《完結》【蒼明記・外伝】カメラ越しに映る彼女たち―――   作:雷電p

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フォルダー5-3

[ 音ノ木坂学院・広報部部室内 ]

 

 

 

「絵里ちゃんたちは、いったい蒼一さんをどこに連れていくのでしょうか……?」

 

 

 ちょうど、絵里ちゃんたちが蒼一さんを担いで、裏口から出ていく様子を映像で捉える事が出来たのですが、それ以降のは何とも………

 これ以上は困難となりそうです………

 

 

 しかし、一体何の意図があってそのようなことをしたのでしょうか? 少々、慌てている様子が見られたのですが、何かがあったからなのでしょうか? それとも、何に追われていたのでしょうか……?

 

 むぅ……考えても考えても、答えというのは見つからないモノですね………

 

 

 思い悩む身体を椅子に深くもたれ掛けて、一旦は気持ちを落ち着けましょう。 思考の深入りは、身体の毒。 時間の無駄ですからね。

 

 こう言う時は、あぐらをかいて両人差し指を頭に付けて考える……一休さんみたいなポーズをすれば妙案が………ハッ! 出ましたぁ……! 意外と効き目があるようなのですね、このポーズって。

 

 

 早速私は、以前使いましたあの追跡マップを開きまして、絵里ちゃんとことりちゃんの位置を特定しようとしました。 前回のデータがちゃんと保存されていましたので、絵里ちゃんの番号が控えられているわけで………ではでは、早速使ってみることにしましょうか!

 

 

 

 ジジジ―――――――――――  

 

 

 ジジジジ―――――――――――  

 

 

 

 ジジジジジ――――――――――――

 

 

 

 ピコン――――――!

 

 

 

 相変わらず嫌な音をするのですが、これは我慢我慢です………それで、結果は…………

 

 

 ほうほう、現在地はまだそんなに遠くは行っていないようですね。 こっちが頑張れば追い付けるはず………って、おやおやぁ?!

 

 

「……また、通信が途絶えてしまいましたぁぁぁぁ!!!」

 

 

 折角、絵里ちゃんの位置を特定したのに、どうしてこんな大事な時にこんなことが起きるのでしょうかねぇ?! まったく、私の整備が悪いのでしょうか? それともソフト自体が情弱過ぎるからなのでしょうか!?

 

 あああぁぁ!! まったく、仕事になりませんよ!!!

 

 

 パソコンに対して、かなりキレ気味になっていますよ! しかしこうも不幸が続きますと…………いけませんね、ここは落ち着かなければ………

 

 そうですね、こう言う時は…………

 

 

「チャドー……フウリンカザン……そして、チャドー………」

 

 

 腹に一杯空気を吸い込んで、ゆっくり吐き出す。 これこそ太古の暗殺術チャドーの真髄……って、私はニンジャではないのですがね。 しかし、こうした呼吸のおかげで平常心が取り戻せたような気がします。

 

 ありがとうございます、ニンジャスレイヤー=サン。

 

 

 さて、冷静さを取り戻しましたことですし、もう一度見直しておきますか。

 

 

「えぇっと、消失した場所は……っと、おや? 確かこの場所は………」

 

 

 絵里ちゃんの反応が消失したと個所に注目しますと、見たことのある場所であったことに気付いたのです。

 

 

「まさか……いやしかし、絵里ちゃんですからありえなくもないですね………」

 

 

 その消失個所、そして、その周辺にある目立った建物にも目印を置きまして、もしこの後探しに行くのでしたらここを優先的に調べられるようにしました。 あとは、我々次第というわけです。

 

 

 

「ではお次は………っと」

 

 

 この作業が終わってもまた次の作業、蒼一さんを突き落とした犯人とは誰なのか? それを突き止める必要が………

 

 

 

 

(bbbbbbbbb――――)

 

 

 

「………っと、おやおや、どなたでしょうかね?」

 

 

 ちょうど良いタイミングで掛かってくるスマホのバイブに気を取られ、そのまま通話を行い始めるのですが…………

 

 

 

「はい、もs『洋子! 洋子!!』っは、はいぃ?! 何ですかぁ?!!」

 

 

