《完結》【蒼明記・外伝】カメラ越しに映る彼女たち――― 作:雷電p
息を上げながら走り続けている少女がいた――――――
「もぉ~!! どこまで走ったら聞こえるようになるにゃぁ――!!」
街中をぐるぐると走り回っていた凛。
彼女は仲間である洋子たちと連絡を取るために、電波の届くところに向かっているのだが、一向に通信を行うことが出来ないでいた。 真姫から手渡されたインカムに何度も語りかけても反応は無く、何かが聞こえてくるまでただひたすらに走り続けていたのだ。
「もう、かなり走ったと思うんだけどなぁ………」
彼女の顔から大量の汗が流れ落ちる。 汗でぐっしょりと濡れた服が、どれだけの距離を走っていたのかを示しているようだった。
そんな時だった――――――――
「あれ……? 凛か……?」
彼女の背後から、聞き覚えのある声が耳に入ってくる。 猫が耳をピンッと立てて反応するように、凛もまた同じような反応を示して、その声が聞こえる方へ目を向けた。
「あっ、えっ………?!! 蒼くん!!?」
凛は眼を見開いて思わず驚きの声を上げた。 それもそのはずだ、彼女の中では彼は絵里によってあの校舎の中に閉じ込められているものだと思っていたからだ。
そんな驚きを隠せないでいる凛に、蒼一が近付き尋ねる。
「なあ、凛! エリチカを見なかったか?!」
「えっ?! え、絵里ちゃん? 絵里ちゃんなら小学校の方にいるけど………」
「小学校? この近くに小学校なんてあったか………?」
「あ、あるよ。 でも、もう廃校になっちゃったけど………」
ハッと思い起こすように「旧音ノ木坂か…」と判断した蒼一は、顔をしかめて思い悩む様子だった。 それは何かを考えている様子にも見られたが、凛は首をかしげながらただ見ていることしかできなかった。
「ねぇ、蒼くん。 蒼くんは絵里ちゃんと一緒にいて捕まっていたんじゃ……」
「あぁ、確かにエリチカに手首やら足首やらを繋がれて身動きが取れないではいたが、今は何とか解放されたってとこかな?」
「そうだったの……?! 凛たち、てっきり蒼くんは小学校に捕えられていると思っちゃったよ! それで今、真姫ちゃんたちが絵里ちゃんを追いかけているところにゃ……」
「なっ、なんだって?! 今、真姫たちが絵里を追いかけているって言ったか!?」
「う、うん……で、でも、中には入らないで待っているって言ってたにゃ……」
急に叫び出す蒼一に凛はおどおどしながら、自分が見たこと聞いたことを彼に話した。 彼女にとって、今の言葉に何の違和感も抱かずに話をしていたが、彼は違った。 凛の言葉を聞いた瞬間、血の気が失せたように顔を青ざめる。
「まずい…」という口の動きをしたように見せると、彼は凛に迫りだす。
「真姫“たち”と言ったな! 他に、誰がいるんだ?!」
「えっ……!? えぇっと……にこちゃんだけど………」
「にこだと……! くっ……寄りによってあの2人かよ………」
蒼一はその事実を知ると苦虫を噛み潰したような表情を示す。
彼は理解していた、この2人なら絵里のために立ち止まっていられないのだと言うことを………
「凛! 俺は今からそこに行ってエリチカたちを何とかしてくる! そして、明弘たちに俺は無事だと言うことを伝えてくれよ!」
「えっ……あっ、うん! 分かった、伝えておくよ!!」
凛の返事をすべて聴き終えないまま、彼は走りだす。
3人の大切な者のために――――――――――
―
――
―――
――――
[ 旧音ノ木坂小学校・図書室跡 ]
眠っていたのだろうか………
やや重たくなった目蓋を少しずつ開かせながら、眼に光を取り入れ始める。 「うっ」と一瞬だけ、眩しすぎてしかめてしまったけど、よく見てみるとそんなに明るいモノではなかったことに気が付く。
日が陰りだした部屋の中で、私は壁に寄りかかりながら辺りを見渡してみる。
「………うっ………けほっ、けほっ………!!」
宙に待っていたホコリが口の中に入り込んできてむせかえす。 長い間使っていなかったからだと思う、床一面に白いホコリが苔のように生えているようだった。
むせたことでようやく頭にスイッチが入りだす。 私がどうしてここにいるのか? 何のためにこうしているのか? ついさっきまで、忘れかけていた
「はっ………! にこちゃんは……!!」
私が意識を失う前に、にこちゃんが倒れていたことを思い出した。 あの時は、急に倒れだしたのよね……今思えばとても不自然すぎるわ………
もう一度、辺りを見回して見たら、すぐ横で私と同じく壁に寄りかかりながら眠っていたわ。 見た感じどこにもケガしたような痕が見れなかったから、ちょっと安心。 早く、にこちゃんを起こさないと………
「………って、あれ……?」
にこちゃんの方に身体を寄せようとしたのだけど、まったく動けない……? どうして? そんなはずは………と思考を巡らせていると、腕や足に違和感を抱き始めたわ。 そういえば、そうして私とにこちゃんの手が後ろにあるのかしら……? それに、腕に感じるこの感触って………
冷汗がたらりと落ち出す。
なんてことかしら、嫌な予感って結構当たるモノなのね……
まさか、縛られているだなんて………
腕に感じた布のような感触と手首に感じる、締め付けられるような感触が、私に事実を突き付けてくる。 さらに付け加えれば、足の方だって………これじゃあ、まったく動けないじゃないの………!
