というお話



第139話 密談論風発 -後編-

「あら、顔の包帯取れてるじゃない」

 

本日の来客者は鈴。

水筒から湯気を漂わせ、お茶を入れつつの言葉である。

どうやら顔の火傷は癒えたらしい。

 

「あたしがブレンドした中国茶よ」

「おう、ありがとな」

 

カップを受け取り

 

「うん......いい香りだ」

 

ゆっくり口を付け、体内に染み渡らせる。

 

「身体がポカポカしてくるなぁ......何より、美味い」

「中国茶は茶葉を発酵させてんのよ。だから香りも味わいも深みが出る。まぁアンタならそれ位、知ってるでしょうけどね」

「いや、俺がブレンドした中国茶よりも深みがある」

 

ふくよかな香りと僅かな甘みを味う。

 

「日本の玉露も良いんだけどね、あたしには少し物足りないのよ」

「フッ......美味い玉露が飲みてぇなら、お礼に今度俺が淹れてやる。番茶も煎茶も焙じ茶も発酵はしてないが、自信を持って美味いと言える」

「それは楽しみにしてるわ♪」

 

.

.

.

 

「それにしてもアンタってば、これで何回目よ?」

「あん? 何が?」

「定期的に重傷負ってるって話よ」

 

鈴が知るだけで数回である。

数回と云えば、少なく感じるかもしれないが、普通に学園生活していたら早々無いのが当たり前だ。

 

「無人機にタッグ戦、文化祭の時と今回......半年で4回ってよく考えたら異常よね」

「うわははは! 退屈してねぇ証拠だな!」

「いや何で嬉しそうなのよ」

 

呆れてしまうが、それももうある意味で慣れた。

普通に話してるけど、昔のあたしはコイツを殴ったのよね。

鈴は自分のカップにもお茶を入れながら、嘗ての事を思い出していた。

 

『アンタ頭おかしいわ、狂ってんじゃないのッッ!?』

 

クラス代表による対抗戦。

一夏と鈴との試合中、突如現れた無人機。

 

あたしはコイツの言動、眼、仕草、全てに恐怖した。

あたし達が殺されようが、どうでも良いと言った時の眼に。

その頃から親しげだった箒を庇った事を気まぐれだと認めたコイツの眼に。

 

『私はアンタをもう信じない。信じられない......』

 

そんなあたしがコイツを見舞いに来るようになってるもんねぇ。

それはきっとあたしの中でこのアホの印象が変わったから。

コイツはどうなのかしら?

 

「.......」

「な、なんだよ?」

 

ジッと見つめているつもりが、恭一からすれば睨まれているように思えたらしい。

 

「......アンタさ、あたし達の事どう思ってんの?」

「は?......なんだお前、俺に惚れた「殺すわよ」ひぇっ......じょ、冗談だよ。そんなマジになるなよう」

 

コイツにシリアスな問いかけをしたあたしが馬鹿だったわ。

アホには勢いで聞いた方が良い!

 

「だーかーらぁ! アンタはあたし達の事をどうでも良いってまだ思ってんのかって聞いてんのよ! アホ! アホアホ恭一!」

 

鈴も鈴で言ってて恥ずかしくなったのか、いつもよりアホが多かった。

そして恭一にも彼女が何を聞きたいのかが伝わる。

 

(......無人機の時の事を言ってンのか。これもまた懐かしい話だ)

 

懐かしむように瞑目していた恭一は、ゆっくりと目を開け

 

「人間の感情は移ろいゆくモノ。過去と現在では想いも変化するモンだ」

「答えになってないわよ? はっきり言いなさいよ、アンタらしくも無い」

 

出来ればこれで察して欲しかった恭一。

いや、実は鈴も薄々察してはいるのだが、ちゃんとした言葉で言って欲しいのだ。

 

実際、あの頃は他人の事よりも自分の強さへの追求、欲求が一番大きかった。

 

でも、今は―――

 

「今は.....そうだな。お前達と過ごしている時間が愛おしいよ」

「っ......あ、アホ! アホアホアホッ! ほんっと恭一はアホね!」

「な、なぜっ!?」

 

真面目に答えた結果、コレである。

何て事は無い、鈴の照れ隠しだった。

 

