野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

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お前も見ろよ見ろよ、というお話



第111話 自分の居場所

「......いやシステム中枢じゃないだろコレ」

 

簪と箒から逃げるように扉に入った恭一。

光に包まれ、辿り着いた場所は

 

「どう見ても住宅街だよな」

 

なんとかを隠すなら森の中、という事なのだろうか。

近辺を歩き回っても、それらしきモノは見当たらない。

 

それに―――

 

「俺はこの風景を知っている.....?」

 

微かな記憶を頼りに、何かに導かれるように恭一は進む。

現世では無く、前世の記憶を頼りに。

 

「.........」

 

恭一の目の前には、とある建物。

何処にでもある平凡な一軒家の前で、彼は歩みを止めた。

 

「.....九鬼」

 

門構えの横に備え付けられた表札には『九鬼』と記されていた。

恭一は簪の言っていた言葉を思い返す。

 

『心の奥底の秘めた願望を見せる事で外界と遮断』

 

「俺の望みは何だ?」

 

まだ見ぬ強敵と出会う事。

手も足も出ない程の強敵と試合う事。

 

(これが俺の一番の願望じゃねぇのか?)

 

恭一の頭に無音のノイズが走る。

 

 

『ワールド・パージ.....精神介入開始......』

 

 

________________

 

 

 

「.....で、私達はその『ワールド・パージ』という能力にまんまと嵌っていた、という訳か。しかも唯の時間稼ぎだったとは.....腹立たしい」

 

現実世界に戻ってきた箒は、簪から説明を受けて漸く納得出来た。

今の箒は落ち着いているように見えるが、あの駄々っ子モードからどうやって簪は説得出来たのだろうか。

 

.

.

.

 

『ほ、箒.....精神に何らかの影響を受けた可能性があるから、まずは帰還しよう?』

 

「やだやだっ! あんなの見られて帰りたくない!」

 

余程、恥ずかしい思いをしているのか、精神年齢が幼くなってしまっている箒。

取り敢えず正論を言っても、今の彼女には無駄な事が簪にも理解出来た。

 

(すごく.....めんどくさい......)

 

正直な感想である。

しかし、このままでは埒が明かないのも事実。

 

(.....貸1つだからね、渋川君)

 

『何を恥ずかしがる事があるの?』

 

「えっ.....?」

 

『貴女は渋川君の彼女。なら何も問題は無い』

 

問題大有りなのは、言っている簪が一番分かっている。

 

「で、でもあんな......その、している処を見られたら恥ずかし―――」

 

『恥ずかしくなんてないッッ!!』

 

「ッッ!?」

 

『好きな人とき、キスしたいと思うのは当たり前! それを貴女が否定する事は渋川君に対する冒涜ッッ!! 貴女が渋川君を想う気持ちはそんなモノなのッッ!?』

 

文脈滅茶苦茶意味不明。

暴論極まりない言の葉だが、その軌道は真っ向勝負。

ストライクど真ん中への剛速球。

真っ直ぐな者、悪く言えば根が単純な者にとってこれ程美味しい球は無い。

 

簪が振りかぶって投げた球(言葉)を迎える箒は

 

「そんな訳が無いだろう! 私は誰よりもアイツに夢中だッッ!!」

 

日本が世界に誇る4番打者だった。

 

『―――なら、恥ずかしがる事なんて?』

 

「ぬぁいッッ!!」

 

.

.

.

 

こうしてアホの子は現実世界へと帰ってきたとさ。

多分、めでたい事なのだろう。

 

「私はサポート役だったから精神世界には行ってないけど、皆はどんな世界だったの?」

 

簪の素朴な疑問に数名の顔が引き攣った。

彼女の前には、一夏、鈴、ラウラ、シャルロット、楯無、セシリア、箒。

 

「俺は悪の組織と戦ってたな、ニセモノの恭一と一緒に」

 

特に恥じる事も後ろめたい事も無い。

一夏はさらっと述べた。

 

「まぁアンタの世界は何となく想像付くわね。そこで恭一がやって来て吹っ飛ばしたって感じでしょ?」

 

鈴の言葉に一夏は笑いながら頷いた。

 

「私は教官と新婚生活を満喫していたぞ。まぁニセモノだったのだが、あれはきっと未来への布石になるに違いない」

 

むふん、と胸を張り話すラウラ。

彼女も特に恥ずかしがる理由は無かった。

 

「あたしは、まぁ......」

 

其処まで言った鈴は一夏と目が合った。

 

「ん? なんだ?」

「な、何でも無いわよバカ一夏!」

 

