《完結》【蒼明記・外伝】カメラ越しに映る彼女たち―――   作:雷電p

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 胸騒ぎしか起こらなかった…………

 

 

 アレを少し口に含んだだけで感じた、舌に絡み付くような頑固な甘味。 それが舌全体に広がった瞬間に襲い掛かってくる強烈な痺れ。 そのまま口に留めてしまえば、舌を持って行かれそうな気がしたため、思わずそれを吐き出してしまった。

 

 どうして()()が異常なまでに凝縮されているんだ?!

常識では考えられないことだ。 それを扱う者たちにならその使用用途を熟知しているはず。 俺も未熟ながらもその中の一人であるが、そんな俺ですらも危険だと感じてしまうほどのモノだったんだ。

 

 

 それをアイツらが………!!

 

 

 早く、アイツらの元に駆け付けて行きたかった。

 

 だが、現実はそう上手く運んでなど、してはくれなかったんだ。

 

 

 

 

 アイツらが苦しみ悶えて、倒れていたのだ――――――――

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

[ 音ノ木坂学院・アイドル研究部部室内 ]

 

 

 

『うぅ………ぅああぁぁぁ………ぐぅぅ………がはっ………』

 

 

「穂乃果!! 海未!! エリチカ!! 真姫!! にこ!!」

 

 

 俺が部室に戻った瞬間、目にしたその光景は無残なものとしか言いようが無かった。 5人全員が全身を丸く縮込ませながら痙攣し、目を見開いて苦しそうに息を吐く様子が見られたのだ。 それに、口から白い泡を吹き出す者も………!

 

 

「兄弟!! こ、コイツァ……一体?!!」

 

 

 同じく共に付いてきた明弘もこのおぞましい光景に血相を変えていた。 そして、遅れながら洋子たちもそれを目にして青ざめていた。

 

 

 

「そ、蒼一!」

 

「希!」

 

 

 その声を聞いて視野を広げると、ただ1人だけ被害を免れた希がそこで立ちすくんでいたのだ。

 

 

「希! 一体何があったんだ!?」

 

「そ、それが………ウチらのファンからもろうたお菓子をみんなで食べようとしたんやけど……そしたら、急にみんなの様子が変になって……それで……こんなんなって………」

 

「希は平気なんだな!?」

 

「う、うん……ウチは後で食べようと思っとって、食べんかったんよ………」

 

 

 今にも泣き崩れてしまいそうな声で状況を教えてくれたのだが、いくら希と言えど、この予想外の出来事に委縮してしまっていた。

 

 だがしかし、ここでじっとしているわけにもいかなかった。 時間が……生命の掛かった危機的状況に直面する今、俺たちは行動せねばならなかった。

 まず、何をする。 コイツの正体が()()であるならば、すぐに対処することが出来る。 だが、最悪のケースが予想された場合では、現時点で俺たちにできることは無く、ただ指をくわえて待っていることしかできない。

 

 考えろ……いや、考える前に行動するんだ……! このケースを前者のモノと位置付けた時の対処法は………

 

 

 

 その瞬間、俺の目に真姫の姿が入ってきた。 表情が青くなる中で苦しみもがき、首を絞められたようなか細い声で何かを求めようとしていた姿が目に焼き付いた。

 

 

 そして、俺の脳裏にあの処方を思い起こさせたのだ………!

 

 

 

 

「今からみんなを助ける!! 凛と花陽はありったけの水を用意してくれ! 希と明弘は家庭科室でもいいから塩と水がたくさん入る器をありったけ準備してくれ!!」

 

 

 この場にいる動ける者たち全員に指示を繰り出す―――――!

 いきなりのその指示に全員が戸惑いを隠せないでいた。

 

 

「そ、蒼一にぃ……水ってどうしたらいいの………?」

 

「それは明弘たちからバケツやらなんやを使って持って来てくれればいい! 邪口の水でもいい。 なんなら、自販機の水だって構わない、使った分の金なら後で渡しておくから頼む!!」

 

「は、はいぃ!!!」

 

「蒼一! 塩ってどういうことなん?! そんなん、持って来れるわけないやん!」

 

「生徒会の権限でも先生に土下座してでもいいから早く持って来い!! さもないと、みんな死んじまうぞ!!!」

 

 

『ッ―――――――!!!!?』

 

 

 この最後の言葉が強く突き刺さったのだろう。 4人は慌てふためきながらも手分けして俺が言ったモノを持って来ようと駆け出していったのだった。

 