「ほら、お茶のおかわり欲しいでしょ!? 注いで上げるわよ!」

「お、おう......?」

「ほら、せんべいも買ってきてやったんだからね! お茶に合うんだから!」

「そ、そうだな」

 

いつも以上にワチャワチャしてしまっているが、大人な恭一はこれをスルー。

 

(突っ込んだらプンスカ怒るのは目に見えてるもんよ)

 

「さっさと傷治しなさいよね! 初めての修学旅行楽しむんでしょうが!」

「......そうだな」

 

何だかんだで一番見舞いらしい見舞いだった。

 

 

________________

 

 

 

「待たせたな、恭一!」

「待ってたぜ、コーラ!」

 

コーラを持ってやって来た一夏の登場に、恭一もご満悦だ。

 

「ん? 今コーラの事、織斑って言わなかったか?」

「何言ってだお前」

 

.

.

.

 

「―――んで、俺がやったタイヤは活用してンのか?」

「おう! 朝と夜に腰に巻いて走ってるぜ。まだタイヤは1つが限界だけどな」

 

一夏の誕生日にタイヤをプレゼントした恭一。

足腰だけで無く、体幹まで鍛えられる優れモノであり、瞬時加速の更なる可能性を目指している一夏にとって、これ以上無い鍛錬道具となっていた。

 

普段学園では鍛錬の話よりも、授業内容について、日常の話が多い2人だが。

夏休み辺りから学園外になると、一夏はよく恭一に教えを請うようになっていた。

いつもなら実践を踏まえて説明を受けるのだが、流石に今は怪我人と云う事もあり、簡易的な講習となっている。

それでも少しでも頭に入れようと、メモを取る少年の姿に、恭一は人知れず目を細めていた。

 

「この間さ、そろそろ良いかなってタイヤを2つにしてみたんだけど」

 

結果は彼の沈んだ顔で言わなくても分かる。

とはいえ、恭一が送ったタイヤは1本65kg。

それが2本となると、当然身体に対する負荷の増加も並では無い。

 

「強靭な肉体ってのは、一朝一夕で出来るモンじゃねぇ。焦る必要は無いさ」

「ああ、でもつくづく思い知らされるよ。俺は千冬姉ェや皆みたいな天才とは程遠いんだなって......」

 

―――言葉に逃げるなよ、織斑

 

「えっ......」

「『天才』なんざ大昔の負け犬が作った言葉だぜ? 俺とは違う、アイツは『特別』だってな」

 

天才だと褒めるのと羨むのは同じようで、まるで別物。

 

「俺達に出来る事は小さくても一歩ずつ進む事だろう? 今までも、そしてこれからもな」

「恭一......」

「俺だって、お前だってそうさ。4月のお前と今のお前。立っている場所は違うだろ」

「あっ......あ、ああ! そうだな.....そうだよな!」

 

噛み締めるように頷く一夏に

 

(......これじゃデュノアに揶揄われても仕方ねぇな)

 

いつから自分はこんなにもお節介になったのやら。

九鬼のじいさんじゃあるまいし。

だが、悪くはない。

 

「なぁ、織斑よ」

「どうした?」

 

「お前、いつか言ってたな? この力で家族や友を守るってよ」

「ああ」

「その想いに変わりは無ェか?」

「ない。今の俺が言ってもカッコ悪いかもしれねぇ。でも俺は千冬姉ぇや皆を守るために強くなるって決めたんだ」

 

真っ直ぐな瞳に揺るぎない心を感じる。

 

「......そうか」

「おう! で、それがどうかしたのか?」

「別に、何となくだよ」

 

話は終わりだとする恭一だが

 

「嘘だゾ、絶対何か理由があって聞いたゾ。なぁ教えてくれよぉ~」

 

ねっとりボイスな一夏。

 

「急に何だよ気持ち悪ィな!」

「いいだろぉ気になるだろぉ」

 

.

.

.

 

「皆を守る、か」

 

金剛を喰らい、床に倒れ伏す一夏に毛布を掛け、グラスに新たなコーラを注ぐ恭一だった。

 

 

________________

 

 

 

「おおっ、上半身以外は包帯が取れているじゃないか!」

「おう。流石、束姉ちゃんって処だな」

「見た処、安静にしているみたいで何よりだ」

 

恭一が背もたれているベッドの横に備えてある2つの椅子。

其処に座るは箒と千冬。

本日の来客者はこのコンビらしい。

 

付き合って数ヶ月経ったが、意外とこの3人だけで過ごす時は少なかったりする。

付き合う前も、渋川道場には最初は3人だけだったが、楯無が加わり後に続く形で1人、また1人と加わっていった。

 

(千冬さん、分かってますね?)

