野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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変わらぬ道、というお話



第130話 諾、承諾

「もう一遍言ってみろよ会長。誰が世界一強くてカッコ良くて頼りになるアホだって?」

 

余程アホだと認めたく無かったのか、勝手に少し都合良く脳内変換したらしい恭一。

 

「うんまぁ......そういう処かな」

 

こういう場面では最も頼りになる男の登場だと云うのに、そんな恭一を見る楯無はジト目だった。

ピンチに駆け付けてきた王子様なシチュエーションなのに、まるで台無しなのだ。

主に浮き輪のせいで。

 

(トキめかない! 流石にその格好じゃキュンと来ないわ恭一君!)

 

しかし楯無は突っ込まない。

 

(絶対突っ込んでやらないわよ恭一君)

 

どうやら突っ込んだら負けだと思っているようだ。

 

「イーリス・コーリングさんはどうしたの?」

「からし落としにシャワー浴びてる」

「どゆこと?」

 

『亡国機業』大幹部様が目の前に居るというのに、お構い無しに話し込む2人。

自分より幾歳も年下の小僧と小娘の、この舐めきったやり取りには

 

(私も無視するとは良い度胸してるわね)

 

スコールは攻撃に移るため腕を僅かに上げ

 

「.......」

「ッッ!?」

 

瞬間、此方を一切見ていなかった筈の恭一と目が合う。

スコールは手を下ろした。

否、下ろさざる得なかった。

 

(食えない子ね全く......初めて会った時にその氣を放ってくれていたら、もっと早くに接近していたのに)

 

今、対峙する恭一からはまるで甘さを感じさせない、それでいて何を考えているのか読めない。

目の前の少年から発せられている圧力の質に、たじろぐ処か思わず舌舐りしてしまう。

 

鋭利な一枚壁が迫り来るような硬い圧力では無い。

鋭利さはまるで無い代わりに厚みがあり、丸く大きな綿がふわふわと彼を囲っている。

 

後者の方が段違いに厄介である事を、経験上スコールは知っている。

 

ジッと見ていた恭一は何かを思い出したかのように、ポンと手を叩き

 

「スコールおばさんじゃないですか! お久しぶりっす!」

「ぶほぉっ」

 

(......こんな子だったわね)

 

慇懃無礼、歯に衣着せぬ第一声に

 

(スルーよ私。気にしたら駄目、この子はこういう子なのよ)

 

「ええ、久しぶりね渋川君」

 

大人なスコール、全力でスルー。

そもそもこんな事でいちいち目くじらを立てていれば、引き込めようも無い。

気を取り直して

 

「もう分かっているでしょうけど、私は『亡国機業』の人間なの」

「そうみたいですね」

「回りくどいのは嫌だから、単刀直入に言うわ」

 

 

―――私と一緒に『亡国機業』に来ないかしら?

 

 

「あ、良いっすよ」

「そうよね、いきなりこんな事言われても.......は?」

 

 

今、あの子何て言った?

自分の耳を疑うスコールだが

 

「ちょっ、ちょっと待って恭一君! 軽い感じで何OKしてるの?!」

 

声を荒げる楯無の姿に、聞き間違いでは無い事を悟る。

 

「重い感じなら良いんすか?」

「そう云う事言ってるんじゃなくて! あーもうっ! 自分が何言ってるのか分かってるの!?」

 

詰め寄る楯無をうるさい、と恭一は横へ流し

 

「アンタは俺が欲しいのか?」

「ええ、欲しいわ。是非、私と共に来てほしい」

 

手を差し伸べてくるスコール。

 

「俺はアンタもふぁんとむなんとかも興味無ェ」

「......なんですって?」

 

恭一にとって相手が誰だろうが、組織が何だろうが知った事では無い。

 

「俺が欲しいなら簡単だぜ?」

 

少年の内に在るのはたった一つ。

 

「俺を負かせ。嫌がる俺の首根っこひっ捕まえ、無理矢理連れて行け。拒否するのなら身体に刻み込め。叩き、張り倒し、服従するまでブン殴り続けろ」

 

敗者は勝者に抗えない。

 

「嫌も応も無し、有象無象を握り潰すが如く無理矢理だ。拒絶の余地一切無く無理矢理だ」

 

正しい者が勝つなどと夢物語。

勝った者だけが己の意志を貫ける。

 

「そうすりゃ俺はアンタに付いて行くよ。地の果てまでもな」

 

―――俺に意志を押し通したければ、俺の勝者になるんだな。

 

スコールが差し伸ばした手に、恭一の手が重なる事は無い。

 