 通話開始直後、電話越しから真姫ちゃんの大きな声にビビってしまう私ですが、何やら様子がおかしいような気がしまして………

 

 

『洋子! 調べ物は済んだかしら!?』

 

「え、えぇっと……絵里ちゃんたちの居場所なら大方……」

 

『ならそれでいいわ。 それよりも早く部室に戻ってきてちょうだい! 今大変なことに………』

 

「えっ? なんですって? よく聞こえなかったのですが……?」

 

『………から、早く戻っ………なさい!! 私だけじゃもう………きゃぁ?!』

 

「真姫ちゃん?!!」

 

『――――――ブッ―――――――』

 

 

……くっ、途切れてしまいました。 しかし、真姫ちゃんのところでは一体何があったと言うのでしょうか? あの焦り具合……尋常ではなさそうです………兎も角、先を急がねばなりません!

 

 

 私は今持てる情報を頭に叩き込みましてから、手にしたモノを投げ出してこの部屋を出て行き、真姫ちゃんのところへ駆け付けに行くのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 ジジジ―――――――――――  

 

 

 ジジジジ―――――――――――  

 

 

 

 ジジジジジ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ ??? ]

 

 

 また、眠りについてしまった…………

 

 

 今、俺がどこにいるのかということ考えながら、瞳に光を差し込ませて脳に刺激を送りこませる。 そして、この眼に映りだす景色は、知っているようで知らないような……だが、どういう場所なのかだけはハッキリさせてくれる。

 

 

 あぁ……またしても、この状況なのか…………

 

 

 と言うよりも、こうした床に就かないまま寝てしまった後の状況には、大分慣れてしまっている。 日頃の行いの結果なのか、それとも経験豊富になりつつあるからなのか。 いずれにせよ、最悪な状況に変わりは無かったのだ。

 

 

「………いっ……あ…あぁ………!」

 

 

 電流が走り抜けるような痛みが全身に襲い掛かると、思わず背筋を逸らしてしまう。 と同時に、意識を手放す直前に俺の身に起きたことを思い返し、苦い気分になる。 ただでさえ満身創痍な状態であったところに、畳み掛けるように階段から突き落とされるとは、思ってもみなかったのだ。

 

 腕、脇腹、背中、頭、骨髄など身体の表裏関係なく全身からの痛みを時計の針が進むごとに、逐一感じながら意識を無理矢理覚醒させられる。

 

 

 目を細めて辺りを見回して、ようやくここがどこなのかを理解した。 どこか知っているような場所だと思ったら、ちょうど一昨日に絵里たちを見つけ出したあの小学校址なのだ。 日が陰ってきているものの、この部屋の構造に見覚えがあったからそうなんだと断定できる。

 それにこの部屋は、現役当時は音楽室として使われていた場所なんだと言うことも、脳裏に過ったのだった。

 

 

 

 

「………そうだ! エリチカはっ?! ことりはっ!?」

 

 

 ついさっき意識が途切れる瞬間、俺の身体に倒れ込んできた2人のことを思い出したので、今どこにいるのかと首を激しく動かして辺りを見回す。 すると、ちょっと薄暗い中に2人の姿がぼやけて見えてくる。

 

 

「エリチカ!! ことり!!」

 

 

 2人の姿を捉えると叫んで反応をとろうとしてみるが、残念ながらそうも上手くいくこともなく、まだ眠ったままだった。

 

 

 それならまだいい。 けど、違和感を抱き始めた。

 

 それは、2人の配置されている場所だ。

 エリチカは俺から横を向いて比較的に俺寄りの距離にあり、手足を縛られ壁に寄り掛かり足をついて座っていた。

 

 

 しかし、ことりの場合は――――

 俺の正面を向いたところで、俺との間隔は俺とエリチカとの間よりも倍に近いモノがあった。 さらに、ことりの手には手錠が……しかも、ただ付けられているのではなく、少し高い壁に突き刺さった鉄の棒に手錠の鎖が引っ掛かり、そこから垂れ下がる身体が膝を浮かせた高さで宙づり状態になっているのだ。

 

 まるで、俺に見せつけるみたいに…………

 

 

「くっ…………!」

 

 

 今すぐにでも、この身体を動かして2人の許に行って解放してやりたい! だが、こっちも手足を手錠のようなモノで繋がれて動けやしないっ!