(それは私の台詞だ。お前こそ分かっているな?)

 

この間の誕生日会では不甲斐ない姿しか見せなかったこのコンビ。

恭一からも駄目出しを受けてしまったあの日。

 

しかし、それは2人を成長させるきっかけとなった。

 

私達がいがみ合ってはいけない。

少なくとも、恭一と過ごす時は絶対に。

その事を深く胸に刻んだ箒と千冬である。

 

「そうだ、楯無会長から聞いたぞ。3日後の修学旅行で囮役を買ったらしいな?」

 

箒の視線が鋭くなる。

楯無は今日、一夏達に説明したのだ。

当然、レインとスコールの存在は伏せて。

 

京都には『亡国機業』の拠点があると。

きっと修学旅行に何かしてくる筈だと。

故に恭一が囮となって、襲いかかって来た処を皆で一網打尽にする。

 

最初は皆も反対した。

また、恭一を危険な目に遭わせるのはどうなんだ、と。

 

『恭一君以上に適任は居ない。彼より強い子が居るのならその子に譲るわ』

 

その言葉で押し黙るしかなかった。

その代わり、必ず成功させるんだと其々が静かに拳を握った。

 

「頼むから、無茶だけはしないでくれ恭一。お前が重傷を負ったと千冬さんから聞いた時、私はっ.......私は心が張り裂けそうになったんだ.....」

 

恭一の強さは誰よりも知っているつもりだ。

だが、それでも怖いんだ。

 

「お前がもしも居なくなってしまうと思ったら......私は耐えられそうに無い」

 

私は強くなった。

恭一と出会って、姉さんと和解出来て、あの頃よりも確実に強くなれたと思う。

でも、同時に私の心は弱くなった気がする。

 

(恋は人を強くすると言うが、そんなのは嘘っぱちだったな)

 

自嘲気味に笑う箒の頭に手を乗せ

 

「大丈夫だ。今回の策は完璧、でしょう千冬さん?」

「ああ、私も出るんだ。必ず成功する......守ってやるさ、必ず」

 

暗い雰囲気を吹き飛ばすように、恭一は手を叩く。

 

「京都って云えば観光スポットで有名らしいですけど、オススメとかありますかい?」

「ふむ......そうだな」

 

恭一の言葉に千冬は腕を組み

 

「定番だがやはり金閣寺、銀閣寺、そして清水寺は外せないだろう」

「千冬さんの言う通り、清水寺は良い。清水の舞台と称される程だからな!」

 

漸く箒の表情にも笑顔が宿る。

 

「時代は変わるが、新選組の屯所跡や坂本龍馬で有名な霊山護国神社など、縁の地を巡るのも一興だろう」

「ふんふむ。ナルホドナー」

 

京都探訪も良いが

 

「旅館の飯は?」

「......おそらく肉が出るだろう」

「ひゃっほうッ!! 楽しみだな、箒! 千冬さん!」

「今までで一番声が弾んでいるじゃないか......」

 

風流も好むが食も好む。

突っ込みつつも、今更別段呆れる事も無かった。

 

.

.

.

 

「それではそろそろ寮へ戻るか」

「そうですね。流石に私達が就寝時間を破ってはいけませんし」

 

穏やかな時間もあっという間。

2人は名残惜しそうに椅子から立ち上がる。

 

「あー......京都の話なんスけどね」

「む、まだ何か気になる事があったか?」

 

扉の前で呼び止められ、箒と千冬は振り返った。

 

「いや、なんてか......3人で回れる時間が出来たら良いな~、なんて」

 

そっぽを向いての、珍しいお願いだった。

 

「出来ますか? 出来ますよね千冬さん? 出来るに違いない!」

 

恭一からこのような事を言ってくるのは稀も稀。

貞子と伽耶子とひきこさんが揃う位、稀である。

 

「ふむ。恭一は今回何処の班にも属して無いし、時間は限られるが可能だろう」

 

口振りは極めて冷静だが、頬が緩んでいるのがバレバレな千冬。

3人で回る事も決まり、これで本当に今夜はおしまい。

 

その筈なのだが

 

「......えっと、お二人共帰らないんですか?」

「千冬さんからどうぞ」

「箒から出ろ」

 

(あ、アカン。この流れいつものヤツじゃないか......?)

