野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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今宵は詩経が湧く、というお話



第117話 三色同刻

食堂での楽しい時間はあっという間に過ぎ、本日はそのまま解散となった。

『ワールド・パージ』の疲労を考え、其々が部屋で過ごす事となった訳なのだが。

現在時刻は23時を過ぎた頃、2人の乙女が立ち上がった。

 

 

『セシリア・オルコットの場合』

 

 

「ふんふふーんふーん」

 

鏡の前で鼻唄を歌いながら、妙におめかしをしているイギリス淑女。

数ある香水の中から、今夜彼女が選んだものは『レッドローズ』。

世界中から集められた高貴な7種類のバラがブレンドされており、砕いたスミレの葉と仄かなレモンが潜んでいて、清らかで透明感ある香りがセシリアを纏う。

 

「下着は.....ふ、普通で良いでしょう。急いては事を仕損ずると言いますし」

「何でそんな言葉知ってんのさ?」

「ひょわぁ!?」

「うぇい!?」

 

後ろからひょっこり顔を出してきたルームメイトの清香に喫驚し、淑女らしからぬ素っ頓狂な声を上げてしまう。

その声に清香もびっくりして身体を反らした。

 

「い、いきなり声を掛けないで下さいまし!」

「ごめんごめん。でもさセシリア、何やってんの? もう就寝時間だよ?」

 

部屋から出てはいけない時間に香水を付けているルームメイトを見れば、気になるのも当然である。

 

「ふふふ、清香さん。このような格言をご存知? 『規則とは破ってこその規則也』!」

 

久しぶりの尊大淑女ポーズ。

ちなみに清香は毎日部屋で見ているので、ノンリアクション。

 

「ああ、うん。それで何処行くの?」

「恭一さんの部屋へ行ってきますわ」

「渋川君の? なに、こんな時間にお呼ばれしたの?」

「いいえ、これは完全なる私の独断であり英断。そう、夜這いですわッッ!!」

 

カナリヤが囀るよりもよく通る、自信に満ち充ちた声だった。

 

(え、えぇ.....)

 

言われた清香は困惑するしかない。

 

(夜這いてセシリアさん.....自分で英断とか言っちゃってるし)

 

「いやいやいや! もう何処から突っ込んで良いか分かんないけど! 渋川君って、もう篠ノ之さんと付き合ってるよね!?」

「おほほほほッ! 関係ありませんわッッ!!」

 

セシリアには関係無かった。

 

「そのような些細な事、私の想いの前では無価値!」

「さ、些細かなぁ.....」

「清香さん、貴女は私の大切なルームメイト。故に貴女には話しておきましょう」

「おっ、なになに? 清香さんの乙女センサーアンテナ立ちまくりだよ!」

 

これは何やら面白い話が聞ける予感。

そんな気がしてならない清香は、セシリアの前でワクワク状態だ。

 

「その前に紅茶など如何ですか?」

「焦らすねぇ!」

 

焦らすのは語者の特権。

 

.

.

.

 

「.....私今日、恭一さんに告白しましたの」

「おおっ.....な、何か畏まって聞くとむず痒くなりますなぁ.....そ、それで? どうなったの?」

「ふふふ、答えは敢えてまだ不要と言ってやりましたわ」

「むむ? 何で?」

 

セシリアは掻い摘んで説明する。

恭一が箒以外に異性として興味を持っていない事を。

千冬も含まれているのだが、流石に2人の関係は言う訳にもいかず、割愛した。

 

「確かにそうだったねぇ.....身体測定の時も渋川君、素だったもん」

「ですが、今回の告白で私は恭一さんに異性として意識させる事に成功したのです!」

「おおー」

 

パチパチパチ

 

「そして宣言してやりましたわ! これからはガンガンいくとッッ!!」

「す、凄いねセシリア! なんかもう.....凄いね!」

 

慎ましく過ごすよりも、苛烈に攻める事を恥ずかしがる事無く、高らかに宣う彼女を前に、清香は凄いとしか言い様が無かった。

 

「そ、それで今から夜這いに行くの?」

「ええ。今宵は星散らばる夜。こんな日は恭一さんと共に、月を肴に語らうのも一興です」

「.....は?」

「なにか?」

 

2人の思考にズレがあるのか、セシリアの言葉にポカンとなる。

 

「.....えっちぃ事しに行くんじゃないの?」

 

清香も恥じらう乙女。

少し顔を赤らめながら聞いてみるが

 

「ふふっ.....急いては事を仕損ずる、です」

 

セシリアは人差し指を自身の唇に持っていき、片目を閉じて微笑んだ。

 

「ぬぉおっ?! 昨日までそっち方面じゃアタフタしてたセシリアがぁ.....たった一日でスーパーセシリアになっていたでゴザル」

 

想いを告げるとはそういうモノ。

たかだか1時間余りで蚊トンボを獅子に変える。

今のセシリアがまさにそれだった。

 