「にこちゃん………! にこちゃん………!!」
身体を動かせない私は、にこちゃんに届く声で叫んでみる。 すると、少し唸りながらも意識をハッキリとさせ始めていて、数十秒経ってから「まき………ちゃん……?」と私の顔を見ながら呼んでくれたわ。 そして、私と同じように縛られていることに驚いた様子だったわ。
「あら、もうお目覚めかしら……?」
どこからともなく聞こえてくる声――――――
その聴き覚えある声に身体を震わせてしまうの。
「ふん、最悪の目覚めよ。 やってくれるじゃないの、絵里……!」
嫌味を十分に含ませた口調で、にこちゃんは絵里に対して応える。 すると、木がさざめくような笑い声が響くと、物陰から絵里がいかにも愉しそうな姿で現れてきたの。
「こう見ていると、気分がいいわね………アナタたちが見上げ、私が見下ろす……何だか興奮してきちゃうわ………!」
私たちを見下しながら言い放った最初の言葉がコレよ。 ホント、頭がどうにかしちゃっているんじゃないの? って思いたくなるような感性だわ。
「はっ! なにいきなり女王様みたいに気取っちゃってるのかしら? 今のアンタがアタシたちの上に君臨されるとハッキリ言って邪魔なだけなのよね」
「にこちゃん…?!」
絵里の言葉に対して、ずけずけと入り込んでいくにこちゃんの言葉に、私の緊張は段々と高まっていくばかりだった。 だって、今の絵里は何をするのか分からないのに、あえて感情をさかなでるようなことをして何の意味があるのか全然わからなかったからよ!
「女王様ねぇ………ウフフフ……いいわねぇ、今の私たちの状況を考えたら確かにそうかもしれないわね」
ニタリと口角を引き上げだすと、不気味な笑顔を作ってにこちゃんの前に立った。 今から何が始まってしまうのか、じっとしてなんていられなかった。
「絵里! もうやめなさいよ、こんなこと!! アナタが私たちをこんな目にして何の得があるのよ!?」
「得……? そうね………そんなこと、アナタたちのその頭ですぐに思いつくことじゃないの? 私はアナタたちと変わらないことをやっているだけ………ただそれだけよ」
「ッ――――――!!」
絵里の言っていることに、思わず息を呑んでしまう。 絵里のことを否定しようにも、しにくくなってしまうじゃないの………握った拳を力一杯振り絞って、やるせない気持ちになってしまう。
かつての私も絵里と同じように、誰もいなくなればいいと思っていた。 そしたら、蒼一は私だけのモノになるのだと、ずっと信じていたから。 そうした過去が私の
「ふん―――――だからどうしたのよ?」
「「ッ――――――――!!!??」」
無理だと諦めかけていたその壁に、大きな穴をあける一蹴りが加わる―――――
そこには、堂々と絵里の顔を見て話をするにこちゃんの姿があった―――――
「それって要は、ただ単に蒼一を独り占めしようってことじゃないの。 そんなことのためにこんなことをしてても、意味なんかないじゃないの。 というか、
「「えっ――――――――??!!!」」
にこちゃんの口から出てきた言葉に、思わず声が出てしまう!
絵里も心を見透かされたような表情を見せられ、目を見開いていたわ。 絵里でも想像付かなかったことなのかしら?
