野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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0.1秒縮めるのに1年掛かろうが、というお話



第124話 姉の独白とフィニッシュホールド

コンコン

 

控えめなノックと共に

 

「簪ちゃん、居るかしら?」

「お姉ちゃん?」

 

自室で寛いでいた簪の元に楯無が訪ねて来た。

これはレクリエーション大会が行われる二日前の出来事。

 

「レクリエーションの件なんだけどね、良かったら私と一緒にしない?」

「......いいの?」

 

楯無の提案に疑問を浮かべる簪だが

 

「あら、お姉ちゃんと一緒じゃ嫌かしら」

「ううん。そんな事ないよ! でも渋川君にアピールしなくて良いの?」

「アピール?」

 

今度は楯無の頭に?マークが浮かぶ。

 

「これは恭一さんへアピールする絶好のチャンスですわぁ! おーほほほほ!」

 

イギリス候補生淑女宜しく尊大なポーズを取る簪。

 

「簪ちゃん......モノマネ上手くないわね」

「むぅ......がっかり」

 

流石の妹煩悩でも否定する時はきっちり否定するらしい。

 

「お姉ちゃんは渋川君が好きじゃないの?」

「うっ......は、はっきり言うわね。お姉ちゃん照れちゃうわ」

 

簪の言い分はこうだ。

2人で催すよりも個人でした方が、彼との距離を縮められるのではないか?

私に気を遣う必要は無い。

そう言っている。

 

「そうね。簪ちゃんには白状しちゃいましょうか」

 

楯無は簪が座るベッドの隣りへ腰掛けた。

 

「私が恭一君の試合映像を観た時、そして初めて会った時。直ぐに彼に惹かれたわ」

「うん」

 

絶対的な強さ。

決して揺らぐ事の無い自信。

そして誰に対しても物怖じしない超度胸。

 

本当の私を知らない人達は、私を完璧超人だと持て囃した。

 

「容姿端麗、頭脳明晰、スタイル抜群のウルトラスーパー美人生徒会長だってね♪」

「......」

 

ポカポカポカ

 

「い、いたいっ!? 痛いわ簪ちゃん?!」

「突っ込んで欲しそうな顔してるもん」

 

ポカポカポカ

 

「なんでやねーん」

「まるで愛が無いわよ簪ちゃぁん!」

「照れないで真面目に話して」

「ううっ......ごめんなさぁい」

 

1つ咳払いをして仕切り直す。

 

皆は私を持ち上げるが、でも実際そんな事は無かった。

少なくとも、あの時の私は強くもないし、自信だって見せかけ、虚栄の塊だった。

更識家の当主を逃げ場にして、妹の視線から逃げる臆病者だった。

 

目の前の彼は、そんな私が望む全てを備えていたんだ。

故に憧れ、惹かれた。

 

「ああ、これが恋なんだなって思ったわ」

「違うの?」

「......うふふっ」

 

楯無は短く微笑むだけで答えない。

 

「ね、簪ちゃん。あの夜の事、覚えてる?」

「......忘れる筈が無いよ」

 

笑顔のまま振られた簪も釣られて顔を綻ばせて頷く。

 

それは更識姉妹にとって特別な日。

2人の間にあった大きな溝が埋まった、掛け替えのない大切な刻。

 

「家族なら遠慮しないでぶつかれ。今でもこの言葉が私の胸に刻まれてるわ」

「私は更識クラッシュが刻まれたけどね」

 

2人は笑い合う。

 

「彼にどんな想いがあってしたのかは分からない。でも恭一君の破天荒な行動のおかげで私は今を笑顔で過ごせている。大好きな簪ちゃんと一緒に」

「お姉ちゃんっ......」

 

彼はいつもそう。

無頼を気取ってるけど、いつだって皆を守っている。

彼自身はそんな気など無いかもれない。

それでも、私は―――

 

「うふふ。あの夜からね、たまに夢を見る事があるの」

「夢?」

 

楯無は楽しそうに、悪戯っ子のような笑みを浮かべ

 

「幼い私と簪ちゃん。そして私達にはお兄ちゃんがいるの」

「それってもしかして」

 

そう。

私はあの夜から度々、夢を見る。

自分よりも年下の恭一君が、私達のお兄ちゃんになる夢を。

夢の中のお兄ちゃんは、やっぱりハチャメチャでいつも私達や更識家に携わる者達を遠慮無しに振り回す。

 

「当主になった恭一君はね、本名を隠す意味なんか無ェ!って言って『楯無』の襲名を廃止しちゃうのよ」

 