「行って参りますわね、清香さん」

「い、行ってらっしゃい!」

 

清香に見送られたセシリアは扉を開け、いざ往かん。

恭一の元へ。

 

 

________________

 

 

 

『篠ノ之箒の場合』

 

 

「ふんふふーんふーん」

 

鼻唄交じりで戸棚から茶葉を選んでいる箒。

 

「恭一が一番美味しそうに飲んでたのは.....」

 

『これうめぇな箒!』

『うめぇなこのお茶!』

『箒が持ってくる茶葉は毎回うめぇな!』

 

「.....まぁ何でも良いだろう」

 

基本的に何でも美味しそうに飲む恭一を振り返った末の決断だった。

 

「あら、箒さん。まだ起きてらっしゃったんですね」

「む.....静寐か。起こしてしまったか?」

 

ルームイメイトの静寐に後ろから声を掛けられる。

 

「いえ、今から寝る処ですけど.....箒さんは」

 

軽く身支度をしている箒を不思議そうに見て

 

「.....何処かへ行かれるのですか? もう就寝時間は過ぎてますよ?」

「う、うむ.....恭一の所へ、な」

「まぁ! まぁまぁ!」

 

恥ずかし気に言う箒の言葉に察した静寐は、何を想像したのか腰をやんやん、とクネクネさせる。

 

「逢引ですね、分かります!」

「あいっ!? い、いやまぁ......そんな処だ」

 

別に恭一とは約束などしていない。

ただ、ワールド・パージで改めて恭一に抱いている感情を再確認し、気持ちが昂ぶっている箒は、どうしても今夜は恭一と一緒に過ごしたかった。

 

「しかし、どうして茶葉を?」

「うむ。今宵は星輝く良い夜だ。アイツの部屋から月を眺めて、話がしたくてな」

 

由緒ある巫女の出であり、古風を解する箒ならではの言葉だった。

 

「ふふっ.....そう云う事なら、私も良い物があります」

 

静寐は不敵に笑うと、自分の戸棚から何やらゴソゴソと

 

「これを持って行って下さい、箒さん」

「こ、これは......ッッ」

 

上から桃・白・緑に彩られ、串に刺さった三色のお団子。

其れが幾つか重なって皿に盛られていた。

 

「実家から送られてきたんです。明日皆に配ろうと思っていたのですが、箒さんには今、渡した方が宜しいかと思いまして」

「ありがとう静寐! 恭一もきっと喜ぶだろう!」

 

ルームメイトからの情緒溢れる贈り物に、顔を綻ばせて受け取る。

 

「花より団子にならないよう、祈ってますね」

「.....なるんだろうなぁ」

 

団子を頬いっぱいにモキュモキュする恭一を思い浮かべて、笑い合う箒と静寐だった。

 

「では、行ってくる」

「ええ。楽しい時間を過ごして来て下さい」

 

静寐に見送られた箒は扉を開け、いざ往かん。

恭一の元へ。

 

 

________________

 

 

 

「.......」

「.......」

 

校舎を出た所で当たり前のように鉢合わせる2人、箒とセシリア。

 

「.......」

「.......」

 

じりじりと2人の距離が縮まり、互いの中でゴングが鳴った。

 

「なにを見ている?」

「貴女こそ、なに見てますの?」

 

何処ぞの不良よろしく睨み合いから

 

「お前が先に見たんだろう」

「貴女ですわ」

 

なに中だテメェ状態へ移行

 

「お前だろう」

「貴女ですわ」

 

2人にとってこれは

 

「お前だよ」

「貴女です」

 

何時の日からか

 

「お前だ!」

「貴女です!」

 

ある種の

 

「私か!?」

「私ですわッッ!! あっ.....し、しくじりましたわ.....」

「私の勝ちだな」

「くっ.....今回は負けを認めましょう」

 

様式美となっていた。

 

「千冬さんに見つかる前に行くか」

「そうですわね」

 

2人共行く場所は同じ。

想いを告げた事を知る箒は、少なくとも今宵はセシリアの邪魔をするつもりは無い。

むしろ、今夜はこうなる事を何処かで予感していた節さえあった。

それはセシリアも同じであり、ガンガン攻めるとは言ったが、箒や千冬の横槍を入れるつもりは無かった。

 

「それは.....お団子ですか?」

「ああ。お茶とよく合うしな。セシリアも恭一の部屋に着いたら一緒に摘むと良い」

 

2人は運動場から僻地を抜け、恭一城(自称)の前までやって来る。

 

「流石にまだ起きているようだな」

 

窓から漏れる光が、起きている事を語っていた。

 

「ええ、寝ている処へお邪魔するのは気が引けますからね」

「どの口が言っているのやら」

「貴女にだけは言われたくないですけどね」

 

「「........」」

 

 

ドガッ バキッ ボガガッ

 

 

部屋の前まで来て、わちゃわちゃする2人。

 

「.....何をやっているのだ、私達は」

「そ、そうですわね」

 

時間は無限では無い。

こんな事をしていたら夜が明けてしまう。

2人は頷き、想い人の居る扉を開いて

 

 

「「 ラウラやないかいっ!! 」」

 

 

盛大に突っ込んだ。

 

.