 

 

 

 そんな時だった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 ヒタッ―――――――――――

 

 

 

 ヒタッ―――――――――――

 

 

 

 ヒタッ―――――――――――

 

 

 

 

 

 何かがこちらに近付いてくるような気配を背筋を震わせながら感じだした。 ぞぞっと忍び寄ってくる悪寒がその不気味さをさらに掻き立てているかのようだ。

 

 

 そう、いま俺の後ろに…………………

 

 

 

 

 

 

 ガバッ――――――

 

 

 

「っ―――――!!!?」

 

 

 その刹那、俺の背中に何かが抱きつきだしたのだ! その突然のことで身体をジタバタと動かそうとするが、腕をも包み込むようにしっかりと抱きつかれてしまっているので、身動きが出来ないでいる。

 

 背中で感じるとても柔らかい感触と、肌を通して感じる微熱が俺の神経に反応し、鋭く研ぎ澄ましだす。 その神経が、俺のよく知る人物との雰囲気が合致しているとの信号を発信し、同時に、危険を察知させた。

 

 動悸の乱れが激しくなり、冷汗すらも出ようとしないこの状況に、静寂を打ち破る声が直接俺に届く―――――

 

 

 

 

 

「おはよう――――蒼一♪ いい夢を見れたかな?」

 

 

 ドロッと耳に絡みつくような甘い吐息と共に、身体をやんわりと湿らせるような言葉が俺を包みだす。

 

 一呼吸吐く度に鋭くなった神経を直接触ってくるかのようで、身体をビクつかせてしまう。 神経共にこの身体が休ますことが無い。

 

 

 まるで、俺のことをすべて知り尽くしているかのようなこのあしらい方―――――そう、彼女なら容易くできるだろうよ。 互いにいた時間は少ないが、それでも本音を言い合えるような関係となっていた俺たちならば――――――それを熟知していてもおかしくは無い。

 

 

 それに、この一連の出来事の足りなかった1ピ-スが、ようやく板に納まり1つの絵(事件)が完成されたというわけだ。 その全貌を知った上で俺は、コイツと向き合わなくてはならないのだ―――――

 

 

 

 

 そう――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「希」

 

 

 

 

「ん~、そう返事してくれると嬉しいなぁ~♪」

 

 

 温厚そうな笑みを浮かばせた、俺のもう1人の幼馴染を―――――

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「あはははっ! やっぱり、蒼一の背中はあったかいなぁ~♪ いつまでもこうしていたいよぉ~♪」

 

 

 陽気な声をあげながら俺の背中にしっかりと抱きつく希――――ただ、その様子はいつもとはかなり異なった存在()――――は、いつものような関西交じりの口調ではなく、幼い頃に俺と東京で過ごしていた時と同じ標準語で話をしてきたのだ。 その垢抜けしたような態度で迫る希からは、安心感漂う空気を感じることが出来ない。 あるのは、偏った感情のみ―――――

 

 

 希………お前は、本当に希なのか…………!

 

 

 

 

「「………うっ……う~ん………」」

 

 

「おっ、2人とも気が付いたようだね」

 

 

 気絶していた2人に意識が戻りだす。 ゆっくりと身体を動かし、大事ないことにホッとする自分。 だが、できることならこの状況で起きないでほしかったと願っていた自分もいた………悪い夢のようにしか思えない状況だからだ…………

 

 

 

「………うぅ………そう……くん…………? のぞみ……ちゃん………?」

 

「………そういち………? それに………えっ、のぞみ………?」

 

 

「やっほ~、えりち、ことりちゃん♪お目覚めはどんな感じかなぁ~?」

 

 

 ことりたちが希の存在に気が付くと、こぞって意外だと言わんがばかりに目を見開かせ、驚きを隠せずにいた。 そんな2人の姿を見ながら、希は何事もないかのように2人に向けて手を振っていた。 まるで、何かを楽しんでいるみたいに………

 

 

「希! どうしてあなたがココにいるのよ?!」

 

「どうしてって言われてもねぇ………えりちたちがちゃぁんとここに来てくれたからかな?」

 

