野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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亦た楽しからずや、というお話



第128話 有朋自遠方来

「さて、と。此処までは順調ね」

 

びしょ濡れの髪をかきあげながら、何でも無い様子で楯無が言う。

潜入に成功した2人は現在、船の調理室である。

 

「喉渇いたな。コーラ探そ」

 

遠泳に船をよじ登るという、中々ハードな運動だったが2人ともまるで息を切らした様子は無い。

 

「会長はこれからどうするんですか?」

「そうねぇ。私も一旦調理室で休憩してから、本格的に潜入ミッション開始かしら」

 

(それにしても、妙ね)

 

楯無は恭一を見るが、彼女と同じ事を思ったのだろう。

少し険しい表情をしている。

 

「船なんて初めて乗ったからアレですけど、こんなに人の気配がしないもんですか?」

「最高に運が良かったって楽観視出来る身分じゃないしねぇ」

「まぁ俺の運はマジで『四槓子』ですからね。その豪運を考えりゃ―――」

 

微かに響く軋んだ音。

誰かが調理室の扉を開けたらしい。

 

(本当にフラグ構築が上手いわねぇ)

 

ミッションを成功させるため、見つかる訳にはいかない楯無は咄嗟に身を隠した。

一方、揉め事バッチコイな恭一は隠れる事無く堂々と冷蔵庫を漁り続ける。

 

「おーい、腹減ったぞー。何か作ってくれよな~......って、んん?」

 

サバサバした口調で調理室へ入ってきたのは、アメリカ国家代表イーリス・コーリングだった。

ちなみに恭一とはメル友であり、結構な頻度でやり取りしていたりする。

 

「......少年?」

「こんばんわコーリングさん。此処ダメっすね、コーラ入って無いじゃないですか」

「あ、ああ。アタシの部屋にならあるけどよ」

「それじゃ持って来て下さいよ! 俺ぁコーラが飲みたいんですよ!」

「しょうがねぇなぁ」

 

一旦調理室から出て行き

 

「って、そうじゃねぇだろッ!」

「おお、ノリツッコミだ」

 

パチパチと手を叩くと少し鼻を掻くイーリス。

恭一の反応に若干照れに似たモノがあったらしい。

 

「久しぶりだな、少年」

「ええ、会うのは臨海学校以来ですね」

 

恭一とイーリスの距離は少し離れている。

余程恭一との再会が嬉しいのか、笑顔で走り

 

「烈火天道脚ゥッ!!」

 

手前3メートルから一気に加速したかと思えば、そのまま恭一に向かって飛び蹴りを

 

「フッ!!」

 

対する恭一は予測していたのか、迫り来る脚を下から掬うような後ろ回し蹴りで軌道を逸らした。

 

「ひゅぅ~♪ 鈍ってないようだな、少年」

「コーリングさんも、キレが増してますね」

 

改めて再会を祝う握手。

この時既に、楯無は部屋からの脱出に成功。

図らずも、囮役を買う事になった恭一だった。

 

「しっかし折角少年を驚かそうと秘密にしてたのによぉ。千冬め、話しやがったんだな」

「......?」

 

イーリスは可愛らしく頬を膨らませるが、恭一は何の事か分かっていない。

ちなみに彼女は最近、髪を伸ばし始めたのだが、意外と男性受けが良くチョコチョコ求愛を受けているらしい。

最も

 

「アタシより貧弱な野郎に興味は無ェ」

 

らしく、歯牙にもかけていないようだが。

 

「まぁアレだ。態々出迎えてくれたんだろ少年。千冬も来てんのか?」

「???」

 

(やべぇ.....一体何の話をしてんのか全然分からん。何で千冬さんの名前が出てくる?)

 

(......何でコイツこんなキョトンとしてやがる。千冬から言われたんじゃねぇのか?)

 

恭一の芳しくない反応にイーリスも違和感を覚え

 

「......少年」

「なんでせうか?」

 

ジト目を向けられ、少し後退る。

 

「アタシが日本に着ている理由を言いな。此処に居るンなら分かるよなぁオイ?」

「あーっと......えーっと......」

 

(知らんわい! ど、どうする? 適当に言うか? メンドクセェから拳で語るか? コーリングさんなら肉体言語の方が喜んでくれそうだし)

 

「言えねぇのか? なら次の質問だ少年。お前さん何で此処に居る? 此処は通常空母じゃ無ェんだぜ。秘匿艦に入り込んだ理由は何だ? まさかアタシに会いたくて潜入したってオチじゃねぇだろ?」

 

(こ、コレだ!)