 

 

「そ、蒼一さん………わたしは……?」

 

 

 ここに1人だけ残った洋子は、身をすくませながら俺に尋ねてきた。 できることなら、4人の手伝いをしてほしいところだが、こっちでのやることも残っていたのだ。

 

 

 

「ここにいるみんなをそっと起こして、壁に寄り掛からせるようにするんだ………」

 

「わ、わかりました………」

 

 

 そう応えると、早速、洋子は海未の身体を起こして壁に寄り掛からせた。 怯えているのにもかかわらず、手際良く行ってくれたために全員を起こすことは出来た。 だが、これで善くなったわけではなく、進行を一時的に止めているに過ぎなかった。 あとは、アイツらが来るのを待つのみだった。

 

 

 

「蒼一さん。 穂乃果ちゃんたちはどうしてこうなったのでしょうか………?」

 

 

 素朴な疑問を尋ねてくると、洋子ならば大丈夫だろうと感じて話しだす。

 

 

「これは俺の推論なのだが、穂乃果たちが口にしたマカロンの中に、ナツメグが入っていたと思う」

 

「ナツメグですか? あの香辛料の一種の?」

 

「ああ、そうだ。 よくカレーやハンバーグなどの料理にアクセントを付けるために使われるものなんだが、コイツには中毒症状を起こす成分が含まれているんだ」

 

「中毒性ですか!? そんなものが含まれていたのですか!!」

 

「とは言っても、俺たちが店とかで食べているのは少量だから別段害は無い。 だが、これをある一定以上の量を口にしてしまうと、痙攣、幻覚、肝臓障害などといった毒に変わってしまうんだ。 量によっては麻薬と同様なことが起こることもあれば、最悪死ぬこともありうる……!」

 

「死っ――――!? まさか、本当に死んでしまうと言うのです?!」

 

「それは分からん! そうでないことを祈りたいものだ……!」

 

 

 洋子に応えた言葉の中で、いくつか感情的になって声を荒げてしまっていた。

 俺だって焦っているのさ。 まさか、こんなことが起こるだなんて思いもよらなかったからだ。 漫画で同じような状況があり、漫画だからありえないと感じてはいたのだが、それが現実に起こってしまっているんだ!

 

 漫画の主人公は、助けることが出来た。 それじゃあ、俺は助けられるだろうか……? 俺の大切な5人の仲間を俺はこの手で救うことが出来るのだろうか? その重責と不安と恐怖が一気に圧し掛かり、俺を押し殺そうとする。

 

 

 それでも俺は……俺にできる全力を持って、みんなを助けたいと願う。 そう、()()()()()()()()()()―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬、目を瞑った後に見えた世界で―――――――

 

 

 

 5つの光を胸に抱き―――――――

 

 

 

 そして、願ったのだった――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 その後、必要品を持ってくるように促した4人が戻ってくると、早速それらを使った応急処置を行う。

 

 凛が持ってきたバケツ一杯の水の中に、希が持ってきた塩を適量に流し込んで、海水に近い塩水を精製させた。 そして、出来上がった塩水を人数分の器に注ぎ込ませる。

 

 

「いいか、これを全員に全部飲ませろ。 嫌でも苦しんでも飲ませるんだ。 飲み終わらせることが出来たらそれを全部吐かせる。 いいか? 躊躇するな、みんなのためを思ってやってくれよ?」

 

 

 その説明を耳にすると、さらにまた震えだしていた。 この過程をクリアしなければここにいる5人は助からない、そのプレッシャーが圧し掛かるのだから無理もない。

 そして、この俺だって震えているんだ。 このやり方が間違っていたらどうしたらよいのか、もっと別の道があるのではないかと一々考えてしまう。 だが、ここで地団太踏んでも何も変わらないのであるなら、リスクを覚悟してでも踏み出さなくちゃいけないと思うのだった。

 

 

 

「それじゃあ、いくぞ………」

 

 

 穂乃果には洋子が。 海未には明弘が。 エリチカには希が。 にこには花陽が。 そして、真姫には俺が一斉に飲ませたのだ。

 

 

 器に入った塩水を少しずつだが口を通して入っていく。 水が喉を通り抜けていく度にむせては咳き込む者もいたが、それでも止めることなく何度も器が空になるまで飲まし続けさせた。

 

 そして、最後の行為が――――――

 

 

「真姫、苦しいかもしれないが我慢していてくれよな……」

 