「えっ……!? そ、それってどういうことなの………?」

 

 

 エリチカの表情に陰りが生じ始める。 ことりも同様の表情を示し、その顔からみるみる明るさも余裕も消えていくのだった。 一体、2人に何があったと言うのだろうか? 何も知らない俺から見ていても2人の反応にこちらも焦りが生じ始める。

 

 

「ふふっ、かしこいえりちならすぐにわかるやろ?」

 

 

 エリチカの質問に対して、すべてを物語るかのを含ませたような口調で語られる言葉に、エリチカは驚愕の目を希に差し向けた。

 

 

「まさか………あのメールを送ったのは……希だとでも言うの……?」

 

「うん、そうだよ♪ ようやくわかってくれたんだぁ~」

 

「そ、そんなっ?! だ、だって、あのメールの宛名はちゃんと洋子ちゃんの名前が……!」

 

「そんなの簡単だよ。 私が洋子ちゃんのアカウントを乗っ取って、それからメールを送ったんだから。 あぁ、一応バレないようにちゃんとその時の送信メールは削除して、アカウントも元に戻したんだけどね♪」

 

 

「「ッ―――――?!!」」

 

 

 エリチカたちの表情がさらに怪しくなる。 希の口から出た意外すぎる行動が、2人の想像の範疇から逸脱していたことへの驚愕が著しく酷かった。 それをすぐ横で聞く俺も思わず震えあがってしまうほどだ。

 

 そしてこのことが、俺がこれまでに疑問に思っていたことの答えを導き出すきっかけとなるのだった。

 

 

 

「なるほどな………つまり、わざわざ洋子のパソコン内に侵入してアカウントを入手したと言うわけか………けど、それだけじゃないんだろ? 他にももっといろいろなことを手にしたんだろ?」

 

「うふふ、さっすが蒼一。 私のことをちゃんとわかってくれているんだね♪」

 

 

 何に反応したか分からんが、希は陽気に俺の身体をさらに自分の身体に押しつけるように抱きしめてきて、その嬉しさを表そうとしていた。 一方、2人は俺の言ったことがあまり理解できていなさそうだったので、それを説明し始める。

 

 

「以前、洋子からあの部室に備わっているいくつかの機器について教えてもらった時に、とても気になることを言ってたな。 誰かがパソコンを使っていた形跡があったと言っていたんだが………あれを本当に使っていたのは、希だったというわけだ」

 

「うそ………! アレを使っていたのは私だけなはず……! なのに、どうして希がそれを使って……!」

 

 

 俺の言葉に一番激しく反応したのはエリチカだ。 無理もないことだ。 何せ、洋子のパソコン上にあった様々な機器を使ったり、データを閲覧していたのは、エリチカだったんだからな。

 

 だが、釈然としない部分もいくつかあり、何とも言えない気持ちになっていたことも確かだった。

 

 

「希が使っていた内容は、お前とさほど変わらんだろうよ、エリチカ。 希も俺やみんなのことを監視するために、追跡マップや録音、録画映像を手にしていたんだと思う。 だから、あの時()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うこともわかることできたんだ。 考えたもんだよな、お前だったらこれくらいのことを知っていてもおかしくないやと全体に錯覚させることが出来るからな。 俺ですらもまったく気が付かなかった………」

 

「ふふふっ♪ せぇ~かぁ~い! さっすが私の蒼一! 私のことをちゃぁ~んとわかってくれててとっても嬉しいよ♪」

 

「生徒会の権限とか最大限に行使して今回のこともしていたんだろ? 学校の鍵だって、そのために用意していたんだろうし………」

 

 

 周りが不思議に思えるようなことでも、生徒会によるものだと言ってしまえば、大方の人は納得できてしまう。 それに希の場合は、自分の行動や周りの情報とかを占いやら不思議な力によるものと言ってしまえば人目につくことはしない。 そこまで考え込まれたことなのだろう………

 

 

「だが、それまでしてどうしてここまで一緒になってくれていたんだ? 場合によっては、いつだってこう言うことをできたはず………」

 

 

 俺の中での一番の疑問、希がここまで一緒になって行動してきた理由。 それがまったく持って理解できていなかった。 それはなぜ…………

 

 