更識家では当主を継いだ者が『楯無』を名乗る仕来りがある。

現当主である生徒会長も17代目の『楯無』であり、本名は別なのだ。

 

夢の中の恭一は留まる事を知らないようで

 

「対暗部用暗部って何だよ! 裏工作だァ? アホか、表でバリバリ活躍すんぞ! 俺たち更識家は今日から『何でも屋』だ! 要人フルボッコから夫婦喧嘩の仲裁! 街の掃除にパトロール! 裏で縮こまってんじゃねぇ、世界へ出るぞオイッッ!!」

 

誰も彼の暴走は止められないらしい。

凄まじい強さを誇るが故に。

 

「あはっあはははは! せ、世界!? 何でも屋?! さ、更識家の歴史が壊されちゃってるよ~! あはははっ!」

 

余程ツボに入ったのか、想像した簪は腹を押さえてケタケタとベッドを転がる。

 

「うふふふ。私ね、恭一君が大好きよ。でもその好きは恋愛じゃなくて」

「お姉ちゃんは渋川君にお兄ちゃんになって欲しいんだね」

 

簪の問いに楯無は照れながらも小さく頷いた。

 

「年下の彼にこんな事思うのはおかしいって、自分でも分かってはいるんだけどね」

「う~ん......でもお姉ちゃんの気持ちも分かるよ?」

 

簪はベッドから立ち上がりお茶を用意し始めた。

楯無も手伝うため、一緒に隣へ立つ。

 

「渋川君って凄く幼く見える時もあれば、歳相応な時もある。頼れる年上のお兄さんに見える時もあればお爺ちゃんに見える時だってあるもんね」

「何だか聞いてると妖怪みたいね」

 

楯無の言葉にそれだ、と手をポンと叩く。

 

「きっと渋川君は悪い人に封印されてた伝説の妖じゃないかな」

「か、簪ちゃん?」

 

こうなったら簪は止まらない。

姉の楯無ですら止める事は出来なかったりする。

故に拝聴するしかない。

 

「三種の神器によって封印が解けたんだと思う」

「......ちなみに三種の神器って?」

 

簪は右手を掲げ

 

「オーノホ......ティムサコ......」

 

「「 タラーキィィィィィ!! 」」

 

少し恥ずかしいモノがあるが、それでも一緒にノッてあげる楯無は姉の鑑。

 

「はぁ......昨日一緒に観たばかりだもんね『SDガンダム外伝』だったかしら?」

「うふふ。一緒に唱えてくれるお姉ちゃん大好き」

「あ、あらあら! 姉として当然の務めよ!」

 

グイグイ引っ張っていく姉さんキャラでも、真っ向からの言葉にはアタフタしてしまうようだった。

 

「渋川君に言えば良いと思う」

「......私のお兄ちゃんになってくれって?」

「うん。なって欲しいんでしょ?」

「頭のおかしい子だと思われないかしら」

 

 

「......ぷふっ」

「か~ん~ざ~し~ちゃ~ん~?」

 

提案した本人が肩を震えさせるとは是れ如何に。

 

「いひゃい、いひゃいよ~」

 

ジト目で簪の頬っぺたをムニムニする。

 

「別にね、恭一君に更識の人間になって欲しいなんて高望みはしない。けど......」

 

更識家当主とは云え、彼女はまだ17歳の学生だ。

精神的疲労、外界からの重圧は他人からじゃ計り知れないモノがあるのだろう。

彼女しか知らない苦悩を真正面から逃げずに受け止められる器の持ち主を求めてしまうのも、致仕方無い事なのかもしれない。

 

「私だって甘えたくなる時もあったりするのよね......」

「いいんじゃないかな。渋川君ってば既に娘も妹も居るし。お姉ちゃんが加わっても問題無いんじゃない?」

「そ、そう言えばそうだったわね。冷静に考えたら血の繋がりは無いとは云え、凄い構成よね」

 

想像したら身震いしてしまった。

主に武力的な意味で。

 

「そう、ね......落ち着いたら恭一君にお願いしてみようかしら」

「うふふ。そうなったら私も渋川君の事、お兄ちゃんって呼ぼうかな」

「だ、ダメよっ!」

「へ?」

 

突如とした楯無の必死な反応に、つい目が点になる。

 

「あっ、いえ......その......で、出来れば学園では私だけのお兄ちゃんになって欲しいかな~、なんて......あ、あははは」

「......独占欲強し」

「うっ」

「......将来束縛する可能性高し」

「はうっ」

 

妹の鋭い指摘に言い返せない姉だった。

 

「でも......」

「ん? どうしたの簪ちゃん」

「改めてちゃんと渋川君にはお礼言わないと、だね」

 