「ふふふ......成程。狂おしいまでにシンプルね、貴方......嫌いじゃないわ」

「いつでも良いんだぜ? 勿論、今からでもよ」

 

その代わりに、自身が身に付けている浮き輪が彼女の腕に投げ通された。

 

「......どういうつもりかしら?」

「アンタにやるよ。敗北の海に溺れ無ェようにな」

 

もしかしてこの台詞を言いたいが為に、浮き輪を装着していたのだろうか。

 

「きゃ~~~~ッ!! 素敵よ恭一くぅぅぅん! そのために浮き輪をわざわざ用意する処も可愛いわ~~~ッ!!」

 

察した楯無が黄色い声援を送るが

 

「会長あとで鞭打な」

「な、なんでっ?!」

 

台無しにしたからである。

 

「......ISを展開しないのかしら?」

「するかどうかは俺が決める」

 

その言葉を皮切りにスコールと恭一の間に歪みが生じ、楯無は後方へ下がった。

ゆらりと先に動いたのはスコール。

持っていた『プロミネンス』を投げ捨て、大きく踏み込む。

斜め上めから仰々しく構えられた拳は勢いを付け、甲板を削り、大気すら切り裂くアッパーが唸りを上げながら恭一の顎へ

 

「.........何故?」

 

顎先数ミリで拳を止めたスコールは敢えて問うた。

 

どうして避けない?

 

「踏み込む位置、空気の流れ、放たれた闘気。どれもが偽り......止めると分かっている拳を避ける必要があンのかい?」

「ふふっ......ご明察」

 

笑うスコールはスラスターを噴射させ、一気に後方へ下がると同時に火球『ソリッド・フレア』を己の前に並浮させる。

 

(さっきの戦闘で思った以上にシールドエネルギーを消費している......やるわね更識楯無)

 

スコールが此処に居られる時間は限られている。

何故なら目の前の2人とは別に、この船には実力の高いアメリカコンビも居るのだ。

先程の爆発でいつ此方に来てもおかしくは無い。

目の前の少年に夢中になって4vs.1の状況を創り出すのは下策も下策。

 

「まさか怖じ気付いた訳じゃ無ェだろ?」

 

スコールの離脱を察した恭一の言葉に

 

「うふふ、こんな狭暗い場所で貴方と闘るつもりは無いわ」

「ハッ、その身体じゃ潮風に晒されンのはキツいか?」

「.......そうかもしれないわね」

 

(私の機械義肢に気付いている? 恐ろしいまでの洞察力ね)

 

話している間にも火球は増え続け

 

「はっきり宣言しておくわ。これからの私の標的は貴方よ渋川君ッ!!」

 

煙幕代わりにしては少し多すぎる炎の礫が、楯無と恭一に襲い掛かる。

 

「ちっ!!」

 

楯無は残り少ないアクア・ナノマシンを再び『蒼流旋』に纏わせ、左方へとなぎ払った。

恭一は『打鉄』を纏う事無く、三戦立ち。

右手を中段に構えて開手し、掌を上へ。

同じく開いた左手を右肘の下に添えさせ

 

―――掌自ら球を成し、防御完全とす。

 

迫り来る火球を、廻し受けで全て打ち払い

 

「うわははは! 矢でも鉄砲でも火球でも持って来いやァ!!」

 

詠啖節に言い放つが

 

「もう居ないわよ恭一君。私も追いかけるにはエネルギー不足かなぁ」

 

控えめな拍手と共に楯無はISを解除して、恭一の隣りまでやって来る。

 

「あんな事言って、本当に良かったの? スコールは君が思っている以上に固執してるわよ」

 

楯無が言っているのは、恭一がスコールに放った言葉である。

 

「負けたら付いて行く、だなんて......」

「負けなきゃ付いて行かない訳だ」

 

言葉にすれば確かにそうなのだが

 

「そんな単純な話じゃないでしょ! 恭一君はこれから狙われるのよ!? 分かってるの?! それにもし本当に負けたら―――」

「ハッ......アンタ俺ン事を何て宣ってた? あの言葉は嘘かよ?」

 

呆れたように鼻で笑う恭一に

 

「あのね、呆れているのは私の方―――」

 

 

" 世界一強い "

 

 

「あっ......」

 

刹那、スコールに傲然と言張った事がフラッシュバックする。

 

「俺は世界一強いんだろう? 誰にも負けやし無ェよ」

「.......そうね。そうだったわね」

 

未来に絶対など無い。

それでも、宿命の如く厳然と述べる恭一に、楯無の心に芽生えつつあった不安が根っこ部分から捥ぎ取られた。

 

