○月××日(□曜日)晴れ時々曇り
「むっ......ううっ.......」
今日も今日とて目覚めは最悪。
理由は色々あるが、まず
「いぎっ!? くぅぅぅぅ......っ」
これだ。
ベッドの上から身体を起こすだけで、身体中の筋肉が軋み悲鳴を上げる。
『亡国機業』に居た頃は、どんだけハードな訓練を行おうが2~3日もすれば身体も慣れたものだった。
処が、此処へ来てからはどうだ。
もう何日も経っていると云うのに、未だに馴染めていない。
(チッ......自分の甘さに反吐が出る)
『格下の鍛錬と比べて満足してたんだね~』
クロエに地に伏せられた後、それを見ていた束からのキツい一言。
言い返す気力すら残っていなかったマドカは、奥歯を噛み締める事しか出来なかった。
首、肩、腕をゆっくり回しながら部屋を出る。
マドカが向かっているのは鍛練場では無く、キッチンである。
今日は彼女が食事当番なのだ。
『ふざけるな! 何故私がそんな事をしなければならない!?』
当然、当初は反発したものだったがその度に、凶悪姉妹(マドカ目線)に文字通りボロ雑巾にされる始末。
『嫌なら勝て雑魚』
クロエには投げ飛ばされ、蹴り飛ばされる。
束には一瞬で片肘、肩の関節を外されてしまった。
(強くなるため......強くなるため......)
料理のレシピ本を睨みながら朝食を作るマドカ。
昨日はクロエによる和食だったので、今朝は洋食とのリクエスト(命令)を受けている。
「くっ......む、難しい」
これも修行の一環である。
そう思うしかないマドカだった。
.
.
.
テーブルに並べられたのは形の悪いオムレツ。
既に着席している束とクロエは、手を合わせ
「はむっ!」
「もぐもぐ」
同時に口に入れ
「まーずーいーぞー!」
「大変まずぅございます」
正直な感想を述べる2人。
「くっ......知るか! さっさと食え!」
マドカとしては、さっさと食べて鍛錬を始めたいのだ。
「今日は束さんも予定無いしね~」
「な、なら貴様も私に稽古を―――」
「横から口出し位ならしてあげるよん♪」
「ぐっ......わ、分かった。それでも良い」
直々に手合わせを所望するが、自分は未だにクロエに勝てないでいる。
クロエにすら勝てないのに、その彼女が人外と評する束に挑むには未熟過ぎる。
夏虫疑氷。
井の中の蛙であった事を受け容れざる得ない現状。
マドカは苦々しくも自分と2人の間にある大きな差を認め、受け容れたのだ。
「さぁ、食べたな! 私と手合わせしろクロエ・クロニクル!」
「食後のコーヒーが先です」
「......淹れてくる」
(敗者に語る言葉無し......受け容れろ私!)
3人分淹れたコーヒー。
マドカも飲んだが、ホロ苦かった。
________________
「はぁぁっ!」
「甘いですッ!!」
拳を振り上げた刹那、それを見越し間合いを詰めたクロエの頭突き。
「がっ!?」
たたらを踏むマドカの土手っ腹に追撃の膝蹴りがめり込み、膝を突く。
「まどっち様はまだまだISでの戦い方が身体に染み付いています。私達は今、生身である事を忘れてはなりません」
「むっ.....ぐぅ.....」
武器を持たない徒手空拳。
慣れない者は攻撃時に、拳を振り上げる事が多い。
「大袈裟に弓を引く動作に怖がってくれるのは、弱者のみです」
振り上げて打ち出す。
2動作もあれば、間にカウンターを叩き込む事など造作も無い。
特にクロエのような捌きに長けた者なら、尚更だ。
クロエの講釈の間に体力を回復させ、突いていた膝に力を入れる。
「ガァッ!!」
言い様にやられているが、マドカとて決して弱くは無い。
その証拠に、踏み込んできたパンチをウィービングで回り込むように避けるクロエは無表情を保っているが、心中は穏やかでは無かった。
(この踏み込み......荷重の乗せ方は完璧。まさに相手の倒し方を知っている拳の打ち出しッ!!)