 当の本人は、クスクスと笑いつつ俺の言葉を受け止めているようなのだが、その笑いの奥に潜む暗い存在が俺の心を震わせ始める。

 

 

「蒼一は知ってるかな? 人はね、不安や苦しみから解放された後の安心感ほど、危険な状態になりやすいってことを…………」

 

「っ………! ま、まさか………!!」

 

「うふふふふ………今頃、みんな蒼一たちがいなくなったことで大騒ぎしていると思うね。 というより、蒼一が階段から落ちたことで、すでにみんな動揺していたからかなり大事になっているだろうけど」

 

「おい………ちょっと待て………まさか……まさかお前………!!」

 

「なぁ~に? まるで、私が蒼一のことを突き落としたみたいな顔をしているけど………残念ながら、私が突き落としたよ。 階段を下りる蒼一の背中をドンッとね♪」

 

『ッ――――――!!!?』

 

 

 希のその言葉が俺たちに臨んだ時、これまでにないほどの悪寒と絶望感をぶつけられたような気分だった。 いや、それよりも何も、それをいとも容易く実に楽しそうに語る様子が、腹立たしいほどに心に突き刺さるのだ。

 

 

 信じていた………俺は希のことを誰よりも信頼していた………

 

 最初に、助けを加えてくれたのが希なんだと知った時は、どれほど心強かったことか。 希に相談を持ちかけた時に抱いた安心感は今でも忘れてなどいない。 あれほどの安心感とを与えてくれた希が、一変して俺を裏切った。

 

 悔しい……苦しい………辛い………信頼していた相手から裏切られることの恐怖がまた蘇ってくる。 あんな苦い思いを二度とするはずがないと思っていたのに………どうして……どうしてこんなことを………!!

 

 

「うふふ……それは、蒼一がいけないんだよ? 私という存在がいながら他の女とイチャイチャしちゃって………なにかな? 私に嫉妬させるために、わざとそうやっていたのかなぁ? だとしたら、ホント、蒼一ってばかわいいなぁ~♪ もう、どこにも行けないように全身を縄で縛りつけてあげたいくらいに♪」

 

 

 おっとりとした口調とは裏腹に、言葉には強いトゲがある。 未だ俺の後ろで抱き付いているからその表情を見ることはできない。 だが、今まで得た経験則で言えば、その顔は希の内心―――おぞましいほどの欲望―――を映し出しているに違いなかった。

 

 すぐ後ろを振り向けば、その顔と対面することは可能だ。 だが、恐ろしすぎて見ることが出来ない。 人を包み込む菩薩のように穏やかな表情をする希が、悪魔のような憎しみなどを含んだ表情をしているのかと思うと、息が止まりそうになる。 信じたくもない姿がそこにあることに身体が委縮してしまうのだ。

 

 

 

「この口………」

 

「あがっ………?!」

 

 すると突然、希の指が俺の口の中に侵入してきて、その細く繊細な指先で弄くり始めたのだ!

 

 

 ペチャ―――――クチュ―――――クチュ―――――

 

 

「はぁぁぁ………熱くてドロッとした感触が、私の指に絡み付く……♡ この舌、この歯、この唇が私の口の中を弄んでくれると思うとゾクゾクしてきちゃう♡ もっと、蒼一の愛を私の指に絡ませて♡」

 

 

 海藻が波に揺られる滑らかな動きをする指が、いやらしい音を立てて口の中を蹂躙しだす。 絡みだす5本の指すべてが口の中に含まれ、その指すべてを使って、口の中にあるモノを抉り取りだされてしまうのではないかと思うほどに口と指とが吸い付くのだ。

 息苦しい………口内に要らぬ唾液が滝のように流れ出し、それを飲み込んだり、吐き出さなければ呼吸困難になる。 手足が縛られて動くこともままならない俺にとっては、拷問に近い所業だ。 故に、息遣いが荒くなり、顔も熱く燃えあがってしまうのだ。

 

 

 ようやく、口の中を解放されると、ちゃんとした呼吸が行えるとともに溜まってしまった唾液を口外へと放出する。 そんな俺を余所に、希は吸い付くような音を立てて何か飲み込んでいた。 ただ、吸い付くような音の後に、口からモノが離れていく音も共に聞こえ出してきた。 考えたくもないが……希が今吸い付いているのは………

 

 

「チュポッ………あぁぁぁ……いいわ、蒼一。 あなたの愛の味をたぁっぷり注入させてもらったよ♡ こんなおいしい飲み物があったなんて知らなかったぁ………もう、毎日毎時間の私の水分……ううん、愛情補給に呑み込みたいなぁ~♡」

 

 

………言わずもがな、俺の口の中に突っ込んだ指のようだ………!