それに今、蒼一がここにいないって言ったの!? じゃあ、なんでここに………!
「まさか………
冷汗を垂らしながら絵里は、にこちゃんに尋ね出た。 氷結の如き不動であると思われた絵里に焦りが生じ始めている証拠だった。 その焦りはどこから来るモノなのか分からない。 けど、氷が熱で溶けて出てくる水滴のような汗が絵里から噴き出しているようだった。
「もちろん、
耳を舐め回すような、いやらしい口調で話しかけるにこちゃんに、絵里はたじろぎ始める。 それを見たにこちゃんは、したり顔でニヤリと笑って見せたのだ。
「いつから……分かっていたの…………?」
「そうね……アンタが海未の家に現れた時からかしら? あの時のアンタ、確実に蒼一を我がモノのようにしようとしていたから、またそうするだろうと思っていたのよ。 そして、今回のことが起こったから十中八九、アンタの手で監禁されてしまったかと思っただけのこと。
それと付け加えるとしたら、アンタのこの行動の甘さが変だったわ。 もしあんたが蒼一のところに向かうのだとしたらこんな分かりやす過ぎる尾行に気が付かないわけが無いし、振り払うこともできた。 なのにしなかった。 それは、当初から私たちをおびき出すための罠だったから、と言ったところかしらね?」
「ッ…………………!!」
「アンタが、何でそんなに焦っているのか知らないけど、アンタのそのやり方は間違っているわ」
にこちゃんの言葉を耳にした絵里は、奥歯を噛み締めるかのように酷く渋み掛かった表情を見せた。 まるで、にこちゃんの言っていることが本当のことみたいで、それがなんだか不思議に思えてしまう。
その思いにふけっていた瞬間、思わぬことが起こった――――――
「ぐあぁ……………!!」
「にこちゃんっ!!!」
絵里が鬼のような形相でにこちゃんに飛び掛かり、細い首に手をかけたのだ! 締まり始める喉からか細い声が漏れ始める。 苦しく、もがくように辛い声が小さな口から漏れ出すのだ!
「絵里!! やめて!!!!」
私は悲痛な声で叫ぶけど、聞く耳など持たなかった。 絵里はそのまま摂り付かれたみたいに、その手に力を入れていった。 手足を縛られた私たちは、何の抵抗も出来ずに、ただ見ていることしかできなかった。
「……こんなことなら、最初から私の手で始末するべきだったわ………ことりなんかに任せたままにしたのが間違いだったわ………!」
「えっ……………?!」
意外な言葉が耳を通り抜けた――――――
いま、ことりって………どうして、ことりの名前がここで出てくるのかが分からなかった………
そして、脳裏に過った嫌な感じ………まさかと思ったけど………いや、そんなはずは………
疑心が心を支配してくるようだった。
「絵里……どういうこと………ことりって、一体………?」
この声だけは聞こえたらしい――――絵里は手に加えていた力を緩めると、こちらに首を曲げて緩み見開いた瞳孔が睨みつけた。 もう、その目を見ただけで、何を言わんとしているのがわかってしまうので、余計に戦慄してしまう。
「あら……そうね、被害者であるあなたが分かるはずもないでしょうね………このすべての流れを………どうして、ことりがアナタのことを殺そうと思ったのか………それは至って単純明快よ…………
………私があの子に焚き付けたのよ、アナタを排除するようにってね………」
「ッ………………!!!!!」
息が詰まりそうになる―――――――
絵里の口から―――――同じグループの仲間からそんなことを聞かされて、胸が締め付けられるように苦しくなる。
けど、それだけでは終わらなかった――――――
「本当に、運がよかったわ。 まさか、
それで見つけたのが、ことり。
あの子は本当にちょうどいい器だったわ。 蒼一のことばかりを考えて、実らない恋心を抱いていたから手助けしてあげたのよ。 そしたら、期待通りにμ’s全員を巻き込んだ話になって、私が手を出さなくてもお互い潰し合ってくれたわ。 ホント、見てて愉快だったわ……人ってこんなにも脆いものなんだって、実感しちゃったわ」
「っ~~~~~~!!」
絵里の言葉が次々に私の心をえぐっていくようだった。 ナイフで腹部を突き刺され、
「私はね、ずっと蒼一のことが好きだった……でもね、それに気が付くのにとっても時間がかかってしまった……いえ、気付かないふりをし続けていたというべきね。 ずっと、蒼一のことを越えようと思ってた。 何をやっても蒼一だけには手も足も届かなかった……だから、否定した!! 蒼一を越えるために!!!
