《完結》【蒼明記・外伝】カメラ越しに映る彼女たち――― 作:雷電p
[ ??? ]
天をも突き破る壮絶な叫声が残響する―――――
エリチカから何かの薬物を服用させられたことで、全身にこれまでに無いほどの痛みと苦しみが襲いかかった。 心が烈火で焼き爛れ無残に落ちるような激痛、頭の頂点から股の底部までを真っ二つに劈いてしまうような激痛とが、苦悩の渦の中に呑まれていた俺に一気に突き付けられたのだ。
身体中が叫んでいる―――――血液や人肉の奥深くで息を潜めている零細な微生物たちでさえもが、苦しみ悶え叫ばずにはいられなかったのだ。
この耐えがたいほどの辛苦に対して、誰1人として助けてくれる者などいない………当然だ。 ここには、俺とエリチカの2人しかいないのだ。 そして、この密閉された空間に誰が立ち入ることが出来るだろうか?
否――――否。 否。 否だっ――――――!
ここにいるエリチカが、そのような甘いミスなど犯すはずもない。 コイツは常に完璧を求めているのだ。 この現状だって、誰にも知られずに行動していたに違いないのだから、俺の居場所どころか、エリチカの居場所ですら知られていないはずだ。
よって、俺がここから助け出されるようなことは0に等しかったのだ――――――
あぁ……視界が霧掛かったかのように薄っすらとぼやけ始めてきた………
耳に入ってくる音も、キーンと言う耳鳴りのみとなり、自然な音や人工的な音など最早、耳を通ることなど無かったのだ………
意識も沈んでいく――――――
白い布が染色液に浸け込まれ出来上がる染物のように、俺の身体も得体の知れない何かによって浸食されていくのだった。 俺が俺でなくなる……そんな瀬戸際に立たされているみたいだ。 だが、この浸食を喰い止められる程、余力は残ってなどいなかった。
このまま、消えていくのか………
薄れていく意識の狭間で、最後にそう思いながら俺は光を遮断していくのだった――――――――
『―――――くん――――――』
『――――そ―――にぃ―――――――』
こえが…………きこえ……………………
『――――――いち――――――――』
あぁ………なんて…………あたたかい……………
『――――――そ―――――――ち――――――――』
みんなの…………こえが………………
『―――――そういち―――――――!!』
きこえてくる…………みんなの…………こえが……………
『負けないで!!!!!』
「………くっ………うがああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「なっ――――――?!!」
どこからか聞こえてきた彼女たちの声が俺の心を響かせた。
勇気と活力と愛情が詰まった言葉を胸の内に広げると、水滴が落ちて周りに水飛沫が飛び散るかの如く、全身に行き渡っていくのだ。
勇気が血液の中に行き渡り、活力が気持ちを躍動させ、愛情が眠る身体を呼び覚ましてくれているかのようだ。 彼女たちが呼んでいる………行かなくちゃ………彼女たちが待ってくれているあの場所へ………!!
ドクンッ――――――――!!!
全身から打ち鳴る鼓動が合図する―――――まだ、ここで終わりではないのだと、今度は心が叫び出した!