 

 

 冗談ではない……! 俺はこんなことを一切望んじゃいない。 ましてや、こんな偏り過ぎた愛情など、押し売りされても絶対に受け取りたくもないモノだ!

 

 それに……俺の知っている希はこんなことはしない………!

 

 

 乱れた呼吸をなんとか整えて、自分の意志がしっかりした時に希に語りかけた。

 

 

 

「やめろ、希………そんなこと、誰も望んじゃいない………」

 

 

 俺は見たくなかった………俺の目の前で、誰かが変わっていく姿も……壊れていく姿も………

 

 

「へぇ~………誰も望んでいない、か………うふふふ……蒼一っておかしなことを言うね~……そのことを2人にも言えるかな? 2人は蒼一が望んでいるような答えをすると思うかな……?」

 

「なっ……なにを………?!」

 

「うふふふ、蒼一は知らないんだね……みんな蒼一に助けられたって思っていると思うけど、蒼一とこうしてイロイロなことをしたくないって思っている子はいないと思うよ………?」

 

「の、希!! そんなことあるはず……!!」

「私もそんなことは思って……!」

 

 

「嘘だっ!!!!!」

 

 

『ッ――――――!!!』

 

 

 希の言葉にエリチカとことりが反論しようとした時、張り上げた声で希がそれを全否定した。

 そのあまりの声にこの場にいる全員が身震いしてしまう。

 

 

 

「嘘だよ、2人とも嘘ついてるよ………私知っているんだよ? 今でも蒼一のことを独り占めしようとしていることを……どこかでチャンスを見つけたらすぐに蒼一の隣は自分だって宣言しようとしているんだよ、知らないと思った? 知っているよ、みんなのことを全部ぜんぶ………」

 

 

 槍で突き通すような鋭い声がエリチカとことりに臨んだ。 2人はそれを聞くと、何も言い返すことが出来なくなり視線を落とす。 それは、本当にその通りなんだと言うことを示しているように思えたのが、俺に強い衝撃を与えることになった。

 

 

「それに……蒼一は、これでお互いのことを傷つけないと思っているのでしょ? あははっ! ホント、おかしな話。 これを見てもそんなことが言えるのかな?」

 

 

 すると希は、俺の目の前に自らのスマホを取り出して、とある映像を見せつける。

 

 そこに映っていたのは―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が助けたはずの彼女たちの惨めな姿だった――――――

 

 

 

 

 

『やっぱり、蒼君を殺そうとしたのは絵里ちゃんなんだ!!! 赦せない……赦せないよ!!!』

 

『ことり……あなたと言う人は、そこまでして蒼一のことを………最低です……最低です!!!』

 

 

『落ち着きなさい、穂乃果! 海未!! まだ、2人がやったって言う証拠がないでしょ?!』

 

『だって、希ちゃんが言ってたもん! 絵里ちゃんたちが怪しいって!! 希ちゃんが言うんだもんそうに違いないよ!!!』

 

『蒼一にぃ……私の蒼一にぃ…………かえしてよ………私の蒼一にぃをかえしてよ!!!!』

 

『かよちんも落ち着くにゃあ!! そんなかよちん、凛は見たくないにゃあ!!』

 

『花陽まで!! いい加減にしなさいよアンタたち!!』

 

『くっ……! だめだ……抑えきれん………!! グハッ?!!』

 

『明弘?! 穂乃果、なんてことを!!』

 

『穂乃果のことを邪魔するからだよ……穂乃果のことを邪魔するってことは、真姫ちゃんたちも絵里ちゃんたちのナカマなんだね………?』

 

『ちょっ……!! な、何しようとしているのよ………や、やめなさいよ…………冗談でしょ……? だめよ……だめよ、穂乃果…………きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!』