.

.

 

突っ込んだは良いが、開いた口がまだ塞がらない2人。

恭一が不在の中、何故かラウラがベッドの横で布団を敷いているのだから。

 

「むっ.....こんな夜更けに何の用だ?」

「そ、それはこっちの台詞だ! 何をしているのだお前は!?」

 

可愛らしい黒猫の着ぐるみパジャマを着ているラウラ。

フードに付いたネコミミが、更なるラウラの可愛さを増幅させている。

ちなみに、これはシャルロットに貰った物らしく、彼女は彼女で白猫パジャマを愛用していたりする。

 

「見れば分かるだろう、寝る準備だ」

「そんな事は分かってますわ! 何故ラウラさんが此処に居るのかを私達は聞いているのです!」

 

箒と一緒になってセシリアも声を上げる。

第3者の存在など思いもしなかった2人は混乱の極みだった。

 

「ふふん、家族が同じ部屋で寝るのは当たり前だろう」

 

恭一から許可を貰っているラウラは、鬼の形相をする2人を前にしても全く悪びれた様子は無い。

 

「くっ.....家族と言っても血は繋がっていないだろう!?」

「そ、そうですわ! それに異性が一つ屋根の下で共にするのは、いけません事でしてよ!」

 

ラウラが恭一に対して恋愛感情を抱いていない事は、2人も重々理解している。

それでも、はいそーですか、と割り切れる程、箒もセシリアも恋愛面において達観出来てはいないのだ。

 

「おかしな事を言うモノだ。血の繋がりなど無くても家族の契りを結めば、家族になる。故に結婚した者は共に過ごすのだろう?」

「ぐっ.....正論だ」

 

ラウラ・ボーデヴィッヒ、正論にて箒を撃破。

 

「それに恭一殿と異性のお前達だって、今此処に来ているではないか」

「ぐぬぬぬ......」

 

ラウラ・ボーデヴィッヒ、片言隼句にてセシリアを撃破。

 

「ち、千冬さんが知ればきっと怒られちゃうぞ!」

「そ、そうですわ! もうプンプンに怒られますわよ!」

 

言い返せなくなった2人の言葉回しは、果てしなく幼かった。

しかし、言葉の内容は最大の切り札でもある。

何だかんだで厳格な千冬に見つかれば、大層怒りを買う事は明白。

しかもその対象が恭一なのだから、閻魔様も裸足で逃げるレベルで鶏冠に来る事、間違い無しだろう。

 

だが、ラウラは笑止千万と

 

「ふふん......教官からも許可は得ているッッ!!」

 

「「 ッッッ!!? 」」

 

2人は透明のパンチでも喰らったかのように、後ろに仰け反った。

 

「そ、そげなアホな......」

「お前その言葉好きなのか?」

 

腰から砕けたセシリアの表情から生気が失われていく。

 

「......千冬さんめ.....やってくれる」

 

ラウラを許可した千冬の真意に到達した箒は、静かに呟いた。

そう、これは千冬の仕掛けた番人である。

敵意を持つ者なら恭一は喜んで喰うだろう。

しかし、邪な考えを持つ者への免疫は足りていない。

そう判断した千冬は、自身が信頼するラウラという守護者を、恭一を拐かす者への防壁に当たらせる事としたのだった。

 

結果、どのような事が期待出来るか。

同じ部屋にラウラがいれば恭一との間に、まず甘い雰囲気など創り出せない。

相手が幾ら望んだ処で、恭一が拒否するに決まっている。

娘の前で情事に耽る父が何処にいる、と。

 

「はぁ......それで? ラウラは毎日、泊まりに来ているのか?」

「だいたい5/7と云った処だな」

 

ピクッ

 

その言葉を聞いたセシリアは見事に復活。

箒も表情には出さないが、内心ではガッツポーズしていた。

毎日じゃ無いのなら、此方にも攻め手は残されている。

今回はそれが知れただけでも、良しとしよう。

 

「処で.....何やら美味しそうな物を持っているな」

 

期待の眼差しで箒を見てくるラウラ。

 

「あ、ああ。恭一と一緒に食べようと思って団子を......ぁれ?」

 

ラウラの存在に驚きすぎて忘れていたが

 

「恭一は何処にいるんだ?」

「私も思いましたわ。外から鍛錬の音も聞こえてこないですし.....」

 

キョロキョロ見渡しても、やっぱり居ない。

 

「ああ、恭一殿なら束博士と出掛けて行ったぞ」

「姉さんと?」

「うむ。アメリカに行ってくるって」

 

「「 アメリカああああああッッ!? 」」

 

今宵、一番の衝撃が2人に走った瞬間だった。

 




旅行かな?(すっとぼけ)

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