《完結》【蒼明記・外伝】カメラ越しに映る彼女たち―――   作:雷電p

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[ 旧音ノ木坂小学校 ]

 

 

「蒼一!!!」

 

 

 真姫の甲高い声が俺の耳に響いてくる。 まるで、俺が来るのを待ち望んでいたみたいなその表情を見て、ようやく安堵する。 真姫もにこも健在。 それに、エリチカも………

 

 

 

「そう………い……ち…………?」

 

 

 エリチカは、見開いた目でこちらをずっと凝視している。 まるで、幽霊でも見ているんじゃないかと疑ってしまうような、そんな表情だ。

 

 

 俺は部屋の中に入っていくと、まず目に入った拘束されている2人の紐を解いてあげないといけないなと思い、2人に近付いた。 その際、エリチカの横に来るのだが、ただ無言のまま通り過ぎた。

 

 

 先に、拘束を解いたのは真姫からだ。

 足首から解き始め、その後に手首の方のも解き放つ。 晴れて自由の身になった真姫は、躊躇することなく、俺に抱き付いてくる。 首回りをギュッと抱きしめながら耳元に、「怖かった……怖かったよ……」と今にも事切れてしまいそうなか細い声で聶いた。 俺は怖がる真姫の頭をやさしく撫でながら、瞳から流れる熱い滴を一粒一粒受け止めては、ぬぐい去った。

 

 

 

 また、同じくして、にこの拘束も解く。

 手首が見えやすい位置になったためにそれから先に解くのだが、解いた瞬間に胸元に向かって抱き付いてきた。 その小さな頭を胸に埋めたのをわずかな間様子を見つつ、そのまま足の拘束も解き終える。 それでも、ただ無言のままに抱きついた状態を解くことはしなかった。 俺もそれを無理に解こうとは思わなかった。

 

 なぜなら、にこは泣いていたからだ。

 誰にも悟られることが無いくらいに、小さな声で泣いていた。 それを無暗に追い払うことなんて出来やしない。 逆に俺は、その気持ちが納まるまで抱きしめ続けてあげたのだ。

 

 

「よく耐えたな……にこ…………」

 

 

 小さな小さな勇者に敬意を評しながら…………

 

 

 

 

 

 2人の気持ちに納まりが付くと、振り返ってエリチカの方を見る。

 俺と顔を合わせたエリチカは、見るやいなや青ざめた表情をして怯えていた。 その顔を見れば、彼女が今何を感じて思っているのかがハッキリと分かる。 もはや、自らの感情を隠すような芸当など出来るはずもない。

 

 

 俺は抱き付く2人を放すと、エリチカの方に数歩近付く。 俺が一歩一歩近づくにごとに、身体を震わせて引き下がろうとするが、それを見逃す俺ではない。 彼女が下がるよりも早く目の前に出て、もう逃げることが出来ないよう威圧をかけた。 すると、彼女は蛇に睨まれたように怯え出し、そこから動くことが出来ないようになる。

 

 

 なんと言うか、立場が逆になったような感じがして気分が悪い。

 

 

 

 

「ど、どうして………ここに…………?」

 

 固めていた口からようやく出てくる言葉は、俺の存在に対する疑問から始まる。

 

「お前がいなくなった後に、亜里沙ちゃんがやってきて解いてくれたんだよ」

 

「あ、亜里沙が………!!」

 

 

 その言葉を聞くやいなや、あっ! と忘れていたことを思い出すかのように目を見開いた。 この様子からして、エリチカは見誤った解釈と見解で計画を立てていたことがうかがえた。 だが、実にエリチカらしくない。 彼女の頭であれば、こんな単純なことをミスするだなんてありえないことだ。

 

 そこに、彼女の動揺が存在した。

 

 

「亜里沙ちゃんは、お前のことが心配で俺の拘束を解いてくれた。 それは、また俺にお前を助けてほしいという願いを込めたものなんだろうと思う」

 

 

 未だに痛みを感じる手首を解すように回しながら、彼女の変わりつつある表情に目を向ける。

 

 

「それで―――――お前から見て、俺はどう映っていると思う?」

 

「え―――――――?」

 

 

 俺の言葉に対して、思わず気の抜けた声が通る。 どうしてそんなことを、と言わんがばかりの疑問に思う表情を見せながらも、怯える眼で俺のことをじっくりと見始めた。 ただ、俺と目が合おうとすると瞬時に顔を逸らしてしまう。 そして、そのままで俺に語る。

 

 

「………怒ってる………怒ってるのよね………? こんな……こんな私のことを惨めに思いながらも、心の奥底では、殺したいくらいに憤激しているのよね…………?」

 

 

 目を合わせることなくただ地べたを見続け、うつむきながらすすり泣く声を上げる。

 

 

「確かに、お前の言う通りだな。 今の俺は、お前のことで自分でも抑えが効かないくらいに怒っているんだ。 こんなことをして、ただで済むとは思っていないだろうな?」

 

「ひっ…………!! あっ………ひゃぁ…………!」

 

 

 言葉で見せる怒りに、エリチカの恐怖は頂点に立とうとしていた。 自身に受けられるであろう怒りに、言葉では言い表せられない声で反応してしまう。 顔をこちらに向けることなど出来るはずもなかった。

 

 

 

「エリチカッ!!!!!」

 

 

「ッ~~~~~~!!!!!」

 

 