「恭一君は世界一強いもんね」

「当たり前だよなぁ?」

「世界一強くてカッコ良くて頼りになるもんね」

「お、おうよ!」

 

自分で言うには全然良いが、他人から言われるのは駄目だ。

しかも真顔で言われてしまうと、恥ずかしい事この上無かった。

 

「ねぇ恭一君」

「なんすかー?」

 

漸く合流したナターシャとイーリスに手を振る恭一の背に

 

「もしかして皆から危険を逸らすために標的になった?」

「.......アーアーキコエナーイ!!」

 

セシリア直伝秘技聞こえない振り。

両耳を指で塞ぎ、イーリス達の元へ掛けて行く恭一。

 

「私も......もっと強くならないとね」

 

恭一の後ろを歩く彼女の瞳からは、これまで以上に強い決意が溢れ出ていた。

 

 

________________

 

 

 

「取り敢えずアタシらは何も見て無ェ事にすっからよ」

「そうね。『亡国機業』の襲撃を撃退したとは言っても、此処に居れば貴方達も侵入者扱いされちゃうわ」

 

察しながらも、敢えて黙認してくれるイーリスとナターシャに頭を下げ、楯無と恭一は海へと

 

「その前に! コーリングさんコーラくだせぇ!」

「へっ、ちゃっかりしてやがる」

「うふふ。しっかり用意していた癖に」

 

意外と義理堅いイーリスは、ちゃんとコーラを忘れずに持って来ていた。

そんな彼女の様子にナターシャから笑みが零れた。

 

喉を鳴らし一気に飲み終えた恭一は改めて頭を下げ

 

「それじゃあ、また!」

「おう。また明日な少年」

「2人共、気を付けて帰るのよ」

 

明日という単語が気になったが、これ以上の長居は流石に不味いと楯無に引っ張られるように、海へ飛び込んだ。

 

.

.

.

 

無事、臨海公園まで戻ってきた2人。

時刻はもう深夜を回っているが

 

「会長」

「なぁに?」

「腹減んないっすか?」

「一仕事終えたものね。確かにお腹空いたわねぇ」

 

しかし、こんな時間に食堂は勿論、レストランも開いてやしない。

それでも恭一の顔は何処か良い店を知っている感じである。

楯無が思い浮かべるに、開いているとしたら、大人な雰囲気ムンムンのバーやホテルと云った処か。

 

(あらやだ。箒ちゃんや千冬さんが居るのに、恭一君ったら悪い子ね♪)

 

「この辺にぃ、美味いラーメン屋の屋台、来てるらしいっすよ」

「あっ、そっかぁ......」

 

(まぁ知ってた)

 

「行きませんか?」

「どうしよっかな、私もなぁ」

「行きましょうよ! じゃけん今から行きましょうね~」

「しょうがないわねぇ」

 

ヤレヤレと肩を竦めてみせるが、楯無は結構乗り気だったりする。

彼女は更識家の令嬢なのだ。

社交界に出席する事もしばしばあり、夕食を異性に誘われた事だってある。

しかし彼女が連れられるのは決まって、高級なだけで退屈な店ばかり。

平凡こそが楯無にとっては、何より新鮮だったりするのだ。

 

少し離れた所にある、電車の高架下のラーメン屋台へ着いた2人。

 

「どもっす、大将!」

 

暖簾を潜り、挨拶する恭一。

サングラスをかけたダンディズム溢れるイカした大将の表情が明るくなる。

 

「あらいらっしゃい、ご無沙汰じゃないっすか」

「最近色々あって、中々来る時間が取れなかったんすよ」

 

(結構気さくに話してる......恭一君、常連さんなのかしら)

 

他人行儀では無く、大将に対して素を見せる恭一に少からず驚く楯無。

どっかりベンチに座った恭一は後ろを振り返り

 

「何突っ立ってんすかー? あく座りましょうよ!」

「す、座れって言われても......」

 

恭一が腰を下ろした目の前のベンチ。

楯無は屋台ベンチの座り方が分からないらしく

 

「これ、跨げば良いの?」

「何言ってだアンタ」

 

カルチャーショックもといブリーディングショックである。

取り敢えず、反対側から回り込ませ、隣りに座らせると

 

「おやおや、4人目の彼女っすか恭一君!」

「ちげぇよッ! ナチュラルに織斑含めてンじゃねぇぞコラァ!!」

 

恭一がこれまでこの屋台に連れてきたのは楯無を除くと3人。

最初は箒と千冬の3人で。

その後に一夏を連れて来たのだが、一夏もこの店の味を気に入ったらしく、それ以来恭一と2人でちょこちょこ来ていたりする。

 

