班と個、というお話
「どうされましたの、箒さん?」
「むっ......セシリアか」
朝のホームルーム前。
既に1組の教室には生徒達が、各々楽しくおしゃべりをしている。
いつもなら箒も恭一の席まで行くのだが。
今朝の恭一からは、何やら話しかけにくいオーラが放たれていた。
決して殺気を撒き散らしている訳では無い。
かと言って、覇気を失くした腑抜けた顔をしている訳でも無い。
何やら小さくて細いカードのような物を捲ってはブツブツと唸っているのだ。
例えるなら、受験生が電車内でよくやっているアレか。
「英単語でも覚えようとしているのか......? いや、しかし」
はっきりとは聞き取れないが、英語では無さそうだ。
恭一は2人の視線に気付く事無く、一心不乱に虚から渡された『生徒会長心得集』を読み込んでいる。
「生徒会長は最強であるべし......生徒会長は最高であるべし.......」
.
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それは昨日の事。
「ふっ、ふざけんな! ぬぁんで100個も覚えなきゃならねンだ!?」
「決まりですので」
さも当然、と虚は眼鏡をクイッと持ち上げる。
「がんば」
「がんばーだよ~」
虚の言葉は嘘では無いのだろう。
簪と本音の変わらない反応が物語っている。
しかし、それでも恭一は納得がいかない。
何故なら
「きょうひちふん、がんばーモグモグ......」
生徒会長の重荷から解放されたせいか、ソワァーにだらしなく寝っ転がり、ケーキをもふっている前生徒会長の姿が在るからで。
「この垂れパンダが覚えてるってのか!? ぐーたらの極みじゃねぇか!」
学年が違うせいか、彼は知らないらしい。
楯無の頭脳明晰っぷりを。
「そんなの2秒で覚えたわよぉ」
「嘘つけ! ンなら、今すぐ言ってみろい!」
「ぺらぺーらぺらぺらぺらぺーらぺらぺーら」
「嘘じゃない!?」
残念でもないし当然。
.
.
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「――――――べし。――――――べし」
箒とセシリアが見守る中、ひたすら読み耽る恭一。
「......べしって言っているな」
「言ってますね......そろそろピョンが来ると思いますわ」
「は?」
清香からスラムダンクを拝借中のセシリアだった。
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「さて、諸君らも分かっているとは思うが来週には修学旅行が控えている」
朝のホームルームにて千冬がそう告げると、教室内から黄色い声が上がる。
やはりIS学園とは云え、花の十代乙女の集い。
行事に関する嬉しい気持ちは、此処でも同じらしい。
「1限目の授業は修学旅行に関する説明、及び班のグループを決めるからな。各々今の内に話し合っておくように」
伝達事項を終えた千冬が教卓から降りると、早速皆も席から立つ。
旅行の行き先は定番の京都とは云え、一生の思い出になる行事だ。
それぞれ、仲の良い者達が集まり、着々とグループが決まっていく。
その光景をぼんやりと眺めている恭一の席にも、『たんれんぶ』のメンバーがやって来た。
「京都と云えば日本古都。趣もあり、きっと良い旅になるに違いない」
「日本の京都と我が英国のロンドン。どちらが由緒ある古都なのか比べてみるのも一興ですわね」
箒とセシリアの後ろには一夏とシャルロットの姿も。
「俺も何回か行ってるけど、やっぱりワクワクするな!」
「日本の名所なんだよね? 僕も楽しみだなぁ」
ちなみにラウラは
「わ、私は教官のサポートに徹します!」
「ふっ......なら、旅先では一緒に回るか?」
「は、はいッ!」
ちゃっかり千冬の隣りをゲットしていた。
嬉しそうな子犬ラウラの頭を千冬は撫でながら
「渋川は生徒会から皆の旅行風景を写真に収めるよう言われている」
「「「「???」」」」
いまいち意味が伝わっていない4人に
「まぁアレだ。俺は基本的に班行動はしないって事だな」
今まで黙っていた恭一が、事無さ気に言う。
「「そ、そげなアホな......」」
がっくり肩を落とす仲の良い箒・セシリアコンビ。
「つってもずっと単独で動く訳じゃ無ェからよ。適当にお前達と合流するからそん時は案内してくれよな」
恭一が乗せた手は箒の肩でもセシリアの肩でも無く。
「おう、任せろッ!」
一夏だった。
「な、何故私では無く一夏なのだ!? 折角の新婚旅行だぞ!」
「ダウト1億」
「な、何故私では無く一夏さんなのですか!? 折角の付き合って初めてのデートですのに!」
「ダウト1億」
「どうして僕じゃないのー?」
「黙れうんこ」
「ひどいよッ!」
彼が一夏に言ったのは「何回か行った」発言を受けたからなのだが、少なくとも箒とセシリアの反応を見て、自分の判断は間違ってないと悟った恭一である。
シャルロットに関しては、この間の足ツンツン事件が尾を引いているだけだった。
(何にせよ、これで単独で動ける)
写真係は本命であり、ダミーでもある。
万が一の事を見据えた末、1人で行動出来る名目を作り上げる必要があった。
早速、生徒会長の権限を発動させた訳である。
(尤も、杞憂に終わらせるつもりだがな)
ワイワイと楽しそうに盛り上がる教室内。
「やっぱり金閣寺は外せないよね!」
「清水寺もね!」
「京都の名産って何だっけ? スイーツ限定で!」
「わらび餅とか豆大福とかじゃなかったっけ」
「美味しければ何でもよいのだー!」
「「「「 よいのだー! 」」」」
何時にも増してハイテンションな女子達。
それだけ楽しみなのだろう。
「........」
「どうした恭一? 難しい顔して」
「美味けりゃ何でも良い......名言だとは思わんかね、箒よ」
「成程、今朝のお前もやはりアホだな」
いつもと何処か違う雰囲気だと思ったが、気のせいだったか。
その後も、一夏達と軽口を叩く恭一の様子はいつも通りだった。
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放課後、箒達との部活を終え夕食も食べ終わった恭一は自室で1人、座禅を組み、ひたすら黙想を続けている。
「......どうしたモンか」
己がやるべき事は既に決まっている。
だが、1つだけ自分を悩ませているモノがあった。
それは―――
コンコン
瞑目を遮るノック音。
「ラウラか? 開いてンぞ」
軽快な音を立てる扉の向こうに声をやるが
「随分、小汚ねぇ部屋に住まされてんだなァ......渋川」
「......アンタは」
扉を開けたのはラウラでは無く、相変わらずの短いスカートに、胸元を大胆に開け広げ、黒の下着を露出させている3年生筆頭。
『兄貴分のお姉様』で有名な専用機持ち。
「ケイシー先輩」
ダリル・ケイシーの姿が其処には在った。
シャルロットをうんこ呼ばわりする主人公が居るらしい