私達の仲を取り戻してくれた事を。

 

「ふふっ......彼ってば、ああ見えて結構照れ屋さんだからトボけると思うけどね♪」

 

こうして更識姉妹の夜は更けていく。

 

 

________________

 

 

 

「いーやーだ! いーやーだ!」

 

椅子の上で机を揺らして抗議し続ける恭一。

ガタガタ五月蝿い事この上無い。

 

「はいはい、恭一君。静かにしましょうねぇ」

「レクリエーションじゃねぇのかよ! ぬぁんで勉強しねぇといけねンだ!」

 

結構本気で嫌がっている恭一を無視し、簪は教壇に上る。

 

「勉強とは言っても学校では教わらない授業をする」

「むっ......何やら気になる言い方すンじゃねぇか」

 

普通と違う、と言われた事で恭一の抗議の音が鳴りを潜めた。

 

「講習内容は『IS戦闘における最凶フィニッシュ・ホールド』の紹介と説明」

「へ?」

「講義担当は私、更識簪」

「私は簪先生の美人アシスタント担当よ♪」

 

簪は指し棒を伸ばし

 

「まずはこれを見て欲しい」

 

黒板前に巨大スクリーンが現れ、何やら絵が浮かんでくる。

 

「あ、あれは......」

 

恭一も何の絵か分かったようで、思わず息を飲んだ。

 

「ゲェーッ! キン肉バスター!?」

「うるさっ」

 

コミックチックなリアクションを取ったのは助手の楯無。

恭一が振り返ると彼女の表情は、既に素に戻っていた。

 

「相手を肩越しに逆さに持ち上げ空中に飛び上がり、そのまま稲妻の如き速度で地面に落下する。それによって相手の股、首、背骨、腰、左右の大腿骨に同時にダメージを与える事が出来る恐ろしい技」

「はい、簪先生」

 

生徒らしく挙手をする恭一。

 

「はい、渋川君」

 

発言を認められた恭一は立ち上がり

 

「確かにISならば可能な技だが、それでもあくまで『キン肉バスター』モドキと云う事を俺達は理解してねぇとな」

「......モドキ?」

「『キン肉バスター』は『火事場のクソ力』があって初めて威力を発揮する技。俺達にそれは無い。技は掛けられるが、威力まで真似する事は出来ねぇってこった。上昇・下降にISのスラスターを利用しなきゃいけねぇからな。まぁそれでも人体を破壊するには十分だろうがな」

「......なるほど」

 

(なるほど、じゃないでしょ簪ちゃん。いきなり乗っ取られてるじゃない)

 

それでも楯無は止めない。

2人が楽しそうならそれで良いのだ。

 

「2つ目はこの技」

 

スクリーンに新たに映し出されたのは

 

「ゲェーッ! キン肉ドライバー!?」

「うるさいなっ!?」

 

楯無を見るも、彼女は既に素である。

 

(......この人もしかしてこのリアクリョンのためだけにいンのか?)

 

実は正解だったりする。

 

「空中で逆さまになった相手の脇に自分の足を置き、自分の両手で相手の両足を持った状態で落とす。地面に頭から叩き付け、さらに相手の両腕も破壊する技。ちなみに渋川君は先のゴーレム戦で『キン肉ドライバー』を使ったと聞いた。私も見たかった......私も......見たかった」

「2回言わなくて良いよ」

 

普段はあまり感情を表に出さない簪の顔が悔しさで一杯になっている。

流石の恭一もツッコミが控えめだ。

 

「渋川君はこの技でゴーレムの両腕をブチ割ったって聞いた」

「おう。この技は破壊力だけならある意味で『キン肉バスター』よりも上だからな。ただ一応言っておくが、あくまで無人機相手だからな? 『キン肉バスター』も『キン肉ドライバー』も対人との試合なら敢行しない方が良い。理由は言わなくても分かるな?」

 

ISには絶対防御シールドが存在する。

しかし人体の可動を超えた方向へのダメージは防ぎようがないのだ。

関節や骨をあらぬ方向へ曲げられると、当然軋む。

そのレベルが一定を超えるとISを纏っていようが人間の身体は折れるし、理論的には引き千切られる事すら有り得るのだ。

相手の事を思いやるのなら、これらの技は仕掛けない方が良い。

 

「まぁ......喧嘩なら当然話は変わってくるけどよ」

「渋川君が悪い子になった」

「悪い子って何だよ!? 他に言い方あんだろが!」

 

それからも次々とフィニッシュ・ホールドがスクリーンに映し出されていく。

 

「ゲーッ! タワーブリッシ!?」

「いや、だから」

 

その度に大げさなリアクションを取る美人アシスタントの楯無。

 

「ゲーッ! キャメルクラッチ!?」

「......」

 

.