 

 

 

 

(プツン)

 

 

 

 

 

「あぁ………ぁあああぁぁぁぁぁ…………ぅあぁぁぁぁぁ……………」

 

 

 言葉にすることが出来なかった………

 

 俺が救ったはずの穂乃果たちが、またあの時と同じような表情をして、真姫たちに襲いかかっていたのだ………信じていた………信じていたのに…………穂乃果……海未………お前たちならわかってくれると思っていたのに………どうして、そうも簡単に…………あぁぁぁ……どうしてこんな……………

 

 

 絶望しかない………こんなのまちがっている…………まるで、俺がいままでやってきたことがぜんぶ無駄だったってことを言っているようなものじゃないか………

 

 俺がやってきたことって………? こんなにも身体じゅうにきずを付けてまでも手にしたのは、おれの徒労にすぎなかったのか………?

 

 

 

 どうして………どうして、みんな……勝手なことばかり………酷いじゃないか………俺を裏切るだなんて…………

 

 

 

 底知れない絶望の闇が、俺の心に射す光を遮断させてしまう。 一瞬で目の前が真っ暗になる。 前を向いても絶望……後ろを向いても絶望………どこに目を向けようとも、この闇が俺の前に立ちはだかる。

 

 もう、やる気すらも起きやしなかった…………

 

 

 

 

 

「それじゃあ、最後の仕上げをしちゃおうかな………」

 

 

 すると、希は立ち上がってようやく俺の前に姿を現す。 まだ、後姿しか見せないが、異様な雰囲気を感じることは可能だった。

 

 

 そして一瞬……そう、一瞬だった………

 

 俺の方に振り返り素顔を見せたのだ。

 

 

 そして、その素顔は………俺が想像していたよりもはるかに非情な光を放つ瞳で、身の毛もよだつほどに醜く薄汚れた笑みをしていたのだった………

 

 

 

 希が歩むその先には、ことりがいた………

 

 

 1歩1歩近付くにつれて、心を縛り上げられるような恐怖に襲われる。 俺はそれが何か嫌なことの前触れなのだと察し、もがき始める。

 

 

「やめろ………のぞみ……ことりに近付くな…………!」

 

「へぇ~……まだ、ことりちゃんのことをそう思っているんだぁ~? でもね、私にとってことりちゃんはいらないの。 私が欲しいのは、蒼一とえりちだけ。 あとは、み~んないなくなっちゃえばいいの♪」

 

「やめろ………やめろぉ!!!」

 

 

 希のあの目は死んでいた。 もはや、感情論で圧し止めることができないところにまでアイツは踏み入れてしまっていた。 どうすることもできない状態だったのだ………

 

 

 

「……い、いやぁ………のぞみちゃん………や、やめてよ…………」

 

「うふふっ、こんなに怯えちゃって………こう見ると、本当の小鳥みたいだね、ことりちゃん♪」

 

「ひっ………!!」

 

 

 蚊がその羽根を羽ばたかせるようなか細い声を発することり。 目の前にある恐怖と、身動きが取れない状態にあることに怯えるその姿は、目も当てられないほどに悲惨だ。 希がことりの肌に触れる度に発し続ける怯える声に、心臓が止まりそうになる……!

 

 

 そんな時、希の手にあるモノが摘まれる。

 

 

「これ、なぁ~んだ?」

 

「ッ―――――!!! そ、それはっ――――――!!」

 

「ことりちゃんの作ったマカロンだよねぇ~? おいしそうだよねぇ~見た目もかわいいし、あまぁ~い匂いもしてて口にしたくなっちゃうよねぇ~? でも、まさかこれを食べて死にそうになるなんて思わないよね~?」

 

「ッ―――――!!! 希!! 止めろ!!!!」

 

「ふふふ………あははははっ!! 止めるわけにはいかないよ、蒼一。 だって、この女は! 私を殺そうとした!! 私の大切なえりちを苦しめた!!! このお菓子で!!! 赦さない………こんな女の子の欲に付け込んだやり方で私たちを排除しようだなんて………赦されることじゃないよ!!!」

 

「ひっ――――!! ご、ごめんなさい!! ごめんなさい!!!」

 

