野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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晩餐会にお呼ばれ、というお話



第116話 クロエ流NDK

「うんっ、おいしい! モリモリ口に入っちゃうよーっ!」

 

がつがつむしゃむしゃと、肉を食べ、コーラをゴクゴク飲んでいるのは稀代の天才にしてISを生み出した驚異の科学者、篠ノ之束だった。

彼女とテーブルを挟み、穏やかな笑みを浮かべている女性スコール・ミューゼル。

世界中が探している束をどうやって、この地下レストランに招待出来たのか。

それは彼女だけが知る処であった。

 

「お気に召しまして? 束博士」

「そこの睡眠薬入りのスープ以外はね~」

 

ニコニコ笑顔であっけらかんと言うが

 

(一番美味しそうに飲んでたのに、よく言っちゃってくれるわねぇ....当て付けかしら?)

 

しかし、これ位はスコールにとっても想定内。

相手はあの『篠ノ之束』なのだから。

この程度で堕ちる程、楽な相手では無い事は理解しているつもりだ。

故にスコールも、悪びれない。

テーブルに両肘を立てて、束と同じようにニコニコと笑みを絶やさずにいる。

 

(色々と聞きたい事もあるけれど、本題から済ませちゃいましょう)

 

「それで、束博士。あの話は考えて―――」

 

―――姉ちゃん電話だぜ、姉ちゃん電話だぜ

 

スコールの言葉を遮る着信音。

いきなり出鼻を挫かれたみたいで、モヤッとするが表情には出さない。

それよりも

 

(今の着信音の声.....何処かで聞いたような.....?)

 

どうやら、そっちの方が気になったらしい。

 

「むむっ.....キョー君からのラブコールだ!」

 

(.....キョー君?)

 

「もすもすひねもすぅ~? どったの、キョー君?」

 

スコールそっちのけで電話に夢中な束。

だが、これは束に関する対人関係の情報を得られる好機。

スコールは電話の主との会話に耳を傾ける。

 

(相手の声は.....流石に聞こえてこないわね)

 

何やら相手から頼み事をされているらしい。

束は「お姉さんに任せなさーい」と言っている。

 

(相手は男で、年下のようね。もしかして恋人かしら?)

 

もしもそうなら、その相手を誘拐してしまうのも1つの手だ。

束との交渉材料は多いに越した事は無い。

 

(まぁ1人はもう捕まえてあるんだけどね、束博士の反応が愉しみだわ)

 

内心ほくそ笑んでいると、束の方も佳境に入ったらしい。

 

「束さんはねー、今外食中なのさっ♪ えっと.....」

 

チラリとスコールを見て

 

「スコーンって人とね!」

 

(.....微妙に違うわよ)

 

「あはは! そうそうお菓子みたいな名前だよねぇ♪ 流石の束さんも覚えちゃったよ!」

 

(覚えてないじゃない)

 

束を見ていると、妙にあの少年の事を思い出す。

何処か人を食ったような態度で、自分に言い様も無い苛立ちを抱かせた少年。

渋川恭一の事を。

 

「それじゃあ、後でそっちに行くねー♪」

 

ホクホク顔で通話を終える。

その様子から、何やら楽しい事を相手から話されたらしい。

そんな束を前にスコールは若干悩みを見せる。

 

(先に渋川恭一との関係性を聞いた方が良いかしら.....いえ、やはりまずは本題から入りましょう)

 

「ゴホン.....それで、束博士。あの話は考えて頂けたでしょうか?」

「んー、どの話ー? ブクブクブク.....」

 

スコールとしては真面目に話したいが、束はコーラに刺さったストローで気泡を作り遊んでいる。

 

「我々『亡国機業』に新造ISを提供する話です。勿論、コア込みで」

「ちゃだ(やだ)」

 

ISのコアを作り出せる事は、否定しなかった。

 

「そこを何とかお願いします」

「いやどす」

 

(ダブって見えるわ.....目の前のウサ耳女とあの少年が)

 

頬がピクリとしかけたが、スコールもまだ余裕な表情を崩さない。

彼女には交渉材料があるのだから。

 

「ふう.....どうしても、ですか?」

「うん」

「では、これではどうかしら?」

 

満を持してスコールが指を鳴らす。

映画のような演出で現れたのは、後ろ手を柱に手錠で括り付けられたクロエと、その横で首筋にナイフを当てているオータムだった。

 

「おろろ.....クーちゃんだ」

「この子鹿ちゃんは、以前私が所有するホテルで2番目の男性起動者を助けた事があってねぇ」

 

スコールは嗤う。

 

「渋川恭一との関係を調べていたら、貴女に辿り着いたって訳ね。想定外だけれど幸運だったわ」

「......それで?」

「ふふふ、言ったでしょう。我々にISを提供しろ、と。断るのなら.....私の口から言わせたいのかしら?」

 