伸びきったマドカの左腕を素早く掴み、引き寄せる。
「なっ!? か、身体がっ.....!」
対角上に掴まれているために、マドカは身体が回せない。
故にマドカは右腕が空いているにも拘らず、クロエに振れない。
逆にクロエはベストポジション。
マドカが掴まれた腕を解こうとするよりも早く、脇腹に膝を入れる。
「グゥッ.....!!」
「左拳を打ち出す時に後足を送り、体重を乗せきるのはお見事......ですが」
クロエは構えて軽くステップを踏んでみせる。
「その後がお粗末です。勢いを乗せた後足は直ぐに引き付けなければなりません」
マドカの拳の威力は本物である。
クロエは思う。
きっとこれ迄は一撃で倒してきたのだろう、と。
しかしそのせいか、威力ある攻撃が単調に陥っているのだ。
「まどっち様の拳は1流です。しかし足捌きが3流なので、結局は2流に落ち着いてしまっています」
「足捌き......フットワークか?」
「その通りです。前へ前へと来る威勢の良さは買いですが、それだけでは駄目なのです」
クロエは簡単にだが、四方にステップインアウトを繰り返す。
「.......す」
(凄い......こんなに速く、複雑に動けるモノなのか)
「唯、闇雲に動いても駄目です。臨機応変に緩急を付けて、体幹が崩れないようバランスを考えながら動く事を意識して下さい」
「......わ、分かった」
クロエによる熱心な指導が続く中、束は横で見事な鼻提灯。
(爆睡しているじゃないか......)
思っても怖くて言い出せないマドカ。
彼女に出来るのは、なるべく視界に入れないよう集中する事位であった。
________________
「今夜の映像はコレだッ!!」
「ダララララララララ.......ララララララ.....ごほっ.......ダラララララ」
クロエのドラムロールと共に観賞用大スクリーンが3人の前に降りてくる。
「ダダンッ!!」
スクリーンに映し出されたのは
「これはっ......私と......渋川恭一?」
見覚えがある光景だった。
自分が銃を渋川恭一に突き付けている。
(覚えている......私が気絶させられた時だ)
朝食後に鍛錬。
昼食後に鍛錬。
夕食後に鍛錬。
そして風呂を出てからが、ある意味本番。
『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』
自分の力を客観的に把握する事が出来るようになったマドカが更なる高みへ上るには、敵の実力を見極め、必要あらば模倣する事である。
元々、マドカが此処へ来る以前から、数多く収めてある恭一の戦闘シーンを鑑賞する決まりが存在しており、それはマドカが来ても同じだった。
当然、最初は反発していたが2人の説得(肉体的)により、今ではマドカも鑑賞会に強制参加と云う訳である。
「あむっ......はむはむ......しっかり見ておきなよまどっち~」
「恭一お兄様の動きこそムグムグ......強者へのマグマグ......近道だと思って下さい」
(コイツらは何故、毎回お菓子を食べているのだ......)
.
.
.
「も、もう一度だ! もう一度巻き戻してくれ!」
食い入るようにスクリーンに齧り付くマドカ。
マドカに向かって缶を蹴る処をスロー再生していく。
蹴ると同時に、前へ走り出している恭一を見て
「もし私の手に当たっていなかったら......いや、当たっても仮に銃を放さなかったら、この男はどうしていた? 何故迷わず前に出られる? 撃たれて死んでいたのかもしれないんだぞ」
ISを展開する。
後方へ下がる。
助けを呼ぶ。
他にも選択肢はあった筈。
なのに、前へ進む事を瞬時に選び、行動に移した映像内の恭一。
マドカは自分の頬に汗が流れ落ちるのを感じる。
(......忌々しいが、コイツの動きは参考になる......忌々しいが)
織斑千冬を超えるために、強くなると誓ったのだ。
此処に居るコイツらも、渋川恭一も踏み台にしてやる。
束とクロエが部屋から出て行った後も、マドカは何度も巻き戻し、己の目に焼き付けた。
「......足捌き、か」
明日からはもっと意識してみよう。
夜もだいぶ更けた処で電気を消し、ベッドに潜り込むマドカ。
(待っていろ渋川恭一、織斑千冬ッ!)
消耗している身体は休息を求め、彼女の意識は直ぐに闇へ溶けていった。
がんばれまどっち!