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉあ゛あ゛あ゛っ!!!!」
蘇ってくる気力を振り絞り、埋もれていた力が俺の精神力を大いに高めさせた。 身体の情報を能力により新たに書き変わらせたことで、全身を覆い尽くそうとしていた闇に打ち勝ち薙ぎ払う。
最早、俺を乗っ取ろうとするモノなど存在しなかったのだ。
「そんなっ………ありえないわ………!?」
そんな俺の様子に、エリチカは予想外ともとれる表情で俺のことを凝視していた。 当然のことだ、ここまで完璧にエリチカのペースが構築されていたにもかかわらず、このようなことで足踏みせねばならないことに焦りを感じ始めていたはずだ。 ちょっとした障害すらもエリチカにとっては十分な障壁なのだ。
「………エリチカ、お前はわかっていないようだな………」
「な、なにがよ………」
「お前は、俺がたった1人でお前に挑んでいるものだと思っているんだろ? だが、それは違うな。 俺には……俺の中には、みんながいる………みんなが俺と一緒になって闘ってくれているんだ………」
「なっ――――!? なにをバカなこと言ってるのよ!!? あんなヤツらは蒼一にとって害悪でしかない! そんなヤツらが蒼一のためだけに行動するモノですか!!」
「確かに、少し前までのアイツらだったらエリチカの言う通りになっていたかもしれない……だが、アイツらは変わった。 未だに、自分勝手な部分は残っているが、それでも俺のために、みんなのために一緒になって闘ってくれているんだよ!」
「見かけはそうかもしれないわ! けど、いつその牙を剥き出すかわかったモノじゃないわ!!」
「お前だって俺をこうして自由を奪い、我がモノのようにしているじゃないか! それをやっているお前にアイツらを否定する資格なんかない!!」
「っ―――――――――!!!」
俺の言葉に動揺し始めたのか、エリチカは苦虫を噛んだ表情で一歩後ずさりしていたのだ。 今の彼女では分かるはずもない、自己中心的な感情では、他人のためを思う感情なんて分かるはずもないのだから。 故に、それを理解できないエリチカは動揺を隠しきれないままなのだ。
「もうやめろ、エリチカ……これ以上、続けても何の益もない。 あるのは、苦痛でしかないぞ……!」
苦悩し続けるエリチカに問いかける声。
彼女を取り戻すとしたら、今このタイミングでしかないと考えた俺は、問いかける。
これ以上、自分自身を傷つけるようなことをしてほしくなかったからだ………
だが―――――
「何の益もない………ですって………? ふざけないで!!!」
ドゴッ――――――――!!!
「がはっ――――――――!!?」
俺の意に反するように、エリチカは俺の腹部に向かって拳を振り落とす! その突然の衝撃により、身体を反らしながら口から体液を吐き出してしまう。
すると、エリチカはそのまま俺の腹の上に圧し掛かり、拘束され身動きが取れない俺の首を力一杯握り締めだし、顔に容赦なく握り拳を打ちつけ始めた。 ガツッ――――ガツッ――――と骨同士を響かせる鈍い音が頭部を反響させ、部屋中にまで拡大していた。
「知ったように言わないで! 私がやってきたことは決して無駄なんかじゃない!! あなたを私のモノとすることで私は完璧になれる! すべてを超越することができる!!」
1人叫声を上げつつ容赦なく殴り続けてくる彼女に、俺はなす術もなく痛みを身体に撃ち込まれる。 何度も同じ箇所に撃ち込まれていくことで、熱く膨れ上がり、次第に痛覚を麻痺させてしまうほどに悪化していた。 それに首を締め付けられていることで、次第に息苦しくもがいてしまう。 これは違ったかたちで意識が朦朧となり、口から白い泡を吹き始めだす。
堪らないくらいに痛みが身体に蓄積されていく――――――
「どうして………どうして、いつも思い通りに行こうとしないのよ………」
思わず口を溢すかのように小さく呟かれた言葉を俺は聞き逃さなかった。 つい先ほどの高圧的な態度とは真逆とも捉えることができるか弱き言葉は、俺の心に刻まれるのだった。
「このままじゃ……アナタを私のモノにできない………私の計画通りにいかない………なら………」
容赦なく殴り続けていた拳と締め付けていた首から手をほどき、俺から離れだす。
ようやくまともに呼吸することができるようになったことで、淀みかかる空気から酸素を求めた。 一気に吸い上げたことで、むせ返すもののすぐに収まりいつもの呼吸を行い始める。
意識をしっかり整えてから顔を持ちあげると、エリチカが身支度をしている様子が見えてきた。
「何をしている………?」
何かよからぬことを考えているのではないかと、背中から感じられる異様な雰囲気に顔をしかめる。
すると、ギロリと鋭い眼差しをこちらに向け始めると、ニタリと口角を持ちあげて不気味な様相を示す。 口からはケタケタと背筋を凍らせる不協和音が漏れ出し、俺を焦燥させた。
「何をしているのか……ですって………? ウフフフ……アハハハ………思い通りに行かないのなら……思い通りに行かせるだけよ………私の邪魔をする卑しい害悪共をこの手で………クハハハハハハハハ!!!」
狂い回るように笑うエリチカは、その場で身体を回転し、喜びに浸っているようだった。 しかし、その“喜び”は俺が知るようなモノとは大きくかけ離れた“悦び”だった。 狂気を身にまとった彼女の思考は常軌を逸しているモノだ。 それを物語るかのように、あのサファイアのような透き通った蒼い瞳が、深海の溝のように幽々たる闇黒となって俺の心を握りしめる。
「いい加減にしろ!! そんなことをしても、お前の抱えている傷を深くするだけだぞ!!」
「大丈夫よ、蒼一。 みんなみんないなくなったら、私たちだけのトクベツな時間を過ごしましょう…? 誰にも邪魔されない……とっておきの時間を………クククク……くぁあはははははははははは!!!!」
エリチカはそんなことも気にも留めずに、ただ狂いながら幻想を夢見て語り回る。
もはや、彼女の耳には俺の声など聞こえやしない………そのやるせない気持ちに、非常に腹が立ち唇を強くかみしめた。
そして、彼女は俺に近寄り始め、仰向けになる俺の顔をじっと見つめ出す。
ブロンドの長い髪をかき上げながら、その顔を接近させ―――――――
『んっ――――――――――――!』
熟れた果実に触れるような接吻をしたのだ―――――!