 腹の底から出るありったけの声量でエリチカに怒鳴り散らす。 それがあまりにも強烈過ぎたのか、うつむく顔を地べたにくっ付け、ひれ伏すような姿を見せたのだ。 そして、すでにすすり泣くような声が床を通して聴こえてくる有様だった。

 

 

 だが、これで終わらせるつもりなど毛頭なかった。

 また腹に空気をたくさん吸い込み、自身の感情も取り込ませて一気に排出させた。

 

 

 

「エリチカッ―――――!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――何故、そこまで自分を追い詰めようとしたんだ!!!?」

 

 

 

「……………えっ…………???」

 

 

 突飛よしもなく吐き出される言葉に対して、エリチカは戸惑いの声を上げる。 もっとも、違った言葉が出てくるモノなのだと想像していたことだろう。 しかし、俺が彼女に対して感じている想いと言うのはそう言うことではないのだ。

 

「お前が今、どんな気持ちでいるのかなんて知りもしない。 だが、お前のことをよくよく思い返して見れば、どういうヤツであったのかってのを思い出させてくれたのさ」

 

 俺の目に映る彼女のその姿が、まるであの時の姿と類似して見えた。

 

「正直、お前が今回の一連のことを起こしたヤツだったってことを聞かされた時は、酷く怒ったものさ。 こんな無駄なことをどうしてしようと思ったのか、まったく理解できないし、大切な仲間を傷付けるなんてもってのほかだって思っていたさ」

 

 だがそれは、俺がエリチカのことを真に知ろうとしなかったことから生じた言葉だ。

 

「けど、そう思うのは間違いだったって思っている。 そこには、お前の気持ちが入っていなかったからだ。 お前がどんな気持ちで事を運ぼうとしたのかを考えると、どうしてもお前だけを非難することなんざ出来ないって思ったさ。 俺自身にも、汚点があったんだって申し訳ない気持ちになるんだ」

 

 彼女を狂わせてしまった要因と言うのは、紛れもない俺だと言うことに………

 

「そして、ようやくお前の本心を知ることが出来たと思っている…………」

 

 そういって、ポケットからおもむろに一枚の折りたたまれた紙を抜き出す。 ゴワゴワとした手触りのするこの紙を手元に取りだすと、彼女はピクリと反応を示す。 その紙に何が書かれてあるモノなのかを瞬時に捉えたのだろう。

 

 何せ、これは彼女にとって重要な“言葉”が綴られたものだったからだ。

 

 

 

「よ、読んでしまった………の………?」

 

「すまんな、あそこでつい目に入ってしまったんだ。 一旦、目に入ってしまったらずっと離れなれなくってさ………」

 

「………そう………」

 

 

 ポツンと小さくつぶやくと、エリチカは手を伸ばしてその紙を手にしようとした。

 

 

 

 

 

 

 ぎゅっ――――――――

 

 

「えっ……そ、蒼一………?!」

 

 

 俺は、紙を手にしたその手を両手で包み込むように触れる。 そのあまりにも突然のことで、エリチカは戸惑い始めていた。 俺の視線が彼女と交わりだすと、俺は彼女に語りかけ始める。

 

 

 

「ごめんな………もっと早く、エリチカの気持ちを知っておけばよかった………いや、多分気が付いていたのかもしれない。 けど、俺はそれを避け続けていた。 何かが壊れてしまうものだと勘違いして、触れないでいようと思っていた。 けど、それこそ間違いだったと思っている。 エリチカが綴ったこの言葉を目にしてようやく分かった…………」

 

 

 目元がじんわりと紅くなりつつある顔を望みながら、一呼吸吐いて言葉を交わす――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから俺は、今度こそお前のことを離さないでいたい―――――もう、エリチカのことを跳ね退けるようなことはしない―――――――!!」

 

 

 

 決意の言葉を口にする―――――――

 

 

 紅くなった顔から滴が数滴と流れ落ちていく――――――

 

 

 そんな彼女の口からは何度も「ごめんなさい……ごめんなさい………」と謝罪の言葉が零れ出る。 その言葉、その滴、熱く流れ出るそれらを拭うように、俺は彼女を抱きしめる。 本当ならば、こっちが謝らなくちゃいけないのに、言葉にすることが出来ないでいた。 今言葉を口にしてしまえば、何だか俺の気持ちが濁ってしまいそうな気がして、俺はこの身体から彼女の体へと直接気持ちを伝えるべく抱き合った。

 

 彼女は、顔をうずめながら留まることを忘れた熱いモノを流し続ける。

 壊れてしまったその心を、俺は何とかして治してあげたかった。 無理をして、自分を追い詰め続けた結果、粉々になるまで砕いてしまったその心を1つ1つ取り上げるようにして、直していく。 簡単なことではない、けど、それが俺にできる唯一の贖罪だと思う。

 

 

 だから、こうして彼女に気持ちを注いでいくのだ。

 

 

 

 エリチカの抱いた悲しみを―――――――

 

 

 エリチカが受けた痛みを―――――――

 

 

 その飛び散ったカケラを1つひとつやさしく包み込むように抱き寄せる。

 

 

 

 暗闇の底でうずくまる彼女を――――――エリチカを明るく照らすことが出来る光となって、彼女を包み込みたかった。

 

 

 

 

 

 

 

「――――――おかえり、エリチカ―――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 止まない雨など、この世には存在しない。

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。

次回で絵里の話はおしまいです。

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