.

.

 

「「 ゲーッ! マッスル・ドッキング!? 」」

 

いつの間にか恭一も加わってしまっていた。

言ってみると結構気持ちが良いらしい。

 

 

________________

 

 

 

「......これで講義おしまい」

 

パチパチパチ

 

仕事を終えた簪先生へ、惜しみない拍手を送る美人アシスタント。

 

(この人結局リアクションのみだったな)

 

「有意義な授業だったぜ。確かに学校じゃ教わんねぇわな」

 

満足そうに笑う恭一に釣られて簪も、楯無も笑顔になる。

 

「お礼に俺からも1つ教えといてやる」

 

恭一は教壇に立つ簪の隣りへ行き、彼女からチョークを借りると黒板へ何やら文字を書いていく。

 

 

『礎を打つ事千遍也。自ずとその身に真技備わる』

 

 

「恭一君って達筆なのね」

「私も思った」

 

見て欲しい処は其処じゃない。

 

「人間って奴ァ強大な技術を知っちまったら基礎を忘れてしまうモンだ」

 

 

________________

 

 

 

モニター室で見ていた者達の身体がピクリと反応を見せる。

 

「フッ......お前達も強くなりたければ、渋川の言葉を胸に刻んでおけ。これは私を含めてお前達にも言える事だ」

 

千冬の言葉に皆は真剣な表情で頷いた。

 

 

________________

 

 

 

「戦いには確かに強力な技も要るだろう。工夫やテクニック、頭脳プレーにトリックプレー......確かにそれらは勝利を齎す要因になるだろう」

 

だがな

 

「結局最後にモノ言うのは基礎鍛錬だ。地味でキツい反復修練、基礎動作の繰り返し。その積み重ねが己の勝利を引き寄せる。それは生身だろうがISだろうが変わらねぇ。忘れんなよ」

 

「うん。忘れない」

「ええ、恭一君の言う通りね」

 

(渋川君が年上に見える)

(......やっぱりお兄ちゃんだわ)

 

 

じょわわわぁ~~~んっ!

 

 

更識簪・更識楯無によるレクリエーション、此処に堂々終了。

 

.

.

.

 

「んしょ......うんしょ......はう~......おーもーいー」

 

毎度お馴染み布仏本音の登場である。

今回はプラカードと一緒に、何やら少し大きめの台を持ち運んでいる。

 

「どれ、貸してみろ」

 

あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。

危なっかしくて見てられない恭一は、台を彼女から取り上げる。

 

「ありがとなす、しぶちー」

「ここに置けば良いんだな?」

 

取り敢えず空いてるスペースへ置いた。

少し斜め掛かった台には1番から9番の文字が記され、9本の棒が刺さっている。

本音の手には赤・青・黄色のリング。

 

「これはアレか。輪投げだな?」

「そだよー!」

 

本音は「えいやっ」と輪を投げていく。

 

スポーン

スポポーン

スポポポーン

 

「......駄目みたいですね」

「むぅ......しぶちーせんせー、コツ教えてくださーい」

「そうだな。まずその投げ方をヤメようか」

 

輪投げは基本的にはサイドスローかアンダースローがベターである。

 

本音はあろう事か何故か大きく振りかぶり、台に対して一度背中を見せるまで捻りを加えてから輪を投げる。

見事なトルネード投法だった。

 

「......ダイナミック過ぎンだろ」

「えへへー」

 

褒めてはいない。

 

「輪は身体の中央から押し出すように投げるのがコツだな。その時、手首のスナップは掛けちゃイカンぞ」

「ふんふむ」

 

本音は言われるがまま、投げる動作を練習し

 

「利き足を前に出して、足先を自分が狙う棒へ向けろ」

「......えーいっ!」

 

カンッ.....クルクルクル......スポンッ

 

「お見事」

「やったよーぅ!」

 

意外と学習能力は高い本音だった。

 

 

じょわわわぁ~~~んっ!

 

 

「お次はこの方! あたしを春麗(チュンリー)と呼ばないで! チャイナ娘ならあたしに任せチャイナ♪ 凰鈴音さんで~~~~っす♪ なお今回は少し趣向が変わったExtra Stageになりまぁす!」

「突っ込み処が多すぎる......」

 

本音は本音で

 

「んしょ.....うん.....しょ......おーもーいー」

 

部屋を出て行くのに、難儀していた。

 

 





会長のワールド・パージで書こうとして断念したお話。
簪ちゃんとセットで書きたかったからね、仕方ないね。

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