 

 囁くような声で合図を送ると、人差し指と中指を揃えて、それを真姫の口の中に突っ込ませる。 真姫が俺にしてくれた時と同じようにだ。 そしてそのまま、グッと奥の方にまで向かわせたので、嗚咽を漏らして先程飲み干した塩水を逆流させて器に吐瀉させたのだ。

 

 その様子を見ていた4人は、それから同じように行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 保健室 ]

 

 

 穂乃果たちの体内から食べたマカロンを取り出せたことで、何とか一命を取り留めることが出来た5人は、現在保健室のベッドで休ませている。 ただ、ベッドが2つしかなかったために、穂乃果と海未、にこと真姫とで一緒に使ってもらい、エリチカはソファーで休ませることにした。

 

 

 それでも、つい先ほどの危機的状況のことを考えてみれば善いものだ。 5人の身体から発していた痙攣は納まり、顔色も順調に戻ってきていた。

 ただ、未だに全員の意識は戻らず、時々唸り声を上げては苦しそうにしているのだった。

 

 

 

「ご苦労だったな、お前ら…………」

 

 

 この部屋に集まっていた明弘、洋子、希、花陽、凛は、床に伏せているのメンバーたちの様子を見守っていた。

 

 

「蒼一さん……あの、穂乃果ちゃんたちは大丈夫なんですよね………?」

 

 

 穂乃果の近くで見守る洋子が聞いてくる。

 

 

「呼吸も顔色も正常に戻ってきているし、脈にも異常は見られない。 この状態で更なる悪化と言うのは考えにくいだろうよ………」

 

「そうですか、それは善かったです………!」

 

 

 穂乃果たちは助かったことを聞いた洋子は、ホッと胸を撫で下ろして身体中を張り詰めさせていた緊張を解いたのだった。 それは、他4人も同様の反応を示していた。

 

 

「なあ、兄弟………言いたくなんだが、コレを仕組んだのは………」

 

「言うな! 言わないでくれ………」

 

 

 明弘の言葉を遮り、最後まで言わせないようにした。

 分かっているさ……誰がこんなことをするのかなんて、誰だって予想できているはずさ。

 

 だが、それがいとも容易く想像できてしまう自分を殴りたかった。 だってそうだろう? アイツのことを一番心配に思っている俺が、こんな感情を抱くだなんて考えたくもないことだ。 それはアイツのことを拒絶することに等しい。 ただでさえ壊れかけているだろうその心をさらに抉るようなことをするのは、忍び難い気持ちになるのだ。

 

 

 何をどうしたらいいのか……俺には……分からなくなってきた…………

 

 

 

 

 

 

「―――――――――」

 

 

「ッ――――! えりち!!」

 

「ッ―――――――!!」

 

 

 希の声に反応した俺は、意識が戻ったのかと思い、すぐにエリチカの許に駆け寄った。

 

 

「エリチカ!! 聞こえるか?!」

 

「ぅ――――――うぅ―――――――――」

 

「だめや、まだ意識がちゃんと戻っとらんよ………」

 

「くっ……そうか………」

 

 

 床について以降始めて反応を示したエリチカだったが、残念ながら意識が正常に戻ったわけではなかったようだ。 俺が声をかけても反応することはせず、ただ唸るのみだった―――――

 

 

 

 

 

「――――――さい――――――」

 

「えっ―――――?」

 

「―――ごめん―――なさい――――――ことり――――――」

 

 

「ッ―――――――!!」

 

 

 意外な言葉がその口から漏れ出したことに、全身が震えた。 まさか、エリチカの口からその言葉が出てくるとは思いもよらなかったからだ。 その証拠に、その口から何度も何度もことりに対する懺悔の言葉が繰り返される。

 

 エリチカは気が付いているのだろう………自分に毒を盛ったのが、ことりからのモノだと言うことに………

 

 それをどう感じているかは分からない。

 だが、その心に突き刺さるような苦しい表情から流れ落ちる滴を目にして、決して嫌悪するようなモノではないことを感じたのだった。

 

 

 

 

 

「――――――ぅ――――く――――ん」

 

「ッ―――――――! 穂乃果!?」

 

 

 微かに、虫が囁くようなほんの小さな声が俺のことを呼んでいることに気が付いた。 そしてその声が、穂乃果であるということに迷いもなく確信したのだった。

 

 穂乃果の傍に寄ると、薄っすらと目蓋を開かせ、青く透明に煌めく瞳をのぞかせて俺のことを見つめた。

 