 

「いえ、貴女に会いたくて潜入しました」

 

キリリと応えるが

 

「今の言葉、千冬に言っていいんだな?」

「ごめんなさい、嘘つきました」

 

コレじゃなかった結果である。

 

「どうしたモンかね。理由が言えねぇならアタシも立場上、少年を吐かせなきゃならん事になるなァ」

 

ヤレヤレと肩を揺するが、声が弾んでいる。

 

(ヤル気満々やんけ! ヤレヤレ系似合わねぇなこの人。どっちかっつーとオラオラ系だもんよ)

 

対峙する恭一も満更では無いらしく、口角が自然と上がってくる。

相手がイーリス・コーリングなら当然だろう。

恭一をもってして、満足させる事が出来る可能性を秘めた逸材の1人なのだから。

そんな彼女から向けられた殺気は心地良く、彼の米粒サイズの理性はあっという間に溶け

 

「コーリングさん」

「何だァ?」

「俺、実は今日誕生日なんですよ」

「そいつはメデてぇじゃねぇか。祝って欲しいのかい?」

 

―――そろそろ日も変わる

 

言葉に重圧を感じたイーリスは、滾らせた血を全身へ駆け巡らせ構える。

恭一も抑え付けていた狂者の血を放ち

 

「アンタを地に伏せて15歳の締めとさせて貰おうかッ!!」

「くははっ! いい口上だぜ少年ッ!!」

 

イーリスは疾りながら、棚に掛けてある包丁を1つ掴み

 

(こんなトコでヤり合う機会なんざ滅多に無ェ)

 

「利用しねぇ手は無ェわなァ!!」

 

恭一の顔面めがけて投げ付ける、と刹那の間を置き転がっているレモンをトーキック。

彼女から第一の矢、第二の矢が恭一に襲い掛かる。

 

「うわははは! 二指真空ゥ.....のわっ?!」

 

テンションが上がっていたせいか、包丁を指で挟み受けたは良いがレモンの存在に気付くのに遅れ、回転しながら避ける。

恭一が背を向けたのを見逃さずに、一気に間合いを詰め

 

「ッッ!!」

 

ニヤリと笑う恭一。

迫ってきたイーリスの眼前には『からし』のチューブを握った恭一の手が。

 

「げっ」

 

(誘い込まれたのか!?)

 

この場所で戦うのなら、考える事は恭一も同じ。

調理室には色々使える物がある。

これはその一つだった。

 

「えいっ」

「ちィ!!」

 

(可愛らしく言いやがってエゲつねぇ!!)

 

何の躊躇いも無くイーリスの眼を狙ってチューブを握り締める。

独特の音と共に噴出され

 

(目を瞑る? 駄目だ隙が出来ちまう!)

 

間合いを詰める為に加速していた足は止められない。

イーリスは無理矢理勢いを止める事を放棄、チューブの前で前転し、そのまま回転を軸にカカトを恭一の頭上から振り落とす。

変則あびせ蹴りが恭一の頭に触れた瞬間、イーリスと同じように前転。

あびせ蹴りをあびせ蹴りで返した。

 

「っ.....とぉ」

 

喰らったイーリスは衝撃に逆らわぬよう、後ろに下がりダメージを半減させる。

 

「足腰を随分いじめたみてぇだなコーリングさん」

「へっ......」

 

元々、天性の足技を持つイーリス。

これ迄、立ち塞がった敵を幾度と無く蹴り潰してきた。

今年の夏、恭一と試合った事で少し彼女に変化が訪れた。

 

「アメリカ最強で満足してらんねぇ。アタシも高みに行きたくなってよぉ」

 

得意とする蹴りを目の前の少年に真っ向から足技で負かされた夏の夜。

帰国したイーリスは攻め手を増やすよりも、自分の得意技をトコトン昇華させる事にした。

そのためには強靭な足腰が必要なのは明白。

少なくとも、千冬並の足腰が。

彼女は地味でキツいフットワークの量を、徐々に増やしていった。

 

イーリスは、独特のステップを踏み

 

「一朝一夕とはいかねぇが......少年の目に適ったって事はよォ、そこそこ鍛錬の効果は出てるみてぇだな」

 

嬉しそうに髪をかき上げ

 

 

ねばぬーん

 

 

「...........」

「...........」

 

まるで心地良くない静寂が2人を包み込んだ。

 

「カラシだな」

「からしですね」

 

恭一の目潰しを前転で避けた結果、チューブから解き放たれた『からし』はイーリスの綺麗な髪を彩る事となった。

 