大将から出た彼女、というフレーズに

 

「一夏君がカノ......あっ、フーン」

「その察した顔ヤメろやクソ会長!」

「へぷっ!?」

 

ニヤけ顔の楯無におしぼりを投げつけ、大将に簡単に紹介し

 

「取り敢えずコーラ2つとおすすめラーメン2つで」

「かしこまり!」

 

大将はコーラを2人の前に置くと、早速作業に取り掛かる。

手早く麺を湯切りし、スープをどんぶりに注ぐ。

その早業はまさしく職人技。

あっという間に二人前のラーメンを完成させ

 

「へい、お待ちィ!」

 

恭一と楯無の前にトトンと置かれたラーメン。

それを受け取った恭一は顔を綻ばせ、棚上にある日本酒に手を伸ばし

 

「いつ見てもお見事。大将も飲んでよ」

「ありがとナス!」

 

開いたコップに注がれた日本酒を嬉しそうに受け取る大将。

 

「「 乾杯! 」」

 

コーラと日本酒でチンッと小気味良い音を立てて乾杯する恭一と大将。

このやり取りは2人の恒例行事である。

しかし、そんな事を知らない楯無は当然頬を膨らませる訳で

 

「ちょっとぉ! 何で私とは乾杯してないのに、大将さんとはするの?」

「ああ、そうっすね。乾杯」

 

チン

 

「温度差ァ!! 何その取って付けたような感じ!?」

 

ますますプンスカする楯無だが、恭一は

 

「ズババババババッ!! ずぞぞぞぞぞォ!!」

「あらお下品!?」

 

文句よりも、ダイソンな食べ方に目が行ってしまった。

しかし本能で食べる恭一の姿に、大将は嬉しそうに頷いている。

そして、楯無も恭一の食いっぷりを見ていたら、余計にお腹が空いてきたようで

 

「わ、私も食べる!」

 

結局、2人仲良く音を立ててラーメンを堪能した。

 

.

.

.

 

「ふぃ~......余は満足じゃ♪」

「うふふ、本当に美味しかったわ」

 

屋台でラーメンを食べ終わった2人は、話もそこそこに屋台から出てIS学園に帰る処である。

 

「しっかし今日だけで色んな事があったなぁ」

 

暗闇の中、襲われたと思ったら、突如始まった訳の分からないレクリエーション大会。

その実、『たんれんぶ』の皆が自分を祝ってくれた壮大な誕生日会。

それが終われば楯無と遠泳からの船への潜入。

見つかった相手はアメリカ代表のイーリス・コーリング。

調理室での闘いが終われば、スコール・ミューゼルとの再会に勧誘。

 

怒涛過ぎる1日に恭一はホッコリ顔だ。

 

その横を歩く楯無は

 

(お兄ちゃんって呼ぶなら今がチャンスよね......でも)

 

これ以上、自分より年下の少年に重荷を背負わせて良いのか。

私は更識家当主であり、学園を守る生徒会長。

簪ちゃんに言った事は嘘では無い。

私だって甘えたい。

 

―――でも

 

学園を襲ったアメリカを相手にし、今度は『亡国機業』に狙われる事を良しとした恭一君。

 

(そんな彼に甘えたいだなんて......言える訳無い。言って良い訳が無い......)

 

それなら私のすべき事は何?

考えるまでも無い、今よりもっと強くなる!

そしてさっさと『亡国機業』を潰して、恭一君の負担を減らす事!

 

(お兄ちゃんって呼ぶのはそれからよね!)

 

IS学園が見えてきた処で

 

「あ、そうだ会長」

「なぁに?」

「ちっと調べて欲しい事があンだけどよ」

 

会話をしながら学園のゲートを潜ったその瞬間。

恭一の全身を氷柱で突き刺されたような悪寒が走る。

 

 

「随分、遅いお帰りじゃないか恭一ィ......ほう、更識も一緒かァ.......」

 

 

「「ひぇっ.......」」

 

羅刹と化した千冬が仁王立ちでお出迎え。

恭一と楯無は顔を見合わせると頷き

 

「今日は塾の日だったわ!」

「そーだ、公文教室に行かなくては!」

 

脱兎の如し離脱を図る2人だが

 

「夜中に開いている訳が無かろう」

 

豹の如し疾さで回り込まれ

 

「......今日はほんとに色んな事だらけだぁなァ~」

 

首根っこを掴まれながら、夜空に哀愁ある呟きが儚く溶けていった。

 





原作でもラーメン屋台に行ってたからね、仕方ないね

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