頬を染めた鈴を見て、一夏を除く各々は察した。

 

「そ、そうよ! あたしの家に帰ったらアホの恭一が居たのよ!」

「ニセモノの?」

「本物のよ! あのアホ、この緊急事態に風呂に入ってたのよ!? 雨に濡れた~とか言って! あんなアホっぷり見たら正気に戻るに決まってんでしょうがッッ!!」

 

「「「「 ぶふっ 」」」」

 

キーキー怒る鈴の言葉に、想像したのか皆は吹き出してしまった。

 

「ふふっ.....それは確かにインパクトありますわね」

「アホアホ言い過ぎだと思うが、確かにアホだな」

 

セシリアと箒も苦笑いで鈴を宥めた。

 

「そ、そうか。そう云う事だったのかッッ!!」

 

(じっちゃんの名にかけて?)

 

ラウラの言葉に、一夏はそんな事を思ったが口には出さない。

 

(言ってもスルーされそうだし.....恭一早く帰って来ねぇかなぁ)

 

皆が注目する中、ラウラは言葉を続ける。

 

「恭一殿がバスタオル姿だったのは、鈴の風呂に入っていたからだったんだ!」

 

「「 あっ、そっかぁ 」」

 

探偵ラウラの名推理にシャルロットと楯無が、手をポンと叩いて納得する。

笑って頷く鈴の姿が正解である事を物語っていた。

 

(こ、この流れって僕も言わないといけないの?)

 

一夏、ラウラ、鈴の3人は掻い摘んでだが、確かに話した。

シャルロットは、まだ言っていない他の面子を見てみる。

彼女達の表情に焦りは感じられない。

 

(多分、話しても問題無い世界だったんだ.....ど、どうしよう)

 

 

『僕ね、恭一に足とか太ももとかいっぱい舐めさせたんだ! 鞭で叩いたりもしたんだよ!』

 

 

(駄目だあああああああッッ!! ドン引きされる事、間違い無しじゃないか!!)

 

ドン引きされるだけじゃ済まない。

怒り狂う者の存在を忘れるな。

 

「ぼ、僕は犬と遊んでた処で恭一が現れたんだ」

 

嘘は言っていない。

 

「へぇ、シャルって犬買ってたんだな」

「う、うん.....パトラッシュって言うんだ」

 

ちょっと嘘ついた、けど問題無し。

 

「か、会長はどんな世界だったんですか!?」

 

自分の話はこれで終わりだ、とシャルロットは楯無に振った。

 

「え、私? 私の世界はねぇ―――」

 

(ふぅ.....これで一安心だ......ん?)

 

額の汗を拭うシャルロットは、何やら視線を感じる。

彼女が目を向けると、ニヤニヤ含み笑う鈴だった。

 

(ほんとに犬だったのかしらねぇ.....にやにや)

(ううっ.....鈴の心の声が聞こえてくるよぅ)

 

楯無が見た世界の話で皆が盛り上がっている中、鈴とシャルロットだけはやけに静かだった。

 

.

.

.

 

「箒だけは渋川君のニセモノに自力で気付いたって凄いね」

 

皆の世界を聞き終えた後、簪がそう呟いた。

 

「フッ.....愛故に、だな」

「言ってて恥ずかしくない、あんた?」

「若干な」

 

呆れた表情で突っ込む鈴に、少し頬を染める箒。

照れている事は照れているらしかった。

 

(ぐぬぬ.....流石は箒さんですわね。でも負けませんわよッッ!!)

 

密かに対抗心を燃やすセシリアだった。

そんな彼女達を余所に、未だ電脳世界から戻ってこない恭一。

 

(.....恭一はまだ帰って来ないのか?)

 

皆が精神世界での話を蒸し返し、再び盛り上がりを見せる中、箒は恭一の事を考えていた。

 

 

________________

 

 

 

「おかえり、恭一」

「おかえりなさい、恭一。もうすぐ晩御飯出来るわよ」

 

家の扉を開けた恭一を迎えたのは

 

「か、かあ.....さん? 父さん.....?」

 

忘れられない両親の姿だった。

 

(見間違えようが無い.....母さんと、写真で見ていた父さん)

 

巫山戯るな。

何のつもりか知らねぇが、こんなモン見せられた処で俺はもう―――

 

「今夜は恭一の大好きなすき焼きだってさ。ほら、お父さんと一緒に手を洗いに行こう」

「.....は?」

 

先程まで同じ背丈だったはず。

なのに、今は自分が見上げる形になっている。

 

(俺の身体が小さくなっている?)