「ごめんなさいで済まされると思った………? 済まされるわけないよ!!!」

 

「希!! ことりからすぐに離れなさい!! 私はことりのことを怨んでなんかいないわ!! だから、ことりに酷いことをしないで!!!」

 

「えりちもやさしいなぁ~………でも………私は赦さない。 この女には、えりちと同じ苦しみを受けてあげないと気が済まないよ…………」

 

 

 

 ドスの効いた黒い言葉を語り並べると、希の指先から1つのマカロンがことりに向かっていこうとしていた。 ことりは必死に避けようと首をあらゆる方向に振り回す……だが、

 

 

 

 

「ちょこまかと五月蠅いなぁ………止まれ」

 

「きゃぁ!!!」

 

 

 希はことりの顔を掴み、その動きを封じ込ませた。

 さらに、そのまま無理矢理口を開かせてそれを捻じ込ませた。

 

 ことりは抵抗することなく、それを1個、口にしてしまったのだ。 それを噛み砕き、喉を通らせてしまうと強く咳き込み、むせかえしてしまう。

 

 

「ほぉ~ら、よく食べるんだよ~? まだ、何個も残っているんだからね~?」

 

「やめろ………もうやめてくれぇ………たのむ………」

 

 

 もう見ていられなかった………泣き咽びたくなるようなこの情景に息がつまりそうだ……! どうして……どうして、こんなことに…………!!

 

 

「う~ん、そうだなぁ………もし、蒼一が私のことを『好き、愛してる、結婚して下さい』って言ってくれたらことりちゃんを解放してあげるね♪」

 

「ああ、いいとも!! それでことりが助かるのなら……それで………」

 

「それじゃあ、言ってみようかなぁ………?」

 

 

「…………希……好きだ……愛してる………俺と結婚してくれ………!!!」

 

 

「あはははは!! 本当にやってくれたぁ~嬉しいなぁ~これで、私と蒼一は夫婦になれるんだねぇ~♪」

 

「さあ、言ったんだ……ことりを解放してくれ………!」

 

「うん、約束通りに解放してあげるね………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………この世から………♪」

 

 

「「「ッ――――――!!!!???」」」

 

 

 

「さぁ~ことりちゃん! もう私と蒼一はそういう関係になったから、邪魔者はさっさといなくなってくれないかなぁ~!??」

 

「いやぁぁぁぁ!! やめて!! 助けて!! 助けて蒼くん!!!!」

 

「ことりぃぃぃ!!! 希!! 嘘をついたなぁ!!?」

 

「酷いなぁ~私は嘘なんか付いてないよ? 私はちゃ~んと解放するって言ったよ? でも、それがどういうものかを聞かなかった蒼一がいけないんだよ~」

 

「希! いい加減にしなさい!! これ以上、ことりに酷いことをしないで!!!」

 

「だめだよ、えりち。 この女をそのままにしたら、きっとえりちのことを殺しに来ちゃうよ? だったら、その前にやらないと……」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 

「あははは!! ことりちゃんは、あと何個食べたらかわいい反応を見せてくれるのかなぁ……?」

 

 

 

 血も涙もない言葉が、ただ永遠とかたられる…………

 

 

 

 

 ひどいこうけいだ…………

 

 

 なんで、のぞみがあんなぶきみなかおをしているのだろう………?

 

 なんで、えりちかがあんなにひっしになってさけんでいるんだろう………?

 

 なんで、ことりがあんなになきさけんでいるんだろう………?

 

 

 わからない………わからない…………

 

 

 あぁ………そうだ………

 

 

 

 

 これはゆめなんだ……………

 

 わるいゆめをながくみすぎたんだ……………

 

 

 みんながきずつけあうなんてありえない……………

 

 そんなのただのゆめなんだ……………

 

 

 

 おれをウラギッタ………?

 

 

 そんな………そんなこと………あいつらがするわけ…………するわけ……………わけ………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナイ…………ダ…………ロ………………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドクン――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 バキィ―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 その刹那――――――――

 

 

 

 

 

 彼のココロは砕け落ちた―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ぅぅぅ………ぁぁぁぁぁ……………」

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

平日に投稿しなくってホントよかったような気がする……

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