 

「私はほんの少し恭一に用があるので、それを済ましてから帰ります」

「私も少し忘れていた事があった。それをしなければならん」

 

(ないよーないよー)

 

恭一の心の声など届く筈も無く

 

「おやすみのキスしような恭一。私としような恭一!」

 

怖い。

 

「私とキスした方がエデンへ行けるぞ恭一。さぁ私としよう恭一!」

 

エデンって何?

こっちも怖い。

 

「私としよう!」

「私とだ!」

 

「どっちともしねぇよッ!! 恥ずかしいだろが!」

 

どっちとしようが、片方には見られる訳で。

箒と千冬が相手でも、流石にそれはまだ恥ずかしい訳で。

 

「「 私は一向に構わんッッ!! 」」

 

「烈海王が2人!?」

 

リーサルウェポンと化した2人。

 

「暴れんなよ......暴れんなよ.....傷が開く」

「箒の言う通りだ。お前は楽にしていろ」

「えぇ......」

 

30分後、ツヤツヤになった2人は満足そうに帰っていった。

 

「......長かった」

 

恭一の呟きを残して。

 

.

.

.

 

箒達が部屋から出て行って数時間が経った頃。

恭一は鏡の前で己に巻かれた包帯を全て剥がす。

 

「.......良し」

「鏡なんかに見とれちゃってェ。自慢の肉体チェックかな?」

「来てくれたか、束姉ちゃん」

 

既に部屋に入っていた束が背後から声を掛けてきた。

 

「奴さんの拠点の位置は?」

「バッチリだよ~束さんに不可能は無いのさ、ブイブイッ♪」

「なら、行こう。時間が惜しい」

 

恭一は部屋から出て、束も後に続く。

意気軒昂な恭一とは違い、束の表情はあまり優れない。

 

「ホントに行くの? キョー君が言ってた作戦で良いじゃんか! 皆で囲ってフルボッコで良いじゃん! そっちの方が楽じゃん!」

 

 

「面白くないからヤダ」

 

 

渋川恭一という少年は平気で嘘をつく。

その相手は千差万別。

他人にも、敵にも、友にも。

愛する者にも嘘をつく。

 

少年はスコール・ミューゼルとの通信で嘘をついた。

しかしその相手はスコールだけで無く、その通信を聞いていた楯無と千冬も含まれていた。

そして今夜も少年は顔色変えず、箒と千冬に嘘をついた。

 

「喧嘩の醍醐味は多対一。一人対一城の大喧嘩の方が面白ェ!!」

 

「......デュノア社の時とは違うんだよ? 警告無しで殺しに掛かってくるんだよ?」

「オイオイ、そんなワクワクさせんなって!」

 

命の危険性を煽られてウキウキしだすのはこの男位である。

 

あーもう。

ホントにキョー君は変わらないなぁ。

 

「......それじゃ、もう行く?」

 

部屋の前に聳え立つ移動型ロケット人参君の扉を開けた。

恭一は星が煌く夜空に目をやり

 

(織斑......お前の言葉が少しだけ分かった気がする)

 

他人の為に闘うなんざ、前世でとうに捨てた心だ。

ましてや、誰かを守るなんて。

母さんを守れなかった俺に、そんな感情が再び芽生える筈が無い。

 

現に恭一は今まで自分の為だけに闘ってきた。

世界の全てを楽しむが為に強くなり、闘い続けてきた。

それはこれからも変わらないだろう。

だが、そんな少年にも闘う理由が少し増えたらしい。

 

(アイツ達との今を壊させやしねぇ)

 

「うしッ......行こうか、姉ちゃん!」

「ほいほーい」

 

ロケットに乗り込む2人。

目指すは京都、スコールが居る『亡国機業』拠点。

 

(制圧なんて生温い終わり方で済むと思うなよ『亡国機業』)

 

 

―――皆殺しにしてやる

 

 

少年の貌が狂鬼と化した。

 





イクゾー

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