 

「あぁ……穂乃果………よかった…………」

 

 

 その瞳を見たことで胸がいっぱいになり、思わず力無いその手を両手で握っていた。 その手はまだ冷たく、俺の手の熱で今にも溶けてしまいそうに思えて怖くなる。 そうならないようにと願いを込めて、しっかりとその手を握ったのだった。

 

 

 

「そう……くん………ごめんね……心配……かけちゃったね………」

 

「何言ってんだ。 心配かけるのはいつものことじゃないか………まったくよぉ………」

 

「えへへ……ごめんね……ごめんね………」

 

 

 口を開く度に何度も謝る言葉しか出てこなかった。 なのに、その顔からは微塵たりとも怯えた様子もなかった。 俺に不安を抱かせまいと残っている力で微笑んで見せるから、余計に胸を締め付けられるのだ。

 

 

 馬鹿やろう………ホントに、馬鹿だよ………お前は…………

 

 

 今すぐにでも叱りつけてやりたい………だが、それを言葉にすることもできず、ただ歯ぎしりすることしかできないでいた。

 

 

 

 

「ねぇ………蒼君……おねがいが………あるの………」

 

「なんだ………?」

 

「ことりちゃんを………たすけて……あげて………」

 

「えっ……………!?」

 

 

 

 胸を抑え付けていた感情から一瞬で解放されたような気持ちになった。

 

 まさか……穂乃果の口からもそうした言葉が出たことに驚きを隠せなかった。

 穂乃果……お前はそれでもことりのことを……!

 

 そうした思いが芽生え始め出す時、穂乃果が語り始めた。

 

 

 

 

「わたしね……ことりちゃんのことを裏切っちゃったの……ことりちゃんのことを何も聞かないまま………最低だよね、わたし………ことりちゃんのことを親友だと思っていた……ことりちゃんも穂乃果のことを親友だって思ってた……なのに、裏切っちゃった………だからね……これはその罰なんだよ………ツケが回ったって言うのかな? あはは………」

 

 

 穂乃果は語り続ける。

 それでも尚、微笑むことを止めずにずっとそのままで俺に語り続けていたのだ。

 

 

 

「だからね……穂乃果は謝りたいの………どうにかして、ことりちゃんに謝りたいと思ってるの………でも、この姿じゃできないの………だからね……

 

 だからね、蒼君。 穂乃果の一生のお願い、ことりちゃんをたすけて。 そして、穂乃果の代わりに謝ってきてくれないかなぁ………?」

 

「ッ………………!!」

 

 

 その言葉が……いや、その行動が……! いや、それでもない………穂乃果自身が直接俺の心に触れて語りかけてきたのだ……!

 

 それに目を見開かずにいられなかった。

 力を失っていたはずのその手が俺の手を強く握り返したのだ! その手を通して、穂乃果からあふれ出る、ありったけのやさしい気持ちが近に心の中で共鳴し始めるのだ! それを強く感じずにはいられなかったのだ。

 

 そして、教えてくれるのだ……俺が今なすべきことが何であるのかを………!!

 

 

 ありがとう、穂乃果…………

 

 

 

 それを受け取った俺は、穂乃果の手を強く握り返して言った。

 

 

 

「安心しろ。 俺は、必ずことりを助けて見せるさ。 絶対に、だ!」

 

「うん………!」

 

 

 

「でもな、穂乃果。 俺はお前の代わりに謝らないからな」

 

「えっ………? それはどういう…………」

 

「穂乃果がことりに直接伝えるんだ。 お前のその気持ちを声にしてな………?」

 

「そ、そう………くん………!」

 

「いいか? 俺は必ずことりを助けるから、その時に穂乃果が直接ことりに伝えてあげてくれないか? 大丈夫だ、俺は穂乃果を信じている。 そして穂乃果は、お前を信じる俺を信じろ。 いいな?」

 

「ッ~~~~~!! う……うん……! 穂乃果は……蒼君のことを……信じるから………だから………だから………!」

 

「あぁ、心配しないでくれ。 俺が何とかするさ………!」

 

 

「………うん………!」

 

 

 

 強い気持ちが互いに交差する―――――

 

 

 穂乃果の新たな気持ちを受け取った俺は、穂乃果の顔をなぞるように触れた。

 それは、穂乃果の瞳から一筋の涙が零れ出ていたので、それを拭うために触れたのだ。 多分、穂乃果は気が付いていないのだろう。 自分が泣いていることを………

 