懇願から命令に。

スコールの想定通り完全に立場は此方に傾いた。

 

「むー.....」

 

束は面白くない顔だ。

 

(あらあら、子供みたいに頬を膨らましちゃって。天才は脆いって格言通りねぇ)

 

外には万が一に備えて、ISを纏わせたエムを待機させている。

それに最悪の場合、自分もISを起動する準備は出来ている。

しかし、人質が有効ならそれに越した事は無い。

 

「さて、束博士.....如何でしょう? 私も徒にあの子を傷付けたいとは思ってませんわ。ですから―――」

「ちょっと普通すぎィ、3点」

「は?」

「束お姉様はお優しいです、0点でしょう」

「あぁ? テメェ立場分かってンのか?」

 

馬鹿にした様なクロエにイラついたオータム。

ナイフの先端を首に当て、少し力を入れる。

クロエの綺麗な白色をした首筋から血が垂れる、が

 

「.....『無極』......ッッ!!」

 

小さな呟きと共に、手錠の鎖部分を一瞬で千切り自由になる。

 

「なっ!? て、てめっ」

 

慌ててナイフを突き出す腕を外へ回転するように避け、そのまま腕をブチ折った。

オータムの腕が機械化されている事を知っているクロエは、そこで終わらない。

彼女の横から顎へ掌底を打ち込み、脳震盪を起こさせた。

と、すぐさま空中に投げ出されたナイフの柄を蹴った。

ナイフの軌道は真っ直ぐスコールへ。

 

「.....っ.....ちっ!!」

 

咄嗟に防御姿勢を取り、迫り来るナイフを防いだが

 

(束博士が居ないっ!?)

 

目の前に座っていた筈の彼女を見失う。

 

(そんな馬鹿な)

 

僅かな間に消えるなど、化物でも無ければ不可能だ。

 

「あーーーーっ!!」

 

ビクッッ!!

 

「ロマネ・コンティだ! しかも95年物の!」

 

ワインセラーから嬉しそうにボトルを抱えて、テーブルに戻って来る束。

 

「クロエも飲みたいです」

 

オータムを気絶させたクロエもトテトテとテーブルへやって来る。

無邪気に乾杯している2人と対峙するスコールは、微動だに出来ないでいる。

2人からは一切、隙が見当たらないのだ。

それ以上にどんな攻撃をしてくるのかワクワクと待っている事が嫌でも伝わってくる。

 

(.....罠を仕掛けたつもりが、嵌っていたのは私?)

 

理由は分からないが、クロエが態と此方に捕まっていた事を理解したスコールは、ぎりっと奥歯を噛み締める。

許しがたい。

何より、目の前の2人は自分を試そうとしているのだ、上から。

しかし怒りに任せて動いてはならない事も重々承知だった。

 

(冷静に考えて勝てるかしら? 生身で視界から消える程の速さで動ける束博士とオータムを一瞬で無力化した娘相手に)

 

ISを起動させるか?

いや、そもそも今の状況でISを起動さえるだけの猶予が自分にあるか?

 

この状態を打開できる可能性があるのは―――

 

バゴォォンッッ!!

 

「......」

 

騒動を聞きつけて『サイレント・ゼフィルス』を纏ったマドカが扉を打ち破り入ってきた。

 

(いいタイミングよエム!)

 

既にISを展開しているマドカの登場。

これで勝負を五分へと持っていける、スコールはそう判断したが

 

「あハァ♥」

「ッッ!?」

 

束は乱入者を見て短く嗤った。

唯、それだけなのにスコールからどっと嫌な汗が流れる。

 

「キョー君に瞬コロされた、まどっちじゃーん!」

 

椅子に座っていた束は一瞬でマドカとの距離を詰め、こともあろうにライフルの先端上に立っていた。

 

「!?」

 

振り払おうとしたライフルが、束によって瞬時に『解体』されてしまう。

彼女の驚愕と共に為す術無くビット、アーマーと次々に解体され、纏っていたISはあっと言う間に光の粒子となって消えてしまった。

 

「ふんふむ.....なるほろなるほろー」

「......っ.....」

 

束はジッとマドカの顔を見て動かない。

無理矢理、生身に戻らされたマドカは完全に動けない。

本能が動く事を許さない。

もし微動だにすれば、今度は自分の身体が解体されてしまう。

そんな恐怖心が彼女を覆い尽くしていた。

 

そして成り行きを見守る事しか出来なかったスコールは、激しく自分を責めていた。

天才博士と銀髪少女に抱いていた甘い先入観。

 

(ISを展開した処で、どれ程の勝機があると言うのかしらね)

 

自然と苦い表情になるスコールを楽しそうに見つめるクロエは

 

「今、どんな気持ちですか?」

「......?」

「罠を仕掛けた相手に上をいかれて、貴女は今どんな気持ちを抱いているのですか?」

 