『ちゅる―――――――ハァ―――――――ちゅる――――――ちゅる――――――ハァ―――――――』
一瞬で終わると思いかけたその接吻は、何度も行われた。 口からは蛇のような舌が波を打つように俺の口の中に押し寄せ、舌に絡みつくことはもちろんのこと、歯や歯茎にまでも舌を回して弄ぶ。 呼吸することすらも止めてしまうほどに集中する彼女の唇は、そこから俺のすべてを吸い尽くすかのように絡み獲る。
その瞬間の彼女の表情は、恐ろしいほどにやさしい表情になる。
それが彼女の素顔なのだろうか? それとも、偽りの素顔なのだろうか?
答えなど見つけることもできないまま、俺の身体は彼女に支配された続け奪われていくのだった。
「ちゅ―――――――ハァ――――――ハァ―――――ハァ―――――――」
ようやく、その唇を離した時には、お互いの身体が燃えるように火照りだしていた。
彼女の甘い吐息が部屋中に残響する――――――
だが、それは決して甘くなどない。 ほろ苦くも酔いに溺れてしまうそうなその口当たりは、まるで酒のようだ。 それが、彼女の魔性の姿と重ねることで俺を籠絡させようとしているかのようだった。
だがしかし、そのような誘いを受けようとも、今の俺は今の彼女を拒み続ける。 そのような無慈悲な感情を押し付けるようなヤツのモノなど、受け取ることなど出来るはずもなかったからだ。
「フフッ、いい気持だったでしょう? 本番はこれからだと言うのに、寸止めするような感じで終わらせてごめんなさいね。 でも、すべてが終わったら、すぐに続きをシてあげるから………愉しみにしててね……♡」
そう言うと、エリチカは髪を両手で整い始め、机の上に置いてある白のシュシュを髪止めとして、いつものポニテを作り上げる。 そして、陽気に鼻を鳴らしてこの部屋から出ていったのだ。
「………早く、これをどうにかしなければ……………!」
四肢の自由を奪われたこの状況をどうにかしなければと、必死となって力を込め始めた。
―
――
―――
――――
エリチカが部屋を出て外に出てから、しばらく時間が経った時――――――
彼女は、まるで何もなかったかのような表情と夏場にふさわしい涼しい服装で街を闊歩していた。 もちろん、その姿は誰の目にも止まってしまう。 日本人とはかけ離れた素質を持ち合わせていることで、その場で立ち止まり振り返ってまでも見てしまいたくなる。
多くの視線が彼女に向かっていく―――――
その特別な視線を向けられていることに、彼女は一種の高揚感を抱く。 自分は他の誰とも違っていること、誰よりも優れた素質があることに、彼女は内心で他者を蔑み、高笑していた。
そして、彼女は最後の仕上げを行おうと、とある場所に足を運ぼうとしていたのだった。
「真姫ちゃん。 凛。 いい? 絵里から絶対に目を離しちゃだめよ?」
「わかってるわ、にこちゃん」
「当然だにゃ!」
そしてここには、そんな彼女を見つめ続ける。 3人の姿があったのだ――――――
(次回へ続く)
どうも、うp主です。
投稿が少し遅れてしまいました。
次回もよろしくデス。