 

自分の手を見てみる。

15歳の手の大きさでは無い。

 

言われるがまま、恭一は洗面所に連れて行かれた。

 

(鏡に写っているのは、どう見ても幼い頃の俺)

 

幼い頃.....?

 

恭一の頭に無音のノイズが走る。

 

(俺は.....僕は......)

 

.

.

.

 

 

「「「 いただきまーす! 」」」

 

食卓を囲む3人家族。

テーブルの真ん中には、ホクホクと湯気が立ち篭るすき焼き鍋。

 

「お母さんが卵を割ってあげるから、お椀を貸してちょうだい」

「それくらい自分で出来るよぉ」

 

そう言って恭一は綺麗に卵を割り、かき混ぜた。

 

「おっ、凄いじゃないか恭一」

 

父さんが僕の頭を優しく撫でる。

くすぐったいけど、あったかい。

 

「そうだ、先生に聞いたわよ恭一」

「はむっ.....はふっ.....ん~?」

「貴方、いじめられてた女の子を助けたんだって? 先生が嬉しそうに褒めてたわよ?」

 

恭一の頭に無音のノイズが走る。

 

「うん! 少し怖かったけど、やめてあげなよ!って言ったら、三浦君も分かってくれたんだ!」

「ふふっ.....恭一は優しいね。お母さん嬉しいわ」

「女の子を助けるなんて、カッコ良いじゃないか。お父さんも鼻が高いな!」

 

笑顔で僕を褒めてくれるお母さんとお父さん。

 

此処は温かくて居心地が良い。

 

 

『ワールド・パージ、完了』

 

 

「田所君とは仲良くやってるの?」

「うん、コウジ君は一番の友達だよ! この前もコチョコチョこしょばしてきたから、僕もお返しにコチョコチョしてやったんだ!」

 

此処は温かくて凄く居心地が良い。

 

「幼稚園の皆がね、僕に言ってくるんだ」

「何て言ってくるの?」

 

お肉をお皿に装いながら、母さんが聞いてくる。

 

「僕の名前に鬼が付いてて、カッコ良いって!」

「そりゃそうだ! 鬼は強いからな、男子の憧れさ、わははは!」

「もう、貴方ったら。強くて優しいのが一番カッコ良いのよ、恭一?」

「うん! 分かってるよ、お母さん!」

 

絶え間無く笑顔が溢れる、何処にでもある家族の団欒。

其処に不幸は無く、きっと幸せな未来が少年を待っているのだろう。

 

 

《歴史が少しでも違えば、こんな世界もあったのかもしれんの》

 

 

幸せに笑う母と父。

そして、幼き頃の九鬼恭一。

そんな3人を、悲し気な瞳で眺めている理外の存在『九鬼恭一』。

 

《確かに幾度と無く思ったモンじゃ。父さんが生きていれば、自分に不相応な力など無ければ、未来は変わっていたのではないか.....母さんが苦しむ事など無かったのではないか》

 

九鬼は自嘲気味に笑った。

 

《この世界はワシが齎したモノかもしれんの.....すまんな恭一》

 

この瞞しの世界を生み出した一端は、自分にもある。

ならば、ワシがする事は唯1つ。

 

《思い出せ恭一。此処は確かに心地の良い、これ以上に無い温かい世界じゃ》

 

だが、それは偽りの世界。

決して戻る事は出来ない夢の世界。

 

《お前の居場所は此処では無い。お前が掴んだ居場所は此処では無いんじゃ!!》

 

―――ドクン

 

「......あ?」

 

 

『ワールド・パージ.....バグ発生......セイギョ不能.......シュウフク不能......エラーエラーエラーエラーエラー』

 

 

頭に無機質な声が響く。

そして『九鬼恭一』の声が。

 

「俺の.....居場所......」

「貴方の居場所は此処でしょう?」

 

優しく手を包まれる恭一。

彼が見上げると、母が変わらず微笑んでいた。

 

「ち、違う......俺は」

「貴方が求めた世界は此処なのよ」

「違うッッ!! 俺が望んだ世界は―――」

 

―――アナタダケ、ナゼイキテイルノ?

 

「ッッ!?」

 

幻聴かどうか、今の恭一には分からない。

 

「貴方は此処に居ても良いのよ。だって此処が貴方の居場所なのだから」

 

―――ソウデショウ.....キョウイチ?

 

父の姿はもう見えない。

その変わり、母の姿がダブッて見える。

胸にナイフが刺さっている母の姿が見えてしまう。

 

《くっ.....ワシの声が聞こえんのか、恭一ッッ!!》

 

「思い出せない.....俺は......何で生きて......」

「此処に居ましょう? だって貴方は―――」

 

母の姿をしたモノが恭一の頬に手を―――

 

 

「私の男に.....何をしているッッ!!」

 

 

窓ガラスの外から豪快に割って入ってきた者。

奪い取るように、横から恭一を抱きしめた女性。

 

「ち.....ふゆ.....さん.....?」

 

強く抱きしめられた恭一の頭にノイズが走る。

千冬は抱えたまま、前を睨み

 

「貴様が誰であろうと、恭一を傷付けるのなら容赦はせんッッ!!」

 

腰に差している『幻魔』を抜き、威嚇するように前へと突き出した。

抱えられている恭一は思わず、頭を押さえる。

 

「あぐっ.....」

 

頭に流れ込んでくる、いつしか刻み込まれた友の言葉。

 

 

" 皆を守るために、どんな手にも負けないために俺は強くなるッッ!! "

 

織斑。

 

" アンタ達だけ強くなるのを指咥えて眺めてる訳にはいかないのよッッ!! "

 

鈴。

 

" 恭一をギャフンと言わせたいからね! "

 

デュノア。

 

" 強くなけりゃ嫁になってくれんからな! "

 

ラウラ。

 

" 妹の簪ちゃんを守るためよ "

 

会長。

 

" お姉ちゃんを守るため "

 

簪。

 

" オルコット家の誇りを守るためですわ! "

 

セシリア。

 

" 私の人生は私のモノであるために "

 

箒。

 

 

(俺が掴み取った居場所.....)

 

 

『お前を愛している、お前と共に生涯を歩みたい』

『私はお前と一緒にこの世界を楽しみたい。お前じゃなきゃ嫌なんだ恭一』

 

 

(千冬さん.....箒......)

 

「ありがとう、千冬さん」

「恭一?」

 

抱えられていた恭一は母の姿をしたモノの前まで歩み、膝を突いて頭を下げた。

 

「俺の居場所は此処じゃないんです! 俺はこの人と、アイツらと先が見たいんです! どうか.....どうか、俺が生きる事を許して下さい!」

 

恭一は膝を突いたまま、何度も何度も頭を下げた。

目の前の母がマガイモノだろうと、関係無かった。

許して欲しい。

それは何に対する懇願なのだろうか。

それを理解出来るのは、きっと本人だけなのだろう。

 

 

―――大切に過ごしなさい、恭一

 

 

「......えっ?」

 

思わず顔を上げる恭一。

既に母の姿をしていたモノは、光の粒となり消えていた。

 

「.....幻聴か?」

「いや、確かに私にも聞こえたぞ」

 

此処は恭一の精神世界。

恭一が無意識に言って欲しいと願った言葉を、機械的に発しただけかもしれない。

真相は誰にも分からない。

それでも、恭一は前を向く。

もう後ろは振り返らない。

 

(あの世で元気にやってるといいな。母さん、父さん)

 

 

________________

 

 

 

「そういや何で千冬さんが居るんですか? ダイブしてましたっけ?」

「なに、お前が心配になってな。向こうは制圧完了したし、念のため私も入ってきたのさ」

 

(此処なら思う存分イチャイチャ出来るだろうしな)

 

断絶していたシステムは、箒が現実世界へ戻ったと同時に解放された。

簪から恭一以外の帰還報告を受けた千冬は、真耶に自分が倒したIS乗りを預け、速攻でダイブ。

恭一を直接サポートするという名目で。

 

「千冬さんには驚かされてばかりだ。やっぱり千冬さんは頼りになりますね」

「ふふふ、そうだろうそうだろう」

 

千冬は笑みを浮かべながら、恭一と目が合うように膝を突いた。

 

「抱っこするぞ」

「は?」

 

両脇に手を入れられた恭一は、簡単に持ち上げられてしまった。

 

(そ、そういや俺の姿ガキの頃のままじゃねぇか!?)

 

そのまま近くにあったソファーに座る千冬。

彼女の膝の上には、チョコンと乗せられた恭一。

 

(はぁはぁ.....私と初めて会った頃よりも少し幼い恭一......ハァハァ)

 

神様ありがとうッッ!!

本当にありがとうッッ!!

 

歓喜に震えるぶりゅんひるでと、捕食者をまだ察知していないミニ恭一だった。

 




恭一のピンチに颯爽と現れるブリュンヒルデは恋人の鑑。
なお、現在絶賛『ぶりゅんひるで』と化している模様。

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