「......ネバネバする」

「見るからにネバッてますね」

「カラシくせェ......」

「アメリカンドックが食べたくなりますね」

 

恭一は悪びれないし、イーリスも彼を責める気など毛頭無い。

2人は喧嘩をしているのだから。

 

(少年を責めるなんざお門違いも良いトコ......って分かっちゃいるんだが)

 

「おい少年」

「なんすかー?」

「女の髪は?」

 

『髪は女の命』

生きてりゃ一度は誰しもが聞いた事のある、常識である。

 

「長けりゃ掴み易い!」

 

恭一は非常識だった。

 

「アッハッハ...........蹴り殺すッ!!」

「うわははは! 第二ラウンドか最終か!?」

 

激昴してもイーリスは冷静さを忘れない。

自分の蹴りは届き、恭一の拳は届かない距離感を保ちつつ

 

(少年のタフさは知っている)

 

一撃では無く連打が必要になってくる。

そのためには恭一の動きを止めなければならない。

 

「シェリャァ!!」

 

(狙うならレバー!)

 

中段蹴りと前蹴りの間の軌道を描く三日月蹴りを恭一の肝臓に。

届く直前、恭一は狙い澄ましたかのように一歩だけ前に出る。

たった一歩だけ間合いを縮めた結果、彼女が狙った爪先を深々と肝臓に突き刺す事は起こらず、脛の部分が横腹を叩いただけに終わり、逆に足をガッチリ捕まえられてしまった。

 

しかし、イーリスは先程のお返しと言わんばかりニヤリと笑う。

 

「しっかり掴んどけよ少年ッ!!」

 

掴まれた足を軸に腹筋に力を入れ、恭一に向かって飛び上がる。

 

(反動は十分ッ)

 

恭一の頭を両手で掴み、零距離からの飛び膝蹴りが

 

「ガハッ.....」

 

これ以上無い、顎へのクリーンヒット。

 

「うっし!..........あ、ありゃ?」

 

仰け反りながらも、恭一はイーリスの足を掴んだまま放さない。

 

「跳ねっ返りは即ち鮮度......ってかァ」

「て、テメェ効いてねぇのか!?」

「ごっつ効いたわ! 顎がバカになったらどーすン......だっ!!」

 

もう片方の足を払い、イーリスのバランスを失わせた処で後ろの中華鍋に投げ込む。

 

「どわぁ!?」

 

かなり大きな鍋であり、腰から落ちた彼女が丁度スッポリ嵌った形になる。

当然、藻掻いて出ようとするが、それよりも早く

 

「活きのいい具材だなオイ!」

 

彼女の腹を踏みつけるように上から蹴り

 

「ぐほっ......」

「そぉらッ!!」

 

料理人がチャーハンなどを炒める時に行うパフォーマンスをイーリスで施行する。

 

「う、うわっ.....ふ、ふざけてっ......のぁぁぁぁっ!?」

 

反動を付けて上空へ打ち上げられるイーリス。

流石に調理された事など無い彼女は、変な声が出てしまう。

上手く鍋でイーリスをキャッチし、ジャイアントスイングのようにグルグル回る。

鍋と一緒に。

 

「テメっ.....こ、コラやめっ.....ッ......!」

 

声を出す余裕が無くなる程、回転が早くなる。

グルグル、グルグルと。

 

「吹っ飛んじまいなッッ!!」

 

そのままイーリスが乗っかった鍋をぶん投げた。

 

「どぁぁぁぁぁ?!」

 

途方も無い勢いで壁に投げつけられ

 

(やべぇ?! な、生身じゃ死ぬだろッ!?)

 

「くっ......ファング・クエイクッ!!」

 

激突寸前に何とかISを展開し、壁に突っ込んだ。

 

「おぉ、ナイス判断」

 

イーリスの対応に恭一は嬉しそうだが。

ガラガラと瓦礫を押し退けて出て来たイーリスは

 

「くっそー......ISを展開せざる得なかったぜ」

 

悔し顔で解除し

 

「む?」

「アタシの負けだ」

 

降参の意を示した。

どうやら彼女の中で恭一と対する時のルールが幾つかあったらしく、恭一がISを展開しない限り、今回は自分も生身のままの勝負を希望だったらしい。

 

「ちょっと! 何騒いでるのよイーリ!......あら? 渋川君?」

 

一区切り着いた処で、扉の向こうから入ってきたのは、恭一のもう1人の知り合い、ナターシャ・ファイルスだった。

 