けど、こうしたやり方は間違っていたわ。 このままじゃ、私はどうやっても蒼一に追い付くことさえもできないんだってね。 そこでようやく諦めが付いて自分に正直になったのよ。
そして、好きになった。
そして、新しいやり方で蒼一を越えようとした。 蒼一を完全支配すると言うかたちで越えようと決めたのよ!! だから、周りにつくコバエが邪魔で仕方なかった!! ただそれだけよ!!!」
流れ落ちていく涙を拭うことも、嗚咽する口元を押さえることすらもできない悲愴が、私を覆う。
そして思う―――――――
私はこの人を助けることも、赦すこともできないと――――――――――
「―――――それが
「「っ……………!!?」」
重く圧し掛かるような雰囲気の中、その重荷を一瞬にして跳ね退けてしまいそうな声が、頭上から舞い下りてくるような幻聴となって耳を通り抜けた。
さっきまで、息苦しくしていたにこちゃんが、咳でむせかえしながらも呆れたような口調で話しだしていたの。
「絵里、アンタ、私たちのことが邪魔だから殺そうと思ったって言ってたわよね? アレって、
「そ、それは………ちゃんと確信していたし! それに、アナタたちが寝ていた状態で殺してもおもしろくないからよ! 恐怖や絶望しきったその姿を見てk「はいはい、その悪役ぶるのはもうお終いにしなさいよ」ッ!!?」
威圧をかけ続ける絵里の言葉に溜め息を吐くような感覚で振り払った。 さすがの絵里もまさか2度も同じようにあしらわれるとは思っていなかったようで、焦燥していた。
その絵里に対して、にこちゃんは鋭い視線で睨みつけた。 それに堪らず絵里は身体をビクつかせていた。
「そんな見え透いたような演技で、この私を騙せるとでも思ったのかしら? そういうことは私の専売特許みたいなものだから、雰囲気だけで分かっちゃうわよ。 まあ、演技としては悪くないじゃないかしら? 真姫ちゃんたちを怖がらせたみたいだし」
「ふ、ふざけないで……!! 私は本気でアナタたちのことを………!!」
「無理に言おうとしても自分が傷付くだけだからやめなさい。 それに、アンタじゃ私を殺せない」
「んなっ?!! な、何を証拠にそんなことを………」
「試してみる? なら、
「「ッ――――――!!?」」
自信満々に言いきったにこちゃんの言葉に、息が止まりそうになる。
にこちゃんと絵里とのやり取りは心臓を悪くさせる。 2人の一言一言が刃物のようで、互いを繋ぎ合わせていた糸を立ち斬るみたいで、決して落ち着いてみることなんて出来なかった。
それにどう見ても立場があまりにも違うにこちゃんが、あんなに堂々としていると言うことが私の不安を煽りたててくるのだ。 バカじゃないの! って言いたくなっちゃう! でも、不思議とにこちゃんから必死さが良く伝わってくる。 誰かのために抗おうとしているあの姿は、まるで…………
「ッ~~~~~~!!!」
絵里は、にこの言葉通りにその首元に手を添えようとしていた。 けど、その手はあまりにも大きく震えており、苦渋に満ちた表情を表していた。 さっきとはまるで別人、後ろめたさを感じてしまうその姿に私は見入ってしまった。
「ほら、あともう少しよ? そのまま指に力を入れなさい………」
「ッ~~~~~~~~!!!!!」
もう限界に来ていた―――――――
砂で造られた造形が崩れ落ちるように、その手がにこちゃんの身体から放れていったの。 そしてそのまま絵里は、2歩3歩と後ろに下がってグッタリと体制を崩してしまった。 そのまま、うつむいて誰の顔も見ようともしなかった。
「ふん、あんなに偉そうなことを言ってて、アンタは何もできなかった。 それがアンタの本心よ、絵里。 アンタには、この役がまったく向いていなかったってことよ」
「ちがっ―――――――!! 私は―――――――――!!!」
最後の核心部を抑えられたように、絵里は慌てふためき始めていた。 私たちを直視できないほどに虚ろいでいたからだった。
「もういい―――――――もう、そこまでにしておけ――――――エリチカ」
「「「!!!」」」
私たちの視線が一点に集中した。
それは、待ちに待った私たちの救世主だったから――――――――
「蒼一!!!」
(次回へ続く)
ドウモ、うp主です。
次回で解決できたらいいです。