 

 

 そして、誰にも悟られない中で、さり気ない感じの口付けを交わす。

 

 

 必ず、ココに戻ってくると言う気持ちを込めて―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 保健室前・廊下 ]

 

 

「明弘、洋子。 みんなを頼む」

 

 

 ことりのところへ行くことを決意した俺は、この2人にみんなのことを任せることを伝えた。 すると、2人は揃って「任せた!」と言うような返事をしてくれたので、俺は安心して行くことができそうだった。

 

 

 そして、一歩前に踏み出そうとした時だった――――――

 

 

 

 

 

 ずるっ―――――――

 

 

「あっ――――――――」

 

 

 足を滑らせてしまったのか、俺はめずらしくその場に転げてしまったのだ。

 

 だが、不思議なことに痛みは感じなかったのだ。

 

 

「兄弟!?」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 

 2人は心配そうに駆け寄ってくるのだが、俺は平気な素振りを見せて安心させようとする。 だが、倒れた身体が思うように動かず、立ち上がるのに時間がかかってしまったのだった。

 

 変だな? と違和感を抱いた瞬間、身体が急に重くなり始め、同時に痛みも感じ始めた! 特に、頭に掛かる痛みは相当なモノで、時間が経つほどに痛みが増長していく!!

身体が動くとか、そういうことを言っている場合ではない。 視界もボヤ始め、立っていることもままならなくなってきていたのだ!

 

 

 

 その様子を明弘は見逃さなかった―――――

 

 

「おい、兄弟! 体調が優れねぇんじゃねぇのか?! こんなに汗をかきやがって………」

 

「だ……だいじょうぶだ………平気さ………」

 

「平気な訳あるかよ! こんなにさ、身体に無茶させるようなことをしやがって……何かあったらどうするつもりなんだよ!!」

 

「だから……そのために、お前たちに任せたと言っているんだろ!!!!」

 

「!!!」

 

 

「わかってるさ……俺の身体なんだからよ………この身体だけじゃない、精神的にも参ってきているんだ……いつ倒れてもおかしくない、そんな状態なんだからよ………」

 

「だったら、少しは休んだらどうなんだよ?! 兄弟が倒れちまったら元も子もないだろうよ!!」

 

「じゃあ聞くが、俺の代わりに誰がことりを助ける?! 明弘、お前か?! お前にできるか!? お前に託せるのならすぐにでも託したい、だが! ことりは………俺を待っているんだ……俺でないといけないんだ………」

 

 

 視界がぼやけて足が覚束なくとも、俺は前に進まなくちゃいけなかった………

 立ち止まるわけにはいかなかったからだ………

 ことりのためにも、みんなのためにも………

 

 

 おれは……いかなくちゃいけないんだ…………

 

 

 

 

「蒼一さん!」

 

 

 俺の前に洋子が立っていた。 俺の進む方向を止めようとしているのか? やめてくれ、止めないでくれ………

 

 俺はその横を通っていこうとした。

 

 

 

 だが、それでも洋子は俺の前に立つとこう言ったのだ。

 

 

 

「蒼一さん。 私ではあなたのお役に立てないでしょう………ですが、そんな私でもあなたのことを信じて待つことだけはできます! だから、必ず戻ってきてください。 そして、辛くなった時は、私たちのことを思い出してください。 あなたはひとりではありませんから………」

 

 

 それを聞いた時、俺の中にスッと入ってくるモノがあった。

 すると、それまで辛く感じていたモノが身体から抜けて行く気がしたのだ。

 

 

 一瞬だけの憩いが訪れた、そんな気がしたのだ―――――

 

 

 

「ありがとう、洋子。 お前のその言葉、忘れないでおくよ」

 

 

 洋子の肩にポンと手を置いて、俺は歩いて行く。

 

 

 

 辛い………とても辛い………身体中の至るところから痛みを感じてしまう。 さながら、刑場に引かれていく受刑者さながらな気持ちになる。

 

 

 あぁ、今すぐにでも逃げ出したい…………

 

 

 

 でも、誓ったんだ……必ず、助けるってさ…………

 

 

 そんなら、最後までやり通そうじゃないか………

 

 

 この身に何が起ころうが、その先に見える希望のために闘ってやるさ………

 

 

 

 だからさ、行こうか………

 

 

 

 アイツのところへ……………

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

次回、ようやくことりが帰ってきます

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