 

________________

 

 

 

「ふ~ん。経緯はだいたい分かったわ。千冬からは何も聞いていないのね?」

「ぶっちゃけ何で千冬さんの名前が出てくるのかすら分かりません」

 

取り敢えずイーリスと恭一はこれ迄の流れを一通りナターシャに説明し終え

 

「まぁアタシは少年と久々に拳交えれたし、もういいや」

 

そう言って調理室から出て行く。

 

「何処行くの?」

「シャワー浴びてくる。カラシ流してェ」

 

寧ろよく我慢した方である。

 

「ふふっ......そうね。私は貴女が帰ってくるまで渋川君とお話してるわ」

「あの事は言っちゃダメだからな! アタシが教えるんだからな!」

 

何の事か分からないが、ビシッと指差すイーリスに

 

「はいはい、早く行ってきなさいな」

 

分かったから、と苦笑いで応えるナターシャ。

 

「少年もちゃんと居るんだぜ。良い子で待ってたらお姉さんがコーラ持って来てやっからよ」

「仰せのままに」

「えっ、何そのキャラ......」

 

コーラ狂いを知らない者ならではの反応だった。

 

.

.

.

 

探検目的で楯無に付いて来たのだが、大人しくコーラの帰りを待つ恭一。

 

(コーラはンまいからね、仕方ないね)

 

イーリスとはメールでやり取りをしていた分、そこそこの親密さを築けていたが、ナターシャとは臨海学校でもほとんど会話もしておらず、特に恭一からは話す事も無かった。

しかしナターシャは少し違うようで

 

「あっ、そうだ。聞いたわよ~渋川君」

 

むふふ、と愉快な笑みを浮かべ

 

「千冬と付き合ってるんだって?」

「ファッ!? な、何故それを!?」

 

犯人など一人しか居ない。

 

「勿論、千冬からよ♪ あの子ったら、よっぽど舞い上がっちゃってたのねぇ」

 

本人の尊厳を考慮し、ナターシャが恭一にそのメールを見せる事は無いが、確かに恭一から告白を受けた日の千冬は、超が付く程に浮かれていた。

 

初恋が実ったという事で、その日は酒も進みテンションが上がったらしく、無性に今の気持ちを誰かに伝えたかったのだろう。

 

『恭一と恋人になれた私は世界で一番の幸せ者だ(*´∀`*)』

 

滅多に送らないプライベートメールに、滅多に付けない顔文字まで。

酔いが醒めた次の日、顔を真っ赤にして『忘れろ。消せ』と送るがナターシャからの返信は

 

『むぷぷ。お幸せに( ̄ー ̄)b』

 

だった。

 

 

「ち、違う話をしませんか?」

 

恭一もソッチ方面で弄られるのは耐性が無い。

 

(あらあら......歳相応な顔もするのねぇ)

 

仮にイーリスがこの場に居たら、恭一を問答無用で弄り倒すだろうが彼女は其処まで鬼では無いらしく、見るからにアワアワしだす恭一を微笑ましく見ながらも、話を合わせるナターシャだった。

 

.

.

.

 

「―――それで思ったんですよ。この船で最初に会ったのがコーリングさんって事が俺の豪運を示してるんだって」

「豪運かぁ......豪運と言えば、こんな笑い話を聞いた事があるわ」

「笑い話......ですか?」

 

椅子に座っているナターシャは足を組み直し

 

「ある晴れた日の午後、道を歩いてたら赤い洗面器を頭に乗せた男が向こうから歩いてきた。この話知ってるかしら?」

 

知ってるも何もイーリスから臨海学校で途中まで聞いた話である。

完全に忘れていたが、彼女から聞いた時はオチの手前で中断され、凄く恭一をモヤモヤさせたモノだった。

 

その時の記憶が一気に蘇り

 

「続けて下さい」

 

先を促す。

 

「洗面器の中にはたっぷりの水。男はその水を一滴も零さないように、ゆっくりゆっくり歩いて来る。そこで、こう聞いたのよ。『失礼ですが、どうして貴方はそんな赤い洗面器を頭に乗せて歩いているんですか?』って」

 

うんうん。

其処まではコーリングさんから聞いてんだ。

 

恭一はワクワクしながらナターシャの言葉を待つ。

 

 

「すると男は口を開いて『それは君の―――」

 

 

バゴォォォォォォンッ!!

 

 

別の場所から突如、打ち太鼓かの如く爆発音が船全体を響き渡らせた。

 





オチは(明かされる事が)ないです。

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