忌々しげな顔を見せるスコールを前に、満足そうに嗤みを浮かべる。

そう、クロエは態とオータムに捕まった。

何故なら彼女は普通にキレていたから。

自分が敬愛する恭一と箒の幸せな時間を奪ったあの日の事に対して、それを指揮していたスコールに対して。

殺しても良いが、それでは恭一の教えに背いてしまう。

 

『気に入らねぇ奴は虚仮にしろ。話はそれからだ』

 

この騒動はクロエなりに恭一流に則ったモノであった。

 

「.....私達をどうするつもり?」

「それはクロエの知る処ではありません」

 

そう言ってクロエは視線を束に向ける。

 

「くっ.....は、離せ!」

「あははっ! ジタバタするなよぅ♪」

 

マドカを脇に担いで、束はテーブルの上へジャンプする。

スコールの目の前に音を立てて着地した彼女は

 

「力を得て何がしたいのさ?」

 

束は端的に聞いた。

彼女を見下ろす瞳は、此処へ来て初めて見せる冷酷無慙そのモノだった。

 

「嘘を言ったら殺す。本音を言わないと殺す。気に入らなかったら殺す」

 

完全なる悪魔裁判であり、それが脅しでない事を本能が悟らせる。

スコールに抗う道は無し、自分の思いを話すしか無かった。

 

「私は――――――で、――――――。だから――――――。そして―――――――――よ」

 

言葉を締めたスコールは、終わりを告げるように束を見上げる。

 

「むふっ」

「!?」

 

先程までの能面っぷりとは打って変わり、円満具足に笑う束。

 

「そう云う事なら今回、束さんは手を出さないであげる。あと、この子貰ってくから♪」

 

この子とは当然、マドカの事を指している。

束の腕の中で「巫山戯るな」と藻掻くが、まるで抜け出せない。

 

「そ、それは困りますが......」

 

自分の命は未だに束が握っている。

それを考えると強く反対出来ないが、彼女を取られてしまっては困るのも事実。

 

「あ゛? 要求してンのはこっちだよ」

「くっ.....」

 

スコールを圧迫感が襲う。

 

(どうする.....何やら束博士はエムを気に入っている.....ならっ)

 

「か、彼女には―――」

「監視用ナノマシン注入済み。命令拒否=死に直結って感じかな?」

「なっ.....」

 

言葉を失うスコールを尻目に、束は胸元からカプセルを取り出し

 

「むぐっ!? や、やめ「飲み込め」っ!? ......ゴクン」

 

嫌がるマドカに本能で飲ませた。

 

「うっ.....? あっ.....あが.....が.....ァアアアアアアアアアアアッッ!!」

「え、エム!? 束博士、貴女一体何をっ」

 

束の腕から落とされたマドカは、全身を掻き毟り悶え苦み、のた打ち回りだした。

流石のスコールも声を荒げるが、束は意に介さず苦しむマドカをニコニコと笑って見ているだけである。

 

「ナノマシン強制除去薬だよ~ん、汚染されてる細胞の全破壊と再生を繰り返し元に戻す薬なのさ♪ まぁ痛みで死ぬかもしんないけど、その時はその時だよねぇ」

「そうですね」

 

苦しむマドカを肴にワインを飲み出す2人。

 

(狂ってるわね.....私以上に狂気を孕ませてるんじゃないのかしら)

 

マドカの動きがピタリと止み、命の有無を感じさせる吐息が聞こえてくる。

 

「おー、成功したね!」

「成功しましたね」

 

嬉しそうに、束は意識を失っているマドカを再度担いだ。

束とクロエは目的を果たしたのか、スコールに背を向けて歩き出す。

 

「お、お待ち下さい!」

「ん~?」

 

つい引き止めてしまったが、この2人を相手に今の自分に何が出来る。

 

(ならせめて.....っ.....)

 

「貴女と渋川恭一は繋がっているの?」

「.......むふっ」

 

スコールの問いに悪戯っ子な笑みを浮かべ

 

「君の渇きを潤せる相手は世界じゃない、キョー君だよ」

「は?」

 

それだけ言うと束とクロエの周りに小爆発が起こり、視界を煙が遮った。

 

「ッッ!?」

 

煙が晴れる頃には、部屋にはスコールとオータムの姿だけ。

 

(.....どんな感情を抱けば良いのかしら)

 

触らぬ神に祟りなし。

命あっての物種と割り切るべきか。

散々恥をかかされ、エムまで奪われた自分達の無力さを呪うべきか。

 

(最初の電話相手がまさか渋川恭一だったとは、ね)

 

色々な事が一遍に起こりすぎて、流石のスコールも頭を整理するだけで一杯だった。

 

「はぁ.....ままならないわ。ねぇ、オータム.....」

 

オータムを起こす彼女の表情には、暗鬱な陰影が掠めていた。

 





まどっちの強奪に成功。
なお束さんに深い考えは無い模様\(^ω^)/

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