野蛮な男の生きる道(第3話までリメイク済)   作:さいしん

100 / 180
食は進むが、弁立たず。
というお話



第98話 フルコース

「......うぅ.....まだか、恭一」

 

レストランの一番奥の席、個室では無いが仕切りが施されており、周りからは死角になっている夜景が一望出来る席にて、箒は落ち着かなそうに座っていた。

何故、彼女がこんなにもソワソワしているのかと言うと。

 

『当店では女性はドレスを着用して頂きます』

 

箒は店員の言葉により、ドレスを貸し出されたのだ。

それだけならまだ良かった。

ドレスを纏うのはこれで三度目、文化祭とこの前の取材時だ。

若干、恥ずかしい想いもあるが短期間に三度と云う事で少しは慣れ始めていたのだから。

 

問題は、今回貸し出されたドレス衣装にあった。

文化祭時のような貞淑さをメインに据えたお淑やかなドレスでは無く

 

(うぅ.....この前着たヤツ以上に胸が強調されてないか、これ?)

 

赤を基調とした華やかで艶やか、着ている者の色気を引き出すために誂えられた大人なドレスだったのだ。

 

(は、恥ずかしくて顔から火が出そうだ.....)

 

仕切りのおかげで周りの客からは見えないのが、まだせめてもの救いである。

そんな事を考えていると、不意に後ろから聞き慣れた声。

 

「待たせたな」

「本当に待ったぞ、きょう.....」

 

随分待たされた事もあるが、やり場のない恥ずかしさをぶつけようと、箒は立ち上がって振り返ったが

 

「悪ぃな。ちっと色々あってよ」

 

其処で箒の世界が止まった。

 

上質な黒一色に統一されたスーツを見事に着こなしている目の前の男。

気怠そうにネクタイを緩める恭一の姿は、何時以上にも大人っぽくアダルトな雰囲気を醸し出していた。

 

(はわわ.....なんだこの大人チックな恭一は)

 

先程までの憤りは何処へやら。

自分の着ているドレスへの恥ずかしさも吹き飛び、ぽやーっと見つめる箒。

 

「これで機嫌直してくんねぇか?」

「こ、これは.....薔薇、か.....?」

 

恭一から真っ赤なバラの花束を受け取った箒は、開いた口が塞がらない。

 

女子の永遠の憧れである赤いバラの花束。

それを大好きな恭一が私にプレゼントしてくれた。

 

(何だこの幸せ空間は.....まるで夢のような.....ん? 夢?)

 

待て。

待て待て篠ノ之箒、よく考えてみろ。

目の前の男は、こんなにも女性に対する扱いに熟れた奴だったか?

花束を片手に「機嫌直してくれ」だと?

そんなキザな台詞を吐くような男だったか?

 

否、断じて否である!

 

(そうか! これは夢だ。今夜のディナーの予行演習と云う訳だな!)

 

箒に取って、あまりにも都合が良すぎる現実。

現実とは不都合なモノ、恋愛とは思い通りにはならないモノ。

その事をよく理解している箒に隙は無し。

 

カッコ良い言葉を並べてみたが、どっこいこれが現実である。

 

花束を受け取ったまま直立不動な箒を不思議がる恭一。

 

「.....どうした箒? バラじゃ駄目だったか?」

 

まだ彼女の機嫌が直って無いと思った恭一は、オズオズと顔色を伺うが

 

「ふふふ.....いや嬉しい。ありがとう恭一」

「そ、そうか。そりゃ良かった」

 

ニッコリ微笑む箒に恭一も胸が軽くなった。

 

「あっ、コラ恭一」

「な、なんだ?」

 

首元のボタンを開け、緩めている恭一の前までやって来ると

 

「折角のスーツ姿が台無しだぞ? ちゃんとネクタイも締めろ」

 

どうやら箒は弛ませているのが気に入らないようで、直そうとしてきた。

 

「いや、ネクタイっていざって時、危ないんだって」

「何だ? そのいざと云う時とは」

「喧嘩の時にだな」

「バカだな恭一は。こんな処で喧嘩など起こる訳が無いだろう」

 

軽く抵抗してみせる恭一をあしらい、首元に手を伸ばす。

 

(夢なら何しても.....ゴクリ)

 

「な、なぁ恭一。何時か私はお前にネクタイをプレゼントしたいと思っているんだ」

「は? 何でだ?」

 

理由などこの男が知る筈も無い。

 

「女性が男性にネクタイをプレゼントする意味はな」

 

ネクタイを掴んだまま恭一を自分の方へと引き寄せる。

 

「貴方に首ったけ.....だ」

 

そう言って箒から熱いキッスを―――

 

「時と場所を考えてください、箒お姉様」

 

待ったを掛ける凛とした女性の声。

 

「く、クロエ.....?」

 

ウェイター服に身を包んだクロエのジト目が其処にはあった。

 

 

________________

 

 

 

「ぁぅぁぅ......」

 

夢でない事が分かり、箒はすっかり席で縮こまってしまっている。

 

「しっかし.....何でクロエが此処に居るんだ?」

 

箒の代わりに恭一が尋ねると

 

「社会勉強です」

 

何でも三日前からバイトとして此処で接客しているらしい。

 

「それでは、当店のスペシャル・ディナーにようこそお越し下さいました」

 

接客モードに入ったクロエは、2人に丁寧なお辞儀をする。

漸く立ち直りを見せた箒も、恭一と共に軽く礼を返した。

 

「基本的にコースメニューを順に出させて頂きます。お二人様は未成年なのでアルコール類はお出し出来ません。代わりにミネラル・ウォーターをボトルで提供する形を取らせて頂きます」

 

それからも2人は、既に備えられてあるフォークやナイフの使用順序などを細かに説明されていく。

 

緊張と恥ずかしさからか、いまいち理解してない表情で頷く箒に

 

(おっにく~♪ おっにく~♪)

 

まぁ、この男はいつも通りらしい。

 

「―――以上です」

 

やっと解放された箒は自然と深く息を吐いた。

 

「な、なんと言うか.....あれだな。場違いじゃないか?」

 

彼女が仕切りから覗くと、他のテーブル席には大人ばかり。

それも普通の、と言うよりかは間違い無く上流階級な感じがプンプンである。

 

「オイオイ.....さっきまであんなに大胆に迫ってきてた奴の台詞じゃねぇぜ?」

 

ケラケラ笑う恭一に

 

「い、言わないでくれ! 夢だと思ってたんだから仕方ないだろう!?」

 

顔を真っ赤にさせて反論するが

 

(.....割といつもあんな感じだと思う)

 

思っても言葉には出さない、今夜は紳士な恭一。

 

.

.

.

 

「此方がメインディッシュ『宝石の肉(ジュエルミート)』になります」

 

すぐ傍の夜景から覗く月の明りすら霞む程の煌きを放っている、今夜のメイン料理『ジュエルミート』が2人のテーブルの真ん中へと置かれた。

 

「こ、これもまた.....もう何て言えば良いか分からん位に凄いな.....」

 

優しい光に包まれた肉を前に、思わず箒も呟いてしまう。

 

「さっき出たスープ.....何だったか? 『センチュリースープ』だったか」

「ああ、確かそのような名前だったと思う」

 

出されたスープの蓋を開けた瞬間、オーロラが2人の目の前を立ちのぼり、その美しいユラメキが恭一と箒を大いに感動させた。

 

「スープといい、肉といい.....こんな世界もあったんだな」

「ああ.....まさに別世界に来た気分だ」

 

感慨無量どころでは無い。

2人は同時に目の前の『ジュエルミート』を口に運ぶ。

 

「....!.....むぅ」

 

思わず唸る箒。

 

(噛むごとに肉汁がどんどん溢れてくる。それなのにアッサリしていて全然しつこくない)

 

思わず心の中で恭一のような事を言ってしまう程だった。

 

(恭一、だと....?)

 

このような場で劣化海原雄山チックな事を言い出されては、折角の雰囲気が台無しである。

恭一が口を開く前に注意しておかねば。

 

「きょう.....ッッ!?」

 

恭一を見た箒は言葉を失った。

 

「おぉぉ.....おぉぉぉぉ......」

 

(.....ものすっごい泣いて食べてる)

 

鬼の目にも、狂者の目にも涙。

それ程までに、目の前の男は感動しているようだった。

 

 

________________

 

 

 

「「 御馳走様でした 」」

 

デザートに出された『虹の実』を平らげた2人は、とっても満足顔である。

 

「最初から最後まで本当に美味しかったな」

「ああ.....新聞部のメガネ先輩には感謝しねぇとな」

 

食事も終わり、漸く一息付く2人。

箒はチラリと外の景色を眺めた。

 

その時、恭一に電流走る。

 

『会話を楽しみつつ、相手を褒める事を決して忘れてはいけません』

 

クラリッサの言葉を思い出した恭一は改めて箒のドレス姿を見やる。

 

(.....それにしても何なんだコイツ、可愛すぎンだろ。まさに傾国の美女だな!)

 

この男の惚れっぷりも大概であった。

しかし、中々言葉が出てこない恭一。

何時もなら自然と口に出たモノが、結果褒める事に繋がっているのだが。

意識して言おうとすると、中々に照れるモノがあるらしい。

さらに言えば、このシチュエーションである。

超高級ホテルの最上階、夜景の見えるレストラン。

如何にもな雰囲気が余計に恭一を気恥ずかしくさせた。

 

(い、言っちまえ恭一! 此処まで来て何を恥ずかしがってんだ)

 

「ほ、箒さんや」

「んん? いきなり何だその呼び方」

 

出だしから躓いてどうする。

気を取り直して

 

「や、夜景が綺麗だな!」

 

落ち着かない様子で、そんな柄にも無い事を言い出す恭一。

 

(.....ハッ?!)

 

その時、箒に電流走る。

 

『夜景が見えるレストラン.....プロポーズの定番ですね』

 

静寐の言葉を思い出した箒は「まさか」とは思いつつも、ほんのり期待してしまう。

 

「そ、そうだな。うむ.....」

「.....そんな夜景よりっ」

 

(定番だあああああああッッ!! この流れは胸キュン特集で読んだアレだ! あの言葉が来るぞ来るぞぉおおおおおッッ!!)

 

『そんな夜景より、君の方が綺麗だよ』

 

ベタな台詞にシチュエーションではあるが、恋する乙女は定番にこそ胸高鳴るものである。

 

―――ゴクリ

 

「お前の方が夜景だよ」

「ありが......は?」

「.....あれ?」

 

 

『そんな夜景より、お前の方が夜景だよ』

 

 

言われた箒は当然の事、言った本人まで何故か黙り込んでしまった。

 

(.....まるで意味が分からない。もしかして箒星と掛けているのか?)

 

何とか良い方向へ解釈しようと努力する恋人の鑑。

しかし、この男にそんな風情ある小洒落た言葉遊びなど出来る訳が無い。

 

(し、しまった.....テンパり過ぎて訳分かんねぇ事言っちまった)

 

誤解される前に、早く言い直さなければ。

しかし、一度外した事を言い直すのは存外恥ずかしいモノである。

恭一は焦りからつい、テーブルの上に置かれているグラスを手に取り、一気に中身を飲み干した。

先程、クロエでは無い別のウェイターが新たに注いでいったモノだ。

 

「あっ.....やべ.....忘れて.....た」

 

勢い良く立ち上がった恭一からは平衡感覚が失われ、大いにグラつきを見せる。

 

「きょ、恭一?」

 

 

________________

 

 

 

恭一の様子を不思議がる箒の他に、もう1人。

レストランに備え付けられてある防犯カメラの向こうで、モニターを眺めている女性の姿。

 

「うふふ.....駆け引きはまだ終わってないわよ、坊や」

 

スコールは1人、片頬に刃のような冷笑を浮かべていた。

 




しぶちーにも筆の誤り。
狂者も木から落ちる。

うっかりしぶちーに思わずスコールお